ep.2 お兄さま
帰りの馬車の中で、お兄さまに海外での話をしてもらった。私の学校での話もして、行きのため息とは打って変わって楽しい雰囲気に包まれていた。
あんなに長旅だ、なんて思った道のりはあっという間に着いてしまった。同じ道を使ったはずなのに、近道でもしたのかと思うほどだった。
「ふたりとも、おかえりなさい」
屋敷に戻ると、お母さまが出迎えてくれた。華やかな日傘を片手に、白いレースのセンスで口元を隠して、華やかなデザインのドレスを身にまとっている。
私が着ているのも重さを感じるのに、さらに広がる服はかなり重たいのだろう。大人になれば、みな同じように重量感のあるドレスを着ることになる。
「ただいま戻りました、お母さま」
「1ヶ月ぶりですね」
各々が、そう口にする。私たちのうしろで、イレナは静かに着いて来ていた。お母さまは、なにも言わずに背をこちらに向けて屋敷に入っていく。
お出迎えというのだから、もっと嬉しそうに出迎えてくれてもいいものを。お母さまも、金の髪を持つ"元女神の愛"の象徴の持ち主。自分は女神に選んでもらえなかったと、悔しい思いをしたのだろう。
だからこそ、私に期待感を感じて厳しくしているのだ。分かってはいても、少し寂しさを感じてしまうもの。それにここネルシア王国は、女性社会。お兄さまは、正真正銘の男性。
お母さまからしたら、あまりよく思っていないのだろう。ツンとした態度をお兄さまにとっていた。
「さぁ、なかに入ろう。リシェルも長旅で疲れただろう?」
お兄さまは、お母さまからどんな態度を取られても変わらなかった。きっと、私の知らないところでもっと色々あっただろう。それでも、この国の制度は変わらないのだからと受け入れているようにも感じられる。
――私は、いやだ。こんな面では、華やかで煌びやかな雰囲気をしているのに。裏でどんなことが起こっているのか。
そして、女性優位で男性だというだけで態度をこんなにも変えられなくてはいけない。自分ごとのように思える。
どうしてそんな簡単に受け入れられるの? なんて、覚悟を決めただろうお兄さまに、口が裂けても言えない。どれだけ仲が良くとも、心の奥までは覗き見ることはできないのだから。
「そうでしたわ! お兄さまのために、クッキーを用意いたしましたの。一緒にいかがかしら?」
「それは、楽しみだ!」
だから私は、そんな気持ちに蓋をする。グイグイっとこの社会に嫌気がさしていても、変えられるの女王だけ。
こんな私なんかでは、そんな発言をする権限すら与えられない。御信託がなければ、金の髪があっても無駄。お母さまのように"元女神の愛"と呼ばれることになる。そして、屋敷に閉じこもって外に出られなくなる。
金の髪は、愛の証。それなのに、御信託がないのは事実の愛をもらえなかったことになる。他の家から、後ろ指を刺されることになるのだ。
だから、お母さまのように屋敷に閉じこもり生涯を過ごすことになる。金の神を持つ、ということは『女王になる』のか『引きこもり生活』となるのか。2択に1択だ。
それも、女神からの導きによる。私の命運は、だれにもわからない。
「明日は、お祈りの日ですわね」
「……あぁ」
満月の夜、月にいちどだけ女神にお祈りをする。そろそろ前女王誕生から5年になる。いつ女神の御信託が降りて来てもおかしくはない頃になっている。だからこそ、家の中はピリピリとしていた。
今度こそ、ヴェリナ家から女王を輩出したいのだ。
正直に言ってしまえば、私はそんなことに興味はない。しかしながら、あの悲しい出来事を今でも繰り返されていると思うと胸が痛む。女王にさえなれたら、お母さまも喜ぶ。苦しみから解放ができる。
良いことしかないのだ。だからこそ、私は毎月のお祈りで御信託を私に……と願っていた。
明るく言ってみたのに、お兄さまはどんよりとした顔をする。私がお兄さまの心をのぞけないように、お兄さまも私の心の中は見ることはできない。きっとお兄さまは、私が嫌々に祈りを捧げていると思っているのだ。
そんな顔をしないで欲しい、と思ってしまう。それでもそんなことを言っても、お兄さまは勘違いをするだろう。