ep.12 成し遂げたい
「それでは、今日の祈りはおしまい」
手を叩いて、私たちに合図をした。立ち上がっているシスターエディを見上げると、柔らかな微笑みを浮かべている。それを見ると、私が目を開けていたことには気がついていないようだ。
軽く肩を撫で下ろし、立ちあがろうとした。それでも足に力が入らない。ずっとからだを受け止めていたのだから、無理もない。
距離を置いて座るエレーナは、手を前についてプルプルと子鹿のように震えている。同じく、立てないのだ。
そんな私とエレーナを見かねたのか、シスターエディは咳払いをした。
「いいですか? 今日はこれでおしまい。各自部屋が用意されているので、その部屋に向かうように」
それだけを言い残し、祈りの部屋から出ていった。きっとこの状態のふたりを待っていては、埒があかないと思ったのだろう。足の痺れが取れるまで、なんとか体制を崩す。
「いたた……」
ジンジンとして、すこし動くだけで激痛が走る。動かしているのは自分の足なのに、鉛のように重くて両手を使って動かす。ひりつく足は、いつになったら動くのやら。
足をなんとか伸ばして、はしたないが足を伸ばして両手を後ろについている。そして、上空の流れる雲を眺める。
狭い箱庭から見える景色は、綺麗な青空。ふわりとそよぐ風は頬を撫でていく。花々の優しい甘い香りが鼻をくすぐる。美しい光景だ。
軽く息を吐き出した。
作られた美しさに見えて、息が詰まりそうになる。不自然なほど、視野が狭められた世界。孤立させて、本当の歴史を学ぶ。逃げたくても鳥かごに入れられ、飛ぶことすらできなくする。
それなのに、見える景色だけは美しい。
「ねぇ……リシェル?」
「どうしたの?」
同じように足を投げ出して座り込むエレーナは、上半身を寝かした。芝生の上で大の字になって寝ている。
貴族の娘としてよろしくない格好ではあるが、いまはふたりきりだから目を瞑ることにする。それに、寝そべってはいないものの私も似たり寄ったりだ。
「あんなこと言われてしまって、私……私がもしも女王さまになっても、なにも変えられないかもしれないわ」
「そんな弱気を! と言いたいけれど、その気持ちもよく分かりますわ」
エレーナは、明るくて心が優しい。だからこそ悲しいと思ったのだろうが、優しいがゆえに自分を押し通すことは難しいに違いない。彼女の本心は、この鳥かごの中ではナイフにもならないのだ。鳥かごを壊さなくては、自分の思いは外に出すことができない。
だからこそ、意志を強く。そして、弱気になっている暇はない。
もちろん気怠く重たい、この足枷を外すのは至難の業。次の御信託が降りる日までの1ヶ月間を、どう過ごすかがカギになるだろう。
エレーナではなく、私がなるしかないのだ。私が、この王国を救いたい。
ピリピリとする脚をさする。指先がようやく動くようになってきた。
「エレーナ、私は必ず成し遂げてみせますわ!」
腹を括るかのように、気持ちを固めた。まっすぐに見る私の視線は、からだを起こしたエレーナとぶつかる。
ぎゅっと唇に力を入れ、頷いてみせた。
「リシェルは、やっぱり強いのね」
強くなんてない。そう見えるように振る舞っているだけ。正直に言えば、逃げ出したい。こんな足枷、引きずって。
でも、そしたらあの子たちは? 見殺しにすると言うの? あのとき、私は見て見ぬ振りしかできなかった。いまは違う。それなら薔薇の森でもあの幼い子たちを助けるために、苦しくても進むしかない。
目を閉じて、胸に手を当てた。
「私たちでなければ、救えないのです。だから、私がやるしかない……そう心に決めましたの」
ギリリっと歯軋りをする。絶対に救いたい。御信託を得たその先を思うと、立ち止まってしまいそうになる。そんな自分がいやになる。
だからこそ、この気持ちを口に出してみる。言の葉は、私をきっと導いていくれる。
「リシェル! 私、どこまでもついていくわ!」
「ええ、ふたりで乗り越えましょう!」
痺れの取れた足に力を入れて立ち上がる。そしてエレーナの元に行き、手を差し伸べた。私の顔をじっと見つめる彼女の目は揺れている。きっとエレーナの中で、なにか考えて葛藤をしているのだろう。
見つめ合う形で私とエレーナは、固まった。ふわりと風が吹き、私の髪を撫でた。ゆるい風が止む。
「リシェル?」
「どうなさったの?」
「やっぱり、不安は無くならないわ」
差し出した手に、おずおずとエレーナが手を乗せた。私は彼女の腕を引く。大丈夫だと言い聞かせるかのように。
私に腕を引かれるかたちで、エレーナは立ち上がった。彼女と身長差はほとんどない。
「そうですわね。でも、そのために今から準備をいたしましょう!」
私が御信託を受ける! と思ったところで、現実はどうなるのかわからない。もしかしたら、私ではなくてエレーナになる可能性もある。それならば、しっかりとはなしを練った方が得策だ。