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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
25/91

訓練

 気づけば、正午を過ぎていた。


 長く続いた説明を終え、ようやく休憩の時間となる。

 三人はそれぞれ、持参した飯箱と飲みのみつぼを机に並べた。


 アイカとレイサの飯箱は、竹で編まれた素朴なもの。中には麦米の握り飯が二つずつ、きれいに詰められている。

 一方、ハナネの飯箱は滑らかな木製。飲み壺は重厚な鉄製で、中には温かい湯が入っている。

 そしてその飯箱の中には、半分に詰められた麦米。その隣に焼いた魚と野菜、彩りのいい卵巻きまで添えられていた。

 その手際のよさを感じさせる内容に、思わずアイカが目を丸くする。


「それ、ハナネが作ったの!?」


 身を乗り出して尋ねるアイカに、ハナネはぴしゃりと視線を返した。


「だったら何?」


 冷たく、氷の刃のような声。

 だが、アイカはまったく動じず、満面の笑みで言った。


「え、すごい!めっちゃ美味しそう!ハナネってご飯作るの上手なんだね!」

「……え?」


 その言葉に、ハナネの目が一瞬だけ揺れる。

 嘘でも皮肉でもない、あまりに真っ直ぐな褒め言葉に、彼女の中で何かがかすかに崩れそうになった。

 だが、それを自分で押し留めるように、すぐに視線を逸らす。


「……褒められることじゃない」

「いやいや、ほんとすごいよ!この卵巻きどうやって作ったの!」


 アイカは楽しそうにぐいぐい話しかけるが、ハナネはそれに返事をせず、黙って箸を取り飯箱へと向き直った。

 レイサはそんな二人のやり取りを横目に、自分の握り飯に黙々と集中している。


 机の上に、互いの温度が交わらないまま、静けさだけが落ちていた。





 食後。


 三人は備えの間から木刀を取り出し、北東の森へと向かった。

 イナトから「午後は森で訓練するから、木刀を持ってきてね」と言われていたのだ。


 森の入り口には、すでにイナトが立っていた。風に揺れる木々のざわめきの中、彼は三人を見つけて軽く手を振る。


「あっ、来たね!」


 相変わらずの朗らかな笑顔――そのまま、さらりと告げる。


「午後は、三人の実力を見せてもらいます! 実戦形式でね!」

「えっ、戦うの!?」


 アイカが驚いて声を上げると、イナトは軽く頷いた。


「うん。どれくらい動けるか、今のうちに見ておきたいしね。もちろん怪我をしない程度に。今回は神選者アロスの力は禁止。純粋な体術と武器だけで」

「了解」


 レイサは気楽そうに肩をすくめ、木刀を肩に担ぐ。


「じゃあ、最初はアイカとレイサ。出てきて」


 イナトが手を差し出すように言うと、二人は無言で頷いて前へ進む。

 互いに木刀を構え、一定の距離を取って向き合った。


 森の風が、わずかに葉を揺らす。


 緊張と沈黙が空気を満たす中、イナトの声が響く。


「それじゃあ、始め!」


 


 空気が変わった。


 風を裂く音が一閃――先に動いたのはレイサ。


「っ!」


 低く踏み込み、アイカの足元を狙って木刀を振り下ろす。


 ガンッ!


 だがアイカも即座に木刀を地面に突き立て、衝撃を受け止めた。その反動を利用し、逆足でレイサの左腹部に蹴りを放つ。


「うおっ」


 レイサは反射的に身をひねり回避。その隙を突いて、アイカが木刀を振り上げる――が、レイサもすかさず防ぐ。

 木刀がぶつかり、乾いた音が森に響く。

 互いに一歩も引かず、目線すら逸らさない。


 ハナネは、ただ静かにその様子を見つめていた。

 目を逸らすことなく、まるで何かを確かめるように。


 再び構え直した二人。

 呼吸が整っているのが分かる。緊張の中に、集中が漂っていた。


 レイサが今度は正面から踏み込む。斜めに振りかぶった木刀が、アイカの肩を狙う――


「甘い!」


 アイカは腕を伸ばして、素手でその攻撃を受け止めた。


「……!」


 ハナネの瞳がかすかに揺れる。

 それは、二次試験の時に見た、アオイの技――アイカがそれを“模倣”しているように見えた。


 そしてもう片手で拳を握り、レイサの腹部へと突きを入れようとする。


「……っ!」


 レイサが危険を察知し、瞬時に木刀を捨て距離をとった。


 その動きの直後ーー


「そこまで!」


 イナトの声が、森に澄んだように響いた。

 イナトが静かに歩み寄り、二人の間に立った。


「いい動きだったよ。ちゃんと力を抜かず、でも相手を傷つけることもなかった。……想像してたより、ずっといい仕上がりだね」


 その言葉に、二人はほっとしたように近くの地面に腰を下ろす。

 額から流れる汗が頬をつたい、呼吸の音が白い吐息になって揺れた。

 イナトは、そんな二人をにこやかに見守りながら、心の中で呟く。


(速さや反射は、やっぱりレイサが上だな。動きのキレもいい。けど、力は圧倒的にアイカ。正面からぶつかったら、レイサでも押し負ける)


 評価する目は柔らかいが、その観察は正確だった。


 しばらくの休憩を挟んだのち、イナトがそっと声をかける。


「じゃあ、次は……ハナネとレイサ。レイサ、いける?」


 肩を回しながら、イナトが尋ねる。


 レイサは息を整えながらも即答した。


「いけます」


 先ほどの疲れを引きずらないその様子に、イナトは満足げに頷いた。


 一方、名前を呼ばれなかったアイカは、ちょっとだけ唇をとがらせた。


「えー、私もう終わりなの?」


 不満げな声を漏らしながらも、彼女は素直に退き、今度はハナネと交代する。

 アイカが腰を上げ、ハナネとすれ違いざまに軽く笑いかけるが――ハナネはそれに反応せず、静かに前へと進む。

 入れ替わるように、再び場に張り詰めた空気が戻ってきた。


 ハナネとレイサ。二人の視線が交わると、辺りの木々のざわめきすら遠く感じられた。

 レイサとハナネが向かい合う。空気がぴんと張り詰めた。


 風が葉を揺らし、木漏れ日がふたりの足元に差し込む。


「それじゃあ、始め!」


 イナトの合図と同時に、レイサが鋭く地面を蹴った。


(来る──っ)


 木刀が一直線にハナネの肩を狙う。

 さっきの戦いで疲れているはずなのに、レイサの動きはまったく鈍っていなかった。


(速い……!)


 ハナネは防ぎきれないと判断し、一歩だけ後ろへ退く。木刀はギリギリで彼女の袖をかすめた。


(避けられた?)


 レイサが少し目を見開く。

 一方で、イナトは静かに観察していた。


(反応はできるか……)


 ハナネは無言のまま、次の一手を読むように相手を見つめている。


 レイサが再び仕掛ける。

 先ほどよりもさらに速度を上げて。


 ハナネの脳裏に、アイカとの試合がよぎった。

 ──右からの攻撃には鋭く反応していたが、左からのときだけ、ほんのわずかに遅れる。


(……左目が見えにくい?)


 確信に変わったハナネは、わざと大きく右へと移動する。視界の外へ回り込むように。


「っ!」


 レイサが振り向いた。しかし動きにほんの一拍の遅れがある。


(やっぱり……)


 ハナネが木刀を構えた、まさにそのとき──

 レイサが体を浮かせ、的確にハナネの木刀の持ち手近くを蹴り飛ばした。


 ガンッ!


 バランスを崩した木刀が宙を舞う。


 そしてすぐに、自分の木刀をハナネの顔の前へ突きつける。


「そこまで!」


 イナトの声が森に響くと、ふたりは動きを止めた。


「はあっ、はあっ……」


 レイサが軽く肩で息をしながら木刀をおろす。


「やるじゃん、ハナネ……まさか避けられるとは……アイカですら時々反応が遅れるのに」


 ハナネは無言でレイサを見つめた。

 ただ、冷えた瞳の奥には、わずかに闘志のような光が揺れていた。


 イナトがふたりに歩み寄る。


「いい読みだったね、ハナネ」


 ハナネは何も言わず、肩の埃を軽く払う。


(……まだ力も反射も足りないけど、考える力なら、あのふたりに負けていない)


 それを見ていたアイカは、目を丸くしながら思った。


(やっぱりハナネも強いんだな……)


 一方で、レイサは左目のあたりをそっと手で押さえ、小さく苦笑する。


(まいったな……気づかれてたか。隠せてると思ってたのに)


 イナトの目が静かにレイサをとらえた。


(左目……眉の下に、薄い傷跡。過去に大きな怪我を負ったのかもしれない。もしかすると、視界が狭いのか……)


 だがイナトはそのことには一切触れなかった。ただ、じっと見守るだけだった。守攻機関では、最初の三ヶ月間は第一部隊の先輩と組を組み、見回りや訓練を通じて力を高めていく。

 今回の訓練は、その初月の“組み合わせ”を決めるためのものだった。


(さて……誰と誰を組ませるか)


 そう考えたあと、イナトはふっと口角を上げた。


 イナトの胸の内に、三人それぞれの“適所”が静かに描かれていく。

 そして翌日――三人の組が、発表された。


神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二十四話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです꒰ᐡ- ‧̫ -ᐡ꒱

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