ep.11 セラヴィ
セラヴィと呼ばれる少女は、黒い髪だった。それがあるとき突然、金の髪に生まれ変わった。金のヴェールでもしているかの如く、美しさをまとわせて。
彼女のまわりには、見たことのない"白いトリカブト"の花が一面を覆い尽くしていた。この白いトリカブトが、のちの国華となる。そして、その白いトリカブトから生まれた『女神の涙』という名前の薬になった。
この薬は、清めるために使用されている。
奴隷階級の子どもたち……すなわち、人々の罪を代わりになるものたち。彼が服用をして、国を守る戦士となるのだ。
ただ、身をキレイにしてお清めをしても効果は薄い。効果を出すためには、強き力を持つ子どもの方が望ましいとされている。今でいう遊戯が、それにあたる。
だからこそ、最高爵位を持つ人間が見守る必要がある。それが今でも大切にされている。
ここまで流暢に語った、シスターエディは両手を開いて悦に浸るように頬を紅潮させた。女神のひかりを浴びるかの如く、両手を開く。
やや上向きだった顔をこちらに向けた。パイプオルガンの音が止まるのを待っているようだ。
静かになった部屋で、重要なことを言うように囁く。
「あなた方ふたりは、金の髪をもつ選ばれし存在。だからこそ、この伝統を守り抜かなければならないのです。それが使命」
美しく語られたが、全くもって美談とするには胸が痛い。返事をしてしまえば、後に引けない気がして。ぐっと唇を噛んで、おしだまる。
こんなに金の髪を疎ましく思ったのは、はじめてかもしれない。お母さまに、キツく言われるよりも何倍もの力で心に針を刺されている。そして、この針は抜くに抜けず抜いたところで、血が流れ出るだけ。
シスターエディは、高揚した表情から口角を一気に押し下げた。返事のない私たちを、ヴェールの隙間から睨んでいるかもしれない。
それでもなお、私の心の中にはこの遊戯はおかしい。と反発をしている。
「そして、女神さまのお導きをあなた方は待つのです」
釘を刺されているかのような言い方だ。心臓が飛び跳ねそうになる。女王になっても、私たちの力なんかではなにも変えられない。そう言われているのだろう。だからと言って、指を咥えて待っているだけではいられない。
これは、ただの私の自己満足。見殺しにした子どもたちに報いを求めているだけ。
第二章の衝撃的なはなしも終わり、私たちはお祈りの場所へと移動をする。同じような渡り廊下を歩き、芝生に小さなカラフルな花々が咲いている。その中央に、見知った女神像が設置されていた。
大きさは、女性の身長と変わらない。私の目線の前に、女神像の目がある。
シスターエディが、膝をつき胸の前に手を置いて祈りをはじめた。それに続いて、私たちもシスターエディの少しうしろで同じように膝をついて祈る。
女王になって、私がなんとしても変えてみせます。だから……だから、私に女神さまのちからをお与えください。
普段の祈りの時間よりも長い時間をかけて、お祈りをする。膝をついて、全体重を足が受け止めている状態だ。足は痺れ、ピリピリとしてきた。それでも、この祈りの時間は終わらない。この時間のために、私たちを集めているかのようにも感じる。
眠たいわけではないのに、目を瞑って長いからか、からだが揺れはじめる。ふわりとする感覚に、自分が自分ではなくなるみたいだ。なんとか足に力をいれて、耐えようとした。焦る気持ちから、うっすらと目を開く。
離れた位置にいるエレーナは、首をしなだれて寝ているように見える。膝を折って座っていたはずなのに、シスターエディは小さな椅子に腰をかけていた。
ずるいとは言わないが、すこし文句を言いたくもなる。しかし、彼女の年齢を考慮するなら当たり前かもしれない。そもそも私たちのための祈り。こんなふうに思ってしまうのは、お門違いというものだろう。
正直にいえば、この時間は必要なのか? と疑問なのだ。というのも、光が降り注ぐ御信託が降りるのは満月の夜だけ。こうして強く祈ることで、その満月の夜に御信託が降りやすくなるというのだが。甚だ疑問である。
今は、太陽の光が上から注がれている。屋根もなく、柱のようになった太い木々が小さな影を落としていた。足元で咲く花々は、光を浴びてキラキラと輝いている。
私の心の中とは全く逆だ。私もカラフルな花々のように、輝きたい。輝く金の髪と言われるように、心の奥から光を放ちたい。
そう願ってしまう。
見慣れた女神像も、すこし悲しそうな表情に見えてくる。
あぁ、きっと女神さまも同じように苦しみがあったのでしょうね。でなければ、こんな酷な国にならなかった……そうでしょう?
女神像に、心のなかで話しかける。返事はもちろんないのだけれど。それでも、共感の念を感じた。
カタッと小さな音を立てて、シスターエディが立ち上がった。目を開いているのがバレてしまったのか。そんな不安感に苛まれる。