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神血の英雄伝  作者: 三坂 恋
第一章 守攻機関
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ひとときの日常

 かつて、六柱の神とそれに仕える天使・悪魔・妖精・魔女が、それぞれ人間に自身の血を分け与えました。人々は神の血を神血(イコル)と名づけ、神の血を分け与えられた者たちを神選者(アロス)と呼ぶようになりました。


 元々、異なる文化や信仰、土地を持っていた各地が、神選者たちの手によって連合され、神選国家(エリ

オス)として統一されました。


 そのため、神選国家は今もなお地域ごとの特色や思想は色濃く残り、国の中でも文化は大きく異なっています。


 まず《ノルヴェエル》

 高貴な家柄や有力な名家の人々が住む、きらびやかな地域です。

 国の政治や宗教を担い、技術と富が集まるノルヴェエルは随一の発展地域でもあります。

 この地では、神選者であるかどうかは重視されず、財力こそが権威の証とされています。


 次に《ユーレナ》

 北の寒冷地に位置し、一年を通して雪が降り積もる厳しい自然の中にあります。

 人口は少ないものの、神の力が色濃く残る土地と言われ、古い信仰や風習が今も生き続けています。


 三つ目は《リグラム》

 学問と技術が盛んな研究地域であり、神選者の力を解析・応用しようとする学者たちが集まっています。

 文化的にも活気があふれ、知と探求の象徴として知られています。


 そして最後に、ここ《ナサ村》

 海に囲まれた孤島のような地形に築かれた、石壁に守られた村です。

 守政機関クガミが治安と防衛を担い、外界との接触は限られています。

 神選者が最初にこの地に根を下ろし、村を築いたという伝承も残されています。


 現在、ナサ村はかつての「村」の規模を超える人口を抱えています。

 その理由のひとつは、村長がみなし子や貧しい人々を積極的に受け入れてきた政策にあります。


 また、外界との接触が限られている反面、食料や水など自給自足できる豊かな自然資源に恵まれており、小さな共同体としての機能が維持されています。


 教師は大きな紙に書かれた四つの地名を掲げながら、ゆっくりと語った。


「このように、同じ神血国家の中でも、文化も思想も大きく異なるのです」

「そのため、神選者の力の扱い方も地域によって評価が分かれ、時に賞賛され、時に恐れられるのです」


 教師はそこで一拍置き、生徒たちの目を見てから続けた。


「神選者はそれぞれに特別な能力を持っています」


 大地の神選者は、大地を操り、強靭な体を備える。

 獣の神選者は、獣を従える力と、俊敏な足、鋭い聴力を持つ。

 風の神選者は、風を自由自在に操る。

 水の神選者は、水を操り、流れるように動く。

 炎の神選者は、炎を生み出し、自在に操る力を持つ。 緑の神選者は、植物を成長させ、操る力を持つ。

 天使の神選者は、傷を癒す血を持ち、傷や病を癒す。

 悪魔の神選者は、毒となる血を持ち、触れたものに害をなす。

 妖精の神選者は、背中に羽がを持ち、空を舞う。

 魔女の神選者は、長い寿命人の心を読む瞳を持つ。


「彼らはその力を用いて国を守り、争いを鎮め、平和を築き上げました。

 その働きによって、“英雄”や“救世主”として、今も歴史に名を残しているのです」



「……これが神選者の言い伝えです」

「先生」


 村の学び舎。

 九歳の学びの間で教師が神選者について教えていると一人の生徒が声を上げた。


「はい、なんですか」


 教師が教えを中断し、生徒に目を向ける。


「アイカちゃんとレイサくんがいません」

「え…!」


 教師は驚いて二人の机に視線を移す。

 机には開いたままの教本、乱雑に置かれた墨木と紙束だけが残されていた。

 慌てて学びの間を見渡すが二人の姿はどこにも見当たらない。


「二人ならさっき学びの間から出て行くのを見ました」


 別の生徒がぽつりと口を開いた。


(またか…)


 教師は呆れたようにため息をつくと生徒に少しの間読み書きの練習をするように告げ、教師部屋に向かうため一人学びの間を後にした。



◇◇◇



 これより少し前。


 村役場では、村長であるタイガ・カコエラとその側近であり護衛でもあるユサ・ハリスが村長室で書類を片付けていた。

 

 すると、扉が勢いよく開かれ音を立てる。

 まるで嵐のように駆け込んできたのは、小柄な女の子だった。

 ショートカットほどの銀色の髪は、あちこち跳ねていて、寝癖が自由奔放に踊っている。

 誰もが思わず振り返るほど整った可愛らしい顔立ちに、宝石のように透き通った鮮やかな青い瞳でまっすぐ大河を見つめていた。


「じいちゃんじいちゃん︎!!遊びに来た!!」


 女の子は無邪気な笑顔でタイガに抱きついた。


「アイカか。今日もまたまた一段と元気がいいな」


 タイガは近づいてきたアイカの頭を優しく撫でながら話す。


「失礼しまーす…」


 そっと後ろから琥珀色の髪の毛をした細身な体格をしている男の子が入ってきた。


 中性的な顔立ちに、黒くて丸めの瞳。ほんのりと垂れた目尻が、その無垢な印象をさらに際立たせている。

 身長は、百三十センチの真ん中ぐらいで、アイカよりやや低い。

 女装でもさせたら、たぶん誰も彼が男の子だなんて気づかないだろう。

 それでも、どこか生意気そうな雰囲気が漂っていた。

 

 ユサは男の子に目を向けると少し眉をひそめた。


「おかしいな。今はまだ学び舎の時間のはずだが…。なぜ二人がここにいるんだ?なぁレイサ」


 レイサはギグッとして苦笑いを浮かべたままその場に固まる。

 その時、村長室の窓から、一羽の鳥がひらりと舞い込んできた。足には小さな巻紙が括りつけられている。


 タイガがそれを丁寧に外すと、手紙の差出人はアイカとレイサの担当教師からだった。

 文面には、「二人が教えの途中に抜け出してしまった」という報告とやや怒気を含んだ筆跡が並んでいた。


 それを背後から覗き見た二人は、バツの悪そうな顔で村長室をそっと出ようとする。

しかし、ユサに服の後ろを掴まれてしまった。

 その様子を見たタイガは、やれやれと笑い、筆を手に取った。

 返信の巻紙に「申し訳ありません。こちらで学び舎までお送りします」としたためると、手紙を再び鳥の足に結びつける。

 タイガは窓をゆっくり開け放ち、鳥を空へと放った。


「だってつまんなかったんだもん」


 アイカは不貞腐れたようにタイガの方を向きながら話した。


「だとしても学び舎は抜け出していい場所じゃないんだよ」


 ユサがアイカに軽く注意をする。

 アイカは、はーいと少し落ち込んだように返事をした。


「レイサも」

「ごめんなさい」


 レイサは同じく注意を受けると謝った。

二人はしぶしぶユサに連れられて学び舎へ戻っていった。

 学び舎では怒りを露わにした担当の教師が出迎えていた。

 日が暮れるまで厳しい説教が続き、翌朝に詫びの書きつけを提出するよう命じられた二人は、ようやく帰路についた。





 夕暮れが村を金色に染める頃、二人は帰宅途中に何やら困ってる老夫婦を見かけた。


「何かあったの?」


 レイサが老夫婦に話しかけると老夫婦は驚いたように振り返り、微笑みながら挨拶した。


「おお、アイカちゃんにレイサくん。おかえりなさい」

「実はね、ばあが腰を痛めてしまっての。今、守政機関(クガミ)を呼ぼうか迷ったところなんじゃよ」


 おじいちゃんから事情を聞くとアイカは鞄をレイサに預け、おばあちゃんの前にしゃがみこんだ。


「いいよばあちゃん、私が家まで送ってあげる」

「いいのかい?でも…」


 おばあちゃんが申し訳なさそうにしているとアイカは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「こんなのへっちゃらだよ。だって私はみんなより力強いもん」


「……ほんとに、ありがとうね」

「守政機関様も忙しいだろうしお願いしようかしら」


 そう言うとおばあちゃんはアイカ背中にゆっくりと乗った。

 おばあちゃんを軽々と背負うとアイカは家の方向を尋ね歩き始めた。



 この村には、警察も消防もいない。

 その役割をすべて担っているのが「守政機関(クガミ)」と呼ばれる組織だ。

 事件の調査から人命救助、村人の生活トラブルへの対応。

 さらに、侵入者の排除、村長の護衛、村内外の警備や都市の偵察任務まで。

 いわば、なんでも屋のような存在だ。

 やたらと面倒で誰もやりたがらなさそうな仕事だが、この守政機関に入りたいという希望者は毎年後を絶たない。

 人の役に立てる仕事だというやりがいがあり、守政機関の隊員は村人たちから尊敬されていて、皆が誇りを持って働いている。


 そして何より、給料がいい。これがかなり大きい。


 とはいえ、簡単に入隊できるようなものではない。

 というのも、守政機関は「ほとんどのことができて当然」という前提で動いているからだ。

 知識、技術、身体能力、精神力。どれも高いレベルが求められる。

 毎年、試験には約八十人が挑戦するが、合格者はそのうち一割にも満たない。

 むしろ、誰も受からない年の方が多いくらいだ。

 それでも挑戦者が絶えないのは、守政機関がそれだけ特別な存在だからだろう。

 ナサ村の守政機関は、村の中だけでなく、周囲の地域からも高く評価されていて、ときには外部からの応援要請を受けることもある。

 つまり、守政機関はこの村の誇りであり、“顔”のような存在でもあるのだ。



「二人とも本当にいい子だね。この子達が後継者ならこの村も安泰じゃよ」


 歩いてしばらくするとおじいちゃんがしみじみと話し始めた。


「まだ私たちが正継とは決まってないよ」


 少し照れくさそうにレイサが返す。


「何いっとるんだ。ナサ村は代々、大地の神選者であるカコエラ家と獣の神選者であるハリス家が担っておるのじゃ。」

「でも正継は兄弟の中から公平に選定されるし、私たち選ばれてもじいちゃんみたいに良い村にできるかは分からないよ」


 アイカもおじいちゃんに言った。


「確かにタイガ村長は、村人思いの素晴らしい村長じゃな。あちこちから孤児や貧しい者を引き入れ、衣食住を提供し、働き口まで紹介する。わしら老人にまで気を配ってくださる。でも、君たちだって、わしらが困ってるのを見て声をかけてくれたじゃろ。大丈夫。二人ならきっともっといい村にしてくれる」


 そう言って、おじいちゃんはレイサとアイカの頭を優しく撫でた。


 老夫婦を家まで送り届けた二人は、それぞれの家へと戻っていった。





 夜。星が瞬き、風が神木を揺らす静かな闇の中


 アイカは布団の中で老夫婦との会話を思い出していた。


(もっといい村になる…か。最近怒られてばっかだから、あんな風に言われると嬉しかったかも。じいちゃんは神血は誰かを助けるために与えられたものなんだって言ってたよな。私もいつか沢山の人を助けることができるのかな。レイサ以外の神選者には会ったことないけど…。みんな誰かを助けるために力を使ってるのかな。いつか会えるのかな)


 そう思った瞬間、なんだか胸の奥がポッとあったかくなってアイカは、ふっと力を抜いて、ゆっくりと目を閉じた。




――その夜


 アイカはさっそく、他の神選者たちと出会うことになる。

 だが、この夜が彼女の人生を大きく変えることになるとはまだ知る由もなかった。

一話お読みいただきありがとうございました。


私も一度だけ学校を抜け出したことがあります。結局すぐ先生に見つかって怒られました…。

次回ではプロローグで触れていた部分を投稿できたらと思っています。


次回もよろしくお願いします(՞ . .՞)︎


登場人物

アイカ・カコエラ:物語の主人公。天真爛漫で好奇心旺盛な女の子。少し男っぽい口調をしている。

レイサ・ハリス:愛叶の幼馴染。やんちゃな男の子。だか面倒見がよく優しい性格。

タイガ・カコエラ:愛叶の祖父であり奈咲村の村長。おっとりした性格。大地の神選者、現正継。

ユサ・ハリス:怜沙の父親。厳しいが人を見かけで判断しない。親バカな面もある。獣の神選者、現正継。



みなし子→孤児

学び舎→読み書きや計算などを教える学校のような場所

学びの間→教室

墨木→炭芯が入った木の筆記具。鉛筆のイメージに近い

正継→血継を正式に継いだもの。


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