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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
第三章 孤獣と氷華

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似た気配

 静かに笑みを浮かべたその男は、ゆっくりと瞼を開き、一歩、廊下へ踏み出した。


「あぁ、任務お疲れ様」


 ねぎらう言葉とは裏腹に、淡白な声色だった。


 爽やかで清涼感のある声。やや垂れた目尻は静かで優しげな印象を与え、霰のような、柔らかさと冷たさを併せ持つーーどこか誰かに似た雰囲気を纏っていた。


 男は、アイカたちと同じ守攻機関の制服を身にまとい、襟元には淡い象牙色の紀章をつけていた。


「隊長なら中にいるよ。俺はもう行くから」


 そう言って、男は人差し指で部屋の中を軽く指し示す。

 それ以上は何も語らず、静かにアイカたちのほうへと歩み寄ってきた。


 自然と道を空けるように身を寄せると、男はその間をすり抜け、無言のまま廊下を進んでいく。


「今の……」


 去っていく背中を見つめたまま、アイカが小さく呟いた。


 同じ制服と印飾。間違いなく守攻機関(クガミ)の隊員だ。

 しかし、アイカもレイサもハナネも、彼と顔を合わせた記憶がない。


 ――未だ一度も会っていない隊員。


 三人の脳裏に、同時にひとつの名が浮かびかけた、そのときだった。


「今のは、クレム・ルニマ。第一部隊の隊員で、私の兄よ」


 泰然とした態度でネシュカが告げる。


 その言葉に、三人ははっとネシュカのほうを振り返った。

 二次試験の際、ユサが言っていた。任務で二人の隊員が村を離れている、と。そのうち一人がネシュカ。そして、もう一人は――。


 イナトが言っていた通り、自分たちが任務の合間に一度戻ってきたのだとすれば。

 まだ会ったことのない、最後の隊員。それが、クレム。


 ルニマという名を聞き、先ほど感じた儚げな雰囲気が、どことなくネシュカと重なった。


「あれが……」


 クレムが去っていった方角へ、そっと視線を戻しながら、ハナネが小さく言葉を漏らす。


 ネシュカの兄ということは、守攻機関に身を置いた年数も、彼女より長いはずだ。

 実力もやはり、ネシュカを上回っているのだろうか。

 もしそうだとすれば、どれほどのものなのか。そんな考えが、胸をよぎる。


「まあ、次の親睦会あたりには会えるでしょう。そのときに、きちんと挨拶してくれるはずよ」


 そう言って、ネシュカは再び歩き出した。

 村長室の引き戸を控えめに叩き、手をかけて開ける。

 アイカたちは、慌ててその背を追った。





 ネシュカの背に続き、アイカたちは少し遅れて室内へ足を踏み入れた。


 まず目に入ったのは、部屋の中央に据えられた大きな机と、それを囲む六つの椅子だった。さらに奥には、書類や小さな引き出し、照籠が整然と置かれた長方形の机があり、その向こう側に、腰を下ろすタイガの姿がある。


 その右隣には、やや小ぶりの机が並び、向かい合う形でユサが書類に目を落としていた。


 四人の気配に気づくと、タイガは穏やかな笑みを浮かべる。

 一方、ユサは表情を崩すことなく、静かに顔を上げた。


 三十帖ほどの広さを持つ室内は、隅々まで手入れが行き届いている。壁際には資料や書物がぎっしりと並び、落ち着いた空気が満ちていた。

 この部屋は、学び舎に通っていた頃、抜け出しては何度も足を運んだ場所だ。アイカの胸に、懐かしさが静かに灯る。


 隣を歩くレイサも、同じ記憶を辿っているのだろう。

 ネシュカは慣れた様子で佇み、ハナネだけが、どこか居心地の悪そうに視線を巡らせていた。


「あ、じいちゃ――」

「アイカ」


 伸びかけた声は、鋭い一言で遮られる。


「村長と隊長の前よ」

「あ……」


 言葉を飲み込み、アイカは口を閉ざした。


 今のアイカは、守攻機関の制服を纏った一隊員だ。

 祖父と孫という関係を前に出すべき場所ではない。ネシュカの言葉は、そう告げていた。

 それは、レイサも同じだった。

 隊員である以上、ユサとの親子という関係を持ち込むことはしない。かつてイナトから注意を受けたことのあるレイサは、背筋を伸ばしたまま、余計な言葉を発さずに立っている。


 室内に、静けさが落ちた。

 その数秒後、沈黙を破ったのはユサだった。


「予定より早いな」


 夕刻の半ばから、暮刻の終わり頃に戻ると聞いていたユサは、まだ時間があると思い、報告書に目を通していたのだろう。

 予定より早く戻ってきた四人を見て、淡々と告げる。


「舟手の方々が、私たちの体を気遣って、早めに着くようにしてくれました」

「そうか。ここまで来させて悪かったな」

「いえ」


ネシュカの返答に、ユサは小さく頷いた。

 本部で待つつもりでいたユサは、声の調子をわずかに落としてそう告げ、ネシュカは静かに首を横に振った。


「それで、任務はどうだった?」


 改めて四人へ視線を向け、ユサが問いかける。

 それに応じたのはネシュカだった。


「トラーナ街で違法取引を行っていた者、またそれに関与していた者は確保し、騎士団へ引き渡しました。詳細と、その後の処遇については報告書に記しています」


「分かった」


 簡潔な報告に、ユサは一つ頷く。

 すると今度は、タイガが穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「三人は、初めての任務だったな。どうだった?」


 柔らかく投げかけられたその声に、アイカたち三人は思わず言葉を失った。

 ネシュカが静かに後ろへ視線を送り、三人の様子をうかがう。


 ――余計なことは言うな。


 先ほどの忠告が脳裏をよぎり、何を、どこまで話すべきか迷いが生まれる。

 三人は一度、揃って黙り込んだ。


 その沈黙を破ったのは、アイカだった。


「……村の外に出るのも初めてだったから、見たことないものや、初めて口にするものばっかで……最初は、任務に来たことを忘れるくらい、正直楽しんじゃいました」


 そこで一度言葉を切り、アイカは小さく息を吸う。


「でも、いざ任務が始まると、何をすればいいのか分からなくなって……それでも、昔の後悔と向き合えた場面もあったから、前に進めた気がします」


 胸を張り、力を込めて言い切ったその声は、タイガとユサの耳にはっきりと届いた。


「後悔?」


 アイカの言葉に、ユサがふと眉を動かす。

 問い返されたアイカは、思わず肩をすくめ、言葉を探すように視線を泳がせた。


「あ、えーと……」

「二人は?」


 間を断ち切るように、ネシュカがレイサとハナネへ視線を向け、話題を振る。


 急に名を呼ばれた二人は、一瞬互いの顔を見合わせた。

 やがてレイサが、意を決したように前へ視線を戻し、口を開く。


「俺も、今回の任務で知ったことがたくさんありました。それに、先輩たちの姿を見て……改めて、すごいと思いました」


 言葉を区切り、レイサは後半だけユサのほうへ視線を向ける。


「隊長に近づくためにも、もっと精進しようと思います」


 その言葉に、ユサはほんのわずかに眉をひそめた。

 レイサが口を閉じると、最後にハナネが静かに声を出す。


「私は……自分の無力さを、実感しました。特に肉体面では、この二人よりも明らかに劣っています。なので、鍛錬を重ねつつ、自分にできる立ち回りを考えます」


 思っていたよりも自己評価が低めなハナネに、アイカとレイサは少し目を丸くした。


 (別にハナネは、いろいろやってくれていたのに)


 作戦を練る時も、少女の手当ての際も、ハナネは率先して動いてくれた。ハナネがいたからあの子は助かったのだ。

 無力なんかではない。そう思ったが、ここで口に出せば口論になりかねない。アイカはぐっと言葉を飲み込んだ。


「そうか。三人とも、成長に繋がったようでよかった」


 三人の言葉を聞き終えたタイガは、満足そうに微笑んだ。


「報酬金は、次の給金と一緒に渡す。セイスとアオイを含めた六人は、癒庵で身体の状態を見てもらうように」

「はい。では、失礼します」


 ユサが告げると、ネシュカが軽く返事をし、アイカたちも頭を下げて部屋を後にした。





「報酬金って、なに?」


 再び廊下を歩きながら、先ほどユサが言った言葉が気になったアイカは、ネシュカに尋ねた。


 ネシュカは一度、アイカに視線を落とすと、再び前を向き答える。


「報酬は、他地域からの依頼を全うした際に支払われるお金のこと。その一割ずつが、それぞれに渡されるの」

「へぇ……」


 なるほど、と頷くアイカ。


「今回は八十リザンだって聞いたから、一人一リザンってことね」


「そんなに!?」

「そんなに!?」


 意外な大金に、アイカとレイサは思わず声を張り上げた。





 四人は、セイスとアオイと合流するため一度本部へ戻った。


 大部屋では、笑顔で迎えるシアンとイナト、いつも通り無表情のアオイ、そして見回りから帰ったばかりのイオリが、四人に手を振っていた。


「皆さん、お疲れ様でした。無事に帰ってこられたようでよかったです」


 イオリがにこりと笑みを浮かべ声をかけると、その瞬間、アイカの目は自然と、一人の人物に引き寄せられた。


 奥端の椅子では、セイスが数十分の間にできた所々の傷を抱えつつ、先ほどよりも明らかに不機嫌な表情を浮かべていた。


「え、どうしたの?」

「うっさいわ。ほっとけ」


 唖然としたアイカに、セイスは声を尖らせ強く言った。


「クレムがさっき来て、セイスと手合わせしてたんだよ」


 不貞腐れたセイスの代わりに、イナトが苦笑混じりで答える。アイカは視線を向けたまま、素直に返した。


「そうなんだ」


 視線を向けられたのが嫌だったのか、仏頂面のセイスは眉を寄せて顔を背ける。


「セイスは、まだクレムさんに勝ったことないですもんねぇ〜」

「そんなんお前もやろ!」


 セイスは声を張り上げ、眉を寄せてイオリに抗議する。


「あー、怖い怖い」


 イオリは両手を口元に運び、わざとらしく笑いながら続ける。


 セイスはますます激怒して片口を吊り上げた。


「そん口、聞けんようにしたるわ」

「セイス、落ち着いて」

「もう、言い争いはダメだよ! 隊長に怒られるんだからー」


 椅子から立ち上がったセイスを、イナトが何とか落ち着かせようと声をかける。

 シアンは眉をひそめつつも、内心では「もう……」と呆れを隠せない様子だった。

神血の英雄伝 85話

お読みいただきありがとうございます。

次回も読んでくださると嬉しいですᵔ⁔ ܸ. ̫ .⁔ ͡

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