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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
69/91

七年越しの謝罪

 その声と顔を認識した瞬間、アイカの全身に驚きと鳥肌が走った。

 ――忘れたことなど、一度もない。忘れられるはずがない。

 背は伸び、幼い輪郭は面影を残しつつも大人びている。

 さきほどは咄嗟のことに加え、羽織の帽子を深く被っていたため気づけなかった。だが今、こうしてはっきりと姿を見れば否応なく思い出してしまう。


 脳裏に蘇る光景。


 ――七年前。


 炎に包まれる家、崩れていく村。襲撃者たちが現れ、人が次々と斬られ、連れ去られていく。

 泣きじゃくりながら、震える手で必死に自分へと伸ばしてきた少女。

 その手を、掴み取ることができなかった。

 自分の弱さのせいで救えなかった、女の子。


 その子が今――成長した姿で、自分の目の前に立っている。

 生きていた。確かにここに。


 けれど……どうして。

 なぜ、ここに。

 どうして今なのか。


 七年も――どこで、どうやって生き延びてきた?

 なぜ自分の前に? 敵なのか? 味方なのか?

 頭が追いつかない。疑問が雪崩のように押し寄せて、思考がばらばらに散っていく。

 理解できない。わからない。――それでも、確かに目の前に立っている。


 思考が追いつかず、アイカはただ立ち尽くした。

 そんな彼女を見据え、少女はゆっくりと唇を開く。


「なんでそんな顔してるの? ……お姉ちゃん、私のこともう死んでると思ってたでしょ?」


 声は冷ややかで、感情を押し殺すように平板だった。


「無理もないよね。あんな状況だったんだから。――死んだか、どこかで飼い殺しになってるか。誰だってそう考える。

本当はね、私、売られるはずだったの。でも違った。あの人が言ったの。『売るんじゃなくて、君を僕のそばに置いて……いつか青目ちゃんの前に見せたら面白い』って。それで私は、ずっとあの人のそばにいた」


 少女の瞳が、真っ直ぐにアイカを射抜く。


「ねぇ、お姉ちゃん。少しでも罪悪感ある? 申し訳ないって思ってる?」


 首を傾げ、目を細め、問いかける。淡々とした声音が、逆に心臓を締めつけた。


 そして――。


「もし思ってるなら……大人しく、死んでね」


 刹那。


 少女は地を蹴った。疾風のように距離を詰め、剣を振り下ろす。


(……しまった!)


 混乱で反応が遅れた。だがアイカは咄嗟に斬槍を構える。

 火花が散り、刃と刃が噛み合った。軋む音。全身に伝わる衝撃。


 全力で押し返すと、少女の身体は軽やかに後方へ飛んだ。まるで最初から弾かれることを想定していたかのように、柔らかな着地。すぐさま姿勢を立て直し、無表情でこちらを見据える。


 アイカも斬槍を構え直し、必死に呼吸を整える。


(生きててくれた……)


 胸の奥が震えた。


 ほんのわずかに、日常の合間に「もしかして」と思ったことがある。もし奇跡があるなら、生きていてくれればと。


 だが――。


(……この子は、敵だ)


 レイサとハナネを吹き飛ばし、自分を崖へ突き落とし、そして先ほどは確かに殺意を向けてきた。


(リイトと手を組んでいるの……? この子も子攫いに関わってる……? もしそうなら――驚いている暇じゃない)


 胸がざわつき、喉は砂を流し込まれたように渇いていく。頭の中で言葉がぐるぐると回り、まとまらない。


 だが――止まってはいけない。


 アイカは深く息を吸い込み、吐き出した。


(私には、やらなくちゃいけないことがある)


 子攫いに関与しているのなら、たとえ誰であろうと見逃すことはできない。守攻機関の隊員として。

 斬槍先が、かつて救えなかった少女をまっすぐに射抜いた。


 アイカが斬槍を構えた瞬間、少女は再び飛びかかった。

 先ほどよりも、速い。


「くっ……!」


 届く寸前、地面がうねり、勢いよく土壁がせり上がった。

 少女は止まりきれず、剣先が壁へ突き立つ。


 その隙を逃さず、アイカは壁を回り込み、左から斬槍を振り抜いた。

 少女は反射的に腕を引き、刃と刃が再び火花を散らす。

 だが、そこで違和感に気づいた。


 ――足元。


 咄嗟に跳び退く。直後、いたはずの地面が盛り上がり、土柱が突き上がった。


(危ない……これが神選者の力)


 少女は荒い息を吐き、後方へと跳ねる。

 だがアイカの狙いは執拗だった。移動のたび、足元から壁や突起が生じる。少女はかわすが、その隙にアイカは距離を詰め、斬槍を突き込む。


 剣と斬槍が打ち合わされるたび、少女の苛立ちは募っていった。

 攻撃は単純。しかも手加減しているようにすら見える。


(なんで……本気で来ないの!? 見下してるの!?)


 全力で力を振るえば勝てるはず。それをしない理由がわからない。

 少女は唇を噛み、怒りに燃える目でアイカを睨んだ。


 一方のアイカも、胸の奥で葛藤していた。


(任務のために止めなきゃいけない……でも、傷つけ合いたくない。なるべく傷つけずに保護できたら……)


 その思いが、少女の怒りをさらに焚きつけた。


「九番って子を助けたの……お姉ちゃん?」


 少女の言葉に、アイカの顔がかすかに歪む。

 九番――傷だらけで怯え、自分を数字で呼んでいた少年。

 アイカが助け、チタという名を与えた。


 その反応を、少女は見逃さなかった。


「当たってるんだね……。あの日から、私はずっと地獄だったんだよ!」


 振り抜かれた剣が火花を散らす。怒声が夜気を震わせる。


「痛くて、苦しくて、誰も助けてくれなくて……! 死んだ方がマシだって思うくらい、毎日が地獄だった!」


 悲鳴にも似た叫びと同時に、剣と槍が衝突する。

 金属のきしむ音が耳を裂き、衝撃が腕を痺れさせた。


「――っ!」


 押し込まれ、アイカは歯を食いしばった。

 必死に斬槍を払い、地面を隆起させる。だが少女は壁を蹴り砕き、跳び上がり、怒りを込めて剣を振り下ろしてきた。


「こんなに強いなら……なんであの時、助けてくれなかったの!?」


 刃が迫り、火花が飛び散るたびに、少女の言葉が鋭い針のようにアイカの胸を貫き、心臓を握りつぶされるような痛みが走った。


(私のせいだ……! あの時、私は怖くて……動けなかった……弱かった……)


「九番は助けたのに、なんで私はダメだったの!? 答えてよ!!」


 声が震えていた。怒りよりも――泣き出しそうな、孤独と絶望の色が濃く滲んでいた。

 その瞳は、刃より鋭くアイカの心臓を貫いていった。


 アイカは必死に耐えながら、かすれた声を絞り出す。


「……ごめん。あの時、助けられなくて」

「ごめんって言うなら……死んでよ!!」


 剣が再び叩き込まれる。怒りと悲痛が混ざった声が、刃よりも鋭く胸を貫く。

 アイカは息を荒げながら、それでも首を振った。


「それは……できない」


「なんで!? 自分が大事だから!? 結局変わってない! 私を捨てても、自分だけは無事でいようとした!」


 少女の声は怒鳴りというより嗚咽だった。

 刃を振るう手も震えている。


「違う!」


 アイカの声が、裂けるように響く。胸の奥が痛みに引き裂かれる。


「……確かに、七年前は……怖くて、動けなかった」


 唇を噛み、血の味を感じながら悔恨を吐き出す。


「でも――今は違う!」


 槍を握る掌に力を込める。

 砕けそうな心を奮い立たせるように、瞳に揺るぎない光を宿す。


「私は今度こそ、誰かを救う人間でありたいから、ここにいる! だから……!」


 斬槍が空気を裂いて唸る。


「今は――きみを止める!」


 アイカは斬槍を構え、少女へ駆け出した。

 全身の力を込める。対する少女も、渾身の剣を振りかざして突進してくる。


 ――その刹那。


 少女の足元の地面が、突如として大きくへこんだ。先ほどまで壁が生えてくるばかりだったはずだ。予想外の揺らぎに、少女は思わず視線を落とす。ほんのわずかな一瞬――。


 そこを、アイカが突いた。


 斬槍と剣が激突する。火花が散り、互いの腕が痺れるほどに力を込める。

 アイカはなおも全力を振り絞り、叫んだ。


「いっけぇぇーーっ!」


 絶叫とともに槍にさらなる力を込める。刃がずれ、少女の剣は弾き飛ばされた。

 銀の軌跡を描き、宙へ舞う。


「そんな……」


 少女は目を見開き、手を伸ばしかけたが届かない。

 視線が剣を追う間に、アイカはすでに体勢を立て直し、迫っていた。


(……終わった)


 敗北を悟り、死を受け入れ、少女は瞼を閉じる。

 だが数秒後――。響いたのは鋼の落ちる乾いた音と、身体をやわらかく包む温もりだった。


「え……?」


 息をのむ。死んでいない。

 それどころか、アイカが自分を抱きしめていた。


 どうして? 殺さないの?


 答えを探す前に、少女の混乱をかき消すように、耳元で声が震えた。


「……あの時は、本当にごめん」

「謝って許されることじゃないけど……今の私には、それしかできない」


 息切れが混じる声。かすかに震える響き。


「いっぱい辛い思いをさせて、ごめん。

でももし今、何かに苦しんでるなら……助けたい。今度は、絶対に助けるから

生きててくれて……ありがとう」


 その言葉に、少女の奥で張りつめていた何かが崩れ落ちた。

 理解はできない。だが胸を突き破るような衝動が、涙と共に溢れてくる。


 少女は残る力を振り絞り、腕をゆっくりと持ち上げる。


「……お姉ちゃん、わたし――」


 声が途切れた瞬間、アイカの腕の中で、少女の背へ生ぬるい感覚が広がっていった。


「な……に……?」


 アイカはゆっくりと少女の背を見下ろした。

 突き立てられた矢の尾根が鈍く光り、そこから黒く濁った線が衣を滲ませている。血がじわりと溶け出し、布を赤く染め、触れた空気まで湿らせた。指先に伝わる温度が、どうしようもなく現実を突きつける。


「弓矢、どこから……」


 問いかける声が小さく震える。頭の中が真っ白になり、時間が薄く引き延ばされる。矢が、今ここにある理由がすっと胸に落ちてこない。

 そのとき――聞き覚えのある声が、森の方からすり抜けてきた。皮膚を這うような軽さで、どこか楽しげだった。


「驚いた顔してるね」


 アイカは反射的に声の方へ顔を向けた。樹間の陰が寄せて、二つの人影がゆっくり現れる。先に見えたのは、少女と同じ羽織を深く被った細身の影。もう一人は、日差しに黒髪が揺れ、翡翠の瞳が陽を受けてきらりと光る男だった。その瞳は、子どもの好奇心のように澄み、しかしそこには苛烈な冷たさが同居している。


 ――そして名前が、自然と口をついて出た。


「サクヤ・クオネ……」


 アイカはその男を見据え、息を呑んだ。

 その顔――忘れられるはずがない。

 七年前、村を襲った惨劇。炎と絶叫の夜。

 目の前に立つのは、あの地獄を導いた男だった。


 サクヤ・クオネはにこりと笑った。似つかわしくない柔らかな笑みだった。だが、その口元には残酷な手触りがあった。


「僕を覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」


 言葉は軽く、剥き出しの悪戯のように響く。足元の落ち葉がかすかに震えるだけで、森全体が息をこらしたように静まる。


「何が起こったのか、まだ分からないでしょ? 教えてあげる。――あの子を仕向けたのは僕だよ。あ、それから! 弓矢を放つように言ったのも、もちろん僕」


 その声を聞いた瞬間、アイカの血の気が一気に引いた。

 胸の奥がぎゅっと縮み、心臓が一拍遅れて脈打つ。


「な、んのために……?」


 絞り出した声は震え、自分でも頼りなく聞こえた。

 だが、サクヤ・クオネは気にも留めない。肩を揺らし、楽しげに笑った。


「面白そうだから、だよ」


 サクヤ・クオネは当たり前のように口にした。


「青目ちゃんにも、他の誰にも助けてもらえなかった子をさ……じっくり時間をかけて強くして、また君の前に立たせたら。最高に面白い――そう思ったんだ。

……でも、もう用済みかな」


 その声音には悪意も憎しみもなかった。ただ純粋な娯楽を語る子どものように、瞳をきらきらと輝かせている。

 ――だからこそ、背筋が凍る。


 アイカの胸は、氷の手でわしづかみにされたように冷たく締めつけられた。

 ――そんな理由で。

 ただの「面白さ」のために。

 七年分の苦痛と孤独を、あの子は背負わされてきたのか。


 戦いの最中に聞いた叫びが、耳の奥でこだまする。

 痛かった。苦しかった――。

 その断片的な言葉の一つひとつが、七年という歳月を地獄に変えた証だった。

 助けもなく、逃げ道もなく、ただ生かされ、嘲られ、弄ばれ続けた日々。

 それらすべてが、くだらない興味本位の、退屈を紛らわせるための遊戯にすぎなかったのか。

 胸の奥で、怒りと悔恨と絶望が渦を巻く。

 熱と冷気が同時に広がり、心臓を掴まれたように呼吸が途切れる。

 声を上げることもできず、ただその事実の重さに押し潰されそうになった。


「ああ……いいね、その顔」


 サクヤ・クオネの声は、ひどく甘やかに響いた。だがその奥に潜むものは、底なしの残酷さだった。

 彼はためらいもなくアイカのそばまで歩み寄り、がしりとその顔を掴んで上へ向かせる。冷えた指先が、顎を固定する。

 サクヤ・クオネの指先の力は確かにあるのに、仕草は滑らかで優雅だった。その掌から伝わるのは慈しみではなく、観察者の好奇心だ。


「怒りや悲しみや、色んな感情がぐちゃぐちゃになった顔。――僕はね、そういう顔を見るのが大好きなんだ。特に君の顔は、最高だよ」


 不気味な笑みが、白い歯の間からのぞく。

 アイカの胸に、怒りがぶわりと込み上げた。足元の大地がじりじりと震え、小石が跳ねる。


 サクヤ・クオネはその揺れすらも愉快そうに眺め、さらに口元を吊り上げた。

 すぐ後ろで羽織を纏った仲間が、反射的に構えを取ろうとする。だがサクヤはアイカの顔から手を放し、軽く手を上げて制した。その仕草一つで、仲間はすぐに動きを止める。

 サクヤ・クオネは再び唇を開いた。声は妙に柔らかい。


「今日はね、君にもう一つ用事があったんだ。正確には――君たち全員に、だけど。

 君たちがリイトに近づいたのは、トラーナ街の子どもが攫われている件を探っていたからだろう? あれ、僕も噛んでいたんだよ。リイトには随分と働いてもらった。でも、もう続けられそうにない。君たちのおかげでね」


 彼は小さく肩をすくめ、楽しげに笑った。


「それだけじゃない。七年前、君たちの村を襲ったのも……僕たちには関わるな、という警告だったんだ。なのにまだ嗅ぎ回る。――困るんだよ。だから伝えておいて。もしこれ以上僕たちを探るなら、次は七年前とは比べものにならないものを見せることになるって。君の仲間にも、村長にも、忘れずにね」


 言い終えると、サクヤ・クオネはゆっくりと背を向け、仲間のもとへと歩き出した。


「まっ……て……! 逃がさ、ケホッ――ゴホッ……!」


 アイカは必死に立ち上がろうとする。だが身体は言うことをきかない。肺が焼けるように痛み、咳がこみ上げる。視界がぐるりと回り、吐き気に意識が揺らぐ。

 それでも、腕に抱えた少女だけは落とすまいと必死に支えていた。


 歩き去る背中に、力を振り絞った声が届くかどうか――その瞬間、サクヤ・クオネの唇がまた楽しげに動いた。


「君、さっき慣れもしないのに神選者の力を使いすぎてたでしょう。しばらくはまともに動けないはずだよ。──それじゃあ、伝言は頼んだよ」


 アイカは咄嗟に少女の身体を強く抱き締め、指先に力を込めた。血の匂いが鼻の奥で渦を描く。湿った土と鉄の混じった匂いが、胸の鼓動を粗くする。


「お前は、この子以外にも大した理由もなく人を傷つけてんの?」


 声は震えながらも真っ直ぐ。言葉の端に、七年分の怨嗟がにじむ。可哀想だとか正義だとか、そんな薄い言葉で片付けられない重さが、彼女の声を太くした。


 サクヤは足を止めた。

 ゆっくりと首をひねり、後ろへと顔を向ける。その動作はあまりにも自然で、まるで散歩の途中に花を見やるかのように緩やかだ。

 視線がふと、アイカの方へ滑る。氷のような光を宿したその瞳が、ひたりと彼女を射抜いた。


 そして、和やかすぎるほど柔らかな口調で問いかける。


「だとしたら?」


 その一語に、空気がさらに冷たくなる。対峙する二人の距離が、無言のまま縮まる。アイカは目を細め、怒りと憤りの塊をこぼすように言葉を重ねる。


「……何も思わないの? 人を物みたいに使い捨てて、泣いてる姿も、苦しんでる姿も、全部見ないふりして……痛みも罪悪感も残んないの? なんでそんな普通に笑ってられるの?」


 サクヤの笑みは崩れない。むしろ、唇の端がほんの僅かに上がると、その顔は猫のように満足げに見えた。


「思わないよ」


 言葉は静かで確信に満ちている。


「興味のあるものだけに興味を持つ。それ以外は使えるものに使う。使い終わったら用済み──それだけだ。哀れみや情なんて、生憎僕は持ち合わせてないんだよ」


 言葉の一つ一つが冷たい刃となり、アイカの胸を抉る。鼓動が耳鳴りのように高まる。少女の浅い呼吸が、抱きしめた腕の中で震えている。


「だとしても――それは君に関係あるの?」

「……関係は、ない」

「なら、君に言われる筋合いはないよ」


 突きつけられた言葉に、アイカは一瞬、胸の奥を抉られる。

 確かに、自分がその人たちの何かを背負っているわけじゃない。血も縁もない。

 ――それでも。


「でも……関係ないからって、誰かが傷ついているのを知っていて、見過ごすなんて――できるわけない!」

「それで?」


 サクヤの声音は、ただ面白がる観客のそれだった。

 だがアイカの声は、刃のように研ぎ澄まされる。


「だから、私がお前を止める! もう、誰も傷つけさせない!」


 短い言葉。それでいて圧倒的な熱を帯びた宣言。

 アイカの全身から迸る力が一点に凝縮され、大気を震わせる。

 静かだが、確かに燃え広がる火種――その瞳は、決して揺らがなかった。


 サクヤはその気配を愉快げに受け止め、ゆるやかに首を傾げる。


「へぇ〜。できるの? 君が?」


 サクヤ・クオネは、まるで虫けらでも見下ろすかのように、笑みを浮かべて問いかける。


「確かに――七年前よりは強くなったみたいだね。でも、まだまだ弱い。それでどうやって僕を止めるの?」


 挑発に、アイカは息を荒げながらも視線を逸らさない。声は震え、それでも刃のように鋭かった。


「弱いのなんで分かってる! でも――絶対に諦めない! お前を止めるやる!」


 一瞬の静寂。


 サクヤ・クオネは口の端を持ち上げ、にんまりと笑う。その笑みには残酷な愉悦しかなかった。


「そう。いいね! なら頑張って僕を止めに来てごらん。……でも覚えておきなよ。僕も君を、容赦なく潰しに行くからさ」


 その声音は甘やかで、しかし死刑宣告のように冷たい。


 そして、背を翻しながら軽く言い捨てる。


「今日はもう帰るよ。じゃあ――君がどこまで僕を止められるか、楽しみにしてる」


 背を向け、仲間と共に森の闇へと消えていくサクヤ・クオネ。

 その後ろ姿を、アイカは崩れ落ちそうな体で必死に支えながら、ただ睨み続けていた。

 立ち上がる力はもう残っていない。だが――意志だけは、決して折れてはいなかった。

神血(イコル)の英雄伝 第六三話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა

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