表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
49/83

リュスカ堂

 アオイが先頭を歩き、五人はリュスカ堂の中へと足を踏み入れた。


「うわ……広い」


 壁は明るい白で、床には赤茶けた落ち着いた色合いの石材が敷かれており、清潔感と重厚さが同居する空間だった。


 左手には案内板らしきものが掛かっており、近くには来訪者用と思われる椅子が並んでいる。


 正面奥では、空間を左右に分けるように壁が伸び、その隙間の奥には木の台の受付と、仕事中らしい人々の姿。さらにその向こうには、机や書棚がずらりと並び、さながら知の迷宮のようだった。


 アオイはまっすぐ案内板の方へと向かい、何かを探し始める。


「こんなに広くて、ネシュカ先輩が本当に見つかるんですか?」


 アオイの背後からレイサが心配そうに尋ねた。


「ネシュカ先輩は、歴史分野の書棚付近の机で待っているそうだ。そこに行けば会えるはずだ」

「あ、そうなんですね」


 レイサがほっとしたように頷く。


「……あった。右側の奥、左手の三番目から四番目が歴史書の棚だ。ネシュカ先輩は、その近くの机にいるはずだ」


 そう言ってアオイはゆっくりと右の通路へと足を進める。他の三人もそれに続いた。


「わぁ……すごい!」


 中へ入った瞬間、アイカが思いきり目を輝かせた。そこには右も左も本棚だらけ。天井まで届きそうな高い棚が整然と並び、見える範囲だけでも数千、いや万を超えそうな書物が収められているのは確かだった。


 棚の中央には仕切り板で区切られた長机が設けられ、そこには幅広い年齢層の人々の姿。高齢者もいれば、親に連れられた小さな子どもの姿まである。誰もが静かに本を手にし、時にページをめくる音すら聞こえそうなほどだった。


「本が……こんなにいっぱい……」

「すげぇな……」


 目を見開いて感嘆の声を上げるアイカに、レイサもつられて微笑んだ。


 ――が、その声はやや大きすぎたようだ。


 すぐ近くにいた何人かがこちらを振り返り、その中の一人の老人が、しかめっ面でぼそりとなにかを呟いた。


「ちっとは静かにせぇ……」


 セイスが二人の横に立ち、冷たい視線を落とす。ハナネも軽く横目で二人を見る。咎められたアイカとレイサは、しまったという顔でそっと視線を交わした。


「早く行くぞ」


 セイスの一言に、アオイは特に何も言わずそのまま歩みを進める。二人も黙って後を追い、残る二人もその列に加わった。


「棚の上に板がついてる……文字も書いてある」


 歩きながら、アイカがぽつりと呟く。


「気象学に……生物学? なんだこれ」


 レイサもまた、次々と目に入る文字を読み上げる。


「気象学は天気の観測や気象現象について。生物学は、生き物の体や構造、遺伝子なんかを研究する学問だな」


 その言葉に反応したアオイが、振り返らずに答えた。


「えっ、面白そう! 読んでみたい!」

「今はダメだ」


 アイカが目を輝かせたが、アオイはすぐさま返す。すげなく言い切られて、アイカはしょんぼりと口をつぐんだ。


「人が多いですが、ネシュカ先輩という方は見つけられるんですか?」


 今度はハナネが、前を歩くアオイに問いかける。


 確かに、ここだけでもかなりの人数がいた。合流場所は決まっているとはいえ、人の波に紛れてしまえば簡単には見つからないかもしれない。


「それに……もしかしたら場所を移動してる可能性もあるし」


 レイサも不安げに続ける。


「問題ない。仮に動いていたとしても、ネシュカ先輩なら必ず目印を残しておくはずだ」


 アオイは断言するように答えた。歩みは止めず、視線もそのまま前へと向いたまま。


 やがて五人が進んだ先に、一人の女性の姿が見えてきた。机に座り、本に目を落としている。アオイはその傍まで行き、声をかけた。


「待たせてしまいすみません、ネシュカ先輩」


 女性が顔を上げる。金髪を高く結い上げた涼しげな表情の持ち主だった。前髪は軽く目元にかかり、顔の両脇には顎のあたりまで流れる髪。制服の襟には淡い桃色の印飾が光っていた。


「いいえ。約束の時間はまだ過ぎていないから」


 その声は、柔らかく澄んでいて、どこか人を落ち着かせる響きを持っていた。


(綺麗な人……)


 アイカはネシュカを見て最初に思った言葉がそうだった。優しく穏やかな声と品のある姿。


 アイカはそう感じた。ハナネに似た、けれどどこか違う静けさがあった。ハナネが“氷”のように気高く冷ややかな静けさを纏うなら、ネシュカは“雪”のように柔らかく、儚げな雰囲気を纏っている。


(この人が……コンのお姉ちゃん……?)


 レイサは、コンの明るい性格を思い出し、想像と異なる人物像に少し驚いた。


「……アオイとセイスが来たのね」

「はい。俺たちでは不満でしたか?」

「いいえ。ただ、ユサ隊長があなたたちを選んだことが意外だっただけ」


 ネシュカはそう言って次に三人の新人たちに視線を移した。


「……この三人が、新入り?」

「はい」


 アオイが答えると、三人はそれぞれ自己紹介を始める。


「アイカ・カコエラ!よろしく!」

「レイサ・ハリスです。よろしくお願いします」

「ハナネ・ノセラと申します。よろしくお願いします」


 ネシュカは三人をじっと見つめ、少しだけ目を細めた。その表情に、アオイとセイスの顔がわずかに緊張する。


「……ネシュカ・ルニマ。よろしく。詳しいことは、場所を移して話すわ」


 そう言って彼女は立ち上がり、机の下に置いていた荷物を手に取った。


「えっ」


 アイカが目を丸くする。ネシュカの腰に下げられた鞘は、明らかに湾曲していた。


「その剣、曲がってるんですか?」


 レイサが驚いて尋ねる。


「ええ。守攻機関では、自分の武器を自由に作れるでしょ。私は元々、打刃(だじん)しか使っていなかったけれど、それだけでは接近戦に対応できないから、こうして組み合わせたのよ。この形のほうが、私には扱いやすかった」


 ネシュカはそう言いながら、愛用の剣に目を落とした。


「それより行きましょう。時間は、有限だから」


 そのまま歩き出した彼女の背を追って、アイカたちも再び歩みを進めた。


神血(イコル)英雄伝 第四三話

お読みいただきありがとうございました。


お待たせしました……ついにネシュカとの合流です!

ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございますᐡ ᵒ̴ ᵕ ᵒ̴ ᐡ


次回からは、いよいよ任務の内容にも少しずつ触れていく予定です。

引き続きお楽しみいただけましたら嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა


打刃だじん→ 苦無にかなり近いイメージです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ