守攻機関探検
ユサ、セイス、イナトを残し、五人は守攻機関の本部へと向かっていた。
食事をしていた裏庭を離れたのは、「案内は最初からした方が面白いでしょう?」というイオリの軽やかな提案によるものだった。
守攻機関の建物は、塀土と呼ばれる、土と藁を混ぜて固めた塀で囲まれている。その塀をくぐって中に入ると、左手に伝達板、右手に井戸があり、視線の先には三つの建物が並んでいた。
左端にある一番大きな建物が本部で、やや小さな建物と繋がるように通路があり、通路の奥にはこじんまりとした最後の一棟が控えている。
外観は、柱や梁に凪斫木が用いられ、練り上げた白土に石灰を混ぜた練白壁が、穏やかに陽を映している。
屋根は、瑞木の皮を幾重にも重ねて葺かれており、長い歳月の中で、しっとりとした深い色を宿していた。
「さっそく入りましょうか!」
イオリが楽しげに本部の引き戸を開けると、そこには少し広めの踏み場があった。その先に、正面と左側へと続く廊下が延びている。
「どちらから行きましょうか……」
「奥からでいいんじゃないか」
迷うイオリに、アオイがぽつりと呟き、イオリが頷く。五人は踏み場で革靴を脱ぎ、正面の廊下へ足を進めた。
廊下の壁は、木の枠に晶板をはめた窓がところどころにあり、自然光がやわらかく差し込んでいた。
床には響木が張られており、歩くたびに、乾いた音が清らかに響いた。
まっすぐ奥へ進むと、先ほど裏庭へ出たあたりへと着く。裏庭側には四つの部屋が並んでいて、イオリは左へと曲がり、一番奥の部屋へ向かう。
その途中、アイカがふと裏庭に目をやると、ユサとイナトが何か話している様子で、その側でセイスは日陰で横になっていた。
一番奥まで来ると、床に頑丈そうな引き戸があり、がっしりとした鍵が取り付けられている。
「この下は、罪人を収容する場所です。第一部隊でなければ関係のない場所ですね」
淡々とそう説明したあと、イオリはすぐ近くの小さな部屋の戸を開いた。
「こちらは備えの間です。武器を置いたり、簡単な手入れや手当にも使われますよ」
中へ入ると、右側の棚には薬草や包帯、左側には手入れ道具や武器が並んでいた。そこにはすでに四つの武器があり、二本の剣、一本の細い鎖、そして刃が太く重たそうな剣がひとつあった。
「あの大きのは、セイスのだな」
レイサが剣を見つめているのに気づいて、アオイがぽつりと呟いた。アイカとレイサは「だろうね」とでも言いたげな顔をして、無言で頷き合う。
ハナネは反対側の棚で薬草を見ていた。視線は真剣で、手に取る指先にも迷いがなかった。
「では、次に行きましょうか」
イオリの呼びかけに、四人は廊下へ戻る。二つ目の部屋は、何も置かれていない広めの空間だった。
「ここは、外に出られない時に使う訓練場ですね」
ひととおり眺めたあとはすぐに三つ目の部屋へ移動した。
中央には高さのある机と木製の椅子が四脚。両壁の棚には本が並び、奥の壁には大きな紙が吊り下げられていた。
「ここは、第二部隊の作戦協議や学びの場として使います。何を学ぶかは、後日イナトさんが説明してくれる予定です」
(ここが、私たちの部屋……)
室内を見回していたレイサが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、他の第二部隊の人って……?」
アイカとハナネも、その言葉に目線を向ける。確かに、第一部隊の面々には会ったが、同じ第二部隊の仲間は誰一人として見ていない。
「あ、いませんよ」
イオリがさらりと笑って答えた。
「えっ、いないの?」
レイサが驚きの声を上げる。
「はい。合格できる方が全くいなくて。一月前までは、大勢のいる場所が苦手なようで、セイスがこの部屋を一人で使っていたんですが……三人が来ることになったので、退いてもらいました」
「今の守攻機関は、カコエラたちと俺たちを含めて十人だからな」
アオイが補足するように言うと、三人は思わず目を見開いた。想像していたより、ずっと少ない人数だった。
「では、次へ」
イオリが立ち上がり、四つ目の部屋へ案内する。中はさきほどの部屋に似ていたが、椅子の数が多く、机の上には書類が散乱している。
「こちらは第一部隊の部屋です。ご覧の通り、少し……雑ですね」
そう言って肩をすくめ、イオリは歩き出す。廊下を戻って踏み場に戻ると、今度は横の廊下へ進んだ。すぐに左右に部屋があり、右側には以前通された大部屋が見える。
「そちらは既にお入りいただいていますので、省略しますね」
イオリは左の部屋の戸を開けた。低い机と敷物が二つ、机には筆と墨壺に紙が数枚置かれていた。
「ここは村の方が相談に来たときに使う“対応の間”です」
そう説明したあと、隣の部屋へと移動する。そこには布や食材などが保管されており、緊急時に村人へ支給するための物資が並んでいた。
この物資があったおかげで、七年前には多くの命が助かった。
続いて、物資保管室の正面の部屋へと向かう。
「ここは副隊長室です。レイサくんは見た思いますが、お二人は初めてですね」
中には書物の棚と、高さのある机と椅子。そして、レイサが着ていた服がきちんと畳まれて置かれていた。レイサは少し気まずそうな顔をしていた。
隣の部屋へ進むと、そこは見てきたどの部屋よりも記録の数が多く、棚の色分けがされていた。赤い棚と、青い棚が並ぶ。
「ここは記録室です。守攻機関が調査したナサ村や他地域の記録がすべて残っています」
アイカが目を輝かせて青い棚に手を伸ばそうとしたが、アオイがやんわり止める。
「悪いが、青い棚は第一部隊専用だ。第二は触れない」
「ええ……」
がっかりと肩を落とすアイカ。
「第一と第二の違いって、何ですか?」
レイサの質問に、イオリが笑顔で答える。
「第二部隊は、主に村の中での活動が中心です。村人の保護や、施設の警備、村内での見回りなんかが主な任務ですね。一方、第一部隊は、それに加えて不審者や襲撃者の確保、そして外部との接触や調査、単独での任務も許可されています」
そう言ってから、イオリは少し声を落とした。
「第二部隊も、村の外へ出ることはありますが……あくまで第一の補佐という立場。それだけの実力がまだ証明されていない以上、勝手な判断や単独行動は絶対に許されていません」
「なるほど……」
まだ自分たちはそこまでの実力を認められていないのだと、三人はそれぞれに痛感したようだった。
さらに隣の部屋は隊長室だった。
「こちらはご覧いただいているので省略します」
次に案内されたのは、隊長室の正面――物資保管室の隣の部屋だった。そこも対応の間と似ており、村長や訪問者が来た際に通される場所らしい。
そして、本部の一番奥。隊長室の横には、大きめの焚処があった。
「茶や簡単な食事はここで作れます」
イオリがそう言って、軽く微笑んだ。
こうして、本部の案内はすべて終わった。
◇
五人は繋ぎ道をゆっくりと歩いた。
地面には板が敷かれ、簡素な屋根が雨露を防いでいるため、靴を脱いだまま移動できた。
真ん中あたりで、イオリがふと足を止め、右手を差し出す。
「お手洗いはあちらです。外にあるので、行くときは一度靴を履いてくださいね」
小さな小屋を指さしながらそう告げると、また歩みを進めた。
繋ぎ道を渡り終えると、五人は本部より少し小さめの建物へと入る。
室内は静かで、二つの廊下がそれぞれ正面と右に分かれていた。
今回案内されるのは、正面の廊下だ。
廊下の右手には五つの小さな部屋が並び、左手には大きめの部屋が二つと、小さな部屋がひとつあった。
「右側は女性隊員の住まいです。今は一人だけのようですが」
イオリが説明すると、ずっと少し不機嫌そうに付いてきたハナネが口を開いた。
「守攻機関の隊員って、ここに住むんですか?」
「全員じゃないです。ナサ村では十六歳になる芽吹きの月から、みなしの宿を出ていく決まりがあるので、みなし子で他の家に住めない者や、村の外に家がある人だけがここに住めます」
イオリの言葉に、ハナネが納得したように頷く。
「三人は村に帰る家があるので、ここには住めませんね」
「部屋の中は、ネシュカさんがいない間に勝手に入ったら怒られるので、案内はここまでにします」
そう言ってイオリは笑みを見せた。
三人がまだ会っていないのは、副隊長と、村の外で任務中の第一部隊の二人。
副隊長はアイカとレイサの知り合いだ。
だから、残りの二人の第一部隊のどちらかに違いないと、アイカは思った。
女性の隊員と聞いて、レイサはコンのことを思い出した。
二次試験の結果発表の時、彼の姿を見かけられなかったのが気になっていた。
イオリは左手前の部屋の引き戸を開ける。
戸には、小さな釘が一本、刺さっていた。
中は細かく区切られた空間で、幾つかの籠が置かれている。室内にある引き戸を開ける。
「ここは沐所です」
外壁に面して、一人分がゆったり浸かれる湯槽と、少し小さめの湯槽が並んでいた。
「井戸から水を汲んで、外の焚き口で温めます。大きい湯槽は浸かる用で、小さい方は布を濡らしたり、髪を洗うためのものです」
アイカが尋ねる。
「みんなで使うの?」
「はい。使う人は最初の引き戸に名前を書いた札を掛けて管理しています」
イオリは最初の引き戸に戻り、刺さっていた釘を指差した。
「では、次に行きましょう」
そう告げて、沐所の隣の部屋へ移動する。
「こちらは洗濯場です。布や制服を洗います」
そこには、水を貯めた桶と、灰の入った瓶、香りの強い草を入れた瓶が静かに置かれていた。
廊下に戻ると、イオリは洗濯場の隣にある小さな部屋を指さす。
「あちらは灑掃道具の部屋です。皆が順番に使っているので、三人もお願いしますね」
そう言って笑うイオリに促され、五人は先ほど後回しにした右の廊下へと歩みを進めた。
右の廊下を突き当たりまで進むと、裏庭がちらりと見えた。どうやら本部と同じ構造になっているようだった。
そこには、五つの扉が並んでいた。
「こちらは男性が住む部屋になっています。今は、私たちを含めて四人ですね」
「せっかくなので、クレムさん以外の部屋を案内しましょうか!」
イオリが楽しそうな様子で言いながら、先頭に立つ。
「まずはアオイの部屋ですね!」
一番手前の引き戸に手をかけたその瞬間、アオイが腕を組み、目を閉じたまま呟いた。
「見ても面白くないぞ」
その言葉通り、開かれた部屋の中はとても質素だった。低い机と、板の上に敷かれた布団。小さな棚には書物が数冊、服を入れた籠がひとつ。
「必要なもの以外、何もないね」
ぽつりとアイカが言うと、アオイは軽くため息をついた。
「だから言っただろう」
「では、次は私の部屋です!」
イオリが足取りを軽くさせ隣の部屋へ誘導する。
中は構造こそアオイと同じだったが、棚には薬草やら奇妙な色の液体が入った瓶がいくつも並べられていた。
「これ……」
ハナネが一本の瓶を手に取る。
「ああ、それは毒ですね。神経に効きますよ」
にこやかに答えるイオリの口調に、ゾクリとした空気が流れる。
続いて、三つ目の部屋へ。
引き戸の前に立つと、イオリが声を弾ませた。
「ここはセイスの部屋ですね」
そう言って戸を開けると、そこには紙や書物が机いっぱいに乱雑に積まれていた。
「片付けてないんですね」
レイサが眉を上げると、イオリがフォローする。
「セイスはああ見えて努力家なんです。寝る間も惜しんで学んでいて……」
言葉が終わらないうちに――
ドンッ
大きな音とともに開かれた引き戸の向こう、セイスが立っていた。
片手を戸に添え、怒りに満ちた目で五人を射抜くように睨んでいた。
「お前ら……なんで勝手に、人の部屋入っとんねん」
殺気すら漂うその目に、イオリとアオイ以外の三人は思わず肩をすくめた。
「すみません。後輩たちに案内を……」
イオリが笑顔を浮かべ、体をほんの少しかがめて謝る。
「入る必要ないやろ」
低い、けれど重い声でセイスが言った。
「それに……」
彼はするりと部屋に入り、壁際に立っていたアイカに近づく。
片手をアイカの頭のすぐそばの壁につき、覗き込むように鋭い視線を落とす。
「入隊したてのひよっこが先輩の部屋に入るっちゅうたら、覚悟くらいできとるやろっ……ぐっ」
――ガスッ。
セイスの言葉が終わるより早く、アイカの膝が彼の股の間を正確にとらえた。
「先に向かってきたのが悪い」
アイカは一切の表情を崩さず、淡々と告げた。
「このガキ……っ!」
セイスはわずかに顔をゆがめながら、怒り混じりの笑みを浮かべた。
「ぷっ……」
横ではイオリが腹を抱えて笑いを堪え、レイサは口を押さえて目を逸らしている。
アオイとハナネは、変わらず真顔だった。
「セイス。せっかく格好つけたのに、情けないですよ!」
イオリが堪えきれずに爆笑しながら言った。
「……いい度胸やな」
セイスはイオリに目を向ける。
「セイスも、頑張って後輩に指導してたんだろ」
アオイが真顔で庇うように言うと、
「真剣に言うことちゃうわ!!」
と、セイスが本気でツッコんだ。
「もう出てけ」
そう言い放つセイスの声に、五人は渋々ながらも部屋をあとにした。
こうして、本部とその周囲の案内はひととおり終わった。
少し疲れたような、けれど満足そうな表情で、五人は建物を後にした。
神血の英雄伝 第二十一話
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晶板→ガラス
灑掃→掃除
芽吹きの月→三月




