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神血の英雄伝  作者: 三坂 恋
第一章 守攻機関
3/52

変わり果てた村

「…きて」

「起きて、アイカ」


 アイカがぐっすりと、眠りに落ちている中、誰かが呼びかける声が聞こえた。


(まだ眠いんだけど…)


 アイカはその声を無視しようとしたが、体が左右に揺さぶられ始める。


「お願い、起きて!」


 先ほどよりも大きな声と、脳を揺さぶるような不快感。ついに眠気に抗えず、愛叶はゆっくりと目を開けた。


 視界に映ったのは、アイカによく似た顔立ちの二十代後半ほどの美しい女性。

 胸の下まである銀髪が光の反射でキラキラと輝いている。彼女はアイカの母親だった。

 母親は、細く整った眉をわずかに寄せ、真剣な眼差しでこちらを見下ろしている。


「…母さん?」


 その表情に、何があったのか尋ねようとしたそのとき、外から警鐘のような音と、村人たちの叫び声が響いてきた。


「襲撃よ。今から避難しにいくわ」


 母親はやや焦った声でそう告げる。


(しゅう……けぎ?)


 起きたばかりで頭が働かないアイカに、母親は身支度を整えながら続ける。


「イヅキとお父さんは先に避難が遅れている村人の救助と襲撃者の確認に行ったわ。私は北側の応援に向かうから、アイカはトワと一緒に東側の川辺ある避難所へ逃げて」


 そう言って、母親はバスタオルほどの柔らかな布をアイカにふわりとかけた。


 村長であるタイガは、村の現状を把握するため、最初に家を飛び出したという。

 愛叶の父親、イヅキは守政機関(クガミ)の第一部隊の一員として、村人の避難誘導と襲撃者の対処にあたっているらしい。


「お母さん、お姉ちゃん、準備できたよ」


 襖の向こうから、銀髪の美少年が現れた。


 身長は百十センチほど。前髪は薄く、丸みを帯びた後ろ髪は丁寧に整えられている。

 肌は雪よりわずかに色味があり、柔らかな印象を与える。

 虚弱そうな身体には、愛叶と同じくが柔らかい布にすっぽりと包まれていた。手には、小さな巾着袋をしっかりと握りしめている。 


「ありがとう、トワ」


 母は微笑み、アイカの支度を済ませると、二人を並ばせるように促す。そして、膝を曲げて視線を合わせ、二人を強く抱きしめた。


「絶対に死なないで」


 それだけ言い残し、母は立ち上がると、二人に玄関へ向かうよう手で示した。


 アイカはトワの右手をしっかり握りしめ、慎重に玄関の引き戸を開けた。



◇◆◇



 引き戸の先に広がっていたのは、見たことのない光景だった。


 燃え盛る炎が村を飲み込み、木造の家屋が次々と音を立てて崩れていく。

 空は赤く染まり、煙が厚く立ち込めていた。

 倒壊した家屋の下敷きになり、ぴくりとも動かない村人の姿も見える。


 アイカは、その光景に足を止めてしまう。


 しかし、左手から小さな力が伝わってくる。

 トワの方へ目を向けると、不安げな顔でこちらを見つめていた。


(そうだ…私はトワと一緒なんだ。私たちも早く避難しないと)


 母親に言われた通り、二人は東側の川辺にある避難所をて目指し中央の広場へと走った。





 中央の広場まで着くと、先ほどの比ではない惨状が広がっていた。


 襲撃者たちが、無秩序に暴れていた。


 周囲には、無惨な村人たちの死体が散らばっている。


 銃で胸を撃ち抜かれた者。

 手足を切断され、だるまのようになって絶命した者。

 棒のようなものが喉に詰まり、目を見開いたまま動かない者。


「助けて……!誰か……お願い!」

「死にたくない……!」


 村人たちの叫び声が辺りに響き渡る中、それでも襲撃者たちは容赦なく人々を蹴散らし、女や子どもを連れ去っていく。


(助けないと、私が――)


 そう思っても体が動かない。

 全身に冷たい汗が流れ、足はまるで鉛のように重かった。

 胸が押し潰されそうで、呼吸すら苦しい。


「早く……動かなないと……!」


 頭では分かっているのに、足が震えて一歩も踏み出せない。心は必死に叫んでいるのに、体が答えなかった。


 そんなとき、ふと視線を感じた。


「お願い、助けて……」


 目の前には、涙でぐしゃぐしゃの小さな少女が立っていた。

 細く震える手をこちらに伸ばし、必死に助けを求めている。

 次の瞬間、襲撃者の手が彼女の腕を掴んだ。


「いや……いやぁああああっ!!」


 喉を引き裂くような絶叫が、夜気を裂き、耳の奥にこびりつく。


 けれど、アイカは足がすくんだままだった。

ただ、突き刺すような視線だけが残った。


 引きずられながらも、少女はアイカを見ていた。

涙と唾液と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、助けを求めて。


(ごめん……ごめん……)


 少女はあっという間に遠ざかっていった。


 アイカはただ、その光景を見つめることしかできなかった。



◇◆◇



 そのすぐ後の出来事だ。


「あれ…君達、珍しい髪色をしているね」


 後ろの上方から、気怠げな声が落ちてきた。

 愛叶が振り返って見上げると、一本の木の枝に男が腰掛けていた。


 いつからそこにいたのか。アイカは全く気づきもしなかった。


 枝はしなりながらも折れることなく、男の体を支えている。まるで彼が宙に浮かんでいるかのようだった。

 漆黒の髪は毛先にかけて緩やかに波打ち、ゆらりと揺れていた。

 翡翠のように冷たい瞳が、じっとこちらを見下していた。

 そして、口元だけでゆるく笑う。

 まるで品物でも眺めるように。


 やがて、枝から静かに飛び降りると、男は無言のま二人に向かって歩み寄ってくる。


 アイカは反射的にトワを背中にかばった。


――この男は、何かヤバい。


 本能がそう告げていた。アイカは全身を強張ら

せ、警戒を強める。

 アイカの体が硬直し、呼吸が浅くなる。

男は品定めを続けるようにまじまじと二人観察した。


数秒の沈黙。


 そして、ふと思い出したように男は口を開いた。


「あ、そうだ。その銀髪に…青い瞳。君たち、大地の神選者(アロス)の子供でしょ!」


 その口調は妙に明るく、場の緊張感とは不釣り合いだった。

そのまま男は話続ける。


「いや〜嬉しいなぁ。まさかこんな場所で別の神選者と出会えるなんて!今日ここまで来た甲斐があったよ」


 男は嬉しそうに話した。


「だ…れ…」


 アイカが警戒を込めて声を絞り出すと、男は「ああ、ごめんごめん」と軽く手を叩いた。


「初めまして。僕は緑の神選者。サクヤ・クオネ言います。よろしくね」


 そう言って男――サクヤ・クオネは、左手を胸に当てて軽く頭を下げた。


神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二話お読みいただきありがとうございました。

今回はプロローグで投稿したのを書き直している部分もあります。

いきなり現れたサクヤ・クオネの目的は…


次回も読んでいただけたら嬉しいです(՞ . .՞)︎



登場人物

イロハ・カコエラ:愛叶の母親。温厚だか怒ると超怖い。村一番の美人。

イヅキ・カコエラ:愛叶の父親。情に厚い。天真爛漫な性格。尻に敷かれるタイプ。

トワ・カコエラ:愛叶の二つ下の弟。温厚で優しい。身体が弱く、寝込みがち。

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