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神血の英雄伝  作者: 三坂 恋
第一章 守攻機関
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二次試験 二



 五人が笑い合っていたそのときだった。


 守攻機関(クガミ)の本部の方角から、五人の大人たちがゆっくりと姿を現した。


 四人は、役場に勤める者たち。

 先日、一次試験で二つの会場に分かれ、見張り人を勤めていた面々だ。

 そして最後に歩いていたのは、守攻機関の隊長であるユサだった。

 彼の手には、一枚の紙がしっかりと握られていた。


 その姿を見つけたトワ、チタ、サユの三人は、手を振って軽やかに挨拶すると、その場を離れていった。


 ざわついていた場の空気が、ぴたりと止む。


 ユサたちが近づいてくるのを見て、志願者たちは一斉に視線を向け、自然と背筋を正した。

 これから始まるのは、第二次試験。

 志願者たちの眼差しに、緊張とわずかな興奮が宿っていた。


 ユサは、沈黙に包まれたその空気を確認すると、ゆっくりと足を止める。

 そして、厳しくも落ち着いた声で口を開いた。


「まず、ここにいる全員に伝える。一次試験の通過――おめでとう。これより、二次試験と、その説明を行う」


 その声には、派手な演出はなかった。

 だが、確かな重みと威厳があった。

 その場にいた誰もが、無意識に息を呑む。


「最初に、二次試験は二人一組で行う。今から名前を呼ぶ。呼ばれた者は前へ。組ごとに担当の者から、必要な物を受け取れ」


 そう言うと、ユサは手にしていた紙をゆっくりと開き、名前を読み上げ始めた。


 呼ばれた者たちは次々と前に出て、見張り人から何かを手渡されていく。

 その手元を見つめる者、顔を上げる者、緊張した面持ちのまま無言で頷く者――誰もが、この瞬間の重さを感じ取っていた。


「次、レイサ・ハリス。コン・ルニマ」


 ユサの声が響いた瞬間、レイサがひとつ息を吸い、足を踏み出した。


「レイサ! 学び舎以来だね!」


 後ろから聞こえた陽気な声に、レイサは振り返る。

 そこにいたのは、黒と青を溶かしたような髪色の少年――コン・ルニマだった。

 朗らかな笑みを浮かべた彼は、レイサとアイカと同い年で、かつて学び舎で何度か話を交わしたことがあった。


 一次試験では姿を見ていなかったが、それもそのはず。

 おそらく、アイカたちとは別の会場――守攻機関の本部で試験を受けていたのだろう。


「お前だったのか。……よろしく」


 レイサが短く返すと、コンは穏やかに笑って頷いた。

 二人は並んで見張り人の元へ向かい、他の者たちと同じように、小さな袋と、それに入った何かを手渡された。

 それは、十五歳の手のひらにぎりぎり収まるほどの小さな空瓶だった。淡い光を反射するガラスの表面は、あまりにも薄く、少し強く握れば壊れてしまいそうなほど繊細だった。

 瓶と一緒に渡された袋には、腰に巻きつけられる長い紐がついており、戦闘中でも保持できるよう配慮されているらしい。


「この瓶……何に使うんだろうね」


 コンが瓶を持ち上げ、光に透かしながら首をかしげる。


「さぁな。割れ物っぽいし……試験の中で使うんだろ」


 レイサもまた、怪訝な表情で瓶を見下ろす。

 目的も用途も不明だが、ひとまずは落とさないようにと、二人の間で相談し、レイサが預かることになった。


「壊したら失格とか、ありそうだよねー」


 軽く笑うコンに、レイサは小さく肩をすくめた。


「次、ハナネ・ノセラ。アイカ・カコエラ」


 名が呼ばれたのは、ほんの一瞬のことだったのに、空気がすっと張りつめた気がした。

 アイカが一歩を踏み出すより早く、人集りから一人の少女が静かに前へと歩み出ていた。


 それが、ハナネだった。


 音を立てずに近づいてくるその姿は、まるで空気を滑るようだった。

 動きは静かで、どこか気品に満ちている。まっすぐに、けれど緊張や躊躇いといった類の感情を一切見せず、彼女はアイカの方へと向かってきた。


 アイカは、近づいてくるその少女の顔をじっと見つめた。

 背丈は自分よりもわずかに高く、品のある顔立ちはどこか冷たさをまとっている。

 けれど――それだけではなかった。


 まるで、氷の奥に沈む影を見るようだった。


 冷静で、感情を抑えているようでいて、その目の奥にある何かが微かに揺れている。

 それが痛みなのか、寂しさなのかは分からない。ただひとつ、確かに言えるのは、その少女がひとりの世界に立っている、ということだった。


 ハナネもまた、アイカを見ていた。

 だが、その目はまるで、目の前の存在を“見ていない”ようでもあった。


 その視線は、何かを通り越して遠くを見ている。

 何かを拒むでもなく、求めるでもなく。ただ、そこにいる、という静けさだけがあった。


「えっと、ハナネ……ちゃん……?」


 少しだけ間を置いて、アイカが声をかける。

 どこか気後れしながら、それでも笑顔は崩さなかった。


「ハナネでいい」


 返ってきた言葉は、淡々としていて、どこか乾いていた。

 飾り気も、ためらいもない。まるで感情の起伏すら排除したかのように。


「そっか……よろしくな!」


 アイカは笑ってみせた。けれど、返事はない。

 ハナネは小さく瞬きをしただけで、言葉を返さなかった。


 沈黙。


 それはまるで、氷のように張り詰めた空気を作り出した。

 視線はたしかに交わっているのに、そこに自分は映っていないような感覚。

 見透かすようでもあり、見ていないようでもある。

 その奇妙な目の奥に、どこか大きな壁のようなものを感じた。


 二人も、他の組と同じく瓶と袋を受け取った。

 手のひらにぎりぎり収まるほどの空瓶と、それを収める簡素な袋。しばらく、どちらが持つかという無言の空気が流れる。


 アイカが、ふっと肩をすくめて先に口を開いた。


「私、こういうのすぐなくすんだよ。だから、ハナネが持ってて!」


 笑顔混じりに言って、瓶と袋をハナネの方へ差し出す。

 その言い方は、明るく、どこか押しつけがましいほど遠慮がなかった。


 けれど――ハナネは変わらず無言だった。

ただ冷たい目線を一度、アイカに向け、何も言わず瓶と袋を受け取る。

 そこには了承の色も拒否の気配もない。ただ、必要な動作を行っただけのような、機械的な動きだった。


 アイカは、少しばかり目を細める。


(……私、嫌われてる……?)


 そう思いながらも、口には出さず、いつものように笑ってみせた。



ーー役場の見張り人たちが全員に空瓶と袋を渡し終えたのを確認すると、ユサは、ゆっくりと顔を上げた。そして、静かに、だが空気を切るような声で言う。


「来い」


 声に応えるよう、守攻機関本部の方から二人の男がゆっくりと姿を現した。


 二人の男のうち、一人は、年格好こそアイカたちとそう変わらない。

 もう一人も、二十代になったか、なっていないかの見た目だった。

 どちらもまだ、どこか幼さの残る顔つきをしていた。


 二人の男は、ユサの横に並び終えると、ユサは二人に志願者たちへ名乗るよう指示を出した。

 すると、大人びた方の男が先に名乗り出た。


「イオリ・セイランと申します。よろしくお願いします」


 ただ名乗っただけなのに、空気がわずかに、刺すように変わった。

 その声は落ち着いていて、まるで形式に従うだけのようだった。黒い瞳を細めた彼は、静かに笑んだ――だが、その笑みからは何も読み取れなかった。


 百七十後半まである背丈。鼻の付け根あたりまで伸びた薄い前髪に、女性のように胸上ほどある長い白色の髪が、ふわっと風に靡かれた。


 底の見えない視線に、アイカは一瞬、サクヤ・クオネの姿を重ねた。

 敵意はない。だが――なぜか、警戒してしまう。


 イオリが名乗り終えると、もう一人の男が口を開く。


「……アオイ」


 名乗ったのは、ただそれだけだった。


 アオイは、イオリと背丈はほとんど変わらず、真っ直ぐと試験者たちを見つめる眼差しは、その真面目さを物語っていた。


 前髪は中央から左右に分け、後ろと横は短く整っている。深海のような青い髪と黒い瞳は、記憶にしっかりと残る印象をしている。


 アイカはふと思い出した。

 役場の書物で、寒冷な《ユーレナ》には青や水色の髪を持つ者がいると書かれていた。


 もしかすると彼もまた――あの地の出身かもしれない。


 そして何より、異様なまでに整った顔立ちをしている。志願者たちは、皆その顔立ちに目線を奪われた。 普段は人の顔に無頓着なアイカでさえ、一瞬だけ息を呑んだ。


(顔面強すぎるだろ……)


 二人が名乗り終えると何人かの試験者たちがざわつき始める。


「おい……あの二人って……」

「嘘だろ……」


 二人は、昨年の守攻機関の試験を受け、第一部隊にいきなり合格した者たちだった。


 守攻機関では本来、最低でも一年以上は第二部隊で経験を積み、年に一度開かれる第一部隊の会議において、全員の承認を得て初めて昇格が認められる。

 最初から第一部隊に配属されるなど、極めて異例。ここ五十年で、前例はたったの一人しかいない。


 だが、この二人は、試験を経て即座にその座に就いた。


 しかも、アオイは当時十五歳。

 アイカたちと同じ年でありながら、守攻機関史上、最年少で第一部隊に抜擢された記録保持者だ。


 その名は、当然アイカも、レイサも知っていた。


(この二人が……)


 アイカは息を呑んだ。

 なぜ彼らがこの場に? 一体どれほどの実力を持っているというのか――

 胸の奥で、緊張の糸がぴんと張る。


 ざわつき始める志願者たちをよそに、ユサが再び口を開いた。


「本来、試験を担当していた二名の隊員は現在任務中。さらに、一名は休暇中で、ナサ村にはいない。残った三名の中で、この二人が最も適任と判断した。よって、今年の試験はこの二人が担当する」


 静かな声だが、言葉の一つ一つが空気を引き締めた。

 ユサの説明に、試験者たちはそれぞれに反応を見せる。

 中には明らかに怯えた顔をする者もいれば、逆に「相手が年下」と侮るような者もいた。


 ユサは試験内容の説明を続けた。


 この二人が襲撃者役。

 そして、空瓶は村人の命だと思うこと。


 終わりは陽が全て落ちるまで。奪われても、割れても、失ったらそこで試験は強制終了。


 命を守る為、二人に武器も神選者(アロス)の力も使って構わないこと。

 もちろん、二人も容赦はしない。


 北東の森の外へ出ること。

 森に棲む獣への攻撃。

 試験官への致死量の攻撃は即時失格とする。


 これが今回の試験内容だった。 


 そう、あの空瓶は“村人の命”だ。

 手放した者から、命を守る資格を失う。


――志願者たちは、そう理解した。



「二人が動くまで少し時間を置く。志願者たちは森へ入り好きに動いてくれ。皆が合格できるよう祈っている。……では始め」


 ユサの合図とともに、志願者たちは一斉に森へと駆け出していく。

 アイカたちも、息を呑むような空気の中、静かに森の中へと足を踏み入れていった。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第十四話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎


最近書き溜めしたので少しの間毎日投稿できそうです(⸝⸝˃ ᵕ ˂⸝⸝)

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