⑤”フロとコル”とは何だ?マイコニドのマイコ(舞妓)はん!
マイコはん、現代の風呂に挑む!?
お湯はあるけど、薪はなし。
ボタンはあるけど、火は見えず。
天狗の仕業か、はたまたリリィの陰謀か・・?
果たして、マイコはんは無事にお湯に浸かれるのかー!?
ヒナタ「・・フラグ立てまくりじゃねぇか・・」(ボソリ)
――すっかり日が暮れた、長屋の廊下。
風呂桶を両手で抱えて、ぴたぴたと歩く。
その姿は、艶やかな舞妓というより――巨大なカタツムリ。
足袋の下から伝わる廊下の板の感触が、妙に懐かしく思えるマイコはん。
風呂桶の中には、リリィからもらったタオルや石鹸、着替えの一式がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
「薪も炭も要らんし、押したら湯が湧いて、勝手に止まるて・・なんちゅう仕掛けやろか?」
浴室を案内してくれた時の、リリィの調子のいい声が、ふと思い出された。
(―「バスルーム、こっちデス!共用デスガ、あったか〜いお湯、チャント出マース!」―)
(―「マイコはん、this is オート・バス・システム!No fire, no smoke!ボタン、ピッするだけでOK!」―)
(―「ほな、火も使わんと、湯も炊かんと、ただその・・すまほ?いう板を撫でるだけで?・・あんれまぁ・・こらもう、狐どころか天狗の仕業やわぁ・・」―)
便利さ、という現代の波に書き換わっていく。
ぼんやりとした記憶にある、マイコの常識が。
「火ぃ熾して、煙にむせて・・そないして焚くんが風呂やったのに・・ほんま、時代が変わったんどすなぁ・・」
ぼんやりとしか浮かばない過ぎ去りし日々を思い、小さく息を吐いた。
(――マイコはん、トテモよごれてるから、バスタイム、マストですネ!――)
土と雨と苔と、その他もろもろで汚れた姿を恥ずかしいと思う心も(一応)ある。
(・・お風呂は命の洗濯、言いますさかい・・)
苔の生えた着物は、最初こそ少し湿っていたが、空気に触れるにつれ、表面がぱりぱりと乾いて、ひび割れていくようだった。
適度な水分などが必要かも知れない――キノコだから?
(さっぱりしたら・・ほかにも、なんぞ思い出すやろか・・?)
胸の中でぽつりと呟く。
マイコが浴室の古い木扉を開ける。
こぢんまりした脱衣所は当時のまま。
奥の檜の浴槽などは、”りふぉーむ”、されているとのことだった。
風呂桶を脱衣所の棚にそっと置き、衣紋を正して、ひとつ深呼吸した。
「リリィはん、ほんにおおきに・・ほな、ちょっと失礼して、いただきますえ」
その場にいない相手でも、その礼を忘れないマイコはん。
「・・でも・・リリィはんには悪いんやけど・・・」
まだ着物を脱ぐ決心もつかぬまま、ぶよぶよの裾をたくしあげて、奥へと。
「ちょっと失礼して、見せて・・?」
洗い場への扉を、そっと開けた。
ぶよぶよの身体を包む、苔むしたような着物が、ぬるりと滑る。
「・・やっぱり、誰も、おらへんみたいどすな・・」
途端、白い湯気が音もなく押し寄せる。
壁面に取り付けられた鏡とシャワーヘッド、操作するコックなど。
その前にたたずみ、しげしげと見つめる。
「これから水や湯が出るて言うてはったけど・・」
ぶよぶよの外見に似合わず、警戒心の高いマイコはん?
「ほんまに、そんな都合よう出てくるもんどすかいな・・?」
異国の拷問具のようにも見えるその造形に、おそるおそる指を伸ばすマイコ。
「・・リリィはんには悪いけど、ちょっと失礼して、試してみましょか?」
そのままの体勢で、うっかりシャワーの手元のボタンに――
カチッ。
小さな音と同時に——
「・・うん?――」
バシャアアアアアアアッ!!!!
「あばばばばばばばばばっ!?!?!?」
凄まじい水圧とともに顔面にモロ直撃するシャワー。
ぶよぶよの白塗り肌に容赦なく浴びせかけられる温水。
「ち、ちきしょーっ!なんやこの無慈悲な雨どすーっ!?」
最新の高圧型に改良された水圧が、ブヨブヨなマイコ顔面を容赦なく、ブルブルと震わせる。
「と、止めな!?・・止めな、アカンやつどすぅぅぅっ!!」
勢いよく噴き出る水に目を開けられず、マイコはん、顔をそむけながら――
コックを止める向きにひねろうとしても、水圧でうまく手が届かない。
「止まらへんやんかーっ!ちょ、ちょっと、うち着物なんですけどぉっ!!」
もはや半泣きになりながら、袖をぶるぶる振りながら、シャワーヘッドを両手で押さえ込む。
「お願いやさかい、静まっておくれやすぅぅぅ!!」
ぐるりと無理やり壁の向きに。
——しかし、運命は非情だった。
ホースが壁から外れ、シャワーヘッドは狂った蛇のように宙を舞い、暴れだした!!
「ぴえええええええええっっ!?!?!?!?」
ビュン! 「あうっ!?」
ビタン! 「いたぁあ!?」
ビッッシャアァァァ!! 「ひやぁぁあーんっ!?」
暴れるシャワーヘッドがマイコの額にクリーンヒット。
さらに二の腕、背中、そしてお尻を次々と打ちつける!
水が壁と床を打ち、反響音が恐怖を増幅させる。
「り、りりぃはん!?、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!」
しかし返事はない。
誰も来ない。
鏡の中には、びしょ濡れの、ぶよぶよの舞妓がひとり、暴れるシャワーと格闘する姿。
——そのとき、蛇のようなシャワーがマイコの首元に巻きついた!
「ま、待ってや! そないなとこに巻かはったら・・ぐぅぇええぇー!?」
彼女の絶叫は、シャワーの轟音にかき消され、夜の風呂場にこだました——。
****************************
── 夜、長屋の共用風呂へ向かうマイコ──
それを見送ったリリィは、自室の101号室に戻っていた。
古びた引き戸を閉めたリリィは、ジャージの袖をまくりながら小さく息を吐いた。
「フゥ・・やれやれデス・・未完成試作機は、毎度毎度サプライズ満点ね・・」
アニメグッズが並ぶ、狭く薄暗い長屋の一室。
しかし、その部屋の家電は最新式、高性能なモノで揃えられていた。
リリィは壁の一角に貼り付けた金属板の前に立つと、手首の銀色のデバイスをかざす。
──ただのスマートウォッチに見える、
”R.E.M.S.(Resonance Echo Mapping System:共鳴残響測定装置)”
かすかな電子音とともに金属板が光り出した。
“Scanning room… please remain still.”
(部屋をスキャン中…静止してください)
壁から光の網が広がり、部屋全体を包み込む。
畳の隙間、押し入れの中、天井の梁に至るまで、細密な網状の光線が浮遊する物質を分析していく。
リリィは瓶底メガネを指先で押し上げながら、小さくつぶやく。
「こっちは問題なしかナ?、カビも胞子も、ナッシングであってほしいデース・・」
──数秒後、”R.E.M.S.”に緑のランプが静かに点滅する。
そして、リリィの持つスマホの画面に
**“Contaminant level: 0.00 | Status: STERILE”**が表示された。
(汚染レベル:0.00|ステータス:無菌)
少女の口元に、安心したような笑みが浮かんだ。
「オーケー・・安全地帯、確保完了。今夜もココが、わたしの小さな観測ステーション、デスね・・」
リリィの指先が、鼻梁にかかる重たいメガネのフレームに触れる。
「"Alrighty, let’s get the observation equipment ready, shall we?"」
彼女の声は幼さを残していながらも、妙に凛としていた。
仮面のような笑みが消える。
カチリ、とわずかな音を立てて、瓶底のような分厚いメガネはゆっくりと外された。
レンズの向こうに隠れていた青い瞳が、スマホのディスプレイの光を反射する。
まるで、長い間封印されていた“本来の視線”が蘇るかのように。
「Priority Request Protocol.…Initiate」
(優先要求プロトコル…起動)
低く、意志のこもった声。
その言葉が空気に溶ける瞬間、端末に透き通るような蒼い花の蕾が浮かび上がる。
彼女は手元の画面に映る幾何学的なロックパターンに目を細めた。
通常の認証とは異なる、虹彩認証と脳波反応を組み合わせたGAIA内部アクセス専用のUIが起動する。
ディスプレイには、
[PROTOCOL: L-JUNE / PRIORITY ACCESS REQUESTED]
(L-JUNEプロトコル、優先アクセスを申請)
という文字が浮かび、微細な震えと共に金属的な音が端末から漏れる。
端末の氷結の蕾が、ゆっくりと花弁を広げていく。
この瞬間だけ、青い彩光が、GAIA最上位通信帯域を解き放つ鍵となったことを示した。
緊張に小さく息を呑み、少女の指先が慎重に画面を滑る。
『Codename: June Bride.
Initiate priority requisition protocol.
Target: Civilian housing unit, Block 4, Sector 3—under my jurisdiction.
Deploy the following assets: autonomous cleaning unit, atmospheric filtration, mobile data terminal, thermal regulation system, basic illumination array, and surveillance node—non-intrusive, fully concealed.
All systems to include embedded AI support functionality.
Classification: Confidential. Civilian exposure: strictly prohibited.
Insertion method: Osprey, silent aerial drop.
Execution timestamp: Immediate.
Authorization: Level 4 override—confirmed.
Post-drop directive: Mobilize Japan Division assets. Execute rapid deployment and covert installation..
—No trace.」
その姿は、少女の甘さを排した、観測官としての使命に従う姿。
――そして、絶対なる”命令”は打ち込まれ――
端末の花がひときわ輝きを増し、部屋の空気が一変する。
["Acknowledged, Princess. Orders received and confirmed.
Execution proceeding as instructed.
All units will maintain zero visibility.
For GAIA and protocol."]
リリィの金髪の束がふわりと舞い、冷気のような仄かな気配が周囲を撫でた。
――”忠実な”ログをデバイスは、示して――
端末の氷結の花が、ゆっくりと消えていく。
ログを確認しながら、ふと窓の外の夜空に目を向ける。
「Please wait for me, Father... sisters. I promise, I will reach the origin.…」
落ち着いた決意を込めて、リリィは呟く。
そこにはまだ分厚い雨雲が、夜空の星々を隠していた。
*****************
――洗い場に佇む、マイコはん――
ぶよぶよの外膜がビタビタになり、襟元から水が染み込み、袖も裾もぐっしょり。
カチッ・・・プシュ・・・
なんとか・・シャワーヘッドの止めるスイッチに触れ、ようやく治まった水。
「・・ウチ、脱いでからにしたらよろしかったんどすな・・」
ぐしゃぐしゃになった着物を抱えながら、ぼそっと漏らす。
洗い場には、シャワーとの死闘によって充満した湯気が、白くもわもわっと立ちこめている。
ぐにゃりとした輪郭、半透明の粘膜。
全身をずぶ濡れにしたマイコの身体に変化があった。
洗い場に佇むその姿は、舞妓というより巨大なナメクジ。
当の本人は、全く気付かない。
しかし京の古道で雨に濡れた石畳のような質感を持ち、どこか神秘的で妖艶でもあった。
浴槽に湛えられたお湯を見つめるマイコはん。
“ぶよぶよ”と膨らんだ皮膜の内側で、得体の知れない衝動が、じわじわとふくらんでいた。
「・・なんという、澄んだお湯どすなぁ・・・」
湿り気を帯びた空気が、静かに彼女の外殻を撫でてゆく。
肌の上、ではない。
もっと深いところ――輪郭の曖昧な、感情の核のあたりが、ふわりと溶けてゆく。
「・・入りたいんどす・・・」
それは言葉というより、滲み出した願いだった。
それは、思考というより、本能に近い。
記憶の奥、言葉にならぬ場所に染みついている、“あの頃”の習慣。
誰に言うでもなく、誰かに許されたわけでもない。
けれどその想いは、確かに彼女の中にあった。
湯に浸かりたい。
湯に、自分を浸してみたい。
記憶の奥に、ぼんやりとした映像が浮かぶ。
――誰かが髪を梳いていた。
――誰かの笑い声が、簾越しに聞こえた。
――湯の匂い、白粉の甘い香り。
――そして、肌に触れた手のぬくもり。
それは懐かしくて、けれど――あまりに遠い。
名前も、顔も、もう思い出せない。
「・・うち、なんで、ここにおるんやろ・・」
皮膚の外殻が、かすかに震える。
目も鼻も耳も曖昧なまま、マイコは、ただ“感じて”いた。
熱でもない、湿気でもない、
もっと深いところを撫でてゆく、やさしい揺らぎ。
思考が輪郭を失いはじめる。
“誰か”のことを、思い出しそうになる。
けれど、その“誰か”の名も、顔も、もう霧のむこう。
自分が何者か、なぜここにいるのかさえ、すこし遠のいていく。
それが、怖いことなのか、うれしいことなのか――
マイコには、もう分からなかった。
――足元から、白く細い菌糸が滑るように伸びてゆく。
白く細い菌糸が静かに床へと這い、壁際、排気口、天井の角・・
あらゆる隅を探り、誰もいないことを確かめるように静かに広がってゆく。
「・・大丈夫、どすな・・・?」
誰に言うともなく、マイコは呟いた。
それは防衛本能であり、孤独な警戒であり――
同時に、彼女が「恐れているものの名前すら忘れている」ことを、物語っていた。
やがて、湯気の中で、彼女は動きを止める。
ただ、確かなのは。
今のこの身体にまとわりつくものが、余分だということ。
そう確認してから、マイコは着物(外殻)の帯に、そっと手をかけた。
ぶよぶよと膨らんだ外殻の下にある、重たい布地が、
皮膚とも殻ともつかぬ薄膜が、
1枚ずつ、ゆっくりと剥がれ落ちてゆく。
ぱさり。
ぬめりのある外殻が、はらりと剥がれる。
ぽとり。
ぶよぶよと膨らんだ肉の膜が、ゆっくりと床へ落ちてゆく。
しゅるり。
1枚ずつ、“余分なもの”を脱ぎはじめた。
湯気のなかに沈んでいくそれらは、すべて名も形もないまま。
それでいて、たしかに“重さ”をもっていたもの。
罪か、記憶か、羞恥か、痛みか――
何かは分からぬまま、
けれど確かに“捨ててゆく”感覚だけが、あった。
やがて残ったのは・・・
何の飾りもない、透けるような”核”に近いかたち。
(――それでもなお、“わたし”と呼べるのかどうか――)
その”かたち”を見たいとも思わない。
それさえ、もう、どうでもよくなっていた。
けれど、それはあまりに儚く、光と湯気の中で輪郭さえ曖昧で。
誰よりも美しく、誰よりも不確かだった。
「・・さっぱり、したいんどす・・・」
少女のような声が、かすかに空気を震わせた。
マイコは、洗面桶を手に取る。
異様に長い指先が、器の縁をなぞるように静かに滑る。
そして、湯船から静かに湯を汲み――
右肩から左肩へ。
胸元から手首へ。
流れるような所作で、身に掛ける。
動きは一分の乱れもなく、あまりにも滑らかだった。
まるで、その外形にかかわらず、「芸」だけは芯に残っているかのように。
肌とも膜ともつかぬ表面を伝って、湯がしずくとなり床に滴る。
湯の流れが肌の曲線をなぞるたび、それは舞のようにも見えた。
静かに、マイコは、そっと湯の中へ身を滑らせた。
波紋がゆっくりと広がり、ふわりと白い胞子が浮かんでは消えた。
誰に見せるでもない、水と身体の交わりだけが紡ぐ舞。
静かな水音だけが、その世界のすべてだった。
「・・ぬくい・・」
それは皮膚か、感情か、記憶か。
マイコは小さく呟いた。
誰にも聞こえないような声で。
かつての自分にさえ届かないような、小さな祈りのように。
肌とも膜ともつかぬ表面に、湯のあたたかさがゆっくりと沁みてゆく。
白く、静かに、夜の光の粒とともに。
ぬるくて、やさしくて。
「・・あぁ・・」
吐息にも似た声が、唇から漏れる。
目を閉じ、もう一度、湯をすくう。
今度は胸元からゆっくりと、湯を垂らす。
まるで、自分の輪郭をひとつずつ確かめるように――
あるいは、思い出せぬ記憶の扉を、そっと叩くように。
その内側で、何かが確かに、目を覚ましかけていた。
――自分の姿を、自分で見ないままで。
誰も望んでいないシリーズ:タイトルの『フロとコル』解説!
①フロ=風呂:言うまでもなく、マイコはんが今回、身体(感情・殻・感情)を解きほぐす場
②コル=”core(核)”、"coll(呼び声)"、”cold(冷たさ)"
③プロトコル=”protocol(規定された手順、秩序と制御の象徴)”
リリィ「フフフ・・読者の皆サン、これが”タイトル回収”ってヤツデス!」
マイコはん「リリィはん?・・どないしたん?何をどこに向かって、しゃべってはるんどす?」
ゆったり、まったりと、進んでいきます~♪(=゜ω゜)ノ<すいません、更新不定期ですw