眩しい場所
アイカたちは、アオイの先導により、停車中のヴォランクのあいだに敷かれた石造りの道へと足を踏み出した。
道は滑らかに整えられ、ところどころに木の長椅子が並べられている。ヴォランクの座席とは違い、厚い敷き布はなく、板の肌がそのまま見えていた。
背もたれはわずかに湾曲し、肘掛けはなく、簡素ながらも品のある造りだ。頭上には半円形の屋根がかかっており、雨が降っても濡れる心配はなさそうだった。
靴の音が、カツ、カツ、と小気味よく響く。
すれ違う人々の会話が耳に入る。どうやら、この石畳の通りは《プラット》と呼ばれ、ヴォランクの乗降用の通路であるらしい。そして、そこに並べられた木の椅子たちは《ベンチ》というのだそうだ。
(言物の名前が全然違う……)
アイカは歩きながら、知らないことだらけの世界にじわりと戸惑いを覚えていた。
やがて、一本道だったプラットは広がりを見せ、左右からも多くの人が流れ込んでくる。全体を見ると、 この大きな通路から三本のプラットが枝分かれしており、アイカたちが降り立ったのはその中央だったようだ。
「こっちだ」
アオイが紙に視線を落として静かに告げると、右手の通路へと進み出る。四人もその背に続いた。
しばらく歩くと、先にヴォランクの乗車口で見かけたのと同じ制服姿の係員たちが見えてきた。手前と奥に三人ずつ、計六人──高さ百二十センチほどの板を挟んで向かい合うように立っていた。
板の手前側には、プラットから来た人々の列。奥側には、これから中に入るための列ができている。
手前側では、チケットを差し出す人々が次々と通されており、係員が扉を開けて外へ送り出していた。反対に、奥から来た人々は支払いを済ませると、新たなチケットを手にこの構内へ入ってくる。
「この列に並んでチケットを渡せばいいの?」
「……ああ、そうだ」
アイカの問いに、アオイがうなずく。
レイサが前方を覗き込むように手をかざしながら言った。
「結構、並んでますね……」
「メルグロアは、リグラムの首都で栄えてるらしい。ヴォランクの最初の出発点でもあり、最後の終着点でもあるからな」
「すごい場所なんですね……」
アイカたちは三つ並んだ列のうち、比較的空いている右端に並び、順番を待った。
やがて前に進むと、係員の青年が穏やかに微笑んだ。
「チケットを拝見します」
五人はそれぞれ手元のチケットを差し出した。
「確認しました。お帰りなさいませ」
丁寧な声と共に、扉が開かれる。
(お帰りなさい……?)
アイカはその言葉に小さく首を傾げたが、次の瞬間には仕切りの扉が静かに開かれ、光差す先へと道が拓かれた。
──そこは、まるで大きな広場のような場所だった。
「なにこれ……」
思わず、アイカが呟く。
◇
その先に広がっていたのは、まるで街の広場のような空間だった。
四方を囲む壁は、一見まっすぐに見える。しかし立ち位置が変わるたびに、奥の角がふわりと遠ざかるように感じられ、不思議な丸みが空間全体に漂っていた。まるで直線と直線のあいだに、目に見えない波が走っているようだった。
天井は、八つの歪な四角形を組み合わせてできた大きな円形の構造。中央には装飾の施された金属の柱が一本伸びていた。
床は石造りだが、プラットのものよりも滑らかで、光沢のある面にはいくつかの色違いの石が使われ、何かの文様を描いているようにも見えた。
周囲には、人々が思い思いの時間を過ごしていた。ベンチに座って紙を読んでいる者、誰かを待っている様子の者、大きな案内板を見つめている者。
そこに描かれた建物や通路の図は、ナサ村の中央広場にあった地図と似たような役割を果たしているのだろう。
正面奥には、外へと繋がる大きな出入口があった。そこには扉がなく、巨大な半円を描くように開かれていた。
その上部には、装飾の施された分厚い板が渡され、さらにその上には光を透かす青白い晶板が取り付けられており、鉄の支柱がそれらを支えている。構造全体に威厳と美しさを与えている。
「メルグロアのナビンって、いつ見ても綺麗よね」
「ええ。あのガラス、天気によって色が変わるんですって。たしか、リグラム中央学院の卒業生がつくったらしいわよ」
「ほんと? すごいわね……今日は晴れてるから、青いのね」
近くを通った女性たちがそんな会話を交わす。
(今、私たちがいる場所はナビンって言うのか……あとガラス?)
近くから聞こえてきた女性たちの会話に、アイカはふと顔を向けた。
彼女たちが見ていたのは、先ほどの半円形の天窓のような晶板。
ナサ村で晶板と呼んでいた物は、リグラムでは“ガラス”と言うらしい。
(しかも、天気で色が変わるなんて……! 雨の日は、どんな色になるんだろう)
足を止めたまま、アイカは夢見るようにガラスを見つめた。
透きとおる青が、まるで空のかけらのように輝いている。
──言葉、風景、文化さえも違う世界。
ほんの数時間で、その重さはじわりと肩に積もっていた。
それでも。
アイカはそっと笑みを浮かべて、もう一度、目を開いた。
アオイが無言ですっと歩き出す。それに続いて、セイスとハナネも足を進めた。
(え、ちょ……置いていかれる……!)
アイカは慌てて小走りに三人のあとを追う。
レイサもナビンの内部を興味深そうに見渡しながらついてきた。陽が差し込む外へと、皆で歩を進める。
(暑い、眩しい……)
思わず、アイカは片手を額にかざして陽射しを遮った。
そして──ナビンの影から抜け出し、外の景色が一気に視界に広がったその瞬間。
「うわぁぁ!! 広ーい!!」
目を輝かせたアイカの大きな声が、メルグロアの街に響いた。
目の前に広がるのは、見渡すかぎり高い建物に塔。 見た目はミラストで見たものと似ていたが、どれも高さも規模も数段上だった。
そして整備された石造りの道が、遠くまでつづいている。土の地面を探す方が難しいほど、どこまでも滑らかな道が張り巡らされていた。
「ねぇ、あの建物、文字が光ってるよ!」
アイカは視線を向けた。先にそびえるのは、とても長い塔。
塔のてっぺんには数人の人影が見え、その下の壁面には、鉄のような板が取り付けられている。そこから、光る文字がぼんやりと浮かび上がっていた。
「えっと……『陽倒れに注意してください……』って……? どうやったら文字が光るの……!」
「もしかして、あれってルミヴァル塔じゃない?」
アイカは驚いたように、目を大きく見開いてその光る文字を見つめていると、レイサも見上げながら、声をあげる。
「ルミヴァル塔って何?」
「何って……アイカ、イナトさんの説明、ちゃんと聞いてなかっただろう?」
アイカが首をかしげると、レイサは呆れたように声を漏らした。
「ルミヴァル塔は、メルグロアの中央あたりにあって、人の言葉をあの板に光る文字に変換える仕組みだと。不思議だよな」
「ああ……そういえば、言ってたかも……」
アイカはイナトに申し訳なさそうに笑い、再び周囲を見回した。
人が歩く道のところどころには、細長い棒の先端にガラスの板が取り付けられていて、揺灯にも似ている。
その隣には簡素なベンチも置かれており、簡単な場にもなっているようだ。
何より──人、人、人。
道を行き交う人々の波。そのあいだを、荷物を積んだラゴンがすり抜けるように進んでいく。
それだけではない。
ラゴンよりも、もっとしっかりとした造りの乗り物──四角い箱型で、扉がついているものが、いくつも走っていた。
馬が牽引しているのは同じだが、外装には装飾が施され、ひと目で“高級”とわかる見た目をしている。
(もしかして……あれが、カレット……?)
アイカは、リグラムに着いたばかりの頃にラゴンで送ってくれた中年男性との会話を思い出した。
「おい、アイカ! あれすげーぞ!」
突然のレイサの声に、アイカが顔を向ける。
「え? どれ……って、えぇっ!? なにあれ!」
二人が目を向けた先、人通りの多い歩道の端で──ひとりの男が、大きな木箱をいくつも重ねて運んでいた。
一つや二つではない。三つ、四つ……いや、五つはある。
木箱の角は削れておらず、質も重量もありそうだ。それを男は、よろけることもなく、まるで空箱のように持ち上げている。
「なんであんなに運べるの!? もしかして、神選者……!?」
アイカが思わず目を丸くする。
「……なんか、変な手袋してねぇか?」
レイサが男の両手に目を凝らして言った。
アイカも、その手元に目をやる。
黒く、いかつい手袋──それは布ではなく、革ともつかない独特な材質で、指先にまで分厚い装甲のようなものがついていた。
「あの手袋……重いものが持てる仕掛けになってるんじゃねぇ?」
感心したように呟くレイサに、アイカも小さく「すごい……」と息を漏らした。
「これから宿を探す」
ふいに、アオイが後ろを振り返って言った。
「……え?」
思わず、アイカが声を漏らす。
てっきり、宿は最初から決まっているものだと思っていた。
レイサとハナネも驚いたようにぽかんとした顔でアオイを見つめている。
「……メルグロアまでの行き方と、ネシュカ先輩との合流場所はこの紙に詳しく書かれていた。けど、宿のことは──“自分たちで探せ”だそうだ」
そう言ってアオイは、手にしていた紙を開いて四人に見せた。
そこには、確かに詳細な道順と、合流予定の場所が記されている。
だが、その下の方に、やたら可愛らしい文字が踊っていた。
ちなみに宿は自分たちで探してね
シアン
今回、リグラムの代表に守攻機関の隊員が行くことは伝えてないから、自分たちで見つけるしかないんだ〜
イナト
シアンの妙に丸っこい文字に、イナトの追記が添えられている。
「シアン副隊長……」
レイサが紙をのぞき込み、どこか呆れたような口調でつぶやいた。
「……丸投げじゃない……」
ハナネも目を細め、やや引き気味に紙を見つめた。
「だから、今日は街を回って宿を探す。ネシュカ先輩との合流は、明日の予定だ」
アオイの言葉に、アイカが思わず顔をぐいっと近づける。
「じゃあ、色んなお店も見ていいの!?」
満面の笑み。目がきらきらと光っていた。
アオイは一瞬たじろいだ様子を見せ、困ったように口を開いた。
「……少しなら、な」
淡々とした口調が、ほんの少しだけ崩れていた。
レイサも、思わずぱっと明るい表情になる。アイカと視線を交わし──にやり。
その空気を感じ取ったのか、セイスがぼそりと低い声を落とした。
「……勝手に、うろちょろ動くんやないぞ」
その声に、アイカとレイサが肩を跳ねさせた。
「はいっ!」
「はいっ!」
ふたりそろって背筋を伸ばし、ひきつった笑みを浮かべる。
──ヴォランクの中、耳をつままれた出来事が、よほど効いているらしい。
どれだけの力だったのかは分からないが──
少なくとも、彼女たちにとっては、強く記憶に残ってるようだ。
神血の英雄伝 第三十七話
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