不気味な乗り物
五人は、ヴォランクのある方へと足を進めた。
道すがら、アイカとレイサはきょろきょろと辺りを見回している。好奇心のままに顔を動かし、視線はひっきりなしに景色を追っていた。
「よそ見ばかりしてると危ないぞ」
アオイが淡々と釘を刺す。言葉に強さはなかったが、軽く咎めるような響きだった。
「あ、すみません。気をつけます」
レイサがぱっと顔を向け、素直に謝る。反対に、アイカは笑顔のまま、視線を周囲に向けたまま口を開いた。
「だって、見るもの全部が初めてなんだもん」
まるで野遊び気分のようだったが、無理もなかった。
村の外に一度も出たことのない彼女たちにとって、この風景は未知そのものだった。
アオイはそれ以上は何も言わず、歩みを続ける。
「セイスは、驚かないんだ?」
アイカがふと思い出したように問いかけた。親睦会の時、セイスは“生まれも育ちもナサ村”だとイオリが言っていた。ならば、彼にとってもこの景色は初めてのはずだった。
だが、セイスは驚いた様子など微塵も見せていなかった。
「……来たことぐらいあるわ」
アイカの方を一瞥し、セイスはほんの少し間を空けてから前を向き、ぽつりと答える。
「へぇ……」
アイカは意外そうに声を漏らし、セイスの後ろ姿を見上げた。
「ハナネは?」
「ある」
今度は、ハナネにも明るく声をかける。ハナネは短く返しただけだったが、それだけで十分だった。
村の外を知っている二人の存在に、アイカは少しだけ羨ましさを感じていた。
しばらく進むと、視界の先に建物のようなものが見え始めた。
平らな屋根に、木の柱を何本も使った小さな停留所のような構造。そして、その横には簡素な小屋が繋がれている。その前に、一人の男性が立っていた。
目を引いたのは、その服装だった。
膝下で留まる下衣は、野良仕事には不向きそうな硬い布地。胴を包む着布の上には、きっちり折り目のついた厚手の羽織が肩からかけられており、まるで儀式の正装のように見えた。手には白い手袋までしている。
(……なに、あの服。守攻機関の制服とも違う……)
思わず目を丸くするアイカ。その視線に気づく様子もなく、男性はにこりと微笑み、口を開いた。
「メルグロアまで行かれますか?」
アオイが一歩前に出て、静かに答える。
「はい」
「かしこまりました。ヴォランクにお乗りになられるのでしたら、おひとり様、二十ソアになります」
(……二十ソアってことは、一人ニティル……? 五人で一リザン!? リグラムって、やっぱり何でも高い!)
ラゴンのときほどではないにせよ、物価の違いにアイカは再び驚かされる。
「はい、分かりました」
アオイが静かに答え、懐から硬貨を取り出して支払いを済ませた。
「はい、確かに。ではこちらがチケットになります。無くさないようにご注意ください。まもなく発車いたしますので、ご乗車の上お待ちくださいませ」
男性は丁寧に言い添えると、手のひらにすっぽり収まる小さな紙を五枚──いや、“チケット”をアオイへ手渡した。
アオイは一礼し、それを四人に配る。
「これが……チケット?」
渡されたのは、手のひらにすっぽり収まる薄い紙だった。色はわずかに黄味がかり、表面には細かい文字がびっしりと並んでいる。
日付や行き先らしき文字列のほか、右上には小さな印が赤く押されていた。紙は思ったよりも丈夫で、少し指を滑らせると、ざらりとした触感があった。
(……これで、乗れるんだ。なんか、旅してるみたい……)
「では、ごゆっくり」
男性は、すっと片手を奥の方へ伸ばして軽く会釈をした。
誘導されるように五人が屋根をくぐった。
◇
視界いっぱいに広がったのは、巨大な木の箱を何台も繋げたような作りだった。
先頭には真っ黒な鉄の塊が構え、まるで大きな牛のように力強く地面を睨んでいる。
どの車両も半分の高さまで厚い板で囲われ、その上は窓になっていたが、晶板の側に横棒が二本取り付けられていて、右端に扉が一つずつ並んでいる。まるで街の外れに並ぶ倉庫が動き出したようだった。
(これが……ヴォランク……? なんか、ちょっと不気味)
アイカは目を丸くしながら、先頭を見上げた。各車両の扉の前には、足場用の板が一枚ついている。
アオイが先頭から四番目にある扉の取っ手に手をかけ、扉を前に引いた。すると、板に足を置いて乗り込む。
(えっ……横に引くんじゃなくて、前に?)
扉の端には、鉄でできた道具──蝶番らしきものが、車両と扉をしっかり繋いでいた。
アオイ、セイス、ハナネと順に乗り込んでいく。
続いて、アイカも板に足を乗せ、片手で扉を押さえながら中へ入る。
板は人の重みにぎぃと小さく鳴いたが、しっかりと体を支えてくれた。最後にレイサが続く。肩に少し力が入っていて、緊張しているのが見てとれた。
◇
車内は、思っていたよりもずっと広かった。
入り口をくぐってすぐ右手は壁で、板張りの木肌には、ところどころ節目が浮かび上がっている。
左手には、窓に沿って横長の椅子がずらりと一列に並んでおり、その向かいにも同じような椅子が並んでいた。
どちらも三人がけほどの長椅子で、互いに向かい合うように設置されている。
中央には、二列の座席を隔てるように一本の通路が通っており、板張りの床が奥までまっすぐ続いていた。
歩くたびに、「コン」と軽い靴音が木の板に響く。まるで、移動する木造の廊下のようだった。
天井はゆるやかに湾曲しており、全体が木でできているせいか、空間そのものが大きな樽の中のようにも感じられる。不思議と落ち着く雰囲気だった。
「……どこでもいいか」
アオイがぽつりと呟くと、一番奥の席へ向かって歩き出した。アイカたちも無言のまま、その背を追って進む。
アイカはきょろきょろと椅子を見渡しながら歩いた。
長椅子の座面には、厚手の敷き布が丁寧に敷かれており、腰を下ろせば、ふんわりと沈みこむような感触がありそうだった。
肘掛けは滑らかな木で作られ、自然な丸みがあって触り心地もよさそうだ。背もたれも高めで、背筋をしっかり支えてくれそうな安定感があった。
アオイが一番奥まで進み、左側の長椅子をちらりと見やると、振り返って四人に声をかけた。
「どう座る?」
問いかけに、四人は一斉に視線を交わす。
一瞬の沈黙。
「私はアイカ以外なら誰でも構いません」
「なんで!?」
冷えた声で即答したのはハナネだった。
その言葉に、アイカが即座に叫ぶ。目をまんまるにして今にも飛びつきそうな勢いだ。
「一人でええわ」
セイスがむすっとした顔で呟く。
「それは無理があると思います」
レイサが間に入る。
「あ? 文句あるんか?」
「えっ……いや」
セイスに睨まれ、レイサはビクリと肩を揺らして苦笑いを浮かべた。
(……仲良いな、ほんと)
アオイは、そんなやりとりを黙って見守っていた。
◇
数十分にわたる言い合いの末、ようやく席が決まった。
片方の長椅子に、窓側からレイサ、セイス、アオイ。もう一方には、アイカ、そして少し間をあけてハナネが座った。
男女で分かれようというレイサの提案に、アオイが乗った形だ。
「ハナネと一緒だね!」
アイカはうれしそうに言って、隣のハナネに顔を向ける。
「……なんでこうなるの」
ハナネは不機嫌そうにそっぽを向き、肘掛けに肘を置いたまま、手のひらに頬をのせた。
レイサは窓の外、先ほどくぐった屋根を眺めている。
セイスは目を閉じて、口を閉ざしていた。アオイも、無言のまま俯いている。
◇
「まもなく発車しまーす!」
ヴォランクの外から響いた大きな声に、アイカとレイサがぱっと窓の外を見た。
顔はぱあっと明るく、まるで野遊びをする子どものようだ。
「動くよ! 早く動かないかな!」
「え、やばい、めっちゃ楽しみ……!」
二人して身を乗り出す勢いで、窓にへばりつく。肩がぶつかってもお構いなしだ。
──そして、ガタン、と音がして、
「わっ!」
アイカの体が軽く浮く。レイサも「うぉっ」と声を上げた。
ヴォランクが、ゆっくりと──それでも確実に、草原の中を滑り出す。
最初はふわりと揺れる程度だったが、やがて速度を上げ、風を切る音が聞こえ始めた。窓の外の景色がどんどん流れていく。
「うわあああっ!! 速いっ!! めっちゃ走ってる!!」
アイカが、鉄の棒にしがみつきながら叫ぶ。目をキラキラと輝かせ、頬を真っ赤にして。
「ラゴンの倍は速いぞこれ! やっば!!」
レイサも目を見開き、前のめりになって景色を追う。
風が窓の隙間から吹き込み、髪がふわっと舞った。 車輪の音が心地よいリズムで響く。
「レイサ見てっ! あれ! 動物いた! ほら、つの、つのめっちゃ長いやつ!!」
「でっか! なにあれ!? 怪物!? ……え、かわいいかも……!」
あっち見て、こっち見て、またあっち。指を差して、叫んで、笑って。目に映るすべてが新鮮で、心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。
「うっさいわ。少しはおとなしくしとけ!」
耐えきれず、隣のセイスがバッと声を上げる。
「え〜!? こんな楽しいのに静かにしろって無理だよ!」
アイカが、窓の外を見ながら抗議の声を上げる。
「先輩の命令やぞ!」
セイスが怒鳴っても、アイカは完全に無視。レイサと一緒に窓に張りついて、あっち見てこっち見てと大はしゃぎしている。
「このアホどもが……」
ついにセイスが立ち上がった。そしてその手が、アイカとレイサの片耳をがしっとつまんだ。
「痛い痛いってばっ!」
「や、やめてください、 俺はただ、外の動物を──」
アイカは必死にセイスの腕を掴んだ。
レイサもすかさず手を離そうとするが、セイスの手は容赦ない。
「聞こえへんかったんか! 『静かにせぇ』言うたやろが!」
「はい! おとなしくします!!」
「もう騒ぎませんので許してください……!」
耳を押さえて降参ポーズの二人。その後ろで、セイスはふんっと鼻を鳴らし、満足そうに腕を組み席に戻った。
その三人の様子を、アオイとハナネは無言で見ていた。
(三人ともうるさいぞ)
(三人ともうるさいわよ)
顔をそむけ、同時に心の中でつぶやく。
片や静かに目を閉じ、片や深いため息をつきながら──
◇
しばらくして、アイカとレイサはようやく席に落ち着き、静かに窓の外を眺めていた。
──耳を引っ張られたのが相当効いたらしい。
外の景色は、次第に草原から石造りの街並みへと変わっていく。
やがて、前方を見ていたレイサがひそひそと囁いた。
「アイカ、あれ……でかい建物があるぞ」
アイカの席からは見えなかったらしく、むくりと立ち上がって窓の外をのぞく。
そして、思わず目を丸くした。
「……うわ、すごっ」
目に飛び込んできたのは、まるで古城のように荘厳な建物だった。
高くそびえる赤茶の煉瓦壁と重厚な石積みの外観。 その屋根には、針のように尖った塔や丸屋根の塔が等間隔に連なり、頂に据えられた金属の尖塔が鈍く光を反射していた。
その姿は、かつて書物で見た“賓館”の挿絵にも似ている。だがそれよりもずっと大きく、現実味を感じさせないほどの迫力だった。
中央には、大きな丸い板のようなものが掲げられていた。
その中心からは、二本の細い棒が伸びている。長さの違うその棒は、ゆっくりと回っているようだった。
(……なにあれ。風車でもないし……回ってる? どういう仕組み?)
アイカには、それが何を意味しているのかまるで見当がつかなかった。ただ、まるで絵のようなその板が、静かに、けれど確かに“動いている”ということだけは分かった。
半円形に切り取られた正面の窓には、縁に沿って緻密な文様が彫り込まれており、その下には鉄の門が大きく開かれている。
人々が次々と吸い込まれるように中へと入っていく。
まるで、街の中にそびえたつ“移動の城”──そんな印象を抱かせる場所だった。
建物の裏には、ヴォランクが走ってきた道──頑丈な敷板がいくつも平行に敷かれ、途中で左右へ枝分かれしている。
まるで、木の根が地中に伸びるように、行き先ごとに分かれていた。
どうやら、あれが《ヴォランクの通り道》──つまり“軌道”なのだろう。
ヴォランクは建物の脇を通り抜けると、ゆっくりと速度を落とし、その背後へと滑り込むように止まった。
窓の向こうには、もう一台のヴォランクが停車しており、人々が乗り降りしていた。
その人々の服装は、どこか洗練されていて、村では見たことのない形や色ばかりだった。
(……やっぱり、リグラムって、ぜんぜん違うんだ)
アイカは無意識にごくりと喉を鳴らしながら、しばらく見惚れていた。
◇
「メルグロアに到着しましたー。降りられる方は、どうぞー!」
ヴォランクの外から、男の朗らかな声が響いた。どうやら目的地に着いたらしい。
アイカたちは椅子の下に置いていた荷物を手に取り、順番に外へ降りていった。
ヴォランクの出口に足を踏み出すと、左右の車両からも次々と乗客が降りてくる姿が見えた。
自分たちの乗っていた車両に他の乗客がいなかったが、どうやら隣の車両にはそれなりに人が乗っていたようだ。
「ねぇママ、あの人たち……なんか変な服!」
近くにいた小さな女の子が、アイカたちを指さして言った。その声に、周囲の視線がぱらぱらとこちらへ集まる。
(え……そんな変かな)
思わず自分の制服を見下ろすアイカ。守攻機関の制服は見慣れた村とは違い、きっちりしていて動きやすくもある。でも、ここでは目立つらしい。
「あれ、守攻機関じゃないか……?」
「え、嘘!?初めて見た」
守攻機関は、他地域への応援要請も多く、戦闘能力や統率力の高さから名を知られている。関係者になるのは狭き門で、一般人からはどこか“雲の上”の存在のように思われているらしい。
「ねえママ、すごい人たちなの?」
「そうよ。人の命をかけて守ってくれる立派な方々なの」
母親はそう言って、娘の頭を優しく撫でた。
「へえーっ! かっこいいねっ!」
女の子はぱあっと笑顔になり、母の言葉に目を輝かせた。
そのやり取りを耳にしたアイカは、急に視線のやり場に困り、顔を赤らめながらそっと目を逸らした。
(すごい人、か……)
どこかむずがゆいような、不思議な気持ちが胸の奥で膨らんでいた。
神血の英雄伝 第三十六話
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