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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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リイト・アダムスという少年

 教室にいた生徒たちが全員席につくと、トライは一呼吸置いて口を開いた。


「本日より編入予定の生徒が三名、生物学の授業に参加いたします」


 トライはアイカたちのほうへ手のひらを向け、紹介を続ける。


「左より、ハナネ・ノセラさん、アイカ・カロエルさん、レイサ・ハーリムくんです。どうぞ、覚えておいてください」


 やや淡々とした紹介に、生徒たちはちらりと三人のほうへ視線を向けた。


「それでは出席を取ります……アノン・ミラエン。スズナ・ラーシュ……」


 名前を呼ばれた生徒が次々と「はい」と返事をする。



(二十一……二十二……思っていたより少ない。もっと人数がいるのかと思っていた)


 トライが出席を進める間、アイカは教室内の生徒の人数を数えていた。

 広大な校舎であるだけに、もっと生徒が多いと予想していたため、若干の意外感を覚える。


(どの子がリイト・アダムスなんだろう)


 アイカは再び教室内の生徒たちに目を向ける。まだリイト・アダムスの名前は呼ばれていなかった。

 一体どのような容姿なのか、身体に緊張が走った。


「次に、リイト・アダムス」


 ついに名前が呼ばれた。


(呼ばれた……)


 三人は揃って前方へ視線を向ける。


「はい」


 トライの声に続き、澄んだ返事が聞こえた。


 三人は声のするほうへ目を走らせた。


 一番窓際、前から二列目。金髪の少年がそこにいた。

 斜めの横顔は、距離があってはっきりとは見えない。


 三人の視線が交差し、教室の空気が一瞬張り詰めた。

 だが、声を聞く限りでは、彼が悪人であるとは感じられなかった。

 この少年が子攫いに関与している人物なのか。

 アイカの胸に、ざわめきが広がった。





 授業中、アイカたち三人は手元の教本に視線を落としながらも、意識の半分をリイトへ向けていた。

 リイトは、姿勢を正し、真剣な面持ちでトライの話を聞き入っている。


(あれが、リイト・アダムス……もっと、怖そうな顔だと思ってた)


 レイサは、ちらりと横目でその姿を確認し、心の内で呟く。

 子攫いに関わっているという話から、もっと荒んだ雰囲気を想像していた。


(思ったより……普通、なのね)


 ハナネもまた、同じ印象を胸の内に抱く。


 カーン、カーン――。


 授業の始まりを告げたのと同じ鐘の音が、教室に柔らかく響く。

 黒板に粉石(こせき)を走らせていたトライが手を止め、生徒たちを見渡した。


「これで一限を終了します。各自、小休憩を取ってください」


 そう告げると、トライは机へ歩み寄り、椅子に腰を下ろした。

 途端、それまで静かに前を向いていた生徒たちの緊張が解け、教室がざわめきに包まれる。

 席を立ち廊下へ出ていく者、友人のもとへ駆け寄る者――。


 やがて、そのうちの数人がアイカたちの机のまわりへ集まってきた。


「ねぇ、君たちどこから来たの? もともとリグラムの人?」

「髪、すごい色だね。染めてるの?」

「もう校内は回った?」


 立て続けに飛んでくる質問に、アイカは一瞬まばたきを繰り返す。


(えっと……どこから答えたらいいの?)


 戸惑うアイカの隣で、レイサがほんの一瞬だけ驚いた顔を見せ――すぐに爽やかな笑みに変えた。


「俺たちはナサ村から来たんだ。まだこの教室しか見てなくてさ。あとでゆっくり回るつもり」


 穏やかな口調で返すレイサに、少女たちはほんのりと頬を染めた。


「じゃあ、俺たちが案内してやろうか?」


 男子生徒の一人が笑みを浮かべて申し出る。


「えぇ、お願いしてもいいかしら」


 ハナネも柔らかな微笑を浮かべ、自然に応じた。

 二人とも、怪しげなそぶりを一切見せない。


(……すごい。二人とも)


 二人の間に立っていたアイカは、感心しきりに目を丸くする。

 すると、先ほどまで赤らんでいた少女たちが、アイカへと視線を向けた。


「ねぇ、カロエルさんのこと、アイカちゃんって呼んでもいい?」

「うん! いいよ!」


 アイカは、レイサとハナネを見習うように笑顔で答えた。


「アイカちゃんって、すごい変わった瞳と髪色だよね。生まれつきなの?」

「あ、うん。そうだよ!」


「でも、すごく可愛いよね」

「ね、私も思った!」


 ぱっと弾けるような笑顔を向けられ、アイカは小さく固まった。

 昔から、言葉をうまく返すのが苦手で、友人も少なかった。これまで外見を褒められたことはあっても、それは決まって異性からで、同性の口から聞くのはほとんど初めてだった。

 胸の奥が、そっと温もりを帯びる。


 少しの間をおいてから、アイカは静かに口を開いた。


「……ありがとう」


 頬をわずかに染め、照れくさそうに指先でなぞるようにして笑う。


 その瞬間、近くにいた誰もが彼女に視線を奪われた。レイサも、ハナネも例外ではない。

 可憐で――まるで天使が舞い降りたかのような笑みだった。


「……あ、そうだ。この学校の食堂ってさ――」


 一人の男子が思い出したように声をあげ、新たな話題が広がっていく。

 それに続き、ほかの生徒たちも会話に混じった。


 ざわめきの中、アイカたちはそっとリイトへ視線を移す。

 彼は席に座り、友人と談笑しながら、穏やかな笑みを浮かべていた。


神血(イコル)の英雄伝 第五十話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა

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