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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
28/91

迷いと矜持

 アオイと、水色髪の少年が向き合う。


 アオイは、レイサの様子にも注意を払いながらも、少年から視線を逸らさなかった。


 襲撃者であっても、命を奪うわけにはいかない。

 それに相手は、まだほんの子ども――


 だが、その子どもは、アオイの命を狙って躊躇なく剣を振るってきた。


 目の前。正面から、一気に来る。


 一直線にアオイへ斬りかかり――ぶつかった瞬間、刃を引いて一歩下がる。

 前のめりになったアオイの懐へ、真下から突き上げるように切り込む。


(そう来るかーー)


 アオイはすかさず剣を片手から離し、逆の手で少年の手首を掴んだ。

 そのまま叩き伏せようとする――が、少年は足を高く上げ、アオイの顔面を狙う。


 咄嗟に身を引く。少年は後転して距離を取った。

 その一連の動きに、わずかな迷いもなかった。


 だが、アオイもすぐに追う。隙を与えない。


 一方、レイサは金髪の少年と剣を交え続けていた。

 お互いに速度と反射神経は互角。しかしレイサの胸中には、僅かな迷いが生まれていた。


(ほんとに……これで、いいの?)


 自分より小さな子どもに、剣を向けるという行為。

 その迷いが、呼吸を乱す。


 キンッ!


 金属音が響いた次の瞬間、レイサの頬を鋭い風がかすめた。

 左手の力が緩み――


 カラン。


 剣が、地面に落ちる。


(――しまった)


 少年が、無言のまま喉元に刃を突き立てようと駆けた。

 その殺気をアオイも察知し、反応する――が、距離が遠い。


(間に合わない――!)


 その瞬間。


 ガンッ!!


 甲高い金属音。剣が弾かれ、宙を舞った。


 何かが、少年の腕を正確に弾き上げたのだ。


 次の瞬間、レイサと少年の間に誰かが立っていた。


「遅くなってごめん。アオイ、レイサ――よく頑張ったね」


 茶色の髪がふわりと揺れる。あどけなさの残る笑顔。

 だが、その背中は大人のそれだった。


「イナト……さん……?」


 レイサが呆然とその名を口にする。

 レイサと少年の間に割って入ったのは、イナトだった。


「うん。でも二人とも、良い連携だったよ。ちゃんと見てたから」


 淡々とした口調で、どこか微笑みすら含んでいた。その無防備なまでの落ち着きに、空気が一変する。

 水色髪の少年も、構えたまま動きを止める。

 アオイが警戒を強める中、静かに状況を確認する。


「……すみません。他の班の確認がまだ取れていません」

「大丈夫だよ」


 イナトはふっと笑った。


「他の二組には、僕より強い人が向かったから」


――その言葉は、静かな自信に満ちていた。

 今度は、少年たちの顔から笑みが消える。


「……おい」

「わかってる」


 金髪の少年が咄嗟に素手でイナトに飛びかかる。

 イナトは一歩下がり、それを軽く躱す。


 少年が地面を蹴り、そのまま森の中へ走る。

 水色の少年も一度アオイを睨みつけ、すぐに後を追った。


 アオイが踏み出しかける。


「アオイ、待って」


 イナトの声がそれを止める。振り返れば、先ほどとは違う――真剣な目だった。


「村のみんなが混乱してる。そっちが優先だよ」


 その言葉に、アオイは小さく頷いた。



◇◆◇



 イオリの左肩にかすめた液体は、じわじわと内部へ染み込むように身体を蝕んでいた。

 自らの身体を使って幾度も毒に晒されてきたイオリでさえ、これはまずいと、直感的に察していた。

掠っただけ――それだけで、体の芯がじわじわと冷えていく。


 (これは……一体なんでしょうか)


 少女の動きは止まらない。二本目の短剣を手に、鎖の間合いを器用に避けながら攻めてくる。

 応戦するイオリの手には汗がにじみ、反応も鈍ってきていた。


 キィン――!


 短剣が掠め、鎖が受け止める。火花は散るが、力の差は明白だった。


「……あーあ、顔に出てるよ?そんなに後輩にカッコつけたいの?」


 少女は楽しげに言いながら、軽く体を跳ねさせるように距離を詰めてくる。


 イオリは笑みを崩さなかった。けれどそれは、すでに余裕の笑みではない。

 足元はふらつき、今にも崩れそうな体を、意地で立たせているだけ。


「ヤバい……!!」


 避難誘導にあたっていたアイカが、咄嗟にイオリの元へ駆け出そうとする。

 それを視界の端で捉え、イオリは心中で叫んだ。


(アイカさん、あなたはまだ避難終わっていないでしょう……!)


「ここまで付き合ってくれたお礼に……後輩の目の前で、ゆっくり殺してあげるね」


 少女がふわりと跳躍し、短剣を構えてイオリへ迫る。


 イオリは残る力を振り絞り、腰の剣に手をかけた。震える腕で構えを取る。いつ倒れてもおかしくない――そんなギリギリの姿勢で。


 そのときだった。


 シュッ――!


 少女の背後から、何かが飛んできた。


「っ……!」


 少女は素早く反応し、横へ身を逸らす。


 その軌道を避けた先に、静かに歩く人影があった。

 木漏れ日を背に、淡い白髪が光をまとって揺れる。 どこか場違いなほど穏やかな表情で、男はゆっくりと二人に近づいてきた。


「ごめん、イオリ。そこに落ちてたから、ちょっと借りたよ」


 剣を片手に、穏やかに微笑むその男。

 白い髪に、守攻機関の制服。そして襟元の銀色の印飾が、陽光にわずかにきらめいていた。


「……いつ戻られたんですか、シアンさん」


 イオリが、苦しげに笑って問いかける。


「隊長がリグラムまで行くって聞いてたからね。帰りの船に便乗させてもらったんだ」


 シアンと呼ばれる男は、軽く肩をすくめて答えた。


「誰、あんた」


 少女が睨みながら吐き捨てるように言う。

 表情には怒りと、わずかな苛立ちが滲んでいた。


「僕はシアン。一応、副隊長やってるよ」


 シアンは自信なさげに、しかし迷いなく剣を構える。

 そして視線をイオリへ向けた。


「イオリ、動ける? 避難がまだ終わってない。アイカちゃんを手伝ってきて」


 その言葉はやさしかった。だが、芯のある声だった。


「……はい」


 イオリは短く答え、ふらつきながらもアイカの元へと向かう。


「副隊長が来るとか聞いてないんだけど……」


 少女が不満げに吐き捨てた。


 しばし、沈黙。空気が張り詰める。

 やがて、少女がつまらなさそうに言った。


「あーもう。飽きた。帰る」

「この状況で、帰れると思ってる?」


 シアンが、静かに剣を構え直す。


「村の避難も終わってないのに、私を相手にしてて良いのー?」


 少女の瞳が揺れる。にこりと笑って、いたずらっぽく問いかける。

 シアンは一瞬、返事をせず、そのまま睨み合った。少女の言葉は間違っていなかった。

 急な混乱、村人たちの避難を優先にしなければならない。

 何よりーー


(イオリは早く治療しないと危ない)


 この少女を相手している間に手遅れになってしまう可能性もある。

 シアン動かなかった。


 そして少女は、ぽつりと呟いた。


「せっかく……サクヤに褒めてもらえると思ったのにな」


 その名前だけを、少女はひどく名残惜しそうに口にした。


 その声に、シアンは反応しなかった。

 少女は、ひとつ笑って手を振る。


「じゃあね、ばいば〜い!」


 そう言い残し、森の奥へと姿を消していった。


 シアンは最後まで気を抜かず、背中が完全に見えなくなるまで、剣を下ろさなかった。



◇◆◇



 ハナネは、船戸からの避難が一段落すると、すぐさま怪我をした村人たちの元へと駆け寄った。

 手早く、そして落ち着いた手つきで応急処置を施していく。


 処置を終えた手を膝で拭い、ふと顔を上げる。視線の先は、船門の先。


――ナサ村に来てから、初めて目にした“襲撃者”。


 明らかに、自分よりも強い相手。

 今、あの向こうでは何が起きているのか。


 その瞳には、不安がにじんでいた。

 そしてその奥には、ほんのわずかにセイスへの心配も滲んでいた。



◇◇◇



 一撃で仕留められる距離にいながら、どちらも崩れない。

 攻めれば返され、押せば押し返される。

 隙を探し合いながら、ただ互いの技と体力を削り合う。


 セイスは、額の汗を拭う暇もない。

 脚は痺れ、腕は重い。陽光が肌を焼き、体力は確実に削られていく。


――それでも、剣を下ろせば終わる。


 その覚悟だけが、今のセイスを支えていた。


 (……いつまで続くねん)


 息を吐くのも慎重になるほど、限界は近い。

 少女は表情ひとつ変えず、淡々と詰めてくる。

 小さな身体から放たれる一撃は鋭く、重い。兵士のような正確さと殺気があった。


 刃が火花を散らす。打ち合いは十合を超えてもなお、勝敗の兆しはない。


 セイスの腕は痺れ、骨が軋む。

 それでも――喰らいつく。


 毒づく余裕もない。ただ、退かない。

 一歩引けば、即死。それだけは本能でわかっていた。


 少女は、無言のままわずかに眉を顰める。

 その目に――「なぜ倒れないのか」という微かな疑問が宿る。


 セイスの唇がかすかに歪んだ。

 それは笑みではなく、呼吸の乱れが形になっただけだった。


「うえぇぇん……開けてよぉ……」


 突然、甲高い泣き声が響いた。


 セイスはすぐさま反応し、視線を走らせる。


――いた。


 船門を叩く、小さな男の子。

 その姿が、戦場の緊張を切り裂く。


(……は、嘘やろ。なんでまだここに……!)


 少女の目も、男の子に向いた。

 そして、迷いなく駆け出す。狙いは――その命。


「っ……!!」


 セイスも体を投げ出した。だが一瞬、遅れた。


 少女はすでに男の子の前に立ち、剣を振りかぶる。



 グシュッ。



一瞬の沈黙――



 少年の身体は――無傷だった。


 すぐ目の前に、セイスの背中があった。

 左腕から背にかけて、大きく裂けた傷が走っている。

 破れた服の隙間から、血がじわりと滲み出し、やがてどくどくと、地面に落ちていく。


「……ハァ、ハァ……っ」


 呼吸は浅く、肩がわずかに上下する。

 剣は遠くに転がり、震える腕で、ただ少年を抱きしめていた。


 斬られると、わかっていて――それでも、飛び出した。

 ただ、その小さな命を、守るために。


 少女は、無言のまま剣を構え直す。

 次こそは、終わらせるつもりだった。


(……なんでこんなガキ庇って、ガキに殺されなあかんのか)


 理不尽に思っても、セイスは動かなかった。

 ただ、少年をしっかりと抱きしめる。その腕に力を込めた。


 終わる――その瞬間。


 ドンッ!!


 船門の上から、何かが飛び越えた。

 それは、鍛えられた体を持つ男だった。


 五メートルはある船門を一蹴りで越え、少女とセイスの間に着地する。


「……遅くなった」


 陽光に黄が混じった橙色の短髪がきらめいた。守攻機関の制服。その胸には、金色の印飾が輝く。


「……隊長……」


 セイスが、力尽きた声で呼ぶ。

 男の名は――ユサ。守攻機関の現隊長だった。


 ユサは、少女をまっすぐに見据える。

少女も無言で睨み返し、すぐに動いた。


 彼女は素早く船門を駆け上り、十メートルの石壁をまるで馴れたように登っていく。


 ユサが追おうとした、その瞬間。


 シュッ――


 少女の手から放たれた剣が、セイスと少年めがけて飛んできた。


「っ……!」


 ユサはすぐさま身を翻し、二人の前に出て剣を弾く。

 鋼がぶつかり、火花が散った。


 その隙に少女は、壁の外側をすべるように降りていった。


 ユサは、最後まで目を逸らさず、その背中を見送っていた。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二七話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎

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