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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
26/83

初めての見回り

 初めての訓練が終わった暮刻(ぼこく)


 アイカたちは備えの間に木刀を片付け、守攻機関の本部を後にした。

 先に帰ってしまったハナネの背中を見送った後、アイカはふと北東の森が気になった。


「どうした?」


 途中まで一緒に帰ろうとしていたレイサが、アイカの視線の先を見て声をかける。


「ごめん、今日は先に帰ってて。私、ちょっと森の中を見てくる」

「そっか、わかった。じゃあ、また明日な」


 レイサは不思議そうにしながらも笑顔で手を振り、自分の家へと歩き出した。

 アイカも軽く手を振り返し、一人で北東の森へ足を踏み入れた。





 だいぶ陽は傾き、森の中は薄暗くなっている。風に揺れる木々のざわめき、獣たちの足音が響くなか、自然の音とは違う何かがかすかに聞こえた。

 アイカはその音の方へ歩みを進める。

 すると、黒紫の髪が揺れ、木刀を手にした影が森の中で激しく動いていた。


 セイスだった。


 彼の動きは無駄なく、隙がまったくない。これまで会話した姿とはまるで別人のように、真剣な目をしてた。でも暗闇の中で鋭い目が光る。その瞳に誰もが畏怖するだろう。


 アイカはその姿に目を奪われた。


 しばらく見つめていると、急にセイスの動きがぴたりと止まる。


「……いつまで見とんねん。悪趣味やな」


 セイスはアイカに目も向けず、淡々と吐き捨てた。

 アイカは驚いた。いつの間に自分の気配に気づいたのか。

 気を張って近づいたつもりだったが、それでも見抜かれていたのだ。


 セイスは振り返り、アイカの方を見る。


「何しに来たん? 今日はもう終わったはずやろ」

「あの……森が気になって……」


 アイカは、声が焦る自分に気づく。

 その様子を見たセイスは気だるげに視線を逸らした。


「こんな暗がりで、いつも一人でやってるの?」

「……だったらなんや?」


 アイカの問いに、短い間のあと、セイスが低く問い返す。


「なんで?」


 アイカは単純に聞きたくなった。

 深い理由などない。

 でも、どうしても聞きたくなった。

 だって、さっきまで見ていたその背中が、どこか寂しそうで、何かを背負っているように見えたから。


「普通に訓練してたら、あんな“異常者”どもに勝てるわけがないやろ」


 セイスの言葉に、アイカは心の中で“異常者”がアオイやイオリのことだと察した。

 けれど、強さに自信があるように見えていたセイスが黙々と一人で鍛えているとは思わなかった。


「邪魔してごめん」


 そう言い残し、アイカは森を出ようとした。


「……チッ、待てや」


 背後から舌打ちとともに声がかかり、足が止まる。


「お前、他の奴らはどうした?」

「もう帰ったよ」


 答えに少し考え込むセイス。

 ため息混じりに木刀を持つ手を頭の後ろに回し、髪を乱す。


 そして、ゆっくりとアイカに近づく。

 その気配に、アイカの背筋がぴくりと反応した。


「え、なに、いきなり」


 セイスの無造作な足取りはゆるやかだが、どこか迫力がある。気づけば距離は思った以上に近く、アイカは思わず一歩だけ身を引いた。


「こんなガキ一人で帰らせて、迷子にでもなったら……後で隊長に怒られんの、どうせ俺やろが」

「は? 私、もうガキじゃないし。春誓の儀も終わったんだから!」


 アイカは怒り気味に言い返す。


「はいはい、そうですか」


 セイスは一歩前に出て、面倒くさそうに返した。

 舐めた子ども扱いされる背中に、アイカは怒りの視線を注いだ。


 セイスはふっと視線を横に逸らした。

 何も言わなかった。

 けれど、アイカには見えないその背中の輪郭が、かすかに緩んだ気がした。



◇◇◇



 翌日の朝刻ちょうこく


 守攻機関本部の前には、アイカたち三人の姿があった。

 彼女たちのほかには、アオイ、イオリ、セイス、そしてイナトも揃っている。

 前に立ったイナトが、明るい口調で口を開いた。


「今日は、組を作ってそれぞれ見回りに行ってもらいます」

「見回り……?」


 アイカが首をかしげると、イナトは頷きながら説明を続けた。


「うん。守攻機関の隊員は、毎日村を回って異変がないかを確認してるんだ。三人も、それは知ってるだろう?」


 問いかけに、三人はそれぞれ小さく頷いた。


「ただ、入隊したばかりの隊員はまだ仕事にも環境にも不慣れだから、最初の三ヶ月間は第一部隊の先輩と組んで任務にあたるんだ。月ごとに担当が変わって、見回りや北門での警備、村人や来訪者への対応。そして実力の底上げをしてもらう」


 淡々とした説明の中にも、イナトの配慮がにじんでいた。


「今は、ユサ隊長が村長の護衛任務で村を離れていてね。第一部隊の在村メンバーもこの三人だけだから、北門の警備は役場の方が一人交代で見てくれてるんだ」

「え……父さん、いないの?」


 レイサが驚いた様子で問いかけた。

 すると、イナトはやや真剣な表情でレイサに向き直った。


「レイサ。隊の中では、私的な呼び方は控えよう。“父さん”じゃなく、“ユサ隊長”だよ」


 その言葉に、レイサはハッとした表情を浮かべ、慌てて口元を押さえた。


「……すみません」

「うん、気をつけてね」


 イナトは柔らかく微笑んだあと、言葉を続ける。


「ちなみに、ユサ隊長は昨日の宵刻(よいこく)、タイガ村長と一緒にリグラムへ向かったよ。報掲ほうけい、見てない?」


 その名を聞いた三人は、そろってぽかんとした顔を見せた。

 イナトは首を傾げると、今度はアオイたちの方を向いた。


「三人に、報掲のこと……まだ伝えてなかった?」


 すると、アオイが少し申し訳なさそうに応える。


「……すみません。忘れてました」

「まったく……」


 イナトはため息をつきつつ、腰に手を当てた。


「報掲は、大部屋の壁にある連絡板のことだよ。伝達版とは違って、守攻機関だけの情報が貼り出されてる。誰がどこへ任務に向かうか、数日後の担当、隊長からの伝達など、色々な情報が記されてるから……来たらまず最初に確認するように」


 三人の表情が引き締まったのを見て、イナトはひと呼吸置いた。


「分かった?」

「はい!」


 アイカとレイサが元気よく手を挙げる。


「……はい」


 ハナネも、静かにだがきちんと返事をした。

 その様子に、イナトは小さくうなずき、満足げに微笑む。


「じゃあ、組を発表するね」


 三人の表情にわずかな緊張が走る。


「まずは、セイスとハナネ。次に、アオイとレイサ。最後が、イオリとアイカ。この三組で、最初の一月を過ごしてもらいます」


 名前を呼ばれたアオイたちが、それぞれの新米のもとへ歩み寄る。


「よろしく!イオリ……先輩!」

「はい。よろしくお願いします。あと……イオリで構いませんよ」


 少し緊張混じりに、けれど明るく挨拶するアイカに、イオリも柔らかく微笑んで答えた。


「一月、しっかり学ばせてもらいます!」

「分からないことがあれば、すぐに聞いてくれればいい」

「はいっ!」


 一方、レイサも満面の笑みでアオイに挨拶をする。アオイは静かに頷き、言葉を返す。


 そして――


「……」

「……」


 無言のまま睨み合う、ハナネとセイス。


 その場にいる誰もが、思わず二人に視線を向けていた。

 重苦しい空気が、ほんのわずかに張り詰めていく。


(……あの二人で、本当に大丈夫だろうか)


 誰もが心の中でそう思わずにいられなかった。

 イナトも、苦笑まじりに二人の様子を眺めている。


(セイスは、力も技術も申し分ない。混乱の中でも冷静に状況を判断できるし、ハナネと組めば互いに学ぶことも多いだろう。……性格を除けば)

(どうか、うまくいきますように)


 祈るような気持ちで、イナトはその背中を見守った。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二十五話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎


朝刻(ちょうこく)→午前六時から九時。

暮刻(ぼこく)→午後六時から七時。

春誓(しゅんせい)の儀→十五歳となり、芽吹きの月に学び舎を終学する儀式。卒業式みたいな感じ。

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