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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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見ておきたい世界

 六人は静かにタルネアを食べ終えると、ネシュカが卓上のガラス杯に口をつけ、一口だけ水を含んだ。

 そして、澄んだ瞳を皆に向ける。


「それで、これからのことだけど……。まずは私とアオイとセイスの三人で、トラーナ街に向かうわ」


 その場にいた五人の視線が、自然とネシュカに集まった。人渡しの話を聞いた後とあって、先ほどまでの賑やかな空気は跡形もない。アイカは小さく拳を握りしめた。


「それで子攫いをしている仲介屋を見つけて捕縛する」

「俺たちは何を補佐すれば良いんですか」


 ネシュカが言い終わるとレイサが尋ねた。


「あなたたち三人には――」


 言葉を区切ってネシュカは間を置いた。


「三人には、私たちがトラーナ街にいる間、リグラム中央学院の生徒として潜入してもらう」

「生徒……?」


 アイカが目を丸くする。レイサとハナネも同様に、言葉の意味を呑み込めていない様子だった。


 ネシュカは軽く頷いた。


「学院の中に、事件に関与している可能性のある生徒がいる。リイト・アダムスという名の少年。年齢も三人と同じ」


 そう言いながら、脇に置いていた紙袋を持ち上げ、中身を三人の前へ差し出す。


「制服も準備してあるわ」


 袋の中には、リズムレイ苑で目にした学院の制服――女子用が二着、そしてわずかにデザインの異なる男子用が一着、整然と収められていた。


「三人には、彼と仲介屋の関係を探って確保してもらう」


 ネシュカの視線が真っ直ぐに三人を射抜く。アイカたちもまた、目を逸らさず、その言葉を受け止めた。


 だが、疑問はすぐに湧き上がる。


「……三人だけで、ですか?」


 最初に口を開いたのはハナネだった。すでに察してはいたが、念を押すような問いだった。


「そう。三人に任せる」


 ネシュカは静かに、しかし揺るがぬ口調で断言する。


「でも俺たち、第二部隊ですよ。単独行動は、本来は……」


 レイサが口を挟む。イオリから聞いた通り、第二部隊は第一部隊の補佐が前提だ。まだ実績も乏しく、単独行動を許される立場ではない。


 ネシュカは軽く息をつき、正直に答えた。


「規則上はその通り。だからこそ、本来なら誰か一人は第一部隊からつけるべき。でも、アオイとセイスは――よくも悪くも、目立ちすぎる」


 アイカたちの目が、自然とその二人に向いた。アオイは整った容姿で常に人目を引くし、セイスはその粗暴さと鋭い目つきで、別の意味で注目を集める存在だ。潜入任務には明らかに不向きだった。


(……本当は、イオリが来ていたら、同行させるつもりだったんだけど)


 ネシュカは心の内で呟いた。イオリの家名なら、多少の違和感はあっても学院への潜入は可能だった。

 だが、それを今さら口にすれば、補佐に来てくれたアオイとセイスに余計な傷を負わせてしまう。


「でも目立つって言うなら、俺とアイカも目立つと思います……」


レイサが静かに口を開いた。


「……確かに」


 それを聞いたアイカも、小さく頷く。


――神選者には、それぞれ見た目に特徴がある。

 

 七年前、サクヤ・クオネが自分に語った言葉を、アイカは思い出していた。琥珀色の髪と、銀の髪に青い瞳。二人の外見はこの地には珍しく、確かに目を引くものだった。


(気づかれたら、どうしよう……)


 そんな思いがアイカとレイサの胸に同時に浮かぶ。その問いに、ネシュカが応じた。


「確かに、少しは目を引くかもしれないわね。でも、あなたたちの顔を知っている人は――他の地域には、まずいないでしょう。二人とも、村長と隊長から“中成人になるまで村の外に出てはいけない”って、きつく言われていたはずよね?」


「あっ……そういえば」レイサがつぶやいた。

アイカも、小さく「そういえば……」と後をなぞった。


 思い返せば、二人だけでなく、トワやサユも含めた四人全員が――村の外に出ることを、厳しく禁じられていた。


「それと、村にはもう一つ……掟があったでしょう?」


 ネシュカの声音が少しだけ低くなる。

 何かを思い出すように考えたのち、先に言葉を発したのはレイサだった。


「……“ナサ村に神選者がいることは、決して口にしてはならない”」

「そう」


 ネシュカは小さく頷いた。

 ナサ村には、決まりごとはほとんどない。

 だが、数少ない掟のうちのひとつ。それがこの“沈黙”だった。

 神選者であることを、決して名乗ってはならない。村の者も、村を離れる者も、それを語ってはならない。

 それは、アイカたちの胸にも深く刻まれている。


「だから、“ナサ村に神選者がいる”と知っている者は――ほんのわずかしかいないのよ」

「でも……神選者には、見た目に特徴があるって、みんな知ってるんだよね?」


 ネシュカの言葉に、今度はアイカが問い返した。


「え、そうなのか?」


 驚きの声を上げたその瞬間、隣にいたレイサがはっとしてアイカのほうを見た。どうやら、レイサは神選者に見た目の特徴があるという話を知らなかったらしい。


 ネシュカは、ふっと小さく息を吐いた。


「確かに、見た目に特徴があることは知られているわ。でも、見た目だけで“あの子は神選者だ”なんて確定できる人は、そういないわよ」


「……どういうこと?」


 アイカが眉を寄せると、ネシュカはわずかに首を傾けながら続けた。


「見た目に特徴がある、って言われてるけど――それがどこで、どんなふうに現れるのかまでは、誰もはっきりとは説明できないのよ。たとえば“目が光る”とか、“声が澄みすぎている”とか……いろいろ噂されてはいるけどね。でも、あくまでそれは憶測に過ぎない」

「……じゃあ、この見た目で分かるわけじゃないんだ」

「ええ。たしかに目を引くことはあるかもしれないけれど……神選者だと、誰もがすぐに気づくとは限らないわ」


アイカは安堵したように息をつき、背もたれに身体を預けた。


 ――けれど。


 胸の奥に浮かんだ違和感が、彼女の思考を止めた。


(……あれ?)


 ふと思い出す。


(じゃあ、どうして……サクヤ・クオネは、私たちが“大地の神選者”だって分かったんだろう)


 サクヤ・クオネに初めて出会ったとき。彼は、まるで確信を持っていたかのように、アイカとトワが“大地の神選者”だと告げた。


 その判断は、迷いのないものだった。単なる勘や噂ではない。あれは“知っていた”という確信に満ちた眼差し――。


 そして、神選者に“見た目の特徴がある”と最初に聞いたのも、他ならぬサクヤ・クオネからだった。


 考えが深く沈む前に、ネシュカの声がアイカを呼び戻した。


「三人はまだ、公に知られていないはず。だからこそ任せたい。でも、不安なら無理にとは言わない。判断は任せるわ」


 そう告げるネシュカの瞳に、一切の揺らぎはなかった。

 彼女は、目の前にいる三人を本気で見ている。


数秒の静寂が流れたあと――


「やります!」

「俺も、やります」

「……やらせてください」


 三人はほぼ同時に、即答した。


 その目に宿る光は、ただ真っ直ぐで、迷いがなかった。第二部隊として、自分たちが背負うべきものを、もう分かっている。

 ナサ村を襲撃されたときの、あの無力さと悔しさを胸に抱いたまま、進もうとしていた。


「……任せるわ」


 ネシュカは静かに、しかし心を込めて告げた。


 アオイとセイスもまた、三人の決意を見ていた。誰ひとりとして、軽い気持ちで臨もうとはしていない。それだけは、明らかだった。



 三人は、茶店の店主に頼み込み、店の奥にある物置を更衣室代わりに借りた。レイサ、アイカ、ハナネの順に着替えを済ませ、再び顔を合わせる。


「みんな、似合ってるわね」


 ネシュカが微笑む。その隣でアオイも頷いた。


「守攻機関の制服と霜祈(そうき)(めぐり)以外でこんなしっかりした服着るの初めて……」


 アイカは制服の裾をそっとつまみ、体をひねってみる。目がきらきらと輝いていた。


「すげぇ……」


 レイサもまた、自分の腕を持ち上げて、生地の薄さや質感を確かめるように眺める。


「思ったより軽いのね……」


 ハナネは表情こそ変わらないが、わずかに上擦った声でそう言った。


 新しい服に袖を通しただけで、ほんの少し、さっきまでの緊張が和らいでいた。


「セイスも何か言ったら?」


 黙ったままよそ見をしていたセイスへ、ネシュカが声をかけた。


 彼は視線を逸らしたまま、だるそうに肩をすくめる。


「俺が感想言うたとて、時間の無駄ですわ」

「えーっ、ね、なんか言ってよ!」


 アイカは明るく笑いながら、セイスのそばに跳ねるように近づき、くるりと一回転して見せた。


 セイスはしばしアイカをじっと見下ろし、ぼそりと漏らした。


泥子どろこも晴れ着で通り姫やな……」

「なにそれ!」


 アイカがむっとした顔で詰め寄る。


「たしかに、アイカにぴったりだな」


 レイサが口元を押さえ、ふっと笑った。


「泥子も……晴れ着で通り姫……?」


 ハナネがぽつりとつぶやくと、それを聞いたアオイが静かに説明を加えた。


「ナサ村の言葉で、普段は野暮ったくても、装えば通りすがりに姫と間違えられる、って意味らしいぞ」


ちらりとアイカに目を向けたハナネは、心の中でひっそりと納得した。


(……確かに)


「でも、どうやって学院に入るの?」


 アイカがふと思い出したように、ネシュカへ視線を向ける。それに連れて、レイサとハナネも顔を上げた。


「リグラム中央学院に、私の知り合いが一人いるの。その人に頼んで、あなたたちは“編入予定の生徒”として、しばらく見学に来たことになってる」


「そっか……」


 準備の早さに、アイカは少し目を丸くする。


「“縁刻えんこく”の終わりに、学院の第四準備室で合流する予定よ」


 縁刻――今はちょうど昼中を過ぎたところ。待ち合わせまで、あと四時間ほど。


「いい?今回は三人が失敗してもダメよ。最後にもう一度聞くわ。やれる?」


 ネシュカの声が、静かに響く。だがその奥に、鋭い光があった。


「はい!」

「はい!」

「はい」


 三人は同時に声を上げ、しっかりと前を向いた。



「私、潜入する前に……トラーナ街に行ってみたい」


 唐突に口を開いたアイカの声に、五人の視線が一斉に彼女へと向けられた。


「……なぜ?」


 ネシュカが細めた目でアイカを見据える。真意を見透かすような眼差しだった。


「トラーナ街が、どんなところなのか……そこに住んでる人たちが、どんな風に生きてるのか。知っておきたいから」


 アイカはまっすぐな眼差しでネシュカを見返した。その瞳には揺るぎのない意志が宿っていた。


 ネシュカは一度視線を逸らし、少しの沈黙ののち、低く問いかける。


「今、騒ぎを起こすわけにはいかない。トラーナ街で何を見ても――関わらないでいられる?」


 脅すように。だが、問いの中には本気の覚悟を求める響きがあった。


「……分からない。でも、何も知らないまま潜入なんて、私はイヤ」


 アイカの返事はわがままにも聞こえたが、芯の通ったものだった。


 ネシュカは目を伏せて、しばし思案する。そして、静かに答えた。


「いいわ。ただし、もし少しでも問題を起こせば……その時はナサ村に戻ってもらう。それでいい?」


「……うん。分かった」


 アイカは強く頷いた。


 ネシュカは視線を横へ移し、アイカの隣にいたレイサとハナネに問いかける。


「二人は、どうする?」


 声は穏やかだったが、厳しさも滲ませていた。レイサとハナネは互いに目を合わせることなく、黙り込む。


「無理について行く必要はないわよ。これは彼女のわがままなんだから」


 ネシュカはそっと肩の力を抜くように言った。


「……俺も、行きます」


 沈黙を破ったのはレイサだった。不安の色を宿しながらも、その言葉には確かな意志があった。


「……行きます」


 続いたハナネの声は静かだったが、言葉に迷いはなかった。


 ネシュカは小さく頷き、一言だけ告げる。


「――じゃあ、今から行きましょうか」


神血イコルの英雄伝 第四五話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა



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