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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
二章 リグラム、メグルロア
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不気味な乗り物

 五人は、ヴォランクのある方へと足を進めた。


 道すがら、アイカとレイサはきょろきょろと辺りを見回している。好奇心のままに顔を動かし、視線はひっきりなしに景色を追っていた。


「よそ見ばかりしてると危ないぞ」


 アオイが淡々と釘を刺す。言葉に強さはなかったが、軽く咎めるような響きだった。


「あ、すみません。気をつけます」


 レイサがぱっと顔を向け、素直に謝る。反対に、アイカは笑顔のまま、視線を周囲に向けたまま口を開いた。


「だって、見るもの全部が初めてなんだもん」


 まるで野遊び気分のようだったが、無理もなかった。

 村の外に一度も出たことのない彼女たちにとって、この風景は未知そのものだった。


 アオイはそれ以上は何も言わず、歩みを続ける。


「セイスは、驚かないんだ?」


 アイカがふと思い出したように問いかけた。親睦会の時、セイスは“生まれも育ちもナサ村”だとイオリが言っていた。ならば、彼にとってもこの景色は初めてのはずだった。


 だが、セイスは驚いた様子など微塵も見せていなかった。


「……来たことぐらいあるわ」


 アイカの方を一瞥し、セイスはほんの少し間を空けてから前を向き、ぽつりと答える。


「へぇ……」


 アイカは意外そうに声を漏らし、セイスの後ろ姿を見上げた。


「ハナネは?」

「ある」


 今度は、ハナネにも明るく声をかける。ハナネは短く返しただけだったが、それだけで十分だった。

 村の外を知っている二人の存在に、アイカは少しだけ羨ましさを感じていた。


 しばらく進むと、視界の先に建物のようなものが見え始めた。


 平らな屋根に、木の柱を何本も使った小さな停留所のような構造。そして、その横には簡素な小屋が繋がれている。その前に、一人の男性が立っていた。


 目を引いたのは、その服装だった。


 膝下で留まる下衣は、野良仕事には不向きそうな硬い布地。胴を包む着布の上には、きっちり折り目のついた厚手の羽織が肩からかけられており、まるで儀式の正装のように見えた。手には白い手袋までしている。


(……なに、あの服。守攻機関の制服とも違う……)


 思わず目を丸くするアイカ。その視線に気づく様子もなく、男性はにこりと微笑み、口を開いた。


「メルグロアまで行かれますか?」


 アオイが一歩前に出て、静かに答える。


「はい」

「かしこまりました。ヴォランクにお乗りになられるのでしたら、おひとり様、二十ソアになります」


(……二十ソアってことは、一人ニティル……? 五人で一リザン!? リグラムって、やっぱり何でも高い!)


 ラゴンのときほどではないにせよ、物価の違いにアイカは再び驚かされる。


「はい、分かりました」


 アオイが静かに答え、懐から硬貨を取り出して支払いを済ませた。


「はい、確かに。ではこちらがチケットになります。無くさないようにご注意ください。まもなく発車いたしますので、ご乗車の上お待ちくださいませ」


 男性は丁寧に言い添えると、手のひらにすっぽり収まる小さな紙を五枚──いや、“チケット”をアオイへ手渡した。


 アオイは一礼し、それを四人に配る。


「これが……チケット?」


 渡されたのは、手のひらにすっぽり収まる薄い紙だった。色はわずかに黄味がかり、表面には細かい文字がびっしりと並んでいる。

 日付や行き先らしき文字列のほか、右上には小さな印が赤く押されていた。紙は思ったよりも丈夫で、少し指を滑らせると、ざらりとした触感があった。


(……これで、乗れるんだ。なんか、旅してるみたい……)


「では、ごゆっくり」


 男性は、すっと片手を奥の方へ伸ばして軽く会釈をした。

 誘導されるように五人が屋根をくぐった。





 視界いっぱいに広がったのは、巨大な木の箱を何台も繋げたような作りだった。


 先頭には真っ黒な鉄の塊が構え、まるで大きな牛のように力強く地面を睨んでいる。

 どの車両も半分の高さまで厚い板で囲われ、その上は窓になっていたが、晶板の側に横棒が二本取り付けられていて、右端に扉が一つずつ並んでいる。まるで街の外れに並ぶ倉庫が動き出したようだった。


(これが……ヴォランク……? なんか、ちょっと不気味)


 アイカは目を丸くしながら、先頭を見上げた。各車両の扉の前には、足場用の板が一枚ついている。

 アオイが先頭から四番目にある扉の取っ手に手をかけ、扉を前に引いた。すると、板に足を置いて乗り込む。


(えっ……横に引くんじゃなくて、前に?)


 扉の端には、鉄でできた道具──蝶番らしきものが、車両と扉をしっかり繋いでいた。


 アオイ、セイス、ハナネと順に乗り込んでいく。

続いて、アイカも板に足を乗せ、片手で扉を押さえながら中へ入る。

 板は人の重みにぎぃと小さく鳴いたが、しっかりと体を支えてくれた。最後にレイサが続く。肩に少し力が入っていて、緊張しているのが見てとれた。





 車内は、思っていたよりもずっと広かった。


 入り口をくぐってすぐ右手は壁で、板張りの木肌には、ところどころ節目が浮かび上がっている。

 左手には、窓に沿って横長の椅子がずらりと一列に並んでおり、その向かいにも同じような椅子が並んでいた。

 どちらも三人がけほどの長椅子で、互いに向かい合うように設置されている。


 中央には、二列の座席を隔てるように一本の通路が通っており、板張りの床が奥までまっすぐ続いていた。

 歩くたびに、「コン」と軽い靴音が木の板に響く。まるで、移動する木造の廊下のようだった。


 天井はゆるやかに湾曲しており、全体が木でできているせいか、空間そのものが大きな樽の中のようにも感じられる。不思議と落ち着く雰囲気だった。


「……どこでもいいか」


 アオイがぽつりと呟くと、一番奥の席へ向かって歩き出した。アイカたちも無言のまま、その背を追って進む。


 アイカはきょろきょろと椅子を見渡しながら歩いた。


 長椅子の座面には、厚手の敷き布が丁寧に敷かれており、腰を下ろせば、ふんわりと沈みこむような感触がありそうだった。

 肘掛けは滑らかな木で作られ、自然な丸みがあって触り心地もよさそうだ。背もたれも高めで、背筋をしっかり支えてくれそうな安定感があった。


 アオイが一番奥まで進み、左側の長椅子をちらりと見やると、振り返って四人に声をかけた。



「どう座る?」


 問いかけに、四人は一斉に視線を交わす。 

 一瞬の沈黙。


「私はアイカ以外なら誰でも構いません」

「なんで!?」


 冷えた声で即答したのはハナネだった。

 その言葉に、アイカが即座に叫ぶ。目をまんまるにして今にも飛びつきそうな勢いだ。


「一人でええわ」


 セイスがむすっとした顔で呟く。


「それは無理があると思います」


 レイサが間に入る。


「あ? 文句あるんか?」

「えっ……いや」


 セイスに睨まれ、レイサはビクリと肩を揺らして苦笑いを浮かべた。


(……仲良いな、ほんと)


 アオイは、そんなやりとりを黙って見守っていた。



 数十分にわたる言い合いの末、ようやく席が決まった。

 片方の長椅子に、窓側からレイサ、セイス、アオイ。もう一方には、アイカ、そして少し間をあけてハナネが座った。

 男女で分かれようというレイサの提案に、アオイが乗った形だ。


「ハナネと一緒だね!」


 アイカはうれしそうに言って、隣のハナネに顔を向ける。


「……なんでこうなるの」


 ハナネは不機嫌そうにそっぽを向き、肘掛けに肘を置いたまま、手のひらに頬をのせた。


 レイサは窓の外、先ほどくぐった屋根を眺めている。

 セイスは目を閉じて、口を閉ざしていた。アオイも、無言のまま俯いている。




「まもなく発車しまーす!」


 ヴォランクの外から響いた大きな声に、アイカとレイサがぱっと窓の外を見た。


 顔はぱあっと明るく、まるで野遊びをする子どものようだ。


「動くよ! 早く動かないかな!」

「え、やばい、めっちゃ楽しみ……!」


 二人して身を乗り出す勢いで、窓にへばりつく。肩がぶつかってもお構いなしだ。


──そして、ガタン、と音がして、


「わっ!」


 アイカの体が軽く浮く。レイサも「うぉっ」と声を上げた。


 ヴォランクが、ゆっくりと──それでも確実に、草原の中を滑り出す。


 最初はふわりと揺れる程度だったが、やがて速度を上げ、風を切る音が聞こえ始めた。窓の外の景色がどんどん流れていく。


「うわあああっ!! 速いっ!! めっちゃ走ってる!!」


 アイカが、鉄の棒にしがみつきながら叫ぶ。目をキラキラと輝かせ、頬を真っ赤にして。


「ラゴンの倍は速いぞこれ! やっば!!」


 レイサも目を見開き、前のめりになって景色を追う。


 風が窓の隙間から吹き込み、髪がふわっと舞った。 車輪の音が心地よいリズムで響く。


「レイサ見てっ! あれ! 動物いた! ほら、つの、つのめっちゃ長いやつ!!」

「でっか! なにあれ!? 怪物!? ……え、かわいいかも……!」


 あっち見て、こっち見て、またあっち。指を差して、叫んで、笑って。目に映るすべてが新鮮で、心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。


「うっさいわ。少しはおとなしくしとけ!」


 耐えきれず、隣のセイスがバッと声を上げる。


「え〜!? こんな楽しいのに静かにしろって無理だよ!」


 アイカが、窓の外を見ながら抗議の声を上げる。


「先輩の命令やぞ!」


 セイスが怒鳴っても、アイカは完全に無視。レイサと一緒に窓に張りついて、あっち見てこっち見てと大はしゃぎしている。


「このアホどもが……」


 ついにセイスが立ち上がった。そしてその手が、アイカとレイサの片耳をがしっとつまんだ。


「痛い痛いってばっ!」

「や、やめてください、 俺はただ、外の動物を──」


 アイカは必死にセイスの腕を掴んだ。

 レイサもすかさず手を離そうとするが、セイスの手は容赦ない。


「聞こえへんかったんか! 『静かにせぇ』言うたやろが!」

「はい! おとなしくします!!」

「もう騒ぎませんので許してください……!」


 耳を押さえて降参ポーズの二人。その後ろで、セイスはふんっと鼻を鳴らし、満足そうに腕を組み席に戻った。


 その三人の様子を、アオイとハナネは無言で見ていた。


(三人ともうるさいぞ)

(三人ともうるさいわよ)


 顔をそむけ、同時に心の中でつぶやく。

 片や静かに目を閉じ、片や深いため息をつきながら──



 しばらくして、アイカとレイサはようやく席に落ち着き、静かに窓の外を眺めていた。

──耳を引っ張られたのが相当効いたらしい。


 外の景色は、次第に草原から石造りの街並みへと変わっていく。


 やがて、前方を見ていたレイサがひそひそと囁いた。


「アイカ、あれ……でかい建物があるぞ」


 アイカの席からは見えなかったらしく、むくりと立ち上がって窓の外をのぞく。

 そして、思わず目を丸くした。


「……うわ、すごっ」


 目に飛び込んできたのは、まるで古城のように荘厳な建物だった。


 高くそびえる赤茶の煉瓦壁と重厚な石積みの外観。 その屋根には、針のように尖った塔や丸屋根の塔が等間隔に連なり、頂に据えられた金属の尖塔が鈍く光を反射していた。


 その姿は、かつて書物で見た“賓館”の挿絵にも似ている。だがそれよりもずっと大きく、現実味を感じさせないほどの迫力だった。


 中央には、大きな丸い板のようなものが掲げられていた。

 その中心からは、二本の細い棒が伸びている。長さの違うその棒は、ゆっくりと回っているようだった。


(……なにあれ。風車でもないし……回ってる? どういう仕組み?)


 アイカには、それが何を意味しているのかまるで見当がつかなかった。ただ、まるで絵のようなその板が、静かに、けれど確かに“動いている”ということだけは分かった。


 半円形に切り取られた正面の窓には、縁に沿って緻密な文様が彫り込まれており、その下には鉄の門が大きく開かれている。

 人々が次々と吸い込まれるように中へと入っていく。


 まるで、街の中にそびえたつ“移動の城”──そんな印象を抱かせる場所だった。


 建物の裏には、ヴォランクが走ってきた道──頑丈な敷板がいくつも平行に敷かれ、途中で左右へ枝分かれしている。

 まるで、木の根が地中に伸びるように、行き先ごとに分かれていた。

 どうやら、あれが《ヴォランクの通り道》──つまり“軌道”なのだろう。


 ヴォランクは建物の脇を通り抜けると、ゆっくりと速度を落とし、その背後へと滑り込むように止まった。


 窓の向こうには、もう一台のヴォランクが停車しており、人々が乗り降りしていた。

 その人々の服装は、どこか洗練されていて、村では見たことのない形や色ばかりだった。


(……やっぱり、リグラムって、ぜんぜん違うんだ)


 アイカは無意識にごくりと喉を鳴らしながら、しばらく見惚れていた。



「メルグロアに到着しましたー。降りられる方は、どうぞー!」


 ヴォランクの外から、男の朗らかな声が響いた。どうやら目的地に着いたらしい。


 アイカたちは椅子の下に置いていた荷物を手に取り、順番に外へ降りていった。


 ヴォランクの出口に足を踏み出すと、左右の車両からも次々と乗客が降りてくる姿が見えた。

 自分たちの乗っていた車両に他の乗客がいなかったが、どうやら隣の車両にはそれなりに人が乗っていたようだ。


「ねぇママ、あの人たち……なんか変な服!」


 近くにいた小さな女の子が、アイカたちを指さして言った。その声に、周囲の視線がぱらぱらとこちらへ集まる。


(え……そんな変かな)


 思わず自分の制服を見下ろすアイカ。守攻機関の制服は見慣れた村とは違い、きっちりしていて動きやすくもある。でも、ここでは目立つらしい。


「あれ、守攻機関じゃないか……?」

「え、嘘!?初めて見た」


 守攻機関は、他地域への応援要請も多く、戦闘能力や統率力の高さから名を知られている。関係者になるのは狭き門で、一般人からはどこか“雲の上”の存在のように思われているらしい。


「ねえママ、すごい人たちなの?」

「そうよ。人の命をかけて守ってくれる立派な方々なの」


 母親はそう言って、娘の頭を優しく撫でた。


「へえーっ! かっこいいねっ!」


 女の子はぱあっと笑顔になり、母の言葉に目を輝かせた。


 そのやり取りを耳にしたアイカは、急に視線のやり場に困り、顔を赤らめながらそっと目を逸らした。


(すごい人、か……)


 どこかむずがゆいような、不思議な気持ちが胸の奥で膨らんでいた。

神血(イコル)の英雄伝 第三十六話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです( > · <⸝⸝ᐢ

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