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神血の英雄伝  作者: 三坂 恋
第一章 守攻機関
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二次試験 一

 一次試験の発表から、早くも二日が過ぎた。


 冬の名残りをわずかに残した空気。

 空は澄み、木々は風もなく静かに立ち尽くしていた。


 アイカとレイサは、それぞれの家で最後の準備に励んだ。今日行われる二次試験。それは、志願者の“身体能力”を測る実技試験だ。彼女たちはこの日のために、六年という歳月を費やしてきた。


 とはいえ、家庭の支援は最小限だった。

 守攻機関に所属していたイヅキと、現在も隊長を勤めているユサは、身内を優遇しないため、彼女たちに特別な訓練を施すことを避けてきた。教えたのは、せいぜい体の動かし方といった基礎のみ。

 つまり、ここまで積み重ねた力は、ほぼすべてが、二人自身の手で築き上げたものだった。


 北東の森の入り口。その静けさの中に、緊張と期待が入り混じった気配が漂っていた。


 レイサは、少し強引に「ついていく」と言い張ったサユを連れ、指示された集合場所まで来ていた。空気はまだ冷たく、森の木々は風もないのにざわついているように感じられる。


 レイサの腰には、二振りの剣がぶら下がっていた。

一般的なものより、やや細身で、やや短い。その分だけ軽く、動きやすく、扱いやすい。彼の体格と戦い方に合わせて選ばれた、馴染みの深い武器だった。


「お兄ちゃん、この剣持ってもいい?」


 隣にいたサユが、興味津々とした目で剣の柄に指先を近づけたが、レイサはすっと半歩、身を引いた。


「試験で使うんだからダメだ」


 きっぱりとした口調だった。

 サユは、ほんの少し唇を尖らせる。

 

「……はーい」


 ぶすっとしながらも、大人しく引き下がった。


「あっ、いた!」


 少し離れた場所から、元気な声が響いた。


 サユとレイサが顔を上げると、森の小道の向こうから、アイカが歩いてくるのが見えた。その後ろには、トワとチタの姿もあった。三人は揃って、のんびりとした足取りで近づいてくる。


 アイカが視界に入った瞬間、レイサの視線が自然と彼女の手元へ向いた。


「……それ、持ったまま来たのかよ」


 呆れとも驚きともつかない声で、レイサは言った。


 アイカの手には、村では珍しい武器――斬槍ざんそうが握られていた。

 形としては斧に近いが、先端は鋭く尖っており、どこか異質な印象を与える。

 かつて三代目の大地の神選者アロスが使っていたという話も残る古式の武器で、今では全く見ることもない。


「だって、しまえないし……」


 もっとも、アイカが持っているのは、簡易な改良型。身の丈ほどの長さはないが、それでも携帯するにはやや不便な大きさだった。



 アイカは苦笑しながら、斬槍を軽く持ち上げてみせた。


 たしかに、剣のように腰に下げるには無理がある。その言い訳にレイサも反論せず、ただ肩をすくめただけだった。



 そのときだった。


 遠くの方から、数人の声が響いた。


「なんで、よそ者が一番なんだよ。見張り人に金でも渡したんじゃねぇのか」

「なんか言えよ、てめぇ」


 苛立ちを滲ませた若い男たちの声だった。


 五人が思わず声の方を振り返ると、数メートル先――背の高い男が三人、そして、その中心に押し込められるようにして、一人の少女が木のそばに立たされていた。


 茶色の髪。細身の体躯。男たちよりもずっと背が低い。彼女は怯えるでもなく、怒るでもなく、ただ静かに目を伏せていた。

 まるで、そこにいる男たちが、そもそも存在していないかのように。


 よそ者。一次試験、一番。

 その特徴が重なるのは、一人しかいない。


 ハナネ・ノセラだった。


 男たちは、どうやら彼女が一位を取ったことが気に食わないらしい。

 周りは、自分が巻き込まれないよう、背を向け、我関せずという態度をとっていた。


「無視してんじゃねえよ」

「怖いのか?」

「怖くて声も出ねぇってか?」


 男たちは、下品な笑いを浮かべながら、ハナネをじりじりと囲んでいた。

 だが、ハナネが、ふと顔を上げた。


 静かに、男たちを見た。その目には、怒りも恐れもなかった。

 ただひとつ、澄んだ静寂。

 まるで刃のような張りつめた冷たさがそこにあった。


「私より、弱い相手に。どうして怖がる必要があるの?」


 淡々と、事実を述べるような口調だった。

 だが、その一言が――男たちの顔色を、みるみるうちに変えていく。


 怒気が、肌を焼くように立ち昇る。


「強がってんじゃねぇよ……!」


 一人の男が、堪えきれずに拳を振りかぶった。


――その瞬間、空気が、音もなく凍りついた。


 振り下ろされかけた拳が、途中で止まっていた。まるで見えない壁にぶつかったかのように、ぴたりと。静止していたのだ。


 止めていたのは、一人の少女の手だった。

 男達よりど小さな腕。だが、その手は、荒く振り下ろされた男の拳を、何事もなかったかのように、寸前で受け止めていた。


 「……え?」


 男が顔を引きつらせながら、自分の腕を見下ろす。そこには、アイカの手があった。

 幼い少女のそれにしては、あまりにも力強い。振り解こうと力を込めるが、腕が、まるで岩にでも埋まったように動かない。


「子ども相手に、大人がすることじゃないよ」


 アイカは、相手を睨むでもなく、ただ淡々と告げた。その声音には怒りの色もなければ、叫びの熱もなかった。

 けれど――冷たい刃のような芯が、確かに潜んでいた。


「てめぇ……割り込んでくんじゃねぇ!」


 苛立った声を上げながら、別の男が一歩前へ出る。


 その刹那――風が、一度だけ揺れた。


 「っ……!?」


 男が言葉を呑む。


 気づけば、アイカの前にもう一人の影が立っていた。

 それは、琥珀色の髪をした少年――レイサだった。


 彼の動きには、一切の無駄がなかった。

 足音も気配も残さず、まるで空気の裂け目から現れたかのような登場だった。


 「なんだよ……こいつら」


 男の声がわずかに震えていた。

 目の前に立つレイサは、何も言わない。ただ、じっと、まっすぐに見ている。

 その視線は、獣のように冷たく鋭かった。


 怒ってなどいなかった。

 だが、それが逆に、ぞっとするほどの静けさを生んでいた。


 「……どけ」


 男が唸るように言うと、レイサはようやく口を開いた。


 「どく理由がない」


 その声は低く、澱みなく、ただまっすぐだった。


 ハナネは静かに見上げた。

 自分に代わって立った二人の姿を、黙って見つめていた。


 一番後ろにいた男が、小さく肩を震わせながら、仲間の袖を引いた。


 「……おい、もう行こうぜ」


 その声には、悔しさと、恐怖と、情けなさがないまぜになっていた。


 だが、前に立つ二人は、まだ引く気がなかった。

 このまま引き下がれば、子どもに怯えて逃げたということになる。

 その事実が、耐えがたかった。


 けれど――彼ら自身、悟っていた。

 この場で騒ぎを起こせば、試験にすら参加できなくなる。

 それは、自分たちにとって最大の屈辱だった。


 数秒の沈黙の末、男たちは、唇を噛みしめながら踵を返した。

 一人が、地面に八つ当たりのような一蹴りを

らわせ、砂埃が舞い上がる。


 その姿を、誰も追いかけなかった。


 ハナネは、男たちが完全に視界から消えたのを見届けると、彼らとは逆の方向へと静かに歩き出した。


 何も言わず、誰にも目を向けず。

 その横顔に、驚きも感謝も浮かんでいない。

 まるで――最初から、誰の助けも求めていなかったかのように、淡々と。


 彼女の背が遠ざかっていく。


「お姉ちゃん! レイサさん!」


 ようやくトワたちが駆け寄ってきた。

 レイサが追いかける直前、三人には「ここで待っていろ」と伝えていたらしい。


 真っ先に声を上げたのは、サユだった。


「二人とも、すっごくカッコよかったよ!」


 目を輝かせて駆け寄るサユに、チタもうんうんと大きく頷いて同意する。


 だが、トワだけは違った。

 笑顔の二人の後ろで、眉をひそめながら呟いた。


「でも……あんな大人に向かっていくの、危ないよ」


 その声には、年相応の不安と心配が滲んでいた。


「大丈夫。俺たちは負けないから」


 レイサは、穏やかな声でトワに応える。

 その言葉には、根拠のない自信ではなく、積み重ねた年月の重みがあった。


 トワは、レイサの顔を見て、少しだけ目を丸くした。そして、ほんの少しだけ、口元を緩めた。

 二人が話す隣で、サユが大きく胸を張る。


「私も二年後、お兄ちゃんみたいに、守攻機関(クガミ)を目指すんだ!それでお父さんみたいな隊長になる!だから、待っててね!」


 その言葉に、レイサは満面の笑みを浮かべて応えた。


「そうだな。サユなら、絶対に入れるよ。楽しみにしてる」


 それを聞いたサユは、嬉しそうに「えへへ」と笑い、チタと手を取り合って跳ねる。


 アイカは、そんな賑やかな様子を、どこか微笑ましそうに見ていた。

 だが、その目はすぐにふと、ハナネが去っていった方向へと向けられる。




ーー少し離れた木陰で、男が一人、足を止めていた。


 先ほどまでの小さな争いと、それを断ち切った子どもたちの姿。

 何も語らず、何も手を出さず、ただ彼は見ていた。


「どうした、イオリ?」


 その背後から、やや幼い男がゆるやかに近づき、声をかける。

 問いかけに、イオリと呼ばれた青年は、しばし沈黙ののち、微かに口元を緩めた。


「いえ……気になる子がいただけです」


 その言葉には、どこか懐かしさとも警戒ともつかぬ色が滲んでいた。

 視線の先には、まだ笑いあう子どもたちの姿がある。


「試験開始までは、あとわずかだ。あまり深入りするなよ」

「わかっていますよ。まだ“観察”の段階ですから」


 ふ、と口角だけで笑ったその表情は、どこか達観し、同時に底が読めない。


 風が揺れ、葉がささやいた。


 そしてイオリは、もう一度だけ振り返ると、仲間と共に足を進めた。


 まるで何事もなかったかのように。

 けれど、その背に潜む気配は、たしかにただの傍観者のものではなかった。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第十三話

読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎


二次試験の内容は長くなってしまうと思います˘•̥⧿•̥˘

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