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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
24/83

お勉強 リグラム

 朝刻、アイカたちは第二部隊室へ来ていた。


 左側にアイカとレイサ、右側にハナネが座っている。机の上には、数冊の書物と紙、それに墨木がぽつんと置かれていた。

 部屋の奥には、イナトがいつものにこにこ顔で立っている。


「それじゃあさっそく、三人にこれから何を教えていくか、説明していくね」


 明るい調子でイナトは軽やかに口を開いた。


「まず一つ目は、礼儀作法の指導。守攻機関って、けっこう“上の人たち”と顔を合わせる場面が多いからね。態度や言葉遣いで失礼があっちゃまずいんだ」


 そう言いながら、ちらりとアイカの方を見やる。


「特にアイカ。村の中ならまだしも、外からの偉い方が見てる前でアオイたちにタメ口はダメだよ。彼らは君たちの“先輩”なんだからね?」

「はーい……」


 アイカは、ちょっとばつの悪そうな顔で手を挙げた。

 レイサが呆れたような顔で肩をすくめる。


「それで、二つ目は──他の地域について教えること!」


 イナトは楽しそうに声を弾ませて、後ろの吊るされた大きな紙をちらっと振り返った。


「ハナネはもう知ってると思うけど、ナサ村と他の三つの地域って、文化もルールも全然違うんだ。第一部隊の補佐として外に出る機会もあるから、ここを理解してないと困ることになるんだよね」


 イナトは指を一本ずつ折りながら、三つの地域の名前を挙げていく。


「まず《ノルヴェエル》。ここは一番発展してて、高貴な家柄とか名家がたくさんある。金と権力が全てとも言われている」

「次に《ユーレナ》。北の寒い土地。一年中雪が降ったりしてて、信仰や古い風習が今でも色濃く残ってる。神血(イコル)も濃いって言われてるね」

「最後に《リグラム》。ここは学問と技術の街。神選者の研究とかも盛んで、文化も知識も進んでる。好奇心のかたまりみたいな場所」

「ここまでは、アイカやレイサも学び舎でざっくり習ったと思う。でも、細かい違いを知らないままだと、外に出たときにマナー違反とか文化の違いで争いになる。だから今のうちに、ちゃんと頭に入れてもらうよ!」


 イナトは軽く笑いながらも、しっかりと三人の目を見てそう言った。

 その明るさに反して、アイカはちょっとだけうんざりした顔をする。


(……また覚えること増えた。無理……)


 記憶力があまり自慢じゃないアイカにとって、すでに先が思いやられる内容だった。


「じゃ、今日はリグラムからいこうか」


 イナトは墨木を手に取り、吊られていた紙にさらさらと文字を書き始める。墨の香りがほのかに立ちのぼった。


「リグラムは、学問と技術が盛んな研究地域。神選者(アロス)の力ついての謎や神血(イコル)の適合者とそうでない者の違い。それを真剣に考えている人たちが集まってるんだ」

「そうなの!?」


 アイカは思わず身を乗り出した。興味があることが顔に出ている。


「首都はけっこう発展しててね。新しい道具や薬、記録技術や通信手段まで、全部リグラムで生まれたものが多いんだ。便利な道具の裏には、地道な研究と努力があるってことだね」


 そう言いながら、イナトは棚の紙束を手に取り、何枚かの記録書を見せてくる。


「……ここは、神選者に関する記録も整ってる。代々記録されてきた『神選者の力』や『契約の形』、そういった情報を、学術的に整理して残してある。だから、リグラムは情報の宝庫かもしれないよ」

「へえ……それはすごいな」


 レイサが感心したように声を上げる。その正面で、ハナネが静かに記録書を見つめている。


「そして、リグラムで有名な家名を二つおしえるね。覚えることが多くて大変かもしれないけど、守攻機関にも深く関わるときがあるから大事なところだよ」


 イナトはそう言いながら、再び吊り下げられた紙の一部を墨木でなぞる。アイカたちは、それぞれ墨木と紙を手にした。


「まずは、《ジェラル家》。この家は、正確には貴族にあたるけど、リグラムの“技術”を象徴する家として有名だよ。今使われている道具や装置の多くは、この家が作ったもの。道具で人の生活を支える、って信念を掲げてて、貴族というより職人集団みたいな雰囲気だね」

「技術って、例えばどんなの?」


 レイサが興味深そうに身を乗り出すと、イナトはにこっと笑って答える。


「一番有名なのはヴォランクだね。炭や薪と水の圧力を使って動く乗り物で、馬や人の力を使わずに動くんだ」

「なにそれ!?」

「すごっ!」


 アイカとレイサが同時に叫び、椅子から立ち上がる。イナトはそれを見て、「落ち着いて」と手をひらひらさせた。


「炭や薪で水を沸かして、その力で動かすんだ。大人数を運べるし、物資の輸送にも使われてる。リグラムの発展の立役者だよ」

「へぇ……」


 二人は感心しきりだったが、ハナネだけは小さくため息をついて、少し冷めた目をしていた。


「じゃあ、次ね。もう一つ忘れちゃいけないのが《セイラン家》」


 イナトがそう言うと、三人の表情がわずかに緊張を帯びた。


「セイラン家は、神選者や神にまつわる研究を何百年も続けてきた家。神血が普通の血とどう違うのか、神選者の力の差や精神的変化など、あらゆる要素を理屈で解き明かそうとしている。知識と記録を何より重んじる、リグラムでも特別な家だよ」

「そうなんだ」


 アイカはしっかりとイナトの話に頷いた。


(ん……?)


 だが、イナトが話して少し間が空いた後、三人は目を見開いた。


(セイラン?)


 その家名には、思い当たる人物がいる。

 思い浮かんだのは、いつも明るくて飄々としていて、何を考えているのかわからないあの男の姿だった。

 アイカたちの表情を見てイナトが声を上げた。


「そう、イオリの家だよ」


 イナトがさらりと言うと、三人は同時に絶句した。


(え、いつもあんな人のことを遊んで楽しむしか頭にないようなイオリが……)


 レイサが、少し引き気味な顔をした。

 レイサの中でイオリの評価は少し偏っていた。


「じゃぁ、すごいんだ」

「見かけによならないのね」


 アイカがイオリを見直したように言う。

 ハナネも続けて口を開いた。

 二人の中でもイオリの評価は偏っていたらしい。

 イオリが聞いたら、笑顔で悲しんだふりをするだろう。


「うん。ああ見えてイオリは、ちゃんとすごい人なんだ。セイラン家は本当に厳しい家で、知識を持たない者や成果を出せない者は、身内でも簡単に切り捨てるって言われてる」


 その一言に、空気が少しだけ重くなった。


(……身内でも、突き放す)


 ハナネのまなざしが一瞬だけ揺れる。目を伏せて、静かに息を吐いた。


 アイカとレイサが黙ってうなずく中、ハナネだけは、心のどこかに引っかかりを覚えたようだった。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二十三話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎

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