②住処(すみか)を探せ!マイコニドのマイコ(舞妓)はん!
『しいな ここみ』様(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2175055/blogkey/3449778/)の『梅雨のじめじめ企画』参加作品になります!
──美しく咲いた花は、土に還らず。
無念と情熱が、キノコとなりて蘇る──
これは、ひとりの舞妓の魂が、白塗りの怪異へと姿を変えた、哀しき伝承 (たぶん)
※「マイコニド(Myconid)」は、ファンタジーに登場するキノコのような姿をした人型生物。特に有名なのは『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』というテーブルトークRPGに登場するクリーチャーです※
さーて、ようやくに第二話が始まります!現代の日本に甦ったマイコはん!今回もアノ言葉を叫ぶのでしょうか!?( *´艸`)<今回から挿絵(AI生成)があります!(作中人物の年齢を変更しました)
・・・本格的な梅雨に入ろうかという季節。
ある日の午後、原宿の喧騒が一息ついたような、微妙に生温い風が表参道の通りを抜けていた。
竹下通りから一本裏手に入った場所。
カフェとセレクトショップの間に、古びた木製の看板が見える。
『劇場 梔子座』
大正ロマン風の外観を残す、小さな劇場。
壁には経年劣化したポスターと、今は閉じられた年季を感じさせる黒い鉄扉。
その前に立つ、ふたつのシルエット。
ひとつは長身で細身の影。
茶髪、白い歯、きつい香水の匂い。
派手な白いジャケットの中から、笑顔を引き出しながら、レンは言った。
「マイコはん、ヤベーよ、その姿と動き。魂が震えるっつーか。・・お、出てくっかな?」
もうひとつは小柄で、ふくよか・・いや肥満体の影。
ぶよぶよの物体のことを『マイコ』と呼ぶ男。
隣には、異様な風貌の女(?)――のマイコが所在なげに佇んでいる。
白粉がまだ乾ききらない顔、赤い唇、くたびれた和装。
ぶよぶよとしたキノコめいたシルエットに、ぐねるような動き。
鉄扉がギィィと重く開く。
中から現れたのは、六十代半ばの銀縁眼鏡の男性。
綺麗に整えられた髭、痩せた体にジャケット、片手に新聞紙。
この劇場の支配人と思われる。
「・・で? 今日はどんな“売り込み”です?」
その声は、お世辞にも『好印象』とは言えない響き。
「いい風吹いてますね、支配人。今度、ウチの“マイコ”をここでショーに出したいんスよ。ほら、今SNSでも“異形舞”とかバズってるでしょ? 新時代の地下芸能っス」
風のように軽い言葉が通り過ぎる。
「・・バズり? はあ・・いや、すまんがね。ここは“舞台”であって“実験場”じゃないんだよ」
支配人はマイコを一瞥し、眉をひそめる。
まるで『見世物』そのもの。
「いやいや、“舞”ですよ。舞妓です。“芸”がある。話題性もあるみたいな?」
レンの表情はいつも通り笑っているが、その目元はどこか苛立っていた。
「すんまへん。ここ、お借りできませんやろか」
甲高い、野太いおっさん声、雅な京言葉があとに続く。
ぶよぶよの物体が頭を下げる。
白い胞子がパラパラと落ちる。
それが立っているだけでも場違いな雰囲気を放つ。
「・・正直、気味が悪いんだよ。その“マイコ”とやらは。化けも・・いや、人形みたいで・・どこか腐ってるように見える。うちは、そういうのは扱わない」
支配人は首を横に振った。
「・・腐っとる・・やなんて・・・」
その声は小さく、だが心に染み込むように低い。
他の場所でも同じようなことを繰り返した。
──ある地下劇場のオーナーは言った。
「いやぁ、その、うちではね、もう少しこう・・若くて、シュッとした子の方がウケがよくてね」
──別のイベントスペースの責任者も苦笑いを浮かべた。
「あー・・うちのイメージとちょっと違うかな。正直、見栄えって大事だからさ」
マイコはそのたびに小さくうなずき、申し訳なさそうに頭を下げた。
「そやね・・仕方あらしまへんな。ウチが見栄えのせいで・・おおきに、失礼します」
ここでも繰り返される風景は、マイコの心を徐々に蝕み始めていた。
──「悪く思わないでくれ。君たちは・・たぶん、行く場所を間違えてる」
支配人はドアを閉めようとする。
鉄扉がギィィと重く閉まる。
だが、その時。
「ちょっと待ってください!」
鉄扉がガッッと鈍い音を立てる。
「なっ、レンはん!?・・」
黒光りする革靴が鉄扉に食い込んでいた。
「・・いてぇ!?・・あ、こ、この人、本当にすごいんです。舞台に立てば、空気が変わるんです。お願いです、どうか一度だけでいい、チャンスをください」
横で立っていたレンが、勢いよく頭を下げた。
長い茶髪が横顔を隠す。
一瞬の静寂。
「そんなに言うなら、一回だけね。評判次第ではまた考えるよ・・また連絡する」
その真剣な声と頭を下げる姿に、支配人の顔がやや和らぐ。
「・・おおきに・・ありがとおおす・・」
手を前に合わせ、深くマイコは頭を下げた。
──劇場を後にして、マイコは後ろからレンの背を見つめた。
白粉の奥、目の縁がほんのり濡れていた。
(・・あの人・・ウチのために、ほんまに・・・)
きちんとした礼を伝えたかった。
男は、先ほどまで足を痛そうにしていたが、今はスマホ片手に忙しそうにしている。
彼の持つスマホが、何なのか分からぬマイコであった。
ただ、片時もそれから手を離さないレンにとって、大切な物であろう。
邪魔をしてはならない。
舞を生き方の芯に据えている自分にとって、大切な物と同じように。
ほんの一瞬、マイコの中にあたたかな灯りのような感情が芽生える。
醜く、孤独だった自分の姿に、ひと筋の光が差すかのように。
──先を歩くレンの顔が、ふっと笑みを浮かべた。
(・・頭ひとつ下げるだけで、金が転がり込むんだ。アマちゃんばっかで助かるぜ・・あの化け物も、都合のいい財布ってわけだ・・)
その笑みは、マイコには見えなかった。
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・・じゃりじゃりと、草履と靴が砂を踏む音がする。
細い路地を抜けた先に、くすんだ瓦屋根と黒ずんだ板壁が並ぶ一角。
すりガラスの入った木製の引き戸。
節くれだった柱には、誰かのいたずら書きが薄く残る。
「ここは・・はぁー・・今までのハイカラな建物より、だいぶんに落ち着きますわ〜・・」
──風雨にさらされて歪みがあるが、築70年の木造平屋が、そこにあった。
片手にスマホ、もう片方の手に煙草を持つ若い男。
「はーい着いた着いた。ここ、オレが見つけた長屋な。 ここ、なーんか味あるっしょ? 木の感じとかさ、今どき逆にオシャレっていうか・・レトロ映え? みたいな?」
場違いなほど派手なホスト風のレンが、建物を見上げながら言う。
「まぁ・・ちょいボロだけど、お前にはちょうどいいんじゃね?」
着物の袖から、ぶよぶよの手が伸びる。
「ほんまや・・この木のぬくもり、なんや懐かしい・・ええ所やわぁ。ウチ、こないな長屋、好きですえ」
風の音に頬をなでられながら、そっと玄関の木戸に手をかける。
マイコはしみじみと柱に触れながら、嬉しそうに言った。
「マジで言ってんの? さすが時代錯誤。・・ま、実はここ、家賃もムチャクチャ安・・いや、うん、まぁそれは気にしなくていいから。うん。細かいことはナシで」
レンは煙草を吸いながら軽く鼻で笑う。
「家賃・・どすか?」
どこに首があるのか分からない小首をかしげる。
「あ〜それね、オレがまとめてやっとくからさ。安心してよ。マイコちゃんは、ゆっくりここで・・ね? 生活に慣れるのが先っしょ?全部、俺がマネジメントすっから! ははっ!」
笑顔で手を振りつつ、煙草を咥えて、紫煙を吐き出す。
「よっしゃ! じゃあここ、今日からあんたの家!・・でさ、オレちょっと忙しいから、アンタの世話とか・・・」
その時、ギシリと床板が鳴る。
隣室の引き戸がガラリと開いた。
「ワ〜オ!? ニューご近所さん?Japanese トラディショナル・・ゾンビ!? 舞妓 in Tokyo!? イエエエエー!」
金色の髪を左右で結い、白いリボンを巻いたツインテールが陽にきらめく。
目の前でくるくると回転するような渦巻き模様の瓶底メガネが、ずれかかった鼻の上で光を弾いた。
その奥、よく見ると、青く澄んだ瞳がこちらをじっと見上げていた。
鼻筋には淡いそばかすが散り、笑うでもなく、戸惑うでもなく、好奇心に満ちた表情を浮かべている。
「マイコ・・?アナタ・・ホンモノデスカ?」
たどたどしい日本語が、長屋の静けさを破って響いた。
現れたのは、ダサいジャージ姿の異国の少女だった。
突然の勢いに、ぴくっと肩をすくめるマイコ。
「・・えらい、賑やかにおますなぁ。初めまして、ウチ、マイコと申します。どうぞ、よろしゅう・・」
内心少し引きつつも、静かに京風の会釈を返した。
「ウフフ、Nice to meet you〜! アイム、リリィ・ジューンブライドですの。ワタシ、Otakuでマイコだーいスキです!」
目を輝かせながら、リリィと名乗った少女。
興奮気味にマイコに指をさし、スマホでパシャっと写真を撮る。
「・・これが異国の文化やろか・・でも、なんや憎めまへんなぁ・・」
困惑しながらも、ぶにょんと、白塗りの顔に微笑が浮かぶ。
「お?仲良さそうジャン? じゃあさ、悪いけど、この舞妓さん──ちょっとワケあってさ、しばらくここに住まわせてやってよ。」
レンが苦笑しながら、ポケットから千円札の束を取り出す。
「ホレ、金渡すから。なんかあったら飯とか風呂とか適当に頼む。オレって、超忙しいからさ〜」
そして、リリィの手に、くしゃっと千円札の束をねじ込む。
一瞬だけ金髪の眉が、かすかに歪む。
「・・モチロン! モンダイなーい! Welcome トゥー日本レトロハウス、マイコさん〜!」
・・が、すぐに目を輝かせ、マイコを歓迎するように両手を広げた。
「ほんに、お世話になります・・どないぞよろしゅうに・・」
(えらい騒がしゅうて・・けど、ええ人そうやなぁ・・)
戸惑いながらも、また会釈をするマイコである。
「そんじゃ、がんばってね〜♪ 仲良くね〜、バイバーイ☆」
レンはもう背を向け、軽く手を振る。
去っていく背中に小さく手を振るマイコ。
そして、隣でリリィが満面の笑みでスマホを構えている。
「ね、ね、Selfie OK? マイコ with me? ぜったいバズる!」
「なんやよう分かりまへんけど・・ほな・・お手柔らかにお願い致しますえ・・」
マイコは、少女の姿をまっすぐに見つめ返した。
異邦人でありながら、皆が避けるような外見の自分を迎えてくれる娘さん。
板張りの外壁はところどころ色が剥げ、郵便受けの隅には蜘蛛の巣。
だが、どこか懐かしく、ぬくもりのある風景だった。
時代に取り残されたかの様な長屋と、マイコニドのマイコはん。
国境も時も越えて、物語がゆっくりと動き出すのだった。
(そうや・・今日はまだ、『チキショー!』って言ってまへんわなぁ・・・)
明るく上向きになった心と共に、そうとも思う、マイコであった。
マイコはん「ちょっと待っておくれやす。なんでウチ、主人公やのに、イラスト紹介の一番手やあらしまへんの?」
リリィ「オフコース!それはモチロン、美少女のワタシこそ、真の主人公だからデース!」
マイコはん「なんやそれぇ・・そんなんアリなん?ウチ、納得いかへん・・チキショーっ!?」
ヒナタ(ぼそっ)「・・平常運転だな」