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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
30/83

過ちと歩み

 ユサ、シアン、イナトの三人が加勢したことで、襲撃者たちは撤退した。


 村の被害は最小限に留まり、村人六人が軽傷、守攻機関の第一部隊のうち二人が重傷を負った。


 襲撃の直後、事件現場にいた村人たちの安否確認が行われ、守攻機関の隊員たちは各方向に分かれ、怪我人は癒庵ゆあんへ、無事な者はそれぞれの家に送り届けられた。

 それから二日間、守攻機関の隊員たちが交代で村を警備した。


 そして、事件から三日後の明刻みょうこく半ば。

 守攻機関本部の大部屋には、ユサ、シアン、イナト、アオイ、そしてセイスが集まっていた。


 イオリは容態が想像以上に悪く、今も癒庵で療養中だ。

 セイスも重傷を負っていたが、無理を押して参加していた。


――トントントン。


 引き戸が軽く叩かれる音が響く。


「入ります」


 控えめな声とともに、レイサ、アイカ、ハナネが大部屋に入ってきた。

 今回の騒動を振り返り、話し合うための場が設けられたのだ。


「……おい」


 セイスの怒声が、大部屋に鋭く響く。

 立ち上がった彼は、真っすぐハナネの目の前へ詰め寄った。


「お前に言うたやろ。全員避難させてから、船門閉めろって」


 一歩間違えば、命を落としていたのは子どもだったかもしれない。

 睨みつける目に、明らかな苛立ちが浮かぶ。

 ハナネも睨み返したが、反論の言葉は出なかった。


「セイス。そこまでにして」


 イナトが二人の間に入り、セイスをそっと押し返した。

 距離を取らせると、三人に向き直る。


「今回の件は、僕にも責任がある。ユサ隊長が不在の中で、三人を見回りに出した判断は、軽率だった。……ごめんね」


 その声はいつになく真剣だった。


「でも隊員になった以上、三人には村の皆んなを守ることを優先にして欲しかった」

「レイサは、東と西に村人が多くいたのに、敵が二人だったから戦うことを選んだ。

アイカは、避難が終わっていないのに現場に向かおうとした。

ハナネは、避難を優先してくれたけど、確認を怠って、戦いが始まりそうな場所に子どもを残してしまった」

「三人の行動には誰かの命がかかってる時もあるんだ。それをよく覚えていて欲しい」


 イナトの言葉が静かに響く。

 三人は、それぞれに俯いた。


「……判断、間違えました。すみません」


 レイサは小さく、けれど確かな後悔がにじむ声だった。


「……止めなきゃ、誰かが殺されるって思った。……でも、避難を優先すべきだった。ごめんなさい」


 アイカ声には、いつもの強気な調子はなかった。言葉を吐き出すのに、迷いがあった。


「避難を急いで、ちゃんと確かめませんでした……申し訳ありません」


 ハナネの声は震えてはいなかった。けれどその奥に、悔しさと自責の念がしっかりと見えた。


 重苦しい空気が、部屋を包む。


 だがイナトは、すぐに柔らかな口調に戻った。


「分かればよし。切り替えていこう」


「三人とも、入隊したばかりなのに、ほんとによく頑張ったよ」


 見かねたシアンも、和やかに言葉を継ぐ。

 だが、三人の表情はまだ晴れない。

 イナトは「それもそうか」と笑みを浮かべた。


「それにしても、シアン。なぜ急に船に便乗したんだ?」


 ユサが、話題を変えるようにシアンに目を向けた。


「だって、隊長が村長の護衛でリグラムに行くって聞いてたし、一緒に帰ったほうがに決まってます!」

ミラストからトラセイル港まで、ラゴンに乗せてもらうだけでも、結構お金かかったんですよ……」


 子どものような口ぶりに、ユサが呆れる。


「村長もいたんだぞ? クレムやネシュカは任務だが、お前は休暇中だろ」

「大丈夫です。村長も、許してくれるって確信ありましたから」


 軽く言い返すシアンに、アオイが尋ねた。


「シアン副隊長、ユーレナに行ってたんですよね? 奥さんのご実家があるって……」

「そう! 帰りはリグラムを通ったんだけど……足代だけで、結構お金が飛んじゃってさ」


 シアンが苦笑いを浮かべながら、アオイの方に顔を向けて言う。


 それに続いて、イナトが穏やかな声で問いかけた。


「……お子さん、無事に生まれましたか?」


 シアンの顔がぱっと明るくなる。


「うん、無事に。ミアルナも元気で、本当に良かったよ」

「それは……本当に良かったです。良かったらお子さんの名前、教えてください」


 イナトが安心したように頷いた。


 シアンはふっと目を細め、どこか遠くを見るような表情で言葉を続ける。


「キャリーア!もうね、手も足も小さくて……指を近づけると、一生懸命、握ろうとするんだ」


 その声には、誇らしさと、優しい父親の顔が滲んでいた。


「子どもに甘すぎだろ」

「隊長ほどじゃないですよ?」


 そんなやり取りに、ようやく三人の顔が少し緩んだ。

 それを見たイナトとシアンは、ほっと息をつく。


 ……ただ一人、セイスだけはまだ、苛立ちの残る顔をしていた。

 あの場面が頭を離れず、思考だけがずっとあの瞬間に引き戻されていた。


「色々あって疲れたよね。三人には、五日間の休暇が出たから、ゆっくり休んで」


 イナトの言葉に、三人は小さく頷き、大部屋を後にした。




 足を引っ張ってしまった。

 自分の甘さが、誰かを危険にさらした。

 悔しさは、まだ胸の奥で燻っている。


 ――それでも、前を向かなければ。

 もう、同じ後悔を繰り返さないために。


 小さな歩幅で並ぶ三人の背を、やわらかな光が照らす。

 その一歩一歩が、次の選択と、未来へつながっていく――。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二九話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎

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