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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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ラグラム中央学院

 トラーナ街で立ち尽くしていた三人に、ネシュカが声をかけた。


「そろそろ時間ね。ここで別れましょうか。……私たちはこのまま仲介屋を探すから、あなたたちはリグラム中央学院へ。道、覚えてる?」


 問いかけに、レイサが少し遅れて頷いた。


「……俺が、覚えてます」


 その声はかすれていたが、はっきりとした意志が感じられた。


「よかった。……それからさっきの子のことだけど、あれは三人のせいじゃないわ。だから、あまり考えすぎないようにね」


 ネシュカは微笑もうとしたが、うまく形にはならなかった。慰めるようなその言葉に、アイカとハナネも小さく返す。


「うん……」

「はい……」


 そうして、六人は静かに別れた。

 アイカたち三人は、自分たちの任務――リグラム中央学院に所属する生徒リイト・アダムスの調査と確保

――に向け、歩き出した。





 トラーナ街からの帰路。

 三人の間に会話はなかった。聞こえるのは、風に揺れる葉擦れと、足音だけ。けれど、それは衝撃に言葉を失っていたからではない。


(……しっかりしなきゃ)


 アイカは自分に言い聞かせるように、心のなかでつぶやいた。

 あそこで見たものは、簡単に忘れられるような光景ではない。けれど、それに囚われ続けていては、今後の任務に支障が出てしまう。


 痛みを残したまま、それでも前を向いて歩く。

 アイカの隣を歩くレイサも、その後ろにいるハナネも、同じように唇を引き結んでいた。初めての任務。誰も助けてはくれない。ならば、自分たちがしっかりと果たさなければならないのだ。


「あ……戻ってきたな」


 ふと、レイサがつぶやいた。

 気づけば、見慣れた石畳。三人は、リグラム中央学院の前まで来ていた。


(すごい……)


 アイカは、自然と見上げていた。

 行きの道では、リュスカ堂に気を取られていたせいか、学院の姿をしっかりと目にするのはこれが初めてだった。


 丁寧に整備された草地の先には、開放感のある景色が広がっていた。

 五十センチほどの白石の土台に、三メートルほどの鉄柵が続いている。その中央には、それよりもやや高い門扉が設けられ、今は開いていた。


(これが、学院……)


 アイカは鉄柵をくぐりながら門を仰ぎ見て、それから敷地内に視線を向けた。


 まず目に入ったのは、三つの大きな建物だった。


 どれも端正で重厚――まるで、知を象徴するために建てられた屋敷のようだ。


 中央付近には、間をあけて並ぶふたつの建物。どちらも縦に長い四角形で、角がやや出ている。屋根は三角だが、どこか、規則的に区切られたような印象を受ける。


そのふたつの建物のあいだには、リュスカ堂にもあったような、水の流れる円台。そして、そばには休めるようにベンチが置かれている。


 さらに奥にも建物があるようだが、距離があってよく見えない。

 整えられた草地のあいだには、白い石畳の道が枝分かれしながら続いていた。


 三つの大きな建物のほかにも、いくつかのやや小さめな建物と、ひときわ高い塔がひとつ、目に入った。



「で……第四準備室って、どこにあるんだ?」


 レイサがあたりを見回しながら言った、そのとき。

 ハナネが、ふいに進行方向を変えた。


「ハナネ?」


 アイカがすぐに声をかけて後を追う。レイサも少し遅れてついてくる。


「これ、見れば分かるんじゃない?」


 ハナネが立ち止まり、淡々と指をさす。

 そこには、大きな案内板が据えられていた。


「……たしかに! ハナネ、すごいねっ!」


 ぱっと笑顔を見せたアイカに、ハナネはわずかに視線をそらし、


「別に」


 とだけ返す。


「東側が前課の校舎で、西側が後課の校舎……真ん中が央棟って言うんだ」


 アイカは案内板をじっと見つめながらつぶやく。


(植物園に飼育園……設備、結構整ってるのね)


 ハナネも心の中で思った。


「第四準備室は……あった。央棟の方だってよ」


 遅れて追いついたレイサが、案内板を指でなぞりながら言う。


「見つけるの早っ!?」


 アイカが驚いたように声を上げ、レイサは照れたように笑った。

 二人は、いつも通りのように、明るく言葉を交わしている。


 その様子を、ハナネはじっと見つめていた。


 無理に取り繕うような、どこかぎこちない笑顔。

 ――まるで、不安を笑顔でねじ伏せているかのように。


(無理やりすぎ……)


 小さく、ハナネは胸の内でつぶやいた。



三人は、央棟へと足を向けた。


「……変な作りだね」


 ぽつりと、アイカが呟く。

 視線の先にあるのは、四階ほどの高さを持つ正方形の建物が鎮座している。

 その屋上には、丸い塔のような構造物が載っている。さらに左右には、角ばった建物が対称に繋がっており、全体としては複雑な立体構造を成している。


「今日も疲れたー」

「なぁ、図書室行こうぜ」


 すれ違いざま、教本らしきものを抱えた男子生徒たちが、央棟の中へと吸い込まれていった。


「ねぇ、ハナネ。図書室って、なに?」


 二人のやり取りを聞いていたアイカが、ふとハナネに問いかける。


「……本。書物が、たくさん置かれてる場所」


 ハナネは、アイカに顔を向けることなく、淡々と答えた。


「へぇ〜……」


 アイカは目を丸くして感心したように言うが、すぐにハナネが口を開く。


「そんなことより、早く第四準備室に行くんじゃないの」


 そっけない声とともに、ハナネはスタスタと先へ歩いていく。


「あっ、うん……!」


 アイカも慌てて、その背中を追いかけた。


(この二人……仲が悪いのか、良いのか……)


レイサは呆れたように小さく息を吐くと、歩みを止めることなく、ふたりのあとに続いた。


神血(イコル)の英雄伝 第四七話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა

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