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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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裏ノ物語 可愛いむくれ顔

このお話は、アイカとレイサ、そしてハナネがリグラムへ向かったあと、ナサ村での物語です。

残されたサユとトワ、そして新しく一緒に過ごすカイとの、出来事――というか、小さな日常を描いています。

ほんの少し可愛らしい、そんな一幕をどうぞお楽しみください。

「お父さん! 学び舎が終わったら、今日こそは私にちゃんと剣を教えてよ!」


 朝刻も半ばに差しかかる頃。

 ナサ村では久しぶりに休みを得たユサが家にいると、サユがむっと頬を膨らませて迫っていた。


「無理だ」


 可愛らしい娘の願いにもかかわらず、ユサは一片の迷いもなくきっぱりと言い放つ。


「え、なんでー!? いつも教えてくれないじゃん!」


 抗議の声とともに、サユの瞳がぐっと力を帯びる。睨みつけているつもりなのだろうが、ユサにとってはただただ愛らしい。


「お兄ちゃんはお願いしたら教えてくれるんだよ! 私だって早く、お兄ちゃんやお父さんみたいになりたいのっ!」


 むきになった声色は、子どもらしい真剣さに満ちていた。けれどユサは顔色ひとつ変えず、じっとわがままを言う娘を見つめ返す。


 サユの表情には、「教えてくれるまで学び舎になんか行かない」という強情さが浮かんでいた。対するユサの眼差しもまた、「何を言われても教える気はない」と告げている。

 互いに譲る気配を見せぬまま、二人は静かな火花を散らしていた。

 だが、その静かな睨み合いは、思いがけない声によってあっさり中断される。


「サユちゃーん! 一緒に学び舎行こう!」

「おーい、遅れるぞー!」


 家の外から、やや高い声が二つ飛んできた。

 その声にサユがはっと顔を向け、ユサもちらりと視線を外へ向ける。そしてすぐに娘へと視線を戻すと、冷静な声で言った。


「トワくんとカイくんが迎えに来たみたいだぞ」


 むっとしたまま返事をしないサユを、ユサはさらに追い込む。


「二人も遅れさせる気か?」


 その言葉が決定打となった。

 サユはしばし睨みつけるようにユサを見上げたが、やがてぷいっと横を向き、無言で歩き出す。


 鞄をつかみ、踏み場で靴を履き、引き戸に手をかけたところでふいに振り返った。


「お父さんのいじわる!!」


 少し大きめの、不貞腐れた声。

 そして「行ってきます!」と、こちらも不貞腐れた響きで言い捨てると、戸を勢いよく開け放った。


 ユサはその背を見送りながら、困ったように眉を下げる。

 隣にいたレイカが「あらら」とのんびりした声を漏らし、サユの背中に「いってらっしゃい」と柔らかな笑みを添えた。





 戸を開けたサユの前で、トワとカイが待っていた。二人とも鞄を肩に掛け、にこやかに声をかける。


「おはよう、サユちゃん」

「おはよー! サユ!」


 トワは優しい笑みを、カイは元気いっぱいの声を。

 けれどサユは依然むすっとしたまま、二人に挨拶だけして歩き出した。


「おはよ」


 普段なら弾けるように可愛い笑顔を見せる彼女の、不貞腐れ顔。気になったトワは隣に歩調を合わせ、そっと尋ねる。


「サユちゃん。何かあったの?」


 促されるまま、サユは先ほどの父とのやり取りを話し始めた。


「今日こそお父さんに剣を教えてもらおうと思ったのに、『無理』って言われたの。……お兄ちゃんも今はいないし」


 最後は少し声を落とす。

 サユが肩を落とすのを見て、反対側を歩いていたカイがぼやくように口を開いた。


「お姉ちゃんたち、いつまで任務なんだろうなー」


 アイカたちが村を発って、もう二日。

 ほんの二日。それでも兄を慕うサユにとっては、一月も会えていないかのように長く感じられていた。


 剣を教えてもらうこと以上に、レイサはサユにとってかけがえのない兄だ。会えない時間が続くほど、その寂しさは募っていく。

 さっきまで父に反発していた表情が、今度は寂しさに沈む。そんな姿に、トワは心配そうに覗き込む。


「……レイサさんがいないと、やっぱり寂しい?」


 優しげで、どこか愛おしげな眼差し。

 その問いかけに、サユはわっと顔を上げ、きっぱりと言った。


「だって、お兄ちゃん、無理する時あるもん! だから私が早く強くなって、お兄ちゃんを守らないといけないのに……お父さんは、剣なんて絶対に教えてくれないんだよ!!」


 その真っ直ぐな瞳に宿っているのは、紛れもなく兄を想う気持ちだった。


「サユちゃん、レイサさんのこと大好きだもんね」


 トワはいつも通り柔らかく言う。だがその笑みには、うっすらと影が差していた。


 そんな二人のやりとりを見ていたカイが、不意に走り出した。五歩、六歩。二人の前に出ると、振り返って声を張る。


「ならさ、お姉ちゃんたちが帰ってくるまでに、俺たちも特訓して強くなろうぜ!そしたら絶対、びっくりするから!」


 にっと笑ったその顔は、年相応とは思えないほど頼もしかった。


 だがトワには、それが単なる提案ではなく――自分の姉であるアイカに少しでも好意を持ってもらい、認めてもらいたいという密かな想いの表れのようにも見えていた。もっとも、そのことを口に出すつもりはなかったが。


 サユはぱぁっと顔を輝かせた。


「カイ! それいい! 特訓して帰ってきたら、お兄ちゃんにいっぱい褒めてもらうんだぁ!」


 すっかり機嫌を直し、元気いっぱいに笑う。

 その姿を見ながら、トワは少しだけ瞳を細める。


(……まぁ、サユちゃんが元気なら、それでいいけど)


 そう胸の内で呟き、二人の横で歩調を合わせる。

 三人の足音が軽やかに響き、朝の村道を学び舎へと進んでいった。





「これで今日は終わります。次回は九日後です。――()()()()()遅れないように」


 市刻の終わり頃。


 学び舎の十四歳の間で教えを終えた教師は、わざと語尾を強め、正面の三人を見据えた。

 その視線に射抜かれ、トワ、サユ、カイは同時に肩を竦める。


 三人は学び舎に向かっている際、特訓の話に夢中でうっかり遅刻してしまった。その罰として二十分間の正座を命じられたばかりだ。痺れる足の感覚が、まだ残っている。


「では、さようなら」


 教師の言葉に、子らは声を揃えて応じ、次々に学びの間を出ていく。

 残った三人は自然と集まり、顔を見合わせた。


「それじゃ、昼膳を食べたらトワの家の前で集合ね!」

「おう!」


 サユの明るい声に、カイが元気よく返す。その横でトワは小さく微笑んでうなずいた。


「木刀、忘れんなよ!」

「もちろん!」

「分かってるよ」


 三人の笑顔に、教師は教本を抱え直しながら小さく息をついた。


(……段々、上の二人に似てきたな)


 アイカとレイサ。数か月前までこの場にいた姉たちの姿が脳裏をよぎる。

 特にアイカは遅刻や居眠りの常習犯で、教師泣かせだった。レイサも真面目ではあったが、結局は一緒になって抜け出すことも少なくなかった。


 下のトワとサユは違った。真面目に通い、遅れることもほとんどなかった。トワは体が弱く、欠席は多かったものの、居眠りなど一度もしない。

 サユは「私が覚えたら、今度はトワにも教えてあげられるからです」と口にし、トワの分まで学ぼうと、必死に机に向かっていた。


 けれど――。


(トワの体が丈夫になってから、二人とも活発すぎるくらいだ)


 今日もまた遅刻。そこに新しく加わったカイは、元気で人懐こい性格らしい。どこかアイカを思わせるものがある。


(頼むから……あの二人みたいに抜け出したりしないでくれよ)


 小さく息を吐き、教師は願うように目を閉じた。





 サユは家の引き戸を押し開けた。踏み場の隣の焚処では、母のレイカが昼膳の支度をしている。

 香ばしい匂いがほのかに漂い、サユは顔をほころばせた。


「サユ、おかえりなさい」

「お母さん、ただいま!」


 落ち着いた声に、弾む返事。

 炉座のそばには父ユサが座し、杯を手にしていた。


「お帰り」


 淡々と告げられた声に、サユは鼻を鳴らす。

 顔をそむけ、(お父さんなんて知らない)と心の中で吐き捨て、そのまま屋根裏に荷を置きに上がった。


 やがて膳が整い、三人で食卓を囲む。だが会話はほとんどなく、沈黙が流れた。

 ユサもサユも、朝のやり取りを引きずったままなのだ。レイカだけが、穏やかな笑みを浮かべ二人を見守っている。

 そんな中、普段よりも早く箸を進ませているサユの姿に気づき、ユサは尋ねた。


「どこか行くのか?」


 サユはむっと顔を上げ、冷たく答える。


「トワとカイと特訓するの。“お父さんがどうしても私には剣を教えないって言うから”、三人でやることにしたの」


 そう言い終えると、サユは再び箸を忙しなく動かした。

 その様子を見つめていたユサが口を開く。


「サユ……お前は、守攻機関(クガミ)に入らなくてもいいんだぞ」


 静かな声音だった。どこか力を抑えた響きに、心配を隠す気配がにじんでいる。

 けれどサユには、違って聞こえた。


「どうしてお父さんは、いつもそうやって私にやらせないように言うの! 女の子だから!?」


 思わず声を荒げる。――やっぱりそうだ。自分が女だから、剣も体術も遠ざけようとしているのだ。


 鋭く言い放つサユに、ユサはわずかに目を伏せた。


 ――違う。ただ危険な道を歩かず、無事に。剣など握らなくても、普通に幸せに生きてほしいだけだ。

 けれど、どう言葉にすればいいのか分からない。伝えたい想いほど、喉につかえて出てこなかった。


「そうは言ってないだろ。ただ……他にも道はあるんだ。教えるのが好きなら、教師にだって――」

「私は、守攻機関の隊長になりたいの!」


 サユの叫びに、ユサは言葉を飲み込む。沈黙が落ちた食卓で、サユは膳を平らげると立ち上がり、木刀を抱えて家を飛び出した。


(なんなの……お父さん。確かに私はお兄ちゃんほど強くないけど、そこまで反対することないじゃん)


 悔しさを噛みしめながら歩を速める。





 トワの家に着くと、すでに二人が待っていた。


「ごめん、遅くなっちゃった!」


 申し訳なさそうに駆け寄るサユに、トワは優しく微笑む。


「ううん。全然待ってないよ」


 その笑みにサユもにこりと笑った。


「じゃあ、行こうぜ!」


 カイの元気な声を合図に、三人は南東の森へと歩を進めた。


 森に分け入ると、やがて木々の切れ目に小さな空き地が現れた。

 湿った土の匂いと、差し込む陽の光にきらめく埃が、静かな舞台の幕を開けるように漂う。


「ここなら、特訓にちょうどいいな」


 周囲を慎重に見渡したカイがつぶやき、トワが無言で頷く。その隣で、サユがぱっと顔を明るくした。


「うん! ねえ、早く始めよう!」


 弾む声とともに、サユは木刀を胸の前に構える。その姿には、胸の奥に渦巻く熱がそのまま溢れ出ていた。


「サユ、すごいやる気だな」


 カイが肩をすくめて笑うと、サユは頬を膨らませて振り返った。


「だって、早くお兄ちゃんとお父さんに追いつきたいんだもん!」


 その言葉には拗ねた色が混じっていたが、目はまっすぐに光を宿していた。サユの真剣な顔を見て、トワとカイは目を合わせ、ゆるやかに頷き合う。


「じゃあ、始めようか」

「だな!」


 サユは力強く頷き、木刀を握り直した。掌に食い込む感触が、これから流す汗と痛みを予告するようだった。


(絶対に強くなる。お兄ちゃんを守るために……それに、お父さんにだって絶対に認めてもらうんだから!)


 胸に誓いを刻み、三人は陽が西に傾くまで、打ち合う音を森に響かせ続けた。

裏ノ物語 可愛いむくれ顔

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次回も読んでいただけたら嬉しいです໒꒰ྀི⸝⸝´ ˘ `⸝⸝꒱ྀིა


今回はユサとサユの名前が似ているので、何度も書き間違えそうになりました(・・;)


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