リュスカ堂
アオイが先頭を歩き、五人はリュスカ堂の中へと足を踏み入れた。
「うわ……広い」
壁は明るい白で、床には赤茶けた落ち着いた色合いの石材が敷かれており、清潔感と重厚さが同居する空間だった。
左手には案内板らしきものが掛かっており、近くには来訪者用と思われる椅子が並んでいる。
正面奥では、空間を左右に分けるように壁が伸び、その隙間の奥には木の台の受付と、仕事中らしい人々の姿。さらにその向こうには、机や書棚がずらりと並び、さながら知の迷宮のようだった。
アオイはまっすぐ案内板の方へと向かい、何かを探し始める。
「こんなに広くて、ネシュカ先輩が本当に見つかるんですか?」
アオイの背後からレイサが心配そうに尋ねた。
「ネシュカ先輩は、歴史分野の書棚付近の机で待っているそうだ。そこに行けば会えるはずだ」
「あ、そうなんですね」
レイサがほっとしたように頷く。
「……あった。右側の奥、左手の三番目から四番目が歴史書の棚だ。ネシュカ先輩は、その近くの机にいるはずだ」
そう言ってアオイはゆっくりと右の通路へと足を進める。他の三人もそれに続いた。
「わぁ……すごい!」
中へ入った瞬間、アイカが思いきり目を輝かせた。そこには右も左も本棚だらけ。天井まで届きそうな高い棚が整然と並び、見える範囲だけでも数千、いや万を超えそうな書物が収められているのは確かだった。
棚の中央には仕切り板で区切られた長机が設けられ、そこには幅広い年齢層の人々の姿。高齢者もいれば、親に連れられた小さな子どもの姿まである。誰もが静かに本を手にし、時にページをめくる音すら聞こえそうなほどだった。
「本が……こんなにいっぱい……」
「すげぇな……」
目を見開いて感嘆の声を上げるアイカに、レイサもつられて微笑んだ。
――が、その声はやや大きすぎたようだ。
すぐ近くにいた何人かがこちらを振り返り、その中の一人の老人が、しかめっ面でぼそりとなにかを呟いた。
「ちっとは静かにせぇ……」
セイスが二人の横に立ち、冷たい視線を落とす。ハナネも軽く横目で二人を見る。咎められたアイカとレイサは、しまったという顔でそっと視線を交わした。
「早く行くぞ」
セイスの一言に、アオイは特に何も言わずそのまま歩みを進める。二人も黙って後を追い、残る二人もその列に加わった。
「棚の上に板がついてる……文字も書いてある」
歩きながら、アイカがぽつりと呟く。
「気象学に……生物学? なんだこれ」
レイサもまた、次々と目に入る文字を読み上げる。
「気象学は天気の観測や気象現象について。生物学は、生き物の体や構造、遺伝子なんかを研究する学問だな」
その言葉に反応したアオイが、振り返らずに答えた。
「えっ、面白そう! 読んでみたい!」
「今はダメだ」
アイカが目を輝かせたが、アオイはすぐさま返す。すげなく言い切られて、アイカはしょんぼりと口をつぐんだ。
「人が多いですが、ネシュカ先輩という方は見つけられるんですか?」
今度はハナネが、前を歩くアオイに問いかける。
確かに、ここだけでもかなりの人数がいた。合流場所は決まっているとはいえ、人の波に紛れてしまえば簡単には見つからないかもしれない。
「それに……もしかしたら場所を移動してる可能性もあるし」
レイサも不安げに続ける。
「問題ない。仮に動いていたとしても、ネシュカ先輩なら必ず目印を残しておくはずだ」
アオイは断言するように答えた。歩みは止めず、視線もそのまま前へと向いたまま。
やがて五人が進んだ先に、一人の女性の姿が見えてきた。机に座り、本に目を落としている。アオイはその傍まで行き、声をかけた。
「待たせてしまいすみません、ネシュカ先輩」
女性が顔を上げる。金髪を高く結い上げた涼しげな表情の持ち主だった。前髪は軽く目元にかかり、顔の両脇には顎のあたりまで流れる髪。制服の襟には淡い桃色の印飾が光っていた。
「いいえ。約束の時間はまだ過ぎていないから」
その声は、柔らかく澄んでいて、どこか人を落ち着かせる響きを持っていた。
(綺麗な人……)
アイカはネシュカを見て最初に思った言葉がそうだった。優しく穏やかな声と品のある姿。
アイカはそう感じた。ハナネに似た、けれどどこか違う静けさがあった。ハナネが“氷”のように気高く冷ややかな静けさを纏うなら、ネシュカは“雪”のように柔らかく、儚げな雰囲気を纏っている。
(この人が……コンのお姉ちゃん……?)
レイサは、コンの明るい性格を思い出し、想像と異なる人物像に少し驚いた。
「……アオイとセイスが来たのね」
「はい。俺たちでは不満でしたか?」
「いいえ。ただ、ユサ隊長があなたたちを選んだことが意外だっただけ」
ネシュカはそう言って次に三人の新人たちに視線を移した。
「……この三人が、新入り?」
「はい」
アオイが答えると、三人はそれぞれ自己紹介を始める。
「アイカ・カコエラ!よろしく!」
「レイサ・ハリスです。よろしくお願いします」
「ハナネ・ノセラと申します。よろしくお願いします」
ネシュカは三人をじっと見つめ、少しだけ目を細めた。その表情に、アオイとセイスの顔がわずかに緊張する。
「……ネシュカ・ルニマ。よろしく。詳しいことは、場所を移して話すわ」
そう言って彼女は立ち上がり、机の下に置いていた荷物を手に取った。
「えっ」
アイカが目を丸くする。ネシュカの腰に下げられた鞘は、明らかに湾曲していた。
「その剣、曲がってるんですか?」
レイサが驚いて尋ねる。
「ええ。守攻機関では、自分の武器を自由に作れるでしょ。私は元々、打刃しか使っていなかったけれど、それだけでは接近戦に対応できないから、こうして組み合わせたのよ。この形のほうが、私には扱いやすかった」
ネシュカはそう言いながら、愛用の剣に目を落とした。
「それより行きましょう。時間は、有限だから」
そのまま歩き出した彼女の背を追って、アイカたちも再び歩みを進めた。
神血英雄伝 第四三話
お読みいただきありがとうございました。
お待たせしました……ついにネシュカとの合流です!
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございますᐡ ᵒ̴ ᵕ ᵒ̴ ᐡ
次回からは、いよいよ任務の内容にも少しずつ触れていく予定です。
引き続きお楽しみいただけましたら嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა
打刃→ 苦無にかなり近いイメージです。




