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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
21/91

三人目の第一部隊

このお話では一部BL要素があります

 セイスという男は、切れ長の黒い瞳で、まっすぐにアイカたちを見下ろしていた。


 その目は、獲物を見定める冷えた獣のまなざし。

 彼の姿を確認すると、イオリとアオイがゆっくりと立ち上がった。

 イオリの手には、小さな木箱が抱えられている。

 木目に触れる指先は軽やかだが、所作には一切の隙がなかった。


 それを見て、ユサも静かに立ち上がる。

 無言のまま、三人のもとへと歩み寄っていく。


 やがて、イオリは三人の前で足を止め、穏やかな声で告げた。


「三人とも、横に並んでいただいてもよろしいですか?」


 そのまま振り返り、にこりと笑って、後方に立つ男に声をかける。


「セイスも、早く来てください」

「……チッ」


 短く舌打ちしたセイスが、首の後ろに手を当て、だるそうに歩き出す。

 前髪は無造作に目の上にかかり、表情を読ませない。その体からは、不気味なほどの静けさがにじみ出ていた。


 日陰では黒に見えた髪は、陽に照らされると紫を帯びていた。

 まるで、夜明け前の空のような、不穏な色――。


 アイカたちは指示どおり横に並び、その様子を確かめると、イオリは木箱の蓋をそっと開いた。


 中には、三つの小さな飾り。

 繊細な花びらのような形の印飾が、色も形も異なって並んでいた。


 イオリ、アオイ、セイスが一つずつ手に取り、

 残った箱はユサへと渡される。


 イオリはハナネの前へ、アオイはレイサの前へ――セイスは無言のまま、アイカの前に立つ。


「第二部隊、入隊おめでとう」


 アオイが静かにそう告げ、三人はそれぞれの襟元に飾りをそっと留められる。


 花びらは三枚が寄り添うように重なり、先端は“く”の字に欠けていた。

 どこか不完全で、それでいて凛とした、そんな形。


 ハナネの印飾は、紫に赤を溶かしたような深い色。

 レイサは、黄の混ざった明るい橙色。

 そしてアイカは春の空を映した、水色の花びら。


「……ブローチ?」


 思わず、ハナネがぽつりと声を漏らす。

 アイカとレイサはきょとんとした顔でその言葉を聞き返した。

 そこへ、後ろにいたイナトが明るい声で説明を加える。


「うん。ナサ村では“印飾いんしょく”って呼ばれてるよ」

「親睦会の日に、先輩から後輩へ印飾を渡すのが慣わしなんだ。これは、守攻機関の一員である証でもあるし、誇りのしるしでもあるんだよ」


 アイカはその言葉を聞きながら、ふと思い出していた。

――確かに、イヅキもこの飾りを襟につけていた。

 彼らに目を向けると、それぞれの襟元にも、同じ形の印飾がついていた。


 アオイは深海のような濃い青。

 イオリは白と黒が混ざり合ったような灰色。

 セイスは、闇に沈むような黒紫。

 ユサは、ひときわ目を引く金色の飾りがついていた。アイカの視線に気づいたのか、イオリが口を開く。


「あ、ちなみに金は“隊長”。銀が“副隊長”の印です」


 そう微笑んで告げる彼の声に、風が少し吹き抜けた。

 襟元の飾りが揺れ、三人の胸の前で、ひとつの輝きを宿した。


「……もう、ええやろ」


 セイスが、明らかに不機嫌そうに目を逸らしながらぼそりと呟いた。その声音には、招かれた場への苛立ちと、興味のなさがありありと滲んでいる。


「そうですね。冷めないうちに、お食事もいただきましょうか」


 イオリが柔らかい声で場をまとめると、アオイ、ユサとともに、それぞれ元の席へと戻っていく。


 セイスも渋々と歩を進め、イオリとアオイの左隣――つまり、ユサと向かい合う位置に腰を下ろした。

 片足をだらりと伸ばし、もう片方の膝を立てて、腕をそこに引っ掛ける。背筋は崩れ、態度は終始けだるい。


「三人は、こっちですよ」


 イオリが、手前側の空いた座布団を指差して告げる。

 その声に、アイカ、レイサ、ハナネの三人はそれぞれ視線を交わしながら、ゆっくりと腰を下ろした。


 アイカは、イオリの正面へ。

 その隣にハナネ、そしてそのさらに隣にレイサ。


――のはずだったが、ハナネはアイカの隣に座るのを露骨に嫌がり、レイサを真ん中へと半ば押し込むようにして着席する。

 結果、アイカの隣にレイサ、その隣にハナネという並びになった。


「……やれやれ」


 レイサは、両隣の空気の違いに肩をすくめながらも、どこか楽しげに苦笑いを浮かべた。


 そのさらに外側、ハナネとユサの間には、気配を読んだイナトがするりと腰を下ろした。

 この場を柔らかく繋ぐための、橋渡しのような位置取りだった。


 机の上には、村の人々が入隊祝いに用意した料理がいくつも並んでいた。

 色とりどりの野菜に、香ばしく焼かれた魚や肉、素朴な汁物や、甘い果実を使った菓子も添えられている。手作りの温もりが、一品一品から静かに伝わってきた。


 八人はそれぞれ、箸を手に取り始める。


 気まずさも、緊張も、微かな笑いも。

 全てが入り混じった空気の中で、親睦会はゆっくりと始まりを告げた。


 ぱん、と静けさを裂くように、乾いた音が庭に響いた。

 それはイオリの手のひらが作った音だった。微笑みを浮かべたまま、彼はひと呼吸置いて口を開いた。


「せっかくなので、改めて自己紹介でもしましょうか」


 その声には、どこか舞台の幕が上がるような、仄かに芝居じみた響きがあった。

 イオリは胸に手を置き、軽やかに名乗る。


「イオリ・セイラン。今年で十九になります。ナサ村に来たのは昨年なので、不慣れな点も多いかと思いますが……よろしくお願いします」


 その言葉の端々に漂うのは、過不足ない礼儀。そして、その笑みの奥には、どこか得体の知れない“深さ”が潜んでいた。


「どうりで見たことないと思いました」


 レイサがぽつりと言うと、イオリは少し目を細め、頷いた。


「それでは次――アオイ、どうぞ」


 隣に座る少年へと視線を向けると、アオイはゆっくりと顔を上げた。

 黒く澄んだ目が、じっとアイカたちを見ていた。


「アオイ。今年で十七」


(それだけかい……)


 アイカは心の中でそう呟く。が、何も言えなかった。言葉の少なさは、アオイの纏う空気を、さらに濃くした。


「ちなみにアオイも私と同じく、昨年ナサ村に来ました。何か聞いてみたいことがあれば、どうぞ?」


 イオリが補足すると、アイカが普通に口を開いた。


「……その髪の色、珍しい。あんまり見たことない」

「よく言われる」


 アオイは視線をわずかに動かし、乾いた口調で返した。

 冷たくもなく、優しくもなく。まるで風が通り抜けたあとの静けさ。


「親が……ユーレナの人?」


 アイカが続けると、アオイは小さく首を横に振る。


「わからない。俺、親いないから」


 その一言で、場の温度が一気に変わった。


 何気ない質問だったはずなのに――否、だからこそ重く響いた。


 沈黙。


 アイカは自分の言葉を悔やむように、そっと視線を伏せる。

 レイサは曖昧な笑みで誤魔化し、ハナネはただ黙って見ていた。

 アオイの表情は変わらない。ただ、そこに“重さ”が確かに残った。


「……では次。セイス、お願いします!」


 イオリが意識的に声のトーンを上げて、空気を切り替えようとする。

 だが、その試みは、次の瞬間に粉々に砕けた。


「……なに、俺に指図しとんねん」


 その声は低く、鋭く。空気の流れが変わるのがわかった。

 どこかで風が鳴ったような気がしたのは、錯覚だったのか。

 セイスの視線は獣のそれだった。鋭く、獲物を値踏みするような色をしていた。

 イオリはひるまなかった。むしろ、愉快そうに微笑んだまま、わざとらしく肩をすくめた。


「もしかして、後輩の前で名乗るのが……恥ずかしいんですか?」


 まるで子どもをからかうような口調に、セイスの瞼が細まる。


「あ?」


 その喉の奥から発せられた音は、言葉ではなく“圧”だった。


「恥ずかしくないのなら、挨拶ぐらいはできるでしょう…?」


 イオリの声音は穏やかだったが、そこには確かな挑発があった。

 ぴり、と空気が張り詰める。誰もが息を呑むのを感じた。

 ユサがわずかに視線を動かす。それに気づいたのか、しぶしぶと口を開いた。


「セイス・クラオス」


 その名乗りには明らかな嫌悪が滲んでいた。イオリへの苛立ちが、声の端に滲んでいた。


「セイスは私と同い年で、生まれも育ちもナサ村なんですよ!」


 イオリが明るく補足すると、レイサが驚いたように声を上げた。


「えっ、そうなんですか!?」

「学び舎で会ってませんでしたか?」


 イオリの問いに、アイカとレイサが顔を見合わせる。少し気まずそうに、レイサが答えた。


「学び舎って通う日が限られてるから会う機会なかったのかも」

「なるほど、そういう仕組みなんですね」


 イオリは頷きながら返したが、その口元にはまた、得体の知れない笑みが浮かんでいた。

 アイカがセイスの方へ顔を向け、首をかしげながら口を開いた。


「……その言葉使い、ナサ村じゃ聞かない」


 鋭くも好奇心に満ちた視線。

 だが、不機嫌そうなセイスは返す気もなさそうに顔を背ける。

 代わりにイオリが軽やかな声で補った。


「セイスのご両親は、リグラムの出身なんです。ノルヴェエルの次に大きな地域ですね。セイスみたいな言葉を話す人もいるんですよ」


 場を和ませようと、イオリは笑みを浮かべる。

 その流れに乗るように、レイサが会話をつなぐ。


「へえー。じゃあ、その……ご両親って、どんな人だったんですか?」


一瞬の間。


 そして、唐突に落とされた言葉は、乾いた石のようだった。


「六年前に死んだわ」


 場が静まり返った。


 風の音すら止まったような気がした。

 レイサの笑顔がかすかに引きつる。

 アイカも言葉を失い、目を見開いた。

 そして――黙っていたハナネがふいに顔を上げた。

 その瞳には、「これ以上空気を重くしてどうするの」とでも言いたげな、鋭い光が宿っていた。


ーーすると、イオリが軽やかに手を叩いた。


「先ほどから空気が重くなりがちなので、ここらで話題を変えましょうか。……そうですね、例えば――異性の話なんてどうでしょう!」


 その場に似合わぬ軽快な声に、数人が顔を見合わせる。だがイオリはおかまいなしに、最初の標的を選んだ。


「まずは、アオイ!」

「……俺は、興味ない」


 アオイはそっけなく答える。だがイオリはにやりと笑い、体を少しアオイの方へ傾けた。


「そう言わずに~」


 しばらく沈黙ののち、アオイはふいに視線を落とし、ぽつりとつぶやいた。


「……子どもみたいな子」


 予想外の答えに、イオリの笑みがさらに深まる。


「おっ、意外性があっていいですね!」


 アイカとレイサも、どこか驚いたように目を見開く。ハナネはちらりとアオイに視線を送ったが、すぐに何もなかったかのように目を伏せた。


「じゃあ、アオイが言われたので、次は私ですね」


 イオリは人差し指で自分の胸を軽く叩く。


「人って、どんな瞬間にも魅力が出ると思うんです。

笑い方が綺麗な人。怒り方が格好いい人。……弱さを、隠さない人」


 少し間を置いて、イオリはレイサに目を向けた。


「……でも、私は“歪んだ人”に、惹かれるかもしれません。あなたのような」


 イオリがするりと立ち上がり、レイサの頬に手を添えた瞬間――

 その場の空気が凍ったように感じられた。


 レイサは目を見開き、動けなくなる。

  二次試験で感じた、あの“玩具を見る目”――レイサはすぐに思い出した。


 アイカはぽかんとその様子を見ていたが、隣でアオイが静かに立ち上がり、イオリの襟元をつまんで引き戻す。


「イオリ。やりすぎだ」

「ああ、すみません。少し調子に乗りすぎましたね」


 イオリは笑って肩をすくめ、席に戻った。その口元に浮かぶ柔らかな笑みは変わらないが、視線の先にはまだ、レイサの顔があった。


「……で、次はレイサくん!」


 イオリの明るい声が空気をかき消すように響いた。


「えっ!? 俺……?」

「サユみたいな子が好きです」


 不意打ちの指名に驚いたレイサは、戸惑いながらも答える。イオリを睨むような視線を向けた。


「妹さん想いなんですねぇ~」


 イオリが穏やかに笑う。その声色はやわらかいのに、どこか探るような響きが混じっていた。

 その笑顔を信じてはいけない。そうレイサの直感が告げていた。――試験のときも、今も、この男は“遊んでいる”。


 セイスは斜めに顔を背けつつ、片目だけをイオリに向けていた。その鋭い視線には、“それ以上はやめろ”という苛立ちがにじんでいた。


 ハナネもまた、何も言わないまま視線だけを向けていた。表情は読めないが、睨むというよりも、冷ややかに観察する目だ。


「じゃあ、次は……アイカさん!」

「うーん……強い人、かな」


 アイカは興味なさげに首を傾げる。


「それ以外は?」

「別に。あんま興味ないし」


 肩をすくめるアイカに、イオリはいたずらっぽく言葉を重ねる。


「でも、アイカさんのお顔立ちなら、きっと異性に言い寄られること多いでしょう?ね、アオイもそう思いません?」


 不意に振られたアオイは、少し考えてから言った。


「……まぁ、言葉づかいを直せば」

「やっぱりぃ~!」


 イオリが無邪気に笑うが、当のアイカは目の前にある蒸し餅に手を付けていた。


「恋とか、めんどくさいし」


 その一言に、誰もが苦笑した。


「では……ハナネさん?」


 イオリが促すと、ハナネは顔だけを向けた。無表情のまま、冷たい声で言う。


「興味ない」


 ぴしゃりと切り落とすような言葉。誰もそれ以上、何も言えなかった。


「最後に……セイス?」


 イオリの声が向けられると、セイスはわざとらしく大きくため息をついた。


「……くだらん」


 低く吐き捨てるようなその声に、言葉が凍りついた。


(……何をこんな話で浮かれてるんや、アホらし)


 とでも言いたげな顔で、杯を静かに置いた。


「こっちは、それでも話したんだけど」


 アイカがぼそりと漏らすと、レイサが苦笑まじりに肩をすくめる。


「まぁまぁ。親睦会なんだから、いいじゃん」


 すると、場の隅で声が響いた。


「食事もだいぶ食べ終わったみたいだし、せっかくなら――後輩たちに守攻機関の中を案内してきたら?」


 ずっと六人の会話を聞いていたイナトだった。


「それはいい案ですね! では、さっそく行きましょうか!」


 イオリがひときわ明るい声で立ち上がる。その顔は、すっかり機嫌が回復しているようだった。

 アイカとレイサは、目の前に並んだ空の器に視線を落とす。片づけはどうするのだろうと、互いに顔を見合わせた。


「器は、俺とイナトで片付けとく。お前らは勝手に行け」


 ユサが茶の入った杯を手にしながら、淡々とそう言った。


「うん、任せて!」


 イナトも軽く手を振って見せる。

 それを合図に、イオリは再び声を張り上げた。


「では、行きましょう!」


 その言葉に釣られるように、アオイもゆっくりと立ち上がる。

 アイカとレイサも、顔を見合わせてから腰を上げた。


「そんなガキの付き添いみたいなことより、ここでのんびり茶飲んでた方がマシや」


 セイスは片眉を上げ、不機嫌そうにそっぽを向いた。

 近くにいるハナネもまた、微動だにせず、座ったままでいる。


だが――。


「ハナネも一緒に行くよ!」


 ハナネが声を上げる間もなく、アイカがぐいっと彼女の腕を組んで立ち上がらせた。


「ちょ、私は行かないって!聞いてんの!?」

 

 ハナネは必死にその腕を振りほどこうとするが、びくともしない。

 レイサが苦笑まじりに、心底お気の毒といった表情でハナネに視線を送る。


(この、バカ力っ……!!)


 ハナネはなおももがくが、アイカの腕は鉄のようにしっかりと巻きついていた。


 こうして五人は、守攻機関の本部へと、小さな探検に向かったのだった。


神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第二十話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎


関西弁が変な箇所あるかもしれません……。

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