ep.13 女神像
私はエレーナの腕を引いて、祈りの部屋をあとにする。どこに向かうのか、と聞かれると明確にはできない。それでも、ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
「もういちど聖書を読みましょう。しっかり読み込むことで、分かることもあると思うのですわ」
ニコニコとしたエレーナは、大きく頷いた。シスターエディは、各自の部屋をと言っていた。それなら、部屋でゆっくりと読み込むのもいいかもしれない。
まずは、自分の部屋を探す必要がある。シスターエディがここまで案内をしてくれた。ほかにシスターも見ていないことから、この特別授業棟の案内はしてもらえない可能性が高い。
案の定、祈りの部屋を出てから誰ともすれ違いをしない。キョロキョロとあたりを見渡して、与えられた自室を探す。
「リシェルは、どこに向かっているの?」
「先ほどシスターエディがおしゃっていた、自室を探していますわ」
エレーナの唸る声が、うしろから聞こえてきた。私はその声に振り返ると、彼女は少し俯いて考えごとをしているようだ。どうかしたのか心配になる。
俯いた彼女を覗こうとして、膝を軽く折った。
「どうかされましたか?」
「こんなにも誰もいないなんて……おかしくはないのかしら?」
エレーナが疑問に思うのも無理はない。私もエレーナも家柄的に、たくさんの使用人を抱えている。廊下を歩いていて、こんなにも静かなのは違和感でしかないのだ。
それになによりも、私たちはここにきて初日。はじめての場所なら尚更、案内人をつけるべきだろう。
ともなれば、これは罠?
「うぅん……でも、私たちはあくまで自室を探している。それだけですわ!」
自室を探している過程でなにか発見できたら、棚からぼたもちだ。それに、なにか言われても堂々たる口実がある。むしろ、胸を張って歩いていた方が自然に見える。
案内人がいないというのは、ある意味好都合。
シスターエディがはなしはじめ、重厚感のあるパイプオルガンの音が聞こえてきた。その時に聞こえてきたパイプオルガンが、通り過ぎた部屋の隙間から一瞬見えた気がした。
私はハッとなり、少し引き返す。
「どう……」
「お静かに!」
エレーナが話しはじめたのをサッと止めた。扉を開き、中に入る。木の香りに包まれた室内は、癒し空間となっていた。しかし私は、ドキドキとした気持ちでいっぱいだ。
金と銀で出来た美しいパイプオルガンは、壁に取り付けられている。私の隣では、エレーナが目を輝かせていた。
パイプオルガンの中央に女神像が埋められている。その女神像は、普段見る姿とは違った。私たちが祈るように、膝をついて祈りを捧げているのだ。こんな姿の女神像は見たことがない。
「女神さまが、祈りを?」
目を輝かせていたエレーナも気がついたようだ。セシル家は宗教に関わる家。私が思うよりも、エレーナの方がきっと不思議に思っているに違いない。
女神さまは祈りを捧げられる側であって、祈る側ではないのだから。この祈る仕草は、あまりにも不自然だ。
しかも表情は悲しみに満ちていて、今にも涙が流れそうな表情をしている。このパイプオルガンは、なにを意味しているのだろうか。不思議に思い、さらに一歩近づいた。
コツンッと自分の足音が室内に響く。音を立てて歩いたつもりはないが、どうやらこの部屋はよく響くようにできているらしい。小さな足音がこだまして、大きな音になっていく。
きっとそうして、他の部屋にいた私たちの元に音楽を届けたのだろう。
「うぅん、これは……一体どういう、」
エレーナは、自分の世界に入り込んでいた。腕を組んで悩み、顎に手を持ってきては悩み。頭を必死に回転させているように見える。
「ここで考えていても、答えはきっと出ませんわ。どこかにヒントがあるかも……探し出しましょう!」
「確かに、そうかもしれないわ」
この部屋を見渡しても、壁一面のパイプオルガン、女神像。それから、演奏者が座るための椅子のみだ。
木製でできた椅子の座面に、なにか文字が書かれている。私は、エレーナに手招きをして椅子の方へと近づいた。
「さいだん?」
「えぇ、そうみたいですわ」
辿々しい読み方で椅子の文字をエレーナが読み上げた。全くピンとこない、私とエレーナは顔を合わせて首を傾げた。
祭壇と言われても、どこのことか分からない。いつも祈りを捧げていたあの広場だろうか。それとも今日、祈りを捧げた祈りの場だろうか……。
解明させなくてはいけない問題が増えてしまった。