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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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情報屋の取引

「最近噂になっている違法な仲介屋についてねぇ……」


 ネシュカは、トラーナ街を抜けた先にある、まだ聞き込みをしていない仲介屋の店に足を運んでいた。

 小さな木の台の奥には、無精髭を生やした男が一人。机に肘をつき、気怠げにこちらを睨んでいる。


「どんな些細なことでも構いません。教えていただけませんか」

「悪いが、うちはなんも知らねぇ。他を当たってくれ」


 ネシュカが落ち着いた声で切り出すと、男は鼻を鳴らして答えた。


「ほんの小さなことでも結構です。気になったことは――」

「知らねぇって言ってんだろ!」


 ネシュカが食い気味で聞くと男は不満そうに声を荒げた。


「その噂のせいで、こっちまで迷惑してんだ。『どうせ仲介屋は皆、違法に稼いでる』なんて言われてよ。……話は終わりだ。帰んな」


 男の声は荒く、最後には手のひらを振って追い払うような仕草を見せた。

 その横柄さに、ネシュカの胸の奥が少し熱を帯びる。けれど、顔に出すわけにはいかない。


「……突然すみませんでした」


  それ以上は無理だと悟り、ネシュカは小さく頭を下げ、静かに店を後にする。冷たい外気が肌に触れると、苛立ちと焦りが胸の奥で小さくざわめいた。


「やっぱり……口が硬いわね」


 独り言が吐息と混ざり、灰色の街に溶けていった。

 これまでに訪ねた仲介屋は、皆そろって「知らない」と口を閉ざしていた。

 果たして本当に何も知らないのか。それとも――知っていながら、関わりを恐れて黙っているのか。


 ネシュカは視線を前方に送り、唇に小さく息を乗せた。

 考えた末、ネシュカは小さくため息をこぼす。


「早く次に行かないと」


 唇に小さく音を乗せ、彼女は足を速めた。





 さらに歩いた先は、銀屋や商人の店が集まる一角だった。トラーナ街よりも建物が大きく、軒先に吊るされた金属細工が風に揺れて鈍い光を返している。


(まずは……銀屋から聞いてみましょう)


 ネシュカは視線を巡らせ、扉横の板に「銀屋」と刻まれた文字を確認する。ギィィ、と軋む扉を押し、静かに中へ入った。


 室内には、屈強な体つきの男が二人。視線が一斉にネシュカへ向く。


「いくら借りに来たんだ?」


  低い声が飛んできた。


「いいえ。お金を借りにきたわけではありません」

「じゃあ、返しに来たのか?」


 探るような視線に、僅かに警戒心がにじむ。ネシュカは首を振り、落ち着いた声で口を開いた。


「少し聞きたいことがあって来ました」

「聞きたいこと?」


 男たちは顔を見合わせ、眉をひそめる。


「最近、トラーナ街で仲介屋が子どもを攫い、売っているという事件が起きています……その件について、何かご存じないでしょうか」


 問いかけに、一瞬の沈黙。やがて、奥にいたもう一人が口を開いた。


「……その仲介屋については知らねぇが、子どもが攫われた話は確かに耳にした」

「本当ですか?」


 ネシュカの胸の奥に、小さな光が差し込む。希望のような、焦りのような感覚。


「この通りを少し行った先に、黄色い立て看板を出してる商人がいる。その男なら、この辺りの情報を売り買いしてる。金さえ払えば、話してくれるはずだ」


 男は顎をしゃくり、方向を示した。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げ、ネシュカは踵を返す。告げられた店へ向かい、足を止めることなく歩みを進めた。





「……ここね」


 銀屋に教えられた通りを進むと、通りの一角に黄色い立て看板が見えた。

 二階建ての建物は、メルグロアの中央部にある屋敷に比べれば古びているが、不思議と小綺麗な印象を与える。飾り気はなく、大きな硝子窓もない。むしろ普通の住居を少し改装したような造りだった。


 取っ手に手をかけ、呼吸を整える。扉を押すと、ぎい、と木の軋む音が静かな朝の空気に溶けた。


 中に入ると、木の台の上にいくつかの商品が並んでいる。平鍋、杯、そして場違いに見える装飾品。床には古びた長椅子や箪笥が置かれ、どこか雑然とした空気をまとっていた。


 奥で雑巾を手にした男が、開かれた扉の音に顔を上げる。五十代半ばほど、灰色を帯びた髪。目が合った瞬間、彼の瞳がわずかに見開かれた。


「おや……これは意外なお客さんだ」


 柔らかい声。だが観察する眼差しは鋭い。


 「その黒い制服――ナサ村の守攻機関の方ですね。わざわざ隊員殿が来られるということは……お求めは情報でしょう。さて、最近トラーナ街で子どもが攫われている件、ではありませんか?」


 ネシュカの身体がかすかに強張った。

 制服で身分を見抜かれることは予想していた。しかし、目的まで言い当てられるとは。


「……ええ。そうです」 


 微笑を浮かべながらも、警戒を解かずに問いかける。


「率直に伺います。いくらで売っていただけますか」


 商人は顎に手をやり、少し考えるように首を傾げた。


「私はね、情報に正確な値をつけない主義なんです。お客様が差し出した額次第――そういうやり方でして」

「……もし、私の提示が気に入らなければ?」

「そのときは残念ながらお引き取り願うしかありません」


 にこりと笑うが、瞳の奥には試すような光が宿っている。

 ネシュカはわずかに目を細め、鞄から小袋を取り出した。


「五十リザン入っています。それ以上は出せません」


 ネシュカは、小袋を商人の前へ突き出した。

 中には硬貨がぎっしりと詰まっている。袋の口を結ぶ紐が食い込み、掌にずしりとした重みを伝えていた。


 情報一つに払うには、明らかに割に合わない額だ。それでも――。

 任務の糸口をつかめるのなら、この金など惜しくはない。


「ほう……これはまた、思った以上の大金を」


 商人の目が丸くなる。受け取った袋を静かに開き、ざらりとした金属の感触を確かめてから満足げに笑んだ。


「確かに。――では、お望みは?」

「トラーナ街の子どもが相次いで行方不明になっている件。知っていることを、なるべく多く教えてください」


 ネシュカの声に、商人は短く黙し、それから口を開いた。


「子どもたちには、行方不明になる前に共通点があります。前日に――『仕事先を紹介される』のです」

「仕事先……?」

「ええ。『貴族の使用人にならないか』『店が働き手を探している』。そう持ちかけられ、夢を見せられる。疑いながらも惹かれ、ついていった子どもたちが……そのまま姿を消している」


 ネシュカは小さく呟いた。


「……確かに。高い稼ぎを提示されたら、信じたくなる子は多いでしょうね」

「トラーナ街では仕事の紹介自体は珍しい話ではないのです。安い労働力を求める者は多いですから。だからこそ、本物と偽物の見分けがつきにくい」


 穏やかな笑みを浮かべながらも、商人の声は淡々としていた。


「ただし――行方不明になった子どもにはまだ共通点がある」


 ネシュカの視線が鋭くなる。


「茶色い髪をした子ども。その者から仕事先を紹介されていたのです」


(茶色い髪をした子ども、ねぇ……)


 ネシュカは胸の内でつぶやいた。


「それと、もう一つ。行方不明になった子どもたちは皆、孤児でした。仕事先を引き受けると、健康を確かめるためだと称して少量の血を抜かれるそうです。……私が知っているのは、これで全部です」


 商人は言い終えると、にこりと口元を緩め、ネシュカをじっと見つめた。


「……ありがとうございます」


 わずかに間を置き、ネシュカもまた笑みを返し、深く頭を下げる。くるりと踵を返し、扉の方へと身体を向けた。


「私の情報が、お役に立てれば幸いです。またのご来店を、心よりお待ちしております」


 柔らかな声が背後から追いかけてきた。ネシュカは耳でそれを受け取りながら、静かに建物を出る。


(前日に仕事先を紹介され、血を採取される……そして孤児。紹介役は茶色い髪の子ども――)


 通りに出ると同時に、頭の中で商人の言葉を整理する。


(けれど、茶色い髪をした子どもなんて、この街にいくらでもいるわ。どうやって絞り込めばいいの……)


 これまでの調査でも、茶髪の子どもは数えきれないほど目にしてきた。その中から、子攫いに関わる者をどう見極めるか。

 ネシュカは思索をめぐらせながら、重い足を一歩、また一歩と前に運んでいった。

神血(イコル)の英雄伝 第五七話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა

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