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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
一章 始まり
20/83

親睦会



 三人とも誓剣(せいけん)の誓いを終えた。


 ユサは、役場に用事があると先に守攻機関を出ていった。

 すると、イオリがどこか無邪気な声で三人に話しかけた。


「――あ、親睦会は十日後なので、よろしくお願いします!」


 突然の言葉に、アイカたちはぽかんとした顔になる。それを見たアオイが、真面目な口調で補足した。


「新しい隊員が入ったら、今いる隊員も交えて仲良くする会で、正式な行事らしい。俺も去年、似たような形で参加させられた」


(仲良くする会……!?)


 アイカとレイサは、いかにも堅物そうなアオイの口からそんな可愛らしい言葉が出たことに、思わず顔を見合わせる。

 一方、ハナネは目を細めて、あからさまに嫌な表情を浮かべていた。


 三人の反応を面白そうに観察していたイオリが、再び口を開いた。


「ちなみに、君たち三人は強制参加ですよ。その日に制服を配って、先輩たちへのお披露目も兼ねているみたいです」


 “お披露目”という言葉に、ハナネの表情はさらに曇った。

 レイサもわずかに顔を背ける。アイカだけが、特に変わらぬ様子で頷いていた。


「それと――もう一人、第一部隊の隊員も来ますよ?」


 イオリは、まるで餌をまくように軽く言った。

 現在、ナサ村にいる第一部隊は、イオリとアオイを除けば、あと一人だけ。


 三人の空気がわずかに変わった。


 顔つきが引き締まり、それぞれの目に光が宿る。

 まだ見ぬその人物が、どれほど強いのか。どんな戦いをするのか。確かめたいという思いが、三人の中に芽生えていた。


 イオリはその反応を見て、満足そうに微笑んだ。


「そしたら、さっそく制服の採寸をしましょうか!」

「……はい?」


 ハナネが一歩後ずさり、冷ややかな視線をイ

リに向けた。

 その動きに釣られるように、アイカ、レイサ、さらにはアオイまでが、無言でイオリを見つめた。


「え、あ、私はやらないですよ。女性の仕立て屋さんが大部屋に来てるので、そちらで決めてください。」


 イオリは少し焦りながら、手をひらひらと振って弁解した。





 制服の採寸が終わった、大部屋。


 アイカとハナネの家は向かい合っており、レイサも途中まで同じ道を通る。だからアイカは、ごく自然に声をかけた。


「ハナネ、一緒に帰ろうよ!」


 だがハナネは、ゆっくりと体をアイカの方へ向け、一拍の間を置いて、冷ややかな目を向けた。


「……嫌」


 短くそう言い捨てると、振り向いて歩き出す。

 共に戦ったあの日、少しは距離が縮まったと思っていた――それは、アイカの一方的な思い込みだったのかもしれない。


 先ほどもレイサが挨拶をしたが、ハナネは名前を呼び返しただけで、すぐに黙り込んだ。

 誰にも心を開こうとしないその姿は、ただの冷淡さではなく、

 “人に近づくことへの怖れ”のようにも見えた。


 その背中は、氷のように冷たく――それでも、どこか気高く、美しかった。





 ハナネは、一人で先に守攻機関の本部を出ると、建物の影を通りすぎたところで、ふいに声をかけられた。


「採寸は、終わりましたか?」


 横から静かにかけられた声。

 足音に気づかず、ハナネはピタリと立ち止まる。目をわずかに見開いた。

 声の方へ顔を向けると、そこにはイオリがいた。にこやかに、何もかも見透かしたような笑みを浮かべている。


「……なんですか」


 ハナネは目を細め、刺すような視線を向けながら言った。


「私、ハナネさんとずっとお話がしてみたかったんですよ」


 イオリは、笑みを絶やさず、まるで感情を読み取らせないまま言葉を続けた。


「お話?」


 警戒を滲ませながら、ハナネが言い返す。


「ええ――」


 その瞬間、イオリの目がほんのわずかに開かれ、ハナネをまっすぐに見据える。


 風が吹いた。

 草の葉が擦れ合い、どこか不吉な音を立てる。

 言葉の続きを飲み込むように、空気が静かに、重くなった。



◇◆◇



 数日後。


 アイカは、懲りずにハナネに迫り続けていた。


「ハナネー! 遊ぼー!」


 家が向かい合わせという立地もあって、毎日ソウヤの家に通っている。

 レイサもつき合わされてはいるが、同じ守攻機関の同期ということもあり、多少なりとも関わりを持っておきたいと思っていた。


 今日も、アイカとレイサの後ろには、トワ、チタ、サユ、そしてカイがついてきていた。

 カイはトワやサユと同い年で、学びの間で話すことが多く、話題の中心はほとんどアイカのことらしい。


「そういえば、ハナネさんって六人兄妹の長女なんだって」


 サユが言ったのをきっかけに、アイカは以前、試験中にハナネが母の話をしていたことを思い出す。


――でも、父の話は聞いたことがない。


 本人が話さないのなら、聞くべきではない。

 アイカは、そう思っていた。


 そんな中、今日もハナネがなかなか出てこない。

 アイカがどうしようかと首をひねっていると、レイサが何かを思いついたように、拳を打ち合わせた。


「お、いいじゃん」


 レイサがアイカに耳打ちすると、アイカもにやりと笑って頷いた。

 その様子を見ていたカイが、不安げにレイサに問いかける。


「レイサさん……アイカさんのこと、好きなんですか?」


 その瞳は、まるで恋敵を見るかのようにうるんでいた。


「は!? ないない。アイカとはただの腐れ縁だよ」


 レイサは焦って否定する。

 そしてアイカと息を合わせて、大声で叫んだ。


「ハナネちゃーん! だーいすきーー!」

「ハナネちゃーん! だーいすきーー!」


 からかうような声が村に響き渡る。返事はなかった。


 ……失敗か?と思ったその瞬間――


 勢いよく引き戸が開き、ハナネが血相を変えて現れた。


「いい加減にして」


 冷え切った視線を二人に向けながら、はっきりとした声で言い放つ。


「友達なんだし、話そうよ!」


 アイカは笑顔で返した。

 だが、ハナネはその笑みにも目をくれず、吐き捨てるように言った。


「私は仲良くなんてしない」


 そのまま、戸をガンッと強く閉める。

 気まずい空気のなか、カイが申し訳なさそうに口を開いた。


「ごめんなさい。お姉ちゃん、言い方がキツいんですよ」

「うん。知ってる」

「うん。知ってる」


 アイカとレイサは顔を見合わせ、同時に即答した。


「でも、本当は優しいんですよ」


 そう言ったカイに、今度はアイカだけが、穏やかな笑みで返した。


「うん。知ってる」


 本当に冷酷な人間なら、あの時――

 二次試験で、手助けをするようなことはしない。

 アイカは今でも、ハナネのあの行動に引っかかっていた。



◇◆◇



 親睦会の日が訪れた。


 アイカたちは、守攻機関の本部入り口で待っていた。


 変わらず、アイカはハナネに話しかけている。

 そして変わらず、ハナネは尖った声でその言葉を跳ね返した。

 言葉の応酬に、少しだけ周囲の空気がざらつく。


(飽きないなー)


 レイサは、そんな二人のやり取りを横でぼんやりと眺めていた。

 いざとなれば止めに入るつもりだが、今のところは様子見だ――という立ち位置。


 とはいえ、こうして会話を交わすようになっただけでも、ある種の進歩かもしれない。

 心を閉ざしていたハナネが、言葉を返すようになった。それだけでも、この数週間の中で築かれた“なにか”があるのだと思いたい。


 レイサはふっと小さく息を吐いた。


(……ま、気づいてないだろうけどな、本人たちは)


 

 そんな三人の前に、ひとりの青年が駆けてきた。

 近づいてくる足取りは軽快で、まるで遠足にでも向かうかのような陽気さがあった。


 年は二十代前半ほど。茶色の髪が風に揺れ、身長は百七十センチほど。どこか子どもっぽさを残した、屈託のない笑みを浮かべている。


 その姿を見た瞬間、三人の表情が引き締まった。


(……この人が、第一部隊の残りの一人?)


 次の瞬間、男はごく自然に挨拶を始めた。


「初めまして。僕はイナト・カエナ。君たちの……まあ、指導者的な立場かな」


 その軽やかな声に、三人はぽかんとした顔を見合わせた。

 思っていた“第一部隊”像とのギャップが激しすぎる。


「制服は、大部屋と副隊長室にあるから、それぞれ案内するよ。こっち来て」


 イナトの人懐っこい言葉に導かれ、三人は後をついていく。

 制服は、アイカとハナネが大部屋、レイサが副隊長室とのことだった。


 しばらく歩いてから、イナトが笑いながら言う。


「……もしかして、さっき僕のこと、セイスと勘違いしちゃった?」

「セイス……?」


 アイカが聞き返す。


「うん。今ナサ村に残ってる第一部隊のひとり。今日の親睦会には、たぶん顔を出すと思うよ」


 その名前は、三人とも聞いたことがなかった。

 だが“第一部隊の人間”――それだけで、空気が変わる。


 無意識に背筋が伸びる。

 足取りは変えずとも、三人の中に静かな緊張が走った。





 守攻機関の本部に入ると、まずアイカとハナネが大部屋へと案内された。


「じゃあ、着替えが終わった頃にまた来るから!」


 イナトは明るくそう言って、大部屋の引き戸を閉める。軽い調子だが、どこか気遣いのにじむ声だった。


 そして次に、レイサを副隊長室へと導く。


「着替えが終わったら、出てきてね。あ、物はあまり触らないように」


 軽く笑ってそう言うと、引き戸が閉じられた。


 室内に一人残されたレイサは、静かに辺りを見渡す。副隊長室の空気は、大部屋とはまるで違っていた。


 室内は静まり返っていて、隅々まで掃除が行き届いている。 壁際には記録書や地図、分厚い書物がずらりと並び、簡素ながら緊張感のある空間だった。


(……こんな場所に、自分が立ってるなんて)


 足を進め、机の上に目をやる。

 そこには、ユサがいつも身に着けていたのと同じ制服が、丁寧に畳まれて置かれていた。


 その下には、制服の中に着るための肌着が柔らかく添えられており、足元には膝下まで編み上げる革の靴―― それは、間違いなく“本物”だった。

 そっと制服に手を伸ばす。布の感触が、現実を強く押し寄せさせた。


(……ああ、本当に、ここに入ったんだ)


 胸の奥が、じわりと熱くなる。

それは喜びとも不安ともつかない、静かで確かな感情だった。

 


 イナトに案内された後、大部屋にはしんとした空気が流れていた。


 ハナネは、無言のまま壁の方へ向きながら、自分の制服を見つめている。

 その背からは、あからさまに冷たい空気が伝わってくる。


 アイカも、それを感じていた。

 けれど――あえて気に留めず、言葉を投げかけた。


「これが制服かー! 父さんが着てたのと、あんま変わんない!」


 アイカは、明るさ全開の声で笑った。

 でもその笑顔の奥には、懐かしさと、ほんの少しの切なさが滲んでいた。


 ハナネは、その言葉にぴくりと反応した。

 一瞬だけ、何か言いたげにアイカの方へ視線を動かす。

 けれど結局、何も言わず、目を斜め下に逸らした。


 やがて、ふたりは着替えを始めた。


 どちらも長女で、下に弟や妹がいる。

 このくらいの距離感で着替えることに、特別な抵抗はなかった。


 ハナネは、ちらりとアイカへ視線を向けた。


 制服に腕を通していくアイカの身体は、鍛えられているが、どこか丸みを帯びていた。

 少女のしなやかさと、戦う者としての芯が同居しているようだった。


 その姿を見た瞬間、ハナネの胸の内に、言葉にできない感情が芽生えた。

 理由は自分でもわからない。ただ、ムッとした。


 目線を逸らす。

 

 そして、自分の腕や腹に視線を落とす。


(……細い)


 自分の身体つきが、急に頼りなく思えた。


(……なんであんなに、自然に……)


 そんなこと、どうでもいいはずなのに。

 なのに、妙に胸のあたりがざわついた。


「どうしたの?」


 じっと立ち止まったままのハナネに、アイカが不思議そうに声をかける。


「……別にっ」


 ハナネは思わず尖った声で返してしまった。

 その声に、アイカは小さく首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。




 ちょうど二人が着替え終わった頃、引き戸の向こうから、軽く二度ノックの音がした。


「入るね」


 声とともに、イナトが顔を出し、その後ろからレイサも続く。


「うん。二人とも、似合ってるね」


 イナトが笑顔で言った。


 守攻機関の制服は、黒を基調とした落ち着いた装いだ。装飾はほとんどないが、上衣の胸元には複数の小さな飾り玉が縫い留められている。素材は革ではないが、しっかりとした生地で、実用性も兼ね備えていた。


 二人の姿を見て、レイサが口を開く。


「男女で少し、違うんですね」


 レイサの制服は、上衣が腰下までしっかりとあり、下衣も足首まで布が流れている。動きやすさよりも、重厚さや落ち着いた印象を与える装いだ。

 一方で、アイカとハナネの制服は、より軽やかだった。上衣は腰あたりで切り揃えられ、下衣は膝上までしかなく、歩くたびに布がふわりと揺れる。

 靴だけは全員共通で、膝下まである茶革の靴が揃えられていた。


「うん。まあね」


 イナトはレイサの言葉に軽く答えると、少し口調をあらためた。


「親睦会は、毎年庭でやってるからね」

「……なんで庭なんですか?」


 ハナネが首を傾げながら聞くと、イナトは楽しげに笑って言った。


「縁起のいいこととか、祝い事って、外でやった方がいいらしいんだよ。空を見上げられる場所で、ってね」


 そして、三人はイナトに案内されながら、守攻機関本部の庭へと向かっていった。





 アイカたちが庭に現れたとき、すでに三人が敷物に座っていた。


 中央に広げられた長机。その右端にユサ。左手の奥にはイオリとアオイが並んで座っている。

 ユサは腕を組んだまま、無表情でじっと前を見据えている。

 アオイは、静かな目でこちらを見ていたが、特に反応はない。ただ、冷静に三人を観察しているようにも見える。

 そしてイオリだけが、柔らかく手を振り、「こっち」と穏やかに招いた。


 だが、三人の姿はあれど、もう一人――第一部隊の残りの一人の姿は、まだ見えない。


(やっぱり来ないのかな)


 アイカたちがそう思った、その時。


「遅いですよー、セイス。時間守ってくださいね」


 イオリが笑顔のまま、からかうように言った。


「あ?隊長が来い言うから来ただけや。誰が好きで来るかいな」


 その瞬間、背後から低く、乾いた声が響いた。

 三人はびくりと振り返る。

 そこに立っていたのは――長身の男だった。


 百八十前半まである。長細い手足。

 鋭い目つきと、わずかに眉を寄せた表情。

 そして何より――言葉よりも冷たく感じられる“気配”があった。


 それが、セイス。

 守攻機関第一部隊のひとり。

 セイスは無言のまま三人を見下ろす。


「……なにジロジロ見とん。みせもんちゃうぞ」


 聞き慣れない抑揚と語尾に、三人は思わず固まった。

 冷酷さと軽口がないまぜになったその声に、空気がわずかに張り詰める。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第十九話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎


新しい登場人物のセイスは、怖そうな印象です


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