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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
27/91

再禍

 セイスとハナネは、西側の見回りを任されていた。


 西側には市場や学び舎、そして船戸があり、村人たちの往来も多い。守攻機関の本部から北門を経て北北西の森の中、墓所と火送り場を回り、さらに北西の学び舎へと足を運ぶ。


 見回りの間、セイスは必要最低限のことだけを口にした。


「違和感を覚えたらすぐに報告しろ。新米だけじゃ手に負えん事態もある」

「何かあったら、まず村人を最優先。勝手な判断で動くな」


 冷静な口調で語るその背を、ハナネは静かに追いかける。

 彼女もまた、自ら多くを語る性格ではない。ただ無言で、的確に頷いた。


 無駄な会話はなかったが、そこに気まずさはなかった。無言が苦にならない、その沈黙こそがふたりには自然だった。


 次に向かうのは、市場――そう思った瞬間だった。


「きゃーっ!」


 甲高い悲鳴が、船戸の方角から響いた。


「なんや!?」


 セイスが即座に反応し、声の方へ駆け出す。ハナネもその背を追ったが、すぐに距離を開けられてしまう。


(嘘……早い)


 それでも視界からセイスの背を外すまいと、必死に脚を動かした。


「遅い、急げ!」


 前方から、怒鳴り声が飛んできた。セイスは振り返ることなく、さらに速度を上げる。




 やがて船戸が見えてきた。


 群れる村人たち。逃げ惑う人々の間に、倒れた者の姿。荒れた荷物と、散らばる道具。


「……なんや、これ」


 場に到着したセイスは、素早く状況を確認する。そして視線の先に、血の付いた剣を握った少女を見つけた。


 返り血を浴びた小柄なその身体。

 見覚えのない顔。


  ただならぬ気配に、セイスは剣を構えて間合いを取った。

 遅れて到着したハナネが、その異様な光景に息を呑む。


(え……?)


 倒れた村人と、剣を握る少女。

 事態を飲み込めず、ただ立ち尽くすハナネに、セイス の怒声が飛ぶ。


「村人を保護しろ!」


 セイスの怒声に、ハナネの目が大きく見開かれた。一瞬の迷いが吹き飛び、思考が現実に引き戻される。


「人命が先や! 立ち止まっとる場合ちゃうぞ!!」


 さらに飛んできた怒声に背を押されるように、ハナネは迷いなく倒れた村人たちのもとへ駆け出した。

 その動きに反応するように、少女がピクリと動いた。

 ハナネを狙って、一直線に駆け出す。


 カンッ――


 鋭い音とともに、セイスが間に割って入った。

 少女の剣を剣で受け止め、そのまま力で押し返す。

 少女は眉をわずかに寄せただけで、怯む気配はない。

 ハナネはその隙に、村人たちのもとへ駆け寄り、ひとりずつ船戸の外へと誘導する。


「全員避難させたら、船門を閉めろ!!」


 セイスは少女から視線を外さずに叫ぶ。

 ハナネはそれに応えるように、言葉を返さず動き続けた。


(――ただのガキちゃうぞコイツ……)


 剣を一度交えただけで分かる。

 ずしりと重く、迷いのない斬撃。隙のない構えと呼吸。

 年端もいかぬ少女――せいぜい九つか十つ。それなのに。


 バンッ


 セイスは一歩踏み込むと、渾身の力で少女を押し払った。

 少女は無言のまま真っすぐにセイスを見据える。互いに、一瞬たりとも隙を見せない。

 幸い、怪我人は二人のみ。ハナネはすぐに避難を完了させた。

 ちらりとセイスに視線を向けると、すぐに船門へと走り、門を閉める。

 

 少女がその音に反応して振り返った、その瞬間――

セイスが動いた。

 急所を外しつつも、動きを止める一撃。剣が鋭く閃く。


キンッ、カン!!


 少女は反応し、剣で受け流しながらすっと身を引いた。

 その動きは軽やかで、しなやか。それでいて、まるで舞いのような剣筋には、一切の迷いも容赦もなかった。


(速い――無駄がないーー)


 だが、少女の剣もまた、セイスには届かない。


 少女の腕の振り、足の運び、肩の動き――そのすべてを目で追い、意識の先で捕らえる。ギリギリの読み合いの末、セイスは紙一重で攻撃を防いでいた。



 互いに一歩も譲らない。

 もし、ハナネがここにいたとしても――

 この二人の間合いに、足を踏み入れることなど到底できないだろう。


 そして、襲撃を受けたのは、セイスとハナネのいる西側だけではなかった。



◇◆◇



 アオイとレイサは、南側の見回りに向かっていた。


 井戸や共用沐所、伝達版。そして子どもたちが遊ぶ中央広場を通り、作物が育ち、村人たちが暮らす区域へと足を進めていく。


「南側だけでも、見回る場所多いですね……」


 周囲に気を配りながら、レイサが声をかけた。

 アオイも辺りを見渡しつつ答える。


「ああ。三月後には、一日二回、南側だけじゃなく村全体を一人で回ることになる」

「うわ……頑張ります……」


 レイサは、思わず肩を落としつつも気を引き締めた。


「でも、意外と人がいませんね?」

「今は皆、学び舎や作業に出てる時間だ」


 アオイの答えに、レイサは再び周囲へ目を向ける。

 人影のない南側には、微かな風の音だけが吹いていた。


 そんなとき――


「止まれ」


 アオイが片腕を伸ばしてレイサの前に立ち、足を止めさせた。


「え……アオイさん、どうし――」


 その瞬間、森の中から鳥たちが一斉に羽ばたき、騒がしく飛び立った。

 気配を悟ったレイサもすぐに前屈みになり、剣に手をかける。


 パタ、パタ……

 軽い足音。ひとつ、いや――ふたつ。


 姿を現したのは、二人の少年だった。

 年はどちらも七、八歳ほど。水色の髪と金髪の、見 慣れぬ子どもたち。


 だが――笑っていた。にやにやと。

 まるで、自分たちの勝利をすでに確信しているかのように。


(……子ども? だが、ただの子どもじゃない)


 アオイは、すぐに判断を下した。

 この子どもたちが、戦える者だということを。それも、手強い。

 ちらりとレイサに視線を向ける。

 その未熟さでは、この相手はまだ荷が重い。


「レイサ、戻れ。皆に襲撃者が来たことを伝えろ」


 襲撃がここだけとは限らない。

 ならば、ここで戦うよりも、仲間を呼び、避難を急がせる方が――と、アオイは冷静に判断した。


 だが。


「俺も援護させてください! 相手は二人です、こっちも二人の方が戦えます!」


 レイサは、目を見開いて言い切った。

 両手で剣を握りしめ、立ち位置を崩さない。

 その瞳に、逃げる意志はなかった。


「……分かった」


 一拍置いて、アオイが応じる。

 その声は、僅かにやさしく、そして力強かった。


 ジリジリとした気配が肌に刺さる。

 アオイは静かに、だが鋭く目の前の少年たちを見据えた。

 レイサもまた、わずかな動きすら見逃すまいと、緊張をまとって構える。


 次の瞬間――アオイが動いた。


 狙いは、水色の髪をした少年。動きの精度と気配の鋭さから、明らかにこちらが手強い。


(足を狙えば、動きは止められる)


 アオイは地を蹴り、低く身を滑らせるようにして踏み込む。

 刃先が少年の脚を捉えかけた――その瞬間。


 少年の体が、ふわりと宙を舞った。


 まるで羽でも生えたかのような軽やかさで、アオイの頭上を越え、背後へ回り込む。

 すかさず振り下ろされた剣が、アオイの背に迫る――!


 しかし、アオイはそれを読んでいた。


「……!」


 背中越しに剣を構え、振り返ることなく受け止める。

 金属がぶつかる硬い音。火花が散った。


「アオイさんっ!」


 その瞬間、レイサが声を上げる。

 だがそれすら合図のように、金髪の少年が一気に距離を詰めてきた。

 構えた剣が、レイサの腹部を横薙ぎに狙う。


「くっ……!」


 咄嗟に身体をひねり、紙一重でかわす。

 だが少年は即座に姿勢を切り替え、今度は下から上へ――レイサの顎を狙って剣を突き上げた。


 キィィィンッ!


 レイサは反応する。二本の剣を交差させ、その軌道を正面で受け止める。

 衝撃が腕に響く。だが、止めた――

 そのとき、少年の片足が低く伸びる。

 そのまま、レイサの足元を払うように蹴りを放った。


 次の一手がすぐそこに迫っていた。


 レイサは片足をひねるように半回転させ、同時に二本の剣をぐっと前へ押し出した。

 少年の体勢がわずかに崩れる。

 その一瞬の隙を逃さず、レイサは後方へ跳ねて間合いを取り直した。

 少年もまた、素早く姿勢を整える。


 一方、アオイは渾身の力で水色髪の少年を後方へ弾き飛ばした。

 その間に身を翻して正面を取り直す。

 少年は軽やかに地面を蹴って着地すると、片手で剣をくるりと回しながらアオイを見る。


(セイスとイオリの方は……無事だろうか。もし同じ状況なら、村人が集まる東側は危険だ)


 アオイは眉をひそめ、再び目の前の少年に意識を集中させた。

 次の一手に備え、静かに構えを取る。



 ……そして、東側でもまた――

 村人の避難が始まろうとしていた。



◇◆◇



 セイスとアイカは、東側の作業小屋が並ぶ道を歩いていた。


 守攻機関本部を出て、北東の森をまわり、飼育小屋を越えた先。

 東の森沿いには、村人たちが働く作業場がいくつも並んでいる。


「人がいっぱいいる!」


 アイカが目を輝かせながら声を上げる。

 イオリは前を向いたまま、穏やかな口調で応じた。


「はい。今は作業の時間帯ですからね」

「こういうときは、森沿いを歩くと邪魔にならずに済みますよ」


 イオリは村人に手を振りながら、歩みを緩めることなく続けた。

 アイカはうなずきつつ、ふと地面の足跡に目をとめた。


「……子どもが遊んだのかな?」


 軽く前に出た瞬間――


「アイカさん!それは子どもの足跡ではありません!」


 イオリの声が鋭く響いた。

 ピタリと足を止め、アイカが振り返る。


「あ、みーつけたぁ」


 砂利を踏む音とともに、森の奥から少女が現れた。

 水色の長髪に、紫の瞳。口元には人形のような笑み。


(気配を一切感じなかった……おそらく強いですね)


 イオリの目がわずかに細められる。

 アイカは驚きに目を見張ったが、すぐに斬槍を構えようとした。


 だが、それより早くイオリの声が飛ぶ。


「アイカさんは、後ろにいる方々を避難させてください。ここには、大勢人が居ますから」


 振り向けば、こちらを不安げに見ている人々の姿。

木材を抱えたまま硬直する男、布を干していた手を途中で止めた女性。

 誰もが作業の途中だった。日常の中に、突然異物が入り込んだような空気。

 相手の気配の異質さを前に、アイカは一瞬戸惑った。


「大丈夫です。避難が無事に完了して、皆さんの安全が保証されたら――戻ってきてください」


 イオリはいつも通りの笑顔を浮かべたまま、まっすぐにアイカを見つめていた。


「……っ分かった」


 アイカは何か言いかけたが、こくりと頷くと村人たちの方へ駆けていく。

 イオリはその背を見送りながら、再び少女に向き直った。


(さて……どうしますか)


「すご〜い。そんな顔できるんだ。内心じゃ、ものすっごく焦ってるくせに」

「後輩の前で取り乱すようじゃ、先輩失格ですから」


 淡々と返しながらも、イオリは少女を観察する。


(見た目は十六歳前後……)


「今年で十七だよ」


 イオリの思考をなぞるように、少女が微笑む。


(紫の瞳……)


 記憶を手繰る。

 かつて実家にあった資料で読んだ、魔女の神選者(アロス)には「人の心を読む紫の瞳」があるとされていた。


(心を読む、ですか……)


 イオリは内心で微笑んだ。


(私とは、最悪の相性ですね)



 イオリは、笑みを崩さずに少女を見つめていた。

警戒はしている。だが、その内心を一切、表に出さない。


「えー、来ないのー?」


 少女が軽く首を傾げる。

 挑発というより、どこか退屈そうな声。子どもらしい笑顔の裏に、異質な圧力が張りつめている。

 イオリは応じない。

 ただ静かに、研ぎ澄まされた視線を少女へ注ぎ続けた。


「……じゃあ、こっちから行くね?」


 少女が屈んだ、次の瞬間――


 イオリは腰の袋から細い鎖を引き抜き、少女の進路を塞ぐように放った。


 ヒュッ!


 だが少女は、すでにその軌道を読んでいた。


「――甘いよ?」


 まるで風に乗るように、ふわりと宙を跳ぶ少女。

 軽やかに鎖をかわし、砂利が跳ねる音だけが残る。


 わずかな滞空の間に、イオリは細針を抜く。

 狙いは足――しかしそれすらも、少女は体をひねって避けた。

 針も鎖も、まるで通じない。


(まるで、跳ねる兎のようですね)


 柔らかな跳躍。重力を感じさせない足取り。

 あどけない顔には似合わぬ、鍛え上げられた運動神経。


 少女が短剣を抜いて詰め寄る。

 イオリは剣を抜かず、鎖で応じる。

 絶対に間合いには入れさせない。


 キンッ、キンッ!


 金属音が空を裂き、鎖と短剣が火花を散らす。

 視線の端には、まだ避難を終えていない村人たちの姿がある。


 少女を止められなければ、ここにいる全員が危険に晒される。

 だが――

 彼女の動きには無駄がなく、呼吸も戦いに溶け込んでいた。

 この戦いに、迷いは一切ない。


 焦燥を押し殺しながら、イオリは再び笑顔を浮かべた。


「――なかなか、楽しそうですね」


 そう言いながらも、鎖を緩めることはない。

少女の刃が届くその瞬間まで、決して崩れない。


 たとえ、その足元が崩れかけていようとも――。


 だが、次の瞬間。

 少女が背中に隠していたものを取り出した。


 それは、黒く鈍く光る――拳銃だった。

 見た目はごつく、異様な存在感を放っていた。

 狙いの先は、イオリ……ではない。

 その奥にいる、村人たちへと銃口が向けられていた。

 イオリの瞳がわずかに見開かれる。


(……あれは、普通の銃ではない)


 直感が、そう告げていた。

 少女が跳躍と同時に、引き金を引く。

 イオリは反射的に鎖を伸ばし、射線を防ごうとする。

 だが、咄嗟の防御に一瞬の隙が生まれた。

 その隙を、少女は逃さない。

 視線が逸れた刹那、短剣が投げられる。


(しまっ……!)


 鎖を持っていた片肩をかすめた瞬間、刃が肌をなぞっただけなのに、焼けるような熱が弾けた。


「……っ」


 一拍遅れて、肩から先の感覚がじわじわと鈍くなる。普通の毒とは違う――そう直感が告げていた。

 肩を押さえながら、イオリは再び少女を見る。

 少女は、嬉しそうに笑っていた。


(……本当に、相性最悪ですよ)


 イオリもまた、負けじと笑みを返す。


 イオリに、余裕なんてもうなかった。

 それでも後輩に、絶望を見せるわけにはいかない。

 痛みを押し殺し、イオリは――微笑んだ。


神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二十六話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎

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