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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
47/86

はしゃぎすぎて夢の中

 暮刻の始まりを少し過ぎた頃。


 アイカたち三人は、はしゃぎすぎてセイスに叱られながらも、店を巡り歩き、ようやくスカリット街へと戻ってきた。


「たくさん回ったー」


 アイカが背筋を伸ばしながら、満足そうに声を上げる。


「楽しかったなぁ」


 レイサも上機嫌だった。二人は、任務で来ていることなどすっかり忘れている様子で、メルグロアを満喫していた。


「……能天気やな」


 セイスが前を歩きながら、小さくぼそっと呟く。


 スカリット街に戻ると、三人は辺りを見渡し、アオイとハナネの姿を探した。


「遅かったが……何かあったのか?」


 近くから聞こえた声に、三人が振り返ると、アオイとハナネがこちらへ向かって歩いてくるところだった。

 アオイの腕には、大きめの紙袋が抱えられている。


「お前らがモタモタしとったからやろ」


 セイスが、やや低い声でアイカとレイサに言う。

 二人は苦笑いを浮かべながら、気まずそうに目線をそらした。


「……二人は初めて村の外に来たからな。でも任務で来たことは忘れるな」


 アオイが、軽く庇うような口調で言う。声には、しっかりと芯があった。


「はーい!」

「はい……」


 アイカが明るく返し、レイサは真面目な声で応じた。


「それで、アオイは何を買ったの?」


 アイカが、アオイの抱えている紙袋をのぞき込むように背伸びしながら尋ねる。


「パンと飲み物だ。さっき買った」


 そう言って、アオイは紙袋を少し傾けて見せた。

 中には、ふっくらと焼き上げられたパンと、色のついた水の入った細長いガラス瓶が並んでいた。


「うわっ、おいしそ〜……!」


 アイカは思わず顔を近づけ、涎が落ちそうな勢いで紙袋をのぞき込んだ。


「宿に戻ったら、みんなで食べる」


 アオイも袋の中を見ながら、淡々とそう告げた。


「なら、早く戻ろう!」


 アイカは元気よく叫び、ぱっと駆け出す。


「よし、競争な! どっちが先に宿に着くかっ!」


レイサも続き、アイカの後を追って走り出す。


「怪我するなよ」


 アオイは背後から一言だけ声をかけると、軽く歩を速めた。

 その後を、セイスとハナネがゆっくりと歩いてついていく。





「俺の勝ち!」


 宿の前には、レイサが一番にたどり着いていた。

 ほんの一瞬遅れて、アイカも到着する。


「なんでかけっこは、いつもレイサが勝つんだよ……」


 息を切らしながら、アイカは悔しそうにレイサをにらんだ。かけっこでレイサに勝てたのは、片手で数えられるほど。力比べなら圧倒的に自分が上だが、足の速さだけは敵わない――それがアイカの悩みだった。


 ほどなくして、アオイ、セイス、ハナネの三人も到着する。


「……ほんと、ガキ」


 二人の様子を見て、ハナネが冷ややかな声で呟いた。

 アオイとセイスは何も言わず、それぞれ静かにその様子を見ている。


「入るか」


 アオイがそう言って、宿の扉を開けた。

 中に入ると、先ほどの女性が大きめの籠を手に持って待っていた。


「戻ってきたね。ちょうど今、これを運ぼうとしてたんだ」


 そう言って女性は籠をアオイに手渡す。

 アオイは紙袋を片手で抱え、空いた手で籠を受け取った。

 籠の中には、大判の布と手拭いほどの布が三枚ずつ、それに歯刷子が三つ入っていた。


「部屋には二人分しか置いてなかったからね。持っていって使いな」

「ありがとうございます」


 アオイは静かに頭を下げる。


「そうだ。スカリット街には、ちゃんと行けたかい?」


 五人を見渡しながら女性が尋ねると、真っ先にアイカが答えた。


「うん! いろんな食べ物があって、どれも美味しかった! あと、お店も入ったんだよ。すっごく綺麗で――」


 嬉しそうに話すアイカに、女性も自然と笑みを浮かべた。


「そうかい、それは良かったね」

「今から、みんなでパンを食べるんだよ」


 アイカが、アオイの抱える紙袋を指さす。


 女性は紙袋の中を覗き込み、パンとガラス瓶に目を留めた。


「飲み物を分ける杯は、持ってるのかい?」

「……忘れてた」


 尋ねられて、アオイが小さく呟く。


「なら、うちのを使うといい。部屋で待ってな」

「すみません」


 アオイは頭を下げ、女性が奥へ歩いていくのを見送った。


 それから五人は階段へ向かい、各自の部屋へ戻ろうとする。

 その途中、アイカがふと足元を見て立ち止まった。


「靴……汚いよね」


 外をたっぷり歩き回ったせいで、靴の裏はすっかり泥だらけだ。きちんと灑掃された床に、それを踏みつけて歩くのが、少しだけ申し訳なく思えた。


「どうした?」


 後ろから、レイサが声をかける。


「……なんでもない!」


 アイカは顔を上げ、ふたたび歩き出した。



 部屋に着くと、アオイは無言のまま机の上に紙袋を置いた。

振り返って四人を見やり、淡々と口を開く。


「今のうちに順番に湯浴みをしたほうがいいな。……女子からでいいか?」


 アオイの言葉に、アイカとハナネは自然に視線を合わせた。

 一瞬の間のあと、アイカが笑顔で言った。


「ハナネからでいいよ!」

「……そう」


 そっけなく返すと、ハナネは紙袋を抱えたまま鞄を手に取った。無駄のない動きで、木所とお手洗いに洗面場が並ぶ部屋へと向かっていく。



 部屋にいると、ハナネは洗面場の板に袋を置いた。

 袋の中から、小さな瓶を取り出す。今日の夕刻、アオイと立ち寄った店で選んだばかりの洗髪剤だ。


 次に鞄を開け、薄衣を取り出す。

 髪を結っていた紐を解き、制服ををすべらせるように脱ぐと、洗肌剤の瓶と布類、それに夕刻に買った洗髪剤を手に取って、沐所へ向かった。


 湯槽の中へ立ち、壁に取り付けられた柄のような棒を前へ倒すと頭上の円盤からしだいにぬるま湯が降り注ぎはじめた。


(……あったかい)


 肩に落ちるお湯に、ハナネはふっと目を閉じた。

 しっとりと湯が肌をなぞり、くせのある茶髪を重たく濡らしていく。


(こんなにちゃんとしたお風呂……いつぶりだっけ)


 ナサ村の湯浴みは簡素だった。湯を桶に汲み、身体を流すだけ。

 髪を洗うときには、灰や薬草などを混ぜた粗末な洗髪剤を使っていた。合わないと分かっていても、それしか選択肢がなかった。


 お湯を止めると、ハナネは瓶から洗髪剤をひとしずく手のひらにとる。

 泡立てながら、静かに香りを嗅いだ。


(……いい香り。やっぱり新しく洗髪剤を買って正解だわ)


 わずかに甘く、それでいて澄んだ香りだった。鼻を通るたび、落ち着いた気持ちになる。

 ハナネはその泡を、ゆっくりと髪になじませていった。


 やがて洗い流し、次は洗肌剤で体を洗った。

 その所作は手馴れていて、手際もいい。必要なことだけをこなし、湯槽を出ると敷布の上に足を乗せ、全身を大判の布でぬぐった。


 拭き終えると、大判の布を籠へ入れ、添着を身につけた。薄衣をその上からまとい、手拭いほどの布を頭にのせる。


 そして、瓶のひとつを袋に戻して鞄へしまう。


 最後に洗面場の前に立ち、ふと鏡を見た。


 胸元に片手を置いて、ほんのわずかに目を細める。

親睦会の日アイカと一緒に着替えたのを思い出す。


(大きければいいってわけじゃないのよ……)


 そう、心の中でだけ呟いた。

 誰に言うでもなく、なぜか自分自身に向けた言葉だった。


 ハナネは鏡の中の自分から目を離すと、静かにくるりと背を向けた。

 そして、四人が待つ部屋へと戻っていった。



「ハナネ、おかえりー!」


 部屋へ戻るなり、椅子に腰かけていたアイカが元気よく手を振った。

 その隣の椅子にはレイサが静かに座っている。アオイとセイスは少し距離を取るように、壁際に寄りかかっていた。


 机の上には、アオイが買ってきた紙袋。中には小ぶりのパンがいくつかと、色水の入った小瓶が見えた。 その隣には、宿の女性が用意してくれたと思われる小さな杯が五つ、きちんと並んでいる。


 ハナネはアイカに視線だけを向けた。けれど言葉は返さず、手前のベッドへと腰を下ろした。


「ハナネも戻ってきたし、私が湯浴みする前に食べようよ。冷めちゃうしさ!」


 そう明るく言いながら、アイカはアオイのほうへ顔を向ける。アオイも無言でその目を返し、軽く頷いた。


「……そうだな」


 短く答えると、アオイは机へと歩み寄る。


「パンは一つずつだ」


 そう言って瓶を取り、静かに杯へ水を注ぎ分けていった。


「やった!ありがとう!」

「ありがとうございます」


 嬉々として紙袋に手を伸ばすアイカに続いて、レイサもパンを取った。続いてハナネが机へ近づき、一つを手に取る。セイスも、無言のまま残りのパンを掴んだ。最後に、余った一つをアオイが受け取った。


「もちもちしてる。ふわふわ……」


 アイカは頬をふくらませながら、幸せそうにパンをかじる。レイサも隣で、椅子に深く腰かけながら大切に味わっている。


 ハナネはパンを手にしたまま、再びベッドへ。アオイとセイスは壁際に立ったまま、静かに口に運んだ。


 アイカはアオイの注いだ杯を手に取り、一口飲むと目を見開いた。


「甘い……!」


 水にはわずかな甘味がついていて、思いのほか美味しかった。


「じゃあ、湯浴みしてくるね!」


 一番に食べ終えたアイカは、鞄をひょいと肩にかけると、沐所などが並ぶ部屋へと嵐のように飛び込んでいった。



 部屋に入るなり、アイカはさっそく制服を脱ぎ、靴も脱ぎ捨てた。

 鞄の中を探り、小瓶の洗髪剤を取り出す。それから洗面場に置かれていた大判の布と洗肌剤の瓶を手に取り沐所へと向かった。


「これって、中に入るんだよね……?」


 湯槽の縁に手をかけ、アイカは恐る恐る片足を入れた。

 足裏に触れた水滴が冷たくて、思わず小さな声が漏れる。どうやらハナネが使った後の水が残っていたらしい。


「つめたっ……っと。この棒を倒せば、いいのかな……?」


 宿に来た時のように壁際に据え付けられた柄のような棒を前に押し倒す。

 すると、頭上の円盤からお湯がさらさらと流れ落ちてきた。


「おぉぉ……!」


 思わず目を見開き、口元が緩む。

 肩に落ちるお湯は温かく、心までほぐれていくようだった。


「これなら洗うの、すっごい楽だね……ナサ村にもあればいいのに」


 アイカはそう呟いて、うれしそうに髪を濡らした。

 手のひらにとった洗髪剤は、薬草の香りが強く、液体の中に粗い粒が混じっていた。鼻をくすぐるような香りに、つい鼻歌が漏れる。


「ふん、ふー、ふーん……♪」


 泡立てた髪を手早く洗い、次いで洗肌剤で身体をこする。

 お湯で全身を洗い流し、大判の布で丁寧に水気を拭った。


「ふぅ……スッキリしたー」


 籠に使用済みの布を入れたあと、アイカは洗面場へと戻る。

 鞄の中をごそごそと探り、添着と薄衣を見つけた。


「あっ、これだ!」


 すぐにその場で着替え始める。まず添着を身につけ、次に薄衣を頭から被ろうとした――が、思わぬところで引っかかった。


「あれ……?」


 首まわりがぴたりと肌に張りつき、少し動きにくい。


「……キツくなったな。背が伸びたのかも」


 小さく笑いながら、腕をぐっと通して布を引き上げる。

 下も同じように整え靴を履いたアイカは、肩を回して軽く伸びをすると、そのまま先ほどの部屋へ戻っていった。



 部屋へ戻ると、先ほどまでアイカが座っていた場所にセイスがいた。

 机の上には、数枚の紙束と墨筆が整えて置かれている。


「何やってるの?」


 気になって、アイカは足早に近寄った。


「報告書や……」


 セイスは机に片膝をつき、墨筆の柄で机をトントンと軽く叩きながら、紙束をじっと見つめてつぶやいた。


「次、俺入ってきます」


 その正面に座っていたレイサが、ちらりとアオイとセイスに視線を向け、すっと立ち上がって部屋を出ていく。


「セイスが書いてるんだね」


 アイカはそれだけ言うと、ハナネとは別のベッドにばさりと身を投げた。


「もう、今すぐ寝たい……」


 顔を埋めるようにしてぐったりと呟くと、全身から力が抜けていった。


「寝たいなら寝てもいいぞ」


 すぐそばから、アオイの落ち着いた声が返ってくる。


「……うんん。まだ寝ない」


 アイカはベッドに顔をつけたまま、かすかに首を横に振った。


 そんなふうにして、数十分が過ぎていった。

 セイスは報告書と向き合い続け、ハナネは鞄から取り出した書物を膝に広げている。アオイは、変わらず壁にもたれたままだ。


「湯浴み、終わりました」


 ギィ、と戸の音とともに、レイサが戻ってきた。


「先、ありがとうございました」

「ああ」


 レイサは軽く頭を下げて、アオイとセイスに礼を述べる。

 アオイは顔を向けて応じたが、セイスは目を机に落としたまま小さく頷いただけだった。


「おぉ……」


 アイカがレイサを見て思わず声を漏らす。

 その目は輝いていて、ハナネも同じように顔を上げて見つめていた。


「どうした……?」


 じっと見つめられていることに気づき、レイサが怪訝そうに声をかける。


 守攻機関の制服では華奢に見えるレイサの体つきも、いまは薄手の衣のせいで、程よく引き締まった輪郭があらわになっている。

 濡れた髪が耳元に垂れ、細い首筋を伝った水が、喉元の骨へとすっと消えていく。

 身体を覆う布は、ところどころ肌に貼りついていた。


 あどけなさをわずかに残しつつも、凛とした顔立ちにはどこか年齢にそぐわぬ気高さがあり、しっとりと濡れた髪がふとした色香を添えていた。


「……レイサが女の子に人気ある理由、ちょっと分かった気がする」


 アイカはまじまじと見上げて、ぽつりとつぶやいた。


「何がだよ」


 レイサはふっと笑って、即座に突っ込みを返す。


「次、どっちが入る?」


 アオイがセイスに目を向けて尋ねた。


「……後でええわ」


 視線を紙束に落としたまま、セイスが気のないように答える。


「分かった」


 アオイもそれ以上言わず、壁から身体を起こすと、鞄と布類を手に取り、静かに部屋を後にした。



 アオイが部屋を出てから少しして、アイカが四人へ視線を向け、口を開いた。


「そういえば──どう分かれて寝るの?」


 部屋には、ベッドが二つある。三人と二人に分かれて寝るのが妥当だが、その組み合わせはまだ決まっていなかった。


「あ、そうだよな……」

「お前ら三人、俺とアオイでええやろ」


 レイサが思案するように呟いた直後、机の方からセイスの声が響いた。三人に背を向けたまま、椅子に座ったままで言う。


「セイス、勝手に決めたー」


 アイカがからかうように返すと、セイスがぴくりと瞼を動かし、アイカたちの方へ身体を向けた。


「あ? 二人で寝てもギリギリやろ。それとも押し潰されたい趣味でもあるんか」


 その声は静かだったが、どこか鋭さを含んでいた。アイカの挑発めいた口ぶりが少し癪に障ったのだろう。


 たしかに、ベッドは大人ふたりでもやや窮屈そうな大きさだ。アオイとセイスは五人の中でもひときわ体格がいい。三人と二人に分けるのが無難で、後輩と一緒のベッドで寝るのを避けたいという気持ちも、察しはついた。


「……確かに」


 アイカも、あっさりと納得の声を漏らす。


「私、アイカと隣は嫌だから」


 ハナネが本に目を落としたまま、ぽつりと言った。アイカとレイサの横に座っていた彼女の口ぶりは、淡々としている。


「え、俺が真ん中かよ……」


 レイサは呆れ声をあげた。


 そのとき、静かに沐所の方から扉が開き、アオイが戻ってくる。


「アオイもすごいな……」


 アイカがぽつりと漏らすと、レイサも同じような反応を返した。


 アオイは背が高く、顔立ちも整っている。それでいて飾り気がないのだから、目を惹かれるのも当然だ。


「アオイは、なんで恋人作らないの?」


 ふと、アイカが問いかけた。


「前にも言ったが俺はあまり興味がない」

「でも、告白されたことくらいあるでしょ?」


 食い気味に尋ねるアイカに、アオイは少し視線を逸らした。


「……ある。でも恋人はお互いに好意がないと傷つけるだけだろ」


 そう言って、アオイはレイサが座っていた椅子に腰を下ろした。


 ──ガタ。


 その音と同時に、セイスが無言で立ち上がる。集中して疲れたのか、片手で髪をかき上げながら鞄と布類を手に取った。


 そして、そのまま言葉もなく、湯浴みへと向かっていった。




「ふぁ〜あ……眠い……」


 アイカはこくりこくりと首をさげ、おぼつかない声で呟いた。


「もう遅い。先に寝てていいぞ」


 机の前に座ったアオイは、セイスが書きかけていた報告書に目を通しながら、さらさらと筆を進めていた。手を止めてアイカの方を振り返る。


 時刻はすでに深刻を回っていた。

 昼間にはしゃぎ回っていたアイカの体力も、そろそろ尽きようとしている。


「うん。そうするー」


「明日は、朝刻の半ばまでに準備を済ませておけよ」


 靴を脱いだアイカは、眠たげな目のまま、ベッドの右端へ四つん這いになって進んでいく。後ろからアオイの声が届いた。


「わかったー……」


 返事も間延びしていた。アイカはそのままふわりと布団に潜り込み、小さく身を丸める。


「私も寝ます」


 すぐにハナネも書物を閉じ、鞄にしまうと立ち上がる。声の調子はいつも通りだが、その瞼はわずかにとろんとしていた。


「ああ」


 アオイが答えるのと同時に、ハナネはアイカの隣――ベッドの左端に身体を横たえた。


「俺も休みます」


 レイサは軽く頭を下げてから、ふたりの間に静かに身を差し入れた。三人の寝息が揃い始めるまで、そう長くはかからなかった。


 それから少し経って、浴室の方からセイスが戻ってくる。


「あいつら、もう寝たんか……」


 ベッドの方へ視線を向けて、ぽつりと呟く。


「さっきな」


 アオイが振り返りながら返事をすると、セイスの視線が机の上に移った。


「……おい、何しとんのや」

「一人で書くのは大変だから、手伝おうと思った」


 アオイはあくまで自然にそう答えるが、セイスはじりじりと距離を詰めて机を覗き込んだ。


 そこには、丁寧で力強いセイスの筆跡のあとに、まるで六歳児か七歳児、いや、まだ字を習い始めたばかりの子どものような拙い文章が並んでいる。


「……はぁ……」


 深い溜息ひとつ。

 セイスは、それ以上何も言わず、ただ顔をそらす。アオイはきょとんとしたまま彼を見つめていた。


 アオイには文章力がない。そのため報告書などは基本的にセイスの担当――とはいえ、ユサがそれを明言することはなかった。ただ、空気を読むように、自然と役割が分かれていったのだ。


「……寝るわ」


 ぽつりと呟いて、セイスは空いていたベッドへ向かう。靴を脱ぎ、右端へと静かに横になる。


「どこか、間違えてたか……?」


 寝息が聞こえはじめたころ、アオイは報告書を手に取って、独りごちた。


「……俺も寝るか」


 ひとつ息をついて、ランタンの明かりをそっと吹き消す。闇に溶けるように、アオイもまた、セイスと同じベッドの左端へと身を横たえた。

神血(イコル)の英雄伝 第四一話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა


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