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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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贈り物

 露店を六つほど巡って食べ歩きを楽しんだ頃には、さすがのアイカたちも満腹に近くなっていた。


 アオイが空を仰ぎ、まぶしそうに目を細める。


「今は……縁刻の終わり頃か」


 その呟きに、隣を歩いていたハナネがぴたりと足を止めた。


「ナサ村って……時計、ないんですよね? どうやって時間を見てるんですか?」


 問いかけにアイカも顔を向ける。


「とけいって何?」


 きょとんとした声に、ハナネはわずかに眉をひそめてから、冷静に言った。


「……時間を測る道具。ナビンにもあったでしょ、丸い盤に数字がついてた……」

「あ、あの板のことか!」


 アイカは両手を打って目を輝かせる。

そこへ、レイサが明るく補足した。


「ナサ村では、太陽と月の位置を見て時間を測るんだ。慣れると面白ぞ」

「太陽の位置って……どれだけ古いの……」


 ハナネがげんなりとした顔でため息を吐く。だが、それもアイカには面白く映ったようで、ぱっと顔を輝かせた。


「そっか! ハナネは外から来たもんね! ねえねえ、ハナネの住んでた場所って、やっぱり不思議なものがいっぱいあるの?」

「近いわよ……」


 ひょいっと身を引くハナネに、アイカはじりじりと距離を詰める。


 その様子に、アオイがやや呆れたように声をかけた。


「……宿に戻るか?」


 アイカはぱっと動きを止め、くるりと振り返る。


「うん! でもどっかもうちょっと回りたい!」

「俺も行きたいとこあります」


 アイカとレイサが手を挙げて元気よく答える。

 すると、少し遅れてハナネが控えめに口を開いた。


「私も……回りたい場所が。でも、この二人とは別行動がいいです」


 後半の言葉だけ、やけに語気が強かった。

 アオイはあごに手を添え、少し考える。


「……じゃあ、二手に分かれるか」


 そう言ってセイスの方へと視線を向けた。


「セイス、お前はどっちにつく?」


 セイスは、アイカとレイサを一瞥し、それからハナネを見た。が、すぐに無言で踵を返し、アイカとレイサの背後に立った。


「なら、俺がハナネでいいな」


 アオイはそう結論づけると、アイカたち三人に向き直る。


「暮刻くらいに、またここで合流しよう」


 その瞬間、セイスがいきなりアイカとレイサの頭を無言でがしっと掴んだ。


「馬鹿騒ぎしたら、容赦せんぞ」


 低く、獣のような声に、二人は一斉に体をこわばらせた。


「わ、わかってるって……!」

「気をつけます……」


 アイカは少し強めの口調で言い返し、レイサはうなだれたまま、しおしおと答える。


 こうして、五人は二手に分かれてメルグロアを散策することになった。



◇◇◇



 スカリット街を抜けた先、通りの様子は少し変わっていた。にぎやかな露店から一転して、どこか落ち着いた空気が漂っている。


「どこ入ってみる?」


 アイカがわくわくした様子でレイサに尋ねると、レイサは少し先の店を指差した。


「俺、サユに何か買っていきたいんだ。あの店……気になる」


 ガラス越しに、ぬいぐるみや小物、手鏡などが並んでいる。どれも可愛らしく装飾されていて、通りを歩く人の目を引いていた。


「いいじゃん! 行こう!」


 アイカは先に駆け出す。続いてレイサが歩を進め、その後ろをセイスが無言でのそのそとついていった。


「セイス!早くー!」


 アイカが笑顔で手を振るも、セイスは我関せずといった様子で、のそのそと歩みを続けた。


カランッ


 扉を開けると、カラン、と鈴の音が優しく響いた。


「いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧ください」


 出迎えたのは、柔和な笑顔を浮かべた老人の店主だった。


「ここは最初に来た通りとは違うね」


 アイカがきょろきょろと辺りを見ながら呟いた。

この通りは、アイカたちがメルグロアに来て最初に通った道の店にあった高級そうな装飾が施されていた商品とは違い、ここにある商品は、多少の装飾はあったが少し素朴な作りだった。


 アイカは近くにあった商品の値段を見た。


(三十五ソア……値段も少し安い……)


 ここはどちらかというと庶民向けの店なのだろう。


 アイカがちらりと商品を見る横で、レイサが目を輝かせていた。


(これなら、俺でも買えるな)


 やがてレイサの視線が一点で止まる。


 棚に並ぶぬいぐるみの中で、ひときわ柔らかそうな光を放っているものがあった。

 淡い緑色――春先の草原を思わせるような色味だ。丸い目と小さな鼻には、つやのある黒玉が縫い付けられている。


(……サユ、こういうの好きそうだな)


 レイサは手を伸ばし、そっとそのぬいぐるみを持ち上げた。

 軽くて、ふわふわしていて、少し照れくさくなるような愛らしさだった。

 妹がこれを抱いて、笑う姿を想像する。あの、赤ちゃんのような無邪気な顔に嬉しそうな瞳――。


 (……やっぱ、買うか)


 値札に目をやる。二十一ソア。思っていたよりも安かったが、レイサが買えるギリギリの値段に悩んだ。

 でも、それ以上に――妹が喜んでくれるなら、それでいい。


 老人に声をかけ、支払いを済ませると、ぬいぐるみは丁寧に柔らかな袋に包まれて戻ってきた。


「ありがとうございます!」


 レイサが笑顔で礼を言い、アイカとセイスのもとへ向かう。


 一方、アイカは青空のように透き通った青色の小布に見入っていた。角には、小鳥の刺繍が白糸で施されている。


「この刺繍……守攻機関の肩についてるやつに似てる」


 アイカはセイスに振り返りながら言ったが、セイスは肩をすくめた。


「知らんわ」

「……会話してくれてもいいじゃん」


 むっとした顔をしつつも、再び小布に視線を戻す。

 アイカは数分眺めていると背筋を伸ばした。


「……レイサ、そろそろ終わったかなぁ」


 そう言って振り返ろうとしたとき、セイスが口を開いた。


「買わんのか」

「え? 私には……似合わないしなー。こういうのはサユとか、ハナネの方が……」


 気恥ずかしそうに笑うアイカに、セイスは静かに言った。


「そんなん、好きか嫌いかやろ」


 予想外の返答に、アイカの目がわずかに丸くなる。


「でも、な……」


 呟くアイカの声に、セイスは何も返さなかった。

 ただ数秒、黙ってその横顔を見つめ――そして小布を手に取り、ぽつりと動いた。


「は!?え、どうしたの!?」


 慌ててアイカもセイスを追いかける。


「……こうたるわ」

「そんないいよ。平気……!」


 黙々とあしを進めて言うセイスにアイカは、制服を掴み足を止めようとするが、微塵もセイスの足は止まらなかった。


「……アイカなにやってんだ?」


 二人を見つけたレイサが二人の行動を目にして近寄るとぼそっと呟いた。

 セイスはすたすたと店主のもとへ歩み寄り、迷いなく木の台に小布を置いた。


「これは十八ソアだよ」


 老人は和かに笑うとセイスは、自分のお金が入っている袋から硬貨を取り出した。


「いいって本当に……!」


 アイカは後ろから硬貨を持っているセイスの手を掴みに行ったがこれも無駄だった。

  バカ力で引っぱっても、セイスの腕はびくともしなかった。年齢差も、体格差も、どうやら歴然のようだ。


「ニソアのお返しね」


 会計も素早く済ませ、老人男性が紙の袋に小布を梱包するとセイスは、紙袋をアイカの前へ差し出した。


「あー、ほんとに買っちゃった……」


 アイカは、差し出された紙袋を目にして言った。


「いらんなら、捨てる」


 投げつけるような言葉に、アイカはしばし黙り込んだ。


「……ありがと」


 その言葉は、照れくささと素直さの間を揺れていた。

 アイカは目をそらし、袋をそっと抱え直した。


「良かったじゃん、アイカ!」


 そこへレイサが顔をひょいっと出してきて、にやにやと笑う。


「うるさい……」


 アイカはじとっとレイサを睨み、足元を踏みつける。


「いてっ、なにすんだよ!」

「レイサの顔が気に食わない」


 それでも顔には笑みが浮かんでいた。

 その様子を見ていたセイスが、うんざりしたように言った。


「用済んだなら、とっとと出るぞ」


 その背に、二人は笑いながらついていく。



◇◇◇



 アオイとハナネはスカリット街を離れ、香水や紅、上質な仕立ての衣服などが並ぶ通りへと足を踏み入れた。そこは、名家の令嬢や貴婦人がひそやかに贔屓にする店ばかりが並ぶ一角だった。


「……俺は、ここにいて平気なのか?」


 隣を歩いていたアオイが、少しばかり気まずそうに声を落とした。


「なぜ、そう思うんですか?」


 ハナネは歩調を崩さぬまま、淡々と問い返す。


「……こっち見る視線が多い」


 アオイは周囲の様子をちらと見やりながら言った。

 ハナネもその言葉に気づき、目を巡らせる。

 確かに、多くの人が二人に目を留めていた。――いや、正確には、アオイにだ。


「ねぇ、あの人……すごく格好良くない?」

「うそ……あんな整った顔、ほんとにいるんだ……」


 通りすがりの女性たちが、声を潜めて囁く。

 その頬はほんのりと色づき、視線はアオイを追って離れない。


 ハナネも、ふとアオイに視線を移す。


(……やっぱり、思った通り)


 二次試験のときにも思ったことだった。

 高い身長に、無駄のない体格。整いすぎた顔立ちには品があり、どこか涼やかで、けれど柔らかさも宿している。

 笑えば、どんな女性でも――きっと目を奪われる。


(整いすぎていて、逆に実感が湧かない顔……)


 ハナネはそう思いながら、淡々と視線を前に戻した。


「気にしなくていいと思います」


 きっぱりとそう告げると、アオイはわずかに間を置いて頷いた。


「……そうか」


 その返事にはどこかほっとしたような響きがあった。

 しばらく歩いたのち、ハナネが足を止める。


「私、あのお店に入りたいです」


 指差した先には、磨かれたガラス越しに色とりどりの瓶が並ぶ、香油や洗髪剤の専門店があった。

 繊細な意匠の看板が掲げられ、内装もどこか落ち着きと気品を漂わせている。


「入るか」


 アオイが短く応じると、二人は静かに扉を開き、その店の中へと足を踏み入れた。



 磨かれた木の床に、微かに花の香りが漂う。

 細身の照明には淡い布がかかり、店内には、しっとりとした色味の服を纏った女性たちが、ゆっくりと商品を手に取っていた。


「いらっしゃいま……」


 一人の働き手がハナネとアオイに近づき、声をかけかけたが――その視線がアオイに届いた瞬間、言葉を止めた。


「……?」


 アオイは女性と目が合い、言葉を失った彼女の様子に小さく首を傾げた。


(やっぱり、俺はいない方がよかった気がする)


 気まずさが胸に滲む。アオイは軽く息を吐いた。


「……あ、本日は何をお求めでしょうか」


 女性は数秒間アオイを見つめたあと、ようやくハナネへ視線を移し、接客の言葉を口にした。


「洗髪剤と香油を探しています」

「でしたら、あちらがおすすめです」


 ハナネが静かに答えると、女性は店内の一角を指さした。ハナネはそちらへ向かって歩き出し、アオイも後ろからついていく。


 二人が足を止めた棚には、繊細な敷布が敷かれ、その上に大小さまざまな瓶が並べられていた。中身は粉状のもの、液体状のもの。どれも淡い色彩で、棚には小さな試供瓶も添えられていた。


「よければ、そちらの小瓶でお試しください」


 女性が手のひらを小さく差し出しながら微笑む。

 ハナネは一本を手に取り、栓を抜いてそっと匂いを嗅いだあと、手のひらに少量を取った。


「洗髪剤に、好みがあるのか?」


 アオイが隣で尋ねる。

 ハナネは手のひらを見下ろしたまま答えた。


「ナサ村のものは、洗う力は強いけど……髪がギシギシするんです」


 ナサ村の洗髪剤は、少量の灰と水に香草を混ぜて作る。

 けれど、村の外から来たハナネには、どうにも合わなかったのだろう。


「この香り……どう思いますか?」


 そう言って、ハナネは一本の香油の瓶をアオイに向けて差し出す。

 アオイは少し前屈みになり、瓶に鼻を近づけた。


「いいんじゃないか。ほんのり甘い」


 目を閉じながら、静かに答える。


「やだ、あの二人見て……」

「女の人も綺麗だし……あれって恋人同士……? 嘘でしょ……」


 棚の影でささやき合う声に、店内の空気が微かにざわめいた。

 ハナネは聞こえないふりをしながら、いくつかの香りを試し、やがて一つずつ選び取った。


会計を終えると、紙袋を抱えてアオイのもとへ戻る。


「お待たせしました」

「いや。待っていない」


 いつもの調子で交わされるやりとりに、ハナネは無表情のまま小さく頷いた。


「私の用事は済みました」

「なら……戻るか」


 アオイの言葉に、ハナネは素直にもう一度頷く。

 二人は再び肩を並べ、待ち合わせの場所――スカリット街へと歩き出した。


神血(イコル)の英雄伝 第四十話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです૮ ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ ྀིა


土日はどっちも投稿しようと思いますᵔ⁔ ܸ. ̫ .⁔ ͡

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