残された子どもたち ニ
チアーが騎士団に捕らえられた翌日。
カンラは「このままでは納得できない」と仕事終わり、エリアを半ば強引に連れ出し二人で騎士団の詰所へ向かった。
どうにかしてチアーと話ができないかと訴え続けたが、金も家名も持たない孤児の面会など通るはずもなく、何度懇願しても門前払いだった。
大怪我を負わされなかっただけまだ良い方で、帰る頃にはカンラは半べそをかきながらエリアと二人で天幕へ戻ってきた。
それから二日後。
【トラーナ街で頻発していた子ども誘拐事件】という見出しと共に、事件への関与者として処刑された者たちの写真が紙面いっぱいに載っていた。名前は記されていなかったものの、その中には紛れもなくチアーの顔があった。
「そんな……なんで……チアー!!」
新聞を見たカンラは膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。
エリアも静かに涙を流し、まだ幼いカスルとカスタには誰ひとりとして新聞を見せようとはしなかった。
サレックもまた、なぜ自分だけが捕まらず、なぜ助けられなかったのかという思いに胸が押し潰されそうだった。
残された五人を見る周囲の目は、少しずつ変わっていった。
記事が出回り、サレックたちを知る者の間に疑念が広がっていったからだ。
チアーが誘拐に関わっていたなら、カンラやエリアも共犯ではないのか。
そういえば、サレックが紹介していた仕事も“あれ”に関係していたのでは――。
噂は瞬く間にトラーナ街周辺まで広がり、カンラとエリアが働いていた仕立て屋にも届いた。
そして二日後、二人は解雇された。
たとえ裏方の仕事といえど、処刑された者の仲間を店に置けば、店にも従業員にも迷惑がかかる、と店主は言った。
申し訳なさそうに三日分の給金を渡したが、それで救われるものは何もなかった。
そのころには、サレックたちの姿を見るだけで犯罪者を見るような目を向け、避けて通る者が増えていた。
つい先日まで仲良くしていた子どもも、塩を分けてくれていた者も、皆同じだった。
必死に次の稼ぎ先を探し回ったが、どこも雇ってはくれない。「裏切り者」と罵り、石を投げつける者まで現れた。
罪を犯したのは一人でも、疑いはその周りへと広がる。“関わりがあった”という事実だけで、刃のように向けられ、傷つけられる。
さらに五日後。
食事だけはこれまで通り焼き魚や木の実でどうにかできたが、働き口を失い、街では腫れ物扱い。そんな日々は、残された五人の心に深い傷を刻み続けていた。
昼食を終え、片付けをしていた時だった。
じゃり、と川辺の石を踏みしめる乾いた音がひとつ、サレックたちの方へ近づいてきた。
全員がそちらへ顔を向けると、一人の男がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
服装は明らかに裕福な出だと分かるもの。白い上衣の上に肩で袖が切られた黒い服を重ね、胸元は逆三角形に開いて白が覗いている。
襟は首元で折られ黒い襟締が留められている。下衣も靴も艶のある黒で統一され、どこかの屋敷の使いのように整っていた。
男は六十代から七十代ほどで、白髪がところどころに目立つ。表情は和やかで、穏やかに微笑みながらこちらへ歩みを進める。
「何しにきた!?」
サレックが走って男の前に立ちはだかり、警戒も隠さず睨みつけた。
カンラとエリアも即座にカスルとカスタの側へ寄り、身を固くする。
ここ数日で、他者から向けられた冷たい視線や言葉が刻まれていた。
“また何かされるのではないか”という警戒は、全員の身体に染みついていた。
男はサレックの剣呑な態度に一瞬目を瞬かせたが、すぐに柔らかい笑みへと戻した。
「あなたが、サレックですね?」
「……っ! あんただれだよ!」
名前を呼ばれたことでサレックの肩が跳ね、歯を食いしばるような目つきで男を睨んだ。
「私はルニマ家に仕える執事、アーレンと申します。旦那様の命により、あなた方をお迎えに上がりました」
アーレンは滑らかな所作で軽く頭を下げた。
頭を上げると、ちらりとサレックの後ろ。カンラたちへ視線を向け、それから再びサレックへ戻す。
「……は?」
サレックは理解できず、呆然とした顔で固まる。
「迎えって……なに、それ。なんの話」
カンラも声を絞り出すように言った。
エリアやカンラの脳裏にはすぐに売られるという最悪の可能性が浮かぶ。
アーレンは淡々と続けた。
「旦那様。ヴァルド・ルニマ様は現在、ノルヴェエルにて新規事業を興しておられ、その準備に際し人材を求めておいででした。
その折、旦那様の叔父君トライ・ルニマ様より、あなた方を推薦する書状が届けられました。
つきましては、旦那様のもとで働く意志があるかを伺うため、私が迎えに上がった次第でございます」
一瞬、その場の時間だけが止まったようだった。サレックは立ち尽くし、後ろにいたカンラとエリアもアーレンの予想外の言葉に固まっていた。
数秒の静寂の後、サレックはハッと我に返り、アーレンの口にした「ルニマ」という姓を反芻する。すると脳裏にネシュカの顔がぽつりと浮かび上がった。
(そういや……あの女もルニマっつってた。でもなんで)
困惑というより、まだ消化しきれない衝撃に近かった。カンラもエリアも、信じられないと言わんばかりの表情でアーレンを見つめている。
そんな反応に対し、アーレンは取り乱すことなく、穏やかな声音で続けた。
「ご不安はもっともにございます。ですので、証として――」
そう言うと、アーレンは腰の小さな革鞄に手を伸ばし、丁寧な所作で一通の紙束を取り出した。質の良い紙に印が押されており、とてもトラーナ街の孤児が触れるような代物ではなかった。
その瞬間、後ろにいたカンラが弾かれたように駆け寄った。
「サレック、それ……ちょっと、私に見せて」
勢いよく走ってきたカンラにサレックは驚きながらも紙束を渡す。カンラは目を走らせ、息を呑んだ。しかし文字は読めず、ただ文字がぎっしり並んでいるのが分かるだけだった。
「これ、なんて書いてあるの?」
結局分からないカンラは隣のサレックに助けを求めた。サレックも紙を覗き込むが、アオイにほんの少し教わった程度で、はっきりとは読めなかった。
「食……病気になったとき……」
分かるところだけ読み上げるサレック。その小さな声を聞いてアーレンが口を開いた。
「私が読みましょう」
その言葉にサレックとカンラが顔を上げた。アーレンは柔らかく微笑むと、視線を落とし紙に記された内容をゆっくりと読み上げた。
「衣食住の保証。寝床はノルヴェエルのルニマ家敷地内の宿舎に提供。食事は一日二度。病気や怪我を負った際の手当。そして月の給金、一人につき百五十ティル」
読み上げられたのは、ヴァルド・ルニマを雇用主とし契約を結んだ場合の保証についてだった。
今の五人では到底得られるはずのない条件が、淡々と列挙されていた。
「え、!? うそ」
あまりにも意外な内容に、カンラは思わず声を上げた。隣にいたサレックも驚きに目を見開く。
その反応に、アーレンは穏やかな笑みを浮かべた。
「いいえ、嘘ではありません。契約が結ばれた暁には、こちらの保証が適用されます」
稼ぎ先を失っていたカンラにとっては、これ以上ない条件だった。その条件を前に、カンラの瞳は救いに触れた者のように輝いた。だが、サレックはカンラとは対照的に眉を寄せ、鋭い視線を向ける。
「……まだ働けない奴らはどうすんだよ」
その言葉にカンラもハッとしたように顔を変え、後ろを振り返った。つられるようにアーレンもエリアたちの方へ視線を向ける。
カンラの視線の先には、驚きを隠しきれないエリアと、不安げに二人を見つめるカスルとカスタの姿があった。
エリアはともかく、カスルとカスタはまだ働ける年齢ではない。働けないのであれば契約を結べず、ここに置いていくことになるのか――そんな考えがカンラの胸を冷たく締め付けた。サレックの視線も同じ疑念を帯びている。
その思考を読み取ったかのように、アーレンは柔らかく口を開いた。
「まだ働ける年齢に達していない者につきましては、給金こそ発生いたしませんが、衣食住を含めた先ほどの保証を同じく適用した上でお迎えいたします」
「いいの!?」
カンラは花が咲いたように目を見開き、アーレンを見た。
「はい。旦那様はその程度で人を切り捨てるような方ではございません」
カンラは、もはや断る理由がないと言わんばかりの表情を浮かべた一方、サレックはなおも険しい面持ちを崩さなかった。
それを見たアーレンは、追い立てるような口調にはせずに続けた。
「もちろん、無理にとは申しません。嫌であれば断ってくださって構いません」
それでもサレックは表情を変えず、黙ったままだった。
「……サレック」
隣から小さな声が届き、サレックは顔を向ける。
いつもは明るく笑うカンラが、今は静かに現実を見据えた目をしていた。
ここに留まるのはもう厳しい。
だからこそ、この条件を掴むべきだ。そう言いたげだった。
そんなカンラの表情に、サレックはふいと視線を落とした。
サレックも、もうここで暮らし続けるのが難しいのは分かっている。
それでも、意地のようなものが胸の奥に残り、足を踏みとどまらせていた。
サレックは勢いよく体を後ろへ向け、エリアたちを見据えた。
険しかった顔は、徐々に苦しさを滲ませていく。
そしてぎゅっと目を閉じ、決意を押し固めるように深く息を吐いた。
サレックは勢いよくアーレンの方へ体を戻し、声を張り上げた。
「働く」
力強い瞳がアーレンを真っすぐに射抜く。
その目に気圧されながらも、アーレンは真剣な眼差しで見返し、静かに口を開いた。
「かしこまりました」
アーレンは片手を腹の前へ添え、軽く頭を下げた。
それからサレックたちは、これまで貯めてきた金だけを持ち、それ以外は全てここに置いていくことを決め、アーレンと共にトラーナ街を後にした。
アーレンを先頭に、カンラ。
その後ろをエリアがカスルとカスタの手を引きながら歩き、最後尾にサレックが続いた。
トラーナ街の入口付近まで来たところで、サレックの足がふと止まった。
足音が一つ消えたことに気づいたエリアが振り返り、小さく首を傾げる。
「どうしたの?」
エリアに釣られるように他の四人も足を止め、サレックの方へと視線を向けた。
サレックは返事をせず、ただトラーナ街の方をじっと見つめていた。
今でこそ自分たちへの視線は冷たい。
それでも、思い返せば大変なことばかりのはずが、不思議と楽しかった記憶の方が多く浮かんでくる。
けれど、それはもう過去の話だ。
ここに留まり続ける理由はもうない。
少しだけ唇を噛んでから、サレックは皆の方を振り返った。
「なんでもない」
短くそう告げると、サレックは歩幅を少しだけ早め、カスルの隣へと歩いた。
エリアと繋いでいない方の手にそっと手を伸ばし、カスルの小さな手を握る。
安心させるように、サレックは微かに笑った。
しかし、いつもの笑みのはずなのに、カスルにはどこか悲しげな笑顔に見えた。
神血の英雄伝 第八二話
読んでいただきありがとうございました。
次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა
次はエリアのお話になります……!
本当はまとめて投稿予定だったのですが、修正が出たので、いったん分割してこちらを先に上げています(><)




