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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
第三部 リグラム、メグルロア
64/92

川辺での一日目

 明刻(みょうこく)の始め。


 アオイは川辺で出会った子どもたちとともに、粗末な天幕の下に身を寄せていた。

 地面には薄い敷物が張られ、その上に低い木の台。椅子代わりであり、夜は寝床にもなるのだろう。

 アオイと年少の二人の少年がそこに腰を下ろし、地面には十歳前後の少女と、年長らしい少年少女が並んでいる。

 十歳前後の少女は年長の少女の袖をぎゅっと握り、怯えた目でアオイを見ていた。


 少し離れたところには、サレックが腕を組んで立っている。


 天幕の内側を見回すと、毛布が大小いくつも折り重ねられ、隅には水を張ったバケツ。罅の入った食器や古い衣類、ぬいぐるみや小さな玩具まである。

 質素ではあるが、アオイが想像していたよりは生活感に満ちていた。


(思ったより……ずっと整ってるんだな)


 考えていると、黒髪の少年が手を叩き、仲間に声をかける。


「よし、今日から仲間が一人増える。大変になるかもしれないけど、みんなで頑張ろう」


「うん!」

「うん!」


 年少の二人が揃って元気に返事をした。


「私はカンラ。……あなたの名前、聞いてもいい?」


 年長の茶髪の少女が、手のひらを差し出すようにして尋ねる。


「アオイ」


 偽名を使うべき場面かもしれなかったが、即興で名を偽れるほど器用ではない。アオイは素直に自分の名を口にした。


「ぼくはカスタ! よろしくね、アオイおにいちゃん!」


 右隣の金髪の少年が、人懐っこい笑顔を向けてくる。


「ぼくはカスルだよ」


 左隣にいたもう一人の少年が、兄の後を追うように自己紹介した。


「二人は兄弟なんだ。よく見れば顔が似てるでしょ?」


 カンラが笑いながら補足すると、確かに兄弟は同じ輪郭と瞳を持っていた。


「ぼくがおにいちゃんで――」

「ぼくがおとうと!」


 重なる声に、思わずアオイは目を細める。カンラがさらに説明を添える。


「カスタは四歳で、右目の下に黒子。カスルは五歳で、口元の左側に黒子があるのが見分けの印よ」


 言われて見れば、確かにその通りだった。


「ちなみに私は十四歳。……で、この子が八歳」


 カンラは隣に座る少女へ視線を向ける。少女は俯いたまま小声で「エリア……」と名乗り、すぐに顔を逸らした。


 続いて、黒髪の少年がアオイに手を差し出す。


「僕はチアー。十四歳。よろしく、アオイ」


 握手を交わしながら、アオイは短く返した。


「……よろしく」


 チアーは頷くと、振り返ってサレックへ声を投げる。


「サレックも挨拶したら?」

「こんな奴に、誰がするかよ」


 棘のある声。チアーは苦笑して肩をすくめる。


「サレックは十三歳。僕とエランの一つ下なんだ」


 どうやら年齢順でいうとサレックが次に年長らしい。アオイを露骨に拒絶する態度に、アオイはふと一人の顔を思い出した。


(……セイスに似てる)


 荒っぽい言葉、鋭い視線。その粗野さは、確かにセイスを連想させた。


 そのとき、袖をくいくいと引っ張られる。


「ぼく、おなかぺこぺこ」


 カスタが甘えるように言い、反対側からは弟のカスルも同じように掴んでくる。


「ぼくも……」


 両袖を引っ張られ、アオイは思わず目を瞬かせた。


(お腹が空いたのか……でも俺は何も持ってない)


「魚を獲りに……木の実を探した方がいいのか」


 戸惑いながらつぶやくと、チアーとカンラが笑い、カンラが外を指差す。


「魚なら、さっき獲ってある。焼いて食べよう」


 指差した先には、すでに魚の入ったバケツが置かれていた。


「じゃあ、みんな準備しよう」


 チアーの掛け声に、子どもたちは一斉に動き出す。カンラが袋を抱え、エリアは小枝を集め、サレックは食器と布を運び、弟たちははしゃぎながら川の方へ走っていった。


(……俺はどうすれば)


 アオイが立ち尽くしていると、サレックがぎろりと睨みつけた。


「お前も座ってないで準備しろよ」

「何をすればいい?」

「あっちで火をおこせ」


 顎で示されたのは、焚き火用の石組みの場所だった。


「分かった」


 アオイは立ち上がると、焚き火のために石で組まれた場所へと歩いていった。エリアが持ってきた枝がいくつも置かれている。彼は迷うことなく二本を手に取り、ぎゅっと両手に握りしめた。


 ──それだけ。


 次にどうすればいいのか分からないのだろう。眉を寄せて枝をじっと見つめ、少し首をかしげる。やがて試しにこすり合わせてみるが、もちろん火などつくはずもない。


 両手で枝を大事そうに持って、どうしたらいいのか迷っている姿は、小さなリスが木の実を抱えて困っているようで──思わず笑みがこぼれるほど愛らしかった。


 彼の横に、すっと影が差す。いつの間にか隣に座り込んだ人物が、その様子を眺めながら小さく息を漏らした。


 エリアだ。小さな箱を差し出し、蓋をずらす。中には赤い先端を持つ細い木の棒が整然と並んでいる。


「火をつけるなら、マッチを使うといいよ」


 そう言って一本を取り出すと、箱の側面に擦りつける。ぽっと小さな炎が咲いた。エリアはそれを枝の束へ投げ入れ、瞬く間に火は広がり、焚き火が燃え上がった。


「ありがとう」


アオイが声をかけると、エリアは焚き火をじっと見つめたまま、肩をわずかにすくめて「……うん」とだけ答えた。頬にわずかな赤みが差しているのを、アオイは見逃さなかった。


(……暑いのか……)


 焚き火の熱か、それとも陽光のせいか。アオイは首をかしげながら、静かに彼女の横顔を見つめた。






 それから約四十分ほどが過ぎていた。


 細い枝に串刺しにされた魚は、じっくりと焚き火で焼き上がり、エリアとサレックはそれぞれ自分の魚を手に取り、カンラのもとへ持って行った。

 カンラは持ってきた袋を開くと、白い粒――塩が入っていた。二人の魚に塩をふりかけ終えると、カンラはアオイの方を向いた。


「アオイも塩をかけるから、こっちに持ってきて」

「ああ」


 アオイは残っていた魚の中から一匹を手に取り、カンラのもとへ運んだ。

 塩を振ってもらうと、ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


 チアーは小さめの魚を二匹選び、俎の上に置いて包丁で細かく切っていく。

 その様子を、腕と匙を持ったカスルとカスタが、目を輝かせて見つめていた。

 まだ小さい二人は、食べやすいように魚を整えてもらっているのだろう。

 切り終えるとチアーは二人の腕に魚をのせ、上からカランが塩をふった。


 残りの作業を終えたチアーとカンラも、自分たちの魚を整え、子どもたちは声を揃えて「いただきます」と言う。


「おいしぃー!」


 カスタが満面の笑みで口に運ぶと、その隣でカスルも、夢中になって匙で魚の身をほぐしながら食べていた。焼けた香ばしい匂いがふんわりと立ち上り、焚き火の煙と混ざって、川辺にゆるやかに漂う。


「……いただきます」


 アオイも少し遅れて口に運ぶ。塩を少しふっただけの焼き魚。熱でほぐれた白身はやわらかく、所々に焦げ目がつき、ほのかな苦味が広がる。噛むたびに焚き火の煙の香りが鼻に抜け、舌の奥にじんと残った。


(苦い)


 周りでは子どもたちの笑い声が混じり合い、匙の音や魚をほおばる小さな咀嚼の音が絶え間なく続く。その向こうで川の流れがさらさらと音を立て、焚き火のはぜる音と重なって、静かな川辺に心地よいざわめきを生んでいた。


 子どもたちが黙々と食べ終えると、エリアは立ち上がり、魚の入っていたバケツを手にした。冷たい水を焚き火にかけると、じゅっと白い蒸気が立ちのぼり、辺りに焦げた煙のにおいが漂う。小さな宴の終わりを告げる合図のようだった。


 チアーとカンラ、エリアが腰の埃を払いながら立ち上がる。


「それじゃ、僕たちは行ってくるから」

「また夜にね」

「またね」


 三人の背中に向かって、残った子どもたちが口々に声をかける。


「いってらっしゃい!」

「がんばってね!」


 明るく響く声が川辺に広がり、流れの音に溶けていった。


 アオイはその様子を見送りながら、何気なく問いかけた。


「どこか行くのか?」


 振り返ったチアーが笑みを浮かべて答える。


「うん。僕たちはお金を稼ぎに行くんだ」


 その言葉に、アオイはわずかに目を細めた。三人は他の子どもたちと違い、いつも別行動を取っているのか。もしかすれば、子攫いの件に通じる何かを掴めるかもしれない。


「俺も一緒に行っていいか?」


 疑いを招かぬよう、できるだけ軽い調子で尋ねてみた。だが、返事はすぐに返ってくる。


「ダメだ。お前は俺たちと残って片付けをするんだ」


 近くにいたサレックが、焚き火の残り火を見下ろしながら厳しい口調で告げた。その声音には、逆らう余地などない。アオイは僅かに眉を寄せ、逡巡した末に残ることを選んだ。





 三人の背中を見送ると、残った三人はすぐに動き出した。


 カスルとカスタは、使い終えた腕と匙を水の残るバケツに浸し、手のひらでこすりながら汚れを落としていく。ぱしゃりと水音がはね、川の流れと混じる。


 サレックは俎と包丁を抱え、茶色い布を手に川の方へと歩き出した。背を向けたまま、ぶっきらぼうに言い残す。


「お前は洗ったやつを拭け」

「おにいちゃん、あげる」


 カスタが小さな手で匙を差し出す。

 カスルが横から指を伸ばし、赤い布を指さした。


「それでふくんだよ」


 アオイは黙って布を取ると、子どもたちが渡してくる食器を一つずつ丁寧に拭き取っていく。


 やがて、川から戻ったサレックが俎と包丁を手に近づいてきた。滴る水をかすかに振り払いながら差し出す。


「次はこれだ」


 アオイがそれらを拭いている間に、カスルとカスタは腕と匙を天幕へと戻し、サレックは空になったバケツを担いで水辺へ向かう。


 天幕に入ると、先にいたカスルとカスタが一斉に顔を上げた。


「ここにおくんだよ」


 カスルが指さした台の上には、きれいに拭かれた腕や匙が整然と並んでいる。

 アオイが余白に俎と包丁をそっと置いた瞬間、左右からぎゅっと腕をつかまれた。


「アオイおにいちゃん、あそぼう!」

「あそぼう!」


 期待に満ちた笑顔が真っ直ぐに突き刺さる。


「……何して遊ぶんだ?」


 アオイの問いかけに、カスルは脇に置いてあった球を手に取った。


「ボールであそぼう!」


 それを「ボール」と呼ぶ声に、カスタも元気よく続ける。


「サレックもだよ!」


 ちょうど戻ってきたサレックの姿を見つけ、嬉しそうに叫ぶ。


「今日はボール遊びか!」


 サレックは歩きながらにやりと笑ったが、アオイの姿を認めた途端、表情を曇らせる。


「……こいつもかよ」

「アオイおにいちゃんもいっしょなの!」

「なかまはずれダメだよ!」


 二人の反撃に押され、サレックは小さくため息をついた。


「……わかったよ」





 四人は天幕から少し離れた草地に出る。カスルが球を掲げ、声を張り上げた。


「あてっこゲームしよ! ぼくはサレックといっしょ!」


「じゃあ、ぼくはアオイおにいちゃんと!」


 カスタはアオイの腕にしがみついたまま、誇らしげに宣言する。


「ルールはね、ちゃんとあるんだよ」


 カスルが胸を張って言った。目はきらきらと輝き、どこか誇らしげだ。


「てきにボールをなげて、とれなかったら……アウト!」


 言葉を言い切ると同時に、カスルは小さな拳をぐっと握りしめた。

 その仕草はまだ幼さが残るのに、得意げに胸をそらす姿だけは年上ぶって見える。


(あぁ、確かナサ村でも、子どもたちが広場で球を追いかけて遊んでいたな……)


 アオイは、あのときの風景を思い出す。笑い声が飛び交い、時折転んで砂まみれになったりしながらも、楽しそうに走り回っていたあの光景だ。


 今、自分の前に立つサレックとカスル、そして自分とカスタ――二組に分かれ、少し距離を空けて向かい合う。先行はサレックとカスルの組で、サレックがボールを構えた。


 その視線は、間違いなくアオイを狙っている。ぎらりと光る瞳が、こちらを睨みつける。


(見てろ……すぐに当てて、二人にカッコ悪いところを見せてやる……)


 サレックは小さく息を吸い込み、ボールに力を込めた。


(くらえ……!!)


 勢いよく飛んできたボール。アオイの顔目がけて、真っすぐに放たれる。サレックはにやりと勝ち誇った笑みを浮かべる。


(俺は周りより力があるんだ……さっきは油断していたけど、これなら――)


 その瞬間、サレックの自信は一瞬で崩れた。


 アオイは、力いっぱい投げられたボールを、片手でひょいと受け止めてしまったのだ。顔色一つ変えず、まるで何事もなかったかのように。


(は……? 嘘だろ……いや、嘘だろ……)


 サレックは瞳を大きく見開き、唖然とする。自分の力に少し自信があったのに、こんなにも簡単に止められるとは――。


「アオイおにいちゃん、かっこいい!!」

「すごい!すごい!」


 対照的に、カスルとカスタは目を輝かせ、心の底から声を上げて褒める。


 そして、アオイの手に渡ったボールは再びサレックへ。


(これを投げれば……いいんだな?)


 アオイは、程よい力加減で左腕を狙い、ボールを投げる。サレックも咄嗟にボールを受け止めた。


(簡単にやられるわけないだろ……!!)


 少し苛立ちながら、サレックは即座にアオイへ投げ返す。アオイも、同じように受け返す――。二人の間で繰り広げられる熱戦に、カスルとカスタは声をそろえて応援した。


 二十分ほど続いた二人の真剣勝負も、最後は体力が尽きたサレックがボールを取り損ね、カスルもカスタのボールを取れずにゲームは終了した。

 カスルは興奮気味に「すごい!すごい!」と褒めたたえ、サレックは悔しそうに顔をしかめた。


 その後、子どもたちは隠れ遊びやぬいぐるみで遊び、昼膳に木の実を食べ終えると、カスルとカスタは眠気に誘われ、すやすやとお昼寝を始めた。



 残されたアオイとサレックは、川辺の小さな平地に並んで腰を下ろした。互いに言葉を交わすこともなく、視線も交わさない。


 風に揺れる木々の葉のざわめき、少し先で静かに流れる川の音、遠くで虫が鳴く声――それだけが、二人を包んでいた。


 アオイは足元の石をじっと見つめ、心の中で思った。


(これが、嫌われてるってやつか……?)


 サレックと出会って、もう九時間ほどが経っていた。最初はただ気の荒い子どもだと思っていたが、その態度や口調には、確かに自分に対する嫌悪のようなものが滲んでいる。


(どうして嫌われてるんだ……)


 特別悪いことは何もしていないはずだ。最初に川辺で見つめていたときからダメだったのか、それとも拳を掴んだことか――アオイは考えを巡らせていた。


 そのとき、隣から小さく声がした。


「なぁ」


 思考から引き戻され、アオイはサレックの方へ顔を向けた。サレックは足元の小石を川へ投げて、ゆらりと水面に波紋を広げている。


 アオイの視線に気づくと、サレックはぽつりと口を開いた。


「なんでここなんだよ。川辺なら他にもあるし、ガキの集団もここと同じくらいあるはずだ」


 言葉には以前ほどの棘がなく、ほんの少しだけ柔らかくなった口調だった。確かに、ここ以外にも同じような川辺があってもおかしくはない。


(ただ、ここを指定されただけだが……)


 アオイは心の中でつぶやき、素直に口を開く。


「ここが一番近かったからだ」


 嘘ではない。ネシュカからこの川辺に行くよう指示されており、建物から一番近かったのは事実だ。


 言葉を聞いたサレックはゆっくりと顔を向け、目を細める。


「嘘はついてないな……?」


 警戒の色は残るが、ここ数時間の接触で、アオイが仲間を騙そうとしている様子は見えなかった。任務中とはいえ、アオイは緊張しすぎず、自然体で接していた。


「じゃぁ、ここの奴には何もしないんだな?」

「しない」

「本当だな?」

「本当だ」


 サレックの視線はまだアオイを捉えたまま。眉間に小さな皺が寄り、口元にわずかな緊張が残る。手の指先が軽く動き、何か確かめるように小石をつまむ仕草をした。


「……信じるからな?」


 声は低く、しかし前よりも穏やかさを帯びている。視線はまだ鋭さを失っていないが、わずかに柔らかくなった気がした。


「ああ」


 アオイは短く、力強く答えた。その瞬間、二人の間の空気が少しだけ変わった。沈黙の中で、川のせせらぎや木々のざわめきが、互いの呼吸をゆっくりと混ぜ合わせるように流れる。


 サレックは少しだけ顔をそむけ、手をぽんと太ももに置いた。目はまだアオイから逸らさない。アオイも視線を外さず、肩の力を少し抜く。


 静かな時間が一呼吸だけ過ぎた後、サレックが小さく息をつき、声をさらに低くして言った。


「……よし、わかった。お前はあいつらを傷つけない。俺もお前を信用する、な」


 アオイはゆっくり頷く。言葉は必要なかった。互いの沈黙が、確認と約束の役割を果たしていた。




 夕刻の半ば。


 川辺の天幕へとチアー、カンラ、エリアが戻ってくると、そこには朝とは打って変わった光景が広がっていた。


 出かける前には、サレックは露骨にアオイを煙たがっていたはずだ。言葉少なに、刺のある視線ばかりを投げつけていた。

 ところが今、天幕の中で彼は笑顔を浮かべ、身振り手振りを交えてアオイに何かを語っている。その横では、カスルとカスタも無邪気に声を弾ませ、輪の中で笑い合っていた。

 アオイだけは真顔のままだったが、その瞳は鋭くも真剣で、相手の言葉を逃すまいと耳を傾けている。


「――あ、チアー! カラン! エリア! おかえり!」


 最初に気づいたのはカスルだった。勢いよく立ち上がり、手を振る。

 カスタも笑顔で「おかえり」と声を重ねる。遅れてサレックも、ぎこちないながらも柔らかな笑みを浮かべて「お帰り」と言った。

 そして最後に、アオイが少し迷ったように言葉を選びながら――「……お帰り」と口にした。


 四人の声が重なった瞬間、チアーは思わず目を瞬かせる。


「えっと……サレックとアオイって、いつの間に仲良くなったの?」


 カンラも不思議そうに首を傾げる。その後ろでエリアが、ひそやかに「本当だ、仲良くなってる」と呟いた。


 サレックはすぐさまアオイの首へ腕を回し、わざと大げさに抱き寄せる。


「色々あってさ、仲良くなったんだ!」


 「色々って……?」とカランが首をかしげる。


 サレックは一瞬言葉を探し、それからニヤリと笑った。


「それはな――俺たちの秘密だよな? アオイ!」

「……あぁ」


 短く答えたアオイの横顔を、蝋燭の炎がかすかに揺らした。


「おとことおとこのやくそく!」

「やくそく!」


 カスルとカスタが、楽しげに声を揃える。チアーとカンラは視線を交わし、苦笑しながら肩をすくめた。


「まぁ……二人が仲良くなったなら、それでいいけど」

「だね……」


 そのやり取りを見ていたエリアも、安心したように小さく頷いた。


 その後は、朝と同じように川魚を焼いて皆で分け合い、片付けを済ませて、順番に川の水で身体を拭った。頭は水をかけるだけの簡単な洗い方だったが、アオイの青髪は洗髪剤もなく、少しきしみを帯びている。


 深刻の終わり頃。


 台の上にはエリア、カスル、カスタが三人並んで小さく丸まり、すぐに寝息を立てた。チアー、カンラ、サレックは地面に布を敷き、枕代わりに丸めて寝転がっている。陽は落ちたが、まだ川辺の空気はほんのりと温かく、上掛けもいらなかった。


 アオイは天幕の外に出て、太い木の根元に身を預けた。

 川辺に来てまだ一日。最初は怪しい奴だと警戒され、次には仲間の輪へと迎えられ、一緒に昼膳を取り、子どもたちと遊び、笑い合った。守攻機関での任務に比べれば、はるかに気楽で穏やかな一日――それでも、なぜか胸の奥には重たい疲労が残っていた。


 カスルとカスタは次から次へと遊びを見つけ出し、サレックも“あの約束”以来、ずっと距離を詰めてくる。心を許された喜びと同時に、慣れない熱の中で身を置くような、奇妙な倦怠感がアオイを覆っていた。


 彼は半ば閉じた瞼の奥で、眠りについた六人の寝顔を見やった。

神血(イコル)の英雄伝 第五八話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა

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