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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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期限内の策

「囮役と言っても、なにをしたら良いんですか?」


 ネシュカの話がひと段落ついたところで、アオイはおずおずと手を上げて尋ねた。


 ナサ村の外で任務に出たことはある。だが、それもユサやシアンに付き添って村長の護衛をするか、他地域からの応援要請に応じる程度。事件調査などは村に関わる範囲に限られ、他地域に踏み込むのは初めてだ。


 守攻機関クガミに入って約一年半。同じ年に入ったイオリは、すでに何度も他地域の事件を担当している。それを思うと、自分にはまだ実力が足りないのだろう――アオイはそう感じていた。


 だからこそ「囮役」という今回の任務は、まったく未知のものだった。


「特に、なにもしなくていいわ」


 ネシュカの淡々とした答えに、アオイは思わず固まった。


「えっと……それは……」


 アオイは、ネシュカの答えに固まり思考を巡らせた。


(それはただ待てばいいのか。いや、それとも自分で判断して動けという意味なのか……)


 考えれば考えるほど思考が空転していく。


 視線を泳がせているアオイを見て、ネシュカはふっと笑みをもらした。


(こんなアオイ、初めて見たわ)


 最初に会った時からずっと冷静な子だと思っていたからこそ、こんな風に戸惑う一面があるのが少し意外で、そしてどこか嬉しかった。


「アオイは下手に仲介屋を探らなくていい。ただ、あくまでトラーナ街の住人として普通に過ごしていれば十分よ。ただし、気は抜かないで」


 ネシュカは穏やかに微笑みかける。


「食料はセイスに持たせるから、受け取るときは周りに注意してね」

「分かりました」


 アオイは頷く。


「あ、でも一つだけお願いがあるの」

「はい」


「もし、次に攫われそうな子どもを見つけたら、必ずセイスに知らせて。その子と一緒にいてあげて」

「……分かりました」


 ネシュカの言葉に、アオイは少し緊張をにじませながらも返事をした。


 彼女は満足げに頷くと、今度はセイスに向き直った。


「セイス。アオイから報告があったら、その子を必ず見ていて。私にも忘れず伝えること」


 言われたセイスは、頭をガシガシとかきながら小さくため息をつく。


「俺は、ガキかいな……」





それから、三人は床に腰を下ろし、宵刻よいこくの終わりまで言葉を交わしていた。

 もっとも“話し合い”といっても、実際はネシュカが一方的に口を動かし、アオイとセイスがそれを聞く──そんな形に近かった。


「私が調べた限りでは、子攫いはこの辺りと、ここ、それから少し離れたここでも起きていたわ」


 そう言いながら、ネシュカは鞄から取り出した紙を広げる。粗い線で描かれた街の地図だが、場所ごとに印が記され、彼女なりの調査の跡が見て取れた。三人の間にそれを置くと、細い指先で川の流れをなぞる。


「この少し先に川辺があるでしょう。子どもたちは、よくあそこに集まるの。だから明日の幽刻みおこくの半ば過ぎ──アオイとセイスはそちらに行ってちょうだい」


 命じる口ぶりは淡々としているのに、言葉には奇妙な熱が宿っていた。


「私は……そうね。この近くの仲介屋と銀屋には、もう大方の話は聞き終えたから。今度は少し遠くまで足を伸ばして、商人たちにも探りを入れてみるつもり」


 ネシュカの声を聞きながら、アオイは紙に描かれた地図を見下ろした。わずかに震える揺灯の明かりが、三人の影を床に重ねている。


 「できれば七日間のうちに、子攫いをしている仲介屋を捕縛しておきたいの。七日を過ぎれば新人たちと合流し、学院側の進捗も確かめなきゃならない。もしそちらが滞っていれば、私も学院に行くわ。だから──アオイを囮役に使う作戦は五日間。残りの二日は、別の手段で探す」

「……どんな方法ですか?」


 説明を聞いていたアオイが思わず問い返した。ネシュカは言葉を切り、少し声を落として告げる。


「関係がありそうな人物を脅して、情報を引き出す」


 短い一言。


 その響きに、アオイとセイスの表情がわずかに強張る。


「……ええんですか?」


 セイスは瞳を細め、ゆっくりとネシュカに視線を向けた。


守攻機関では〈守る者〉であることを何より大事にしている。

 人や獣、環境を不必要に傷つけることをしてはならない、繰り返し強く教え込まれてきた。

 だからこそ──ネシュカの言葉は、アオイとセイスにとって少し胸にひっかかるものだった。


 しかし、ネシュカは淡々と首を横に振った。


「勘違いしないで。拷問して吐かせるわけじゃない。ただ、少し“脅し”をかけるだけ。それくらいなら、シアンさんも、ユサ隊長だってやっているわ」


 静かな声だった。けれどその奥には、揺るがぬ決意があった。


「私たちが手間取っている間に、子どもたちがさらわれる。今すでに囚われている子たちの命が危うくなる。それだけは許せないのよ」


 理屈としては正しい──そうアオイもセイスも思った。

 ただ、普段は礼儀に厳しくても温厚で、どこか母のように気を配るネシュカが“脅し”という言葉を口にしたことに、驚きを隠せなかったのだ。


 二人は言葉を返せず、ただ無言で頷いた。


「他に聞きたいことはある?」


 ネシュカが問う。アオイが短く答えた。


「……ありません」


「なら、今日はもう休みましょう」


 そう言うと、ネシュカは台の上から薄い毛布を一枚手に取り、机に置かれた揺灯の火を吹き消した。闇が部屋を包み込む。

 彼女は二人から少し離れた床に横になり、毛布にくるまる。


 残されたアオイとセイスも、黙ったまま順に毛布を取り、距離を置いて身を沈めた。


 夜風がひとすじ、窓の隙間から吹き込む。

 熱を帯びた空気を冷ましながら、ひっそりと彼らの寝床を撫でていった。

神血(イコル)の英雄伝 第五四話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა

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