ラグラム中央学院
トラーナ街で立ち尽くしていた三人に、ネシュカが声をかけた。
「そろそろ時間ね。ここで別れましょうか。……私たちはこのまま仲介屋を探すから、あなたたちはリグラム中央学院へ。道、覚えてる?」
問いかけに、レイサが少し遅れて頷いた。
「……俺が、覚えてます」
その声はかすれていたが、はっきりとした意志が感じられた。
「よかった。……それからさっきの子のことだけど、あれは三人のせいじゃないわ。だから、あまり考えすぎないようにね」
ネシュカは微笑もうとしたが、うまく形にはならなかった。慰めるようなその言葉に、アイカとハナネも小さく返す。
「うん……」
「はい……」
そうして、六人は静かに別れた。
アイカたち三人は、自分たちの任務――リグラム中央学院に所属する生徒リイト・アダムスの調査と確保
――に向け、歩き出した。
◇
トラーナ街からの帰路。
三人の間に会話はなかった。聞こえるのは、風に揺れる葉擦れと、足音だけ。けれど、それは衝撃に言葉を失っていたからではない。
(……しっかりしなきゃ)
アイカは自分に言い聞かせるように、心のなかでつぶやいた。
あそこで見たものは、簡単に忘れられるような光景ではない。けれど、それに囚われ続けていては、今後の任務に支障が出てしまう。
痛みを残したまま、それでも前を向いて歩く。
アイカの隣を歩くレイサも、その後ろにいるハナネも、同じように唇を引き結んでいた。初めての任務。誰も助けてはくれない。ならば、自分たちがしっかりと果たさなければならないのだ。
「あ……戻ってきたな」
ふと、レイサがつぶやいた。
気づけば、見慣れた石畳。三人は、リグラム中央学院の前まで来ていた。
(すごい……)
アイカは、自然と見上げていた。
行きの道では、リュスカ堂に気を取られていたせいか、学院の姿をしっかりと目にするのはこれが初めてだった。
丁寧に整備された草地の先には、開放感のある景色が広がっていた。
五十センチほどの白石の土台に、三メートルほどの鉄柵が続いている。その中央には、それよりもやや高い門扉が設けられ、今は開いていた。
(これが、学院……)
アイカは鉄柵をくぐりながら門を仰ぎ見て、それから敷地内に視線を向けた。
まず目に入ったのは、三つの大きな建物だった。
どれも端正で重厚――まるで、知を象徴するために建てられた屋敷のようだ。
中央付近には、間をあけて並ぶふたつの建物。どちらも縦に長い四角形で、角がやや出ている。屋根は三角だが、どこか、規則的に区切られたような印象を受ける。
そのふたつの建物のあいだには、リュスカ堂にもあったような、水の流れる円台。そして、そばには休めるようにベンチが置かれている。
さらに奥にも建物があるようだが、距離があってよく見えない。
整えられた草地のあいだには、白い石畳の道が枝分かれしながら続いていた。
三つの大きな建物のほかにも、いくつかのやや小さめな建物と、ひときわ高い塔がひとつ、目に入った。
「で……第四準備室って、どこにあるんだ?」
レイサがあたりを見回しながら言った、そのとき。
ハナネが、ふいに進行方向を変えた。
「ハナネ?」
アイカがすぐに声をかけて後を追う。レイサも少し遅れてついてくる。
「これ、見れば分かるんじゃない?」
ハナネが立ち止まり、淡々と指をさす。
そこには、大きな案内板が据えられていた。
「……たしかに! ハナネ、すごいねっ!」
ぱっと笑顔を見せたアイカに、ハナネはわずかに視線をそらし、
「別に」
とだけ返す。
「東側が前課の校舎で、西側が後課の校舎……真ん中が央棟って言うんだ」
アイカは案内板をじっと見つめながらつぶやく。
(植物園に飼育園……設備、結構整ってるのね)
ハナネも心の中で思った。
「第四準備室は……あった。央棟の方だってよ」
遅れて追いついたレイサが、案内板を指でなぞりながら言う。
「見つけるの早っ!?」
アイカが驚いたように声を上げ、レイサは照れたように笑った。
二人は、いつも通りのように、明るく言葉を交わしている。
その様子を、ハナネはじっと見つめていた。
無理に取り繕うような、どこかぎこちない笑顔。
――まるで、不安を笑顔でねじ伏せているかのように。
(無理やりすぎ……)
小さく、ハナネは胸の内でつぶやいた。
◇
三人は、央棟へと足を向けた。
「……変な作りだね」
ぽつりと、アイカが呟く。
視線の先にあるのは、四階ほどの高さを持つ正方形の建物が鎮座している。
その屋上には、丸い塔のような構造物が載っている。さらに左右には、角ばった建物が対称に繋がっており、全体としては複雑な立体構造を成している。
「今日も疲れたー」
「なぁ、図書室行こうぜ」
すれ違いざま、教本らしきものを抱えた男子生徒たちが、央棟の中へと吸い込まれていった。
「ねぇ、ハナネ。図書室って、なに?」
二人のやり取りを聞いていたアイカが、ふとハナネに問いかける。
「……本。書物が、たくさん置かれてる場所」
ハナネは、アイカに顔を向けることなく、淡々と答えた。
「へぇ〜……」
アイカは目を丸くして感心したように言うが、すぐにハナネが口を開く。
「そんなことより、早く第四準備室に行くんじゃないの」
そっけない声とともに、ハナネはスタスタと先へ歩いていく。
「あっ、うん……!」
アイカも慌てて、その背中を追いかけた。
(この二人……仲が悪いのか、良いのか……)
レイサは呆れたように小さく息を吐くと、歩みを止めることなく、ふたりのあとに続いた。
神血の英雄伝 第四七話
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