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神血の英雄伝  作者: 三坂 恋
第一章 守攻機関
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一次試験 二

 一次試験、合格発表日


 正午。


 アイカとレイサを含む受験者たちは、守攻機関クガミの本部にある伝達板の前へと足を運んでいた。


 一次試験の通過者――その名は、毎年この場で、成績順に張り出されることになっている。

 そして今、役所勤めの見張り人が、板に大きな紙を広げ始めた。


「通過させてくれ……!」

「神様、お願いします……」


 祈るように手を合わせる者、無言で両拳を握り締める者。

 周囲には、張り詰めた空気とざわめきが満ちていた。


 やがて、紙がすべて張り終えられた。


 その瞬間――

 皆の視線が、一斉に伝達板へと向けられた。


 今回、守攻機関への志願者は、全体で六十四人。

 そして、張り出された名前の数は、わずか十八名だった。


 歓喜の声を上げる者。

 膝をつき、泣き崩れる者。

 ただ、静かに俯く者。


 それぞれが、自分の運命を受け止めていく中――アイカとレイサも、伝達板の紙に視線を走らせていた。


「あった…。二番だ。よっし!」


 レイサは結果を確認すると、うつむきながら小さく右手の拳を握りしめた。

 レイサは無事に、二番という高成績で一次試験を合格することができたのだ。


(私は……)


 拳を握りしめているレイサの横で、アイカは上から自分の名前を探し続けている。


 そして、数秒たった後。


「あった…!!」


 自分の名前を見つけたその瞬間、胸の奥がじわりと熱くなった。十四番。決して高くはない。

 でも、その数字が、自分の努力を肯定してくれた気がした。

 アイカは見上げたまま、ふうっと長く息を吐いた。 二人とも自分たちの名前を確認し終えると、向かい合い、満面の笑みを浮かべながら、同時に手を合わせた。


「やったな!」

「やったな!」


 そして、再び伝達板に視線を戻すと、一番上の名前が目に留まった。



――ハナネ・ノセラ



「ハナネ・ノセラって誰だ?」

「知ってるか?」

「……いや、知らない」


 聞き慣れぬその名に、周囲がざわつき始めた。


「おい、あいつじゃね?」


 一人の男が群れの向こうを指差すと、周囲の視線も釣られるように、その先へと向けられていく。


 視線の先には、一人の少女が静かに立っていた。

 それは以前、ソウヤと話していた時、こちらをじっと見つめていたあの少女だった――茶色の髪を持ち、どこか涼やかな瞳をした少女。


 少女の服装は、上着と下衣がひとつながりになった一着で、ナサ村では見慣れない、どこか上品な仕立てだった。

 派手な装飾こそなかったが、その生地の質や縫製からは、確かな“高級さ”が滲んでいた。


 茶色い髪の少女は、自分の名前を見つけると、周囲のざわめきにも目をくれず、静かにその場を後にした。


(ハナネ・ノセラ)


 アイカは、あの少女を見つめながら、ふとソウヤとの会話を思い出していた。


(そういえば……ソウヤさんが引き取った子どもに、私たちと同い年の子がいるって――)


 無言のまま、二人はもう一度、その名前をじっと見つめ、記憶に刻んだ。

 そして、張り出された紙の下には、こう記されていた。



《二次試験は明後日。陽が傾く前に、北東の森で待て》



 喜びの余韻を胸に宿しながらも、迫りくる試練の気配に、どこか胸がざわつく。

 アイカとレイサは、互いに言葉を交わすことなく、それぞれの家へと歩を進めていった。




――レイサはアイカと別れた後、家に帰り、引き戸を開けた。


 すると、踏み場にサユが立っていた。

 レイサの姿に気づくなり、サユはぱっと駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、どうだった?」


 期待と不安が入り混じった顔で、サユは問いかけた。


「ちゃんと通過できたよ」


 レイサは少し腰を折り、サユの目線に合わせると、落ち着いた声でそう告げた。まるで小さな子どもをあやすように、優しくその頭を撫でる。

 その瞳は、どこまでも柔らかく、愛おしさを宿していた。


「――あら、良かったわね」


 踏み場の脇にある焚処たきどで夕膳を作っていた母親、レイカ・ハリスが穏やかに声をかける。


 彼女は透明感のある金色の髪に、黒い瞳を湛えた女性で、昨年三十一になったばかりだ。堅物なユサとは対照的に、どこか抜け感のある、柔らかな雰囲気をまとう。


「お父さん、明日の朝まで帰ってこないから、今日の夕膳は、内緒でご馳走にしましょうね」

「まだ入隊できたわけじゃないから、いいよ」


 レイカがのんびりと話すと、レイサは首を横に振りながら、控えめに返した。


「祝い事は、盛大に祝うのがいいのよ。……ほら、もうすぐできるわ」


 レイカがそう言って釜を覗くと、レイサもそっと焚処に目をやる。

 二つ釜の中では、麦米と汁物が湯気を立てていた。横の台には、鳥の肉を小さく切り、竹串に四つほど刺して焼いたものが置かれている。


「え、肉……!?」


 思わず、レイサは声を漏らした。


 肉は野菜や穀物に比べて高価であり、このナサ村ではなかなか口にできるものではない。

 もっとも、ユサが守攻機関の隊長を務めているこの家は、月に七百から九百ティルを得ており、村の中では裕福な部類に入る。

 だが、ユサは将来、子どもたちがノルヴェエルやリグラムといった都市で学べるよう、日々の出費を最小限に抑えていた。備えを欠かさぬ、倹約家なのだ。


 この家で肉が出るのは、二週間に一度。

 それでもナサ村では、十分に贅沢だ。


 しかも、それはユサにとって数少ない「楽しみ」でもある。


 そんな楽しみを……自分の通過祝いで、奪ってしまうのか――。


「いいのいいの! お父さん、仕事中に村のみんなからいろいろ貰ってるもの!」


 レイサは一瞬、血の気が引いた。だが、サユが嬉しそうに手を取って室内へと誘う顔を見た瞬間、その感情はふっと消えていった。


 レイサは、その小さな手を握り返し、家の中へと歩を進めた。



――アイカも家に着くと、いつも通り引き戸を開けた。


 カラリ、と音が鳴った瞬間、それを聞き逃すまいとするように、二つの足音がアイカの方へ近づいてくる。

 ひとつはパタパタと駆け足の軽やかな音。もうひとつは、静かで慎重な足取り。


 先に到着したのは、小さな影だった。


 年相応の小柄な体を持ち、期待に満ちた瞳でアイカをじっと見上げている。駆け寄ってきた足音の正体は、チタ。

 そして数秒後、後を追うようにしてもうひとつの足音が二人に合流した。銀色の髪がゆらゆらと揺れる、トワだった。

 アイカはふたりの姿を確認すると、満面の笑みを浮かべ、右手の親指だけを立てて見せた。


「……!」


 その仕草に、チタはぱあっと顔を輝かせ、大きく口を開いて喜びを表す。トワは小さく安堵のため息をついて、肩から力を抜いた。


「アイカ姉! すごいよ! さすが!」

「おめでとう。お姉ちゃんなら二次試験もきっと大丈夫だよ」


 ふたりは心からアイカを祝ってくれていた。


「へへっ、ありがと。……あ、そうだ。ごめん、ちょっと夕膳の準備するね!」


 そう言って、アイカはいつものように焚処たきどへ向かおうとする。


 ……が。


 その瞬間、さっきまで満面の笑みだった二人の表情が、ぴたりと止まった。


「――えっ!? い、いいよ!?」

「そ、そう! お姉ちゃんは今日すごく頑張ったんだから、今日は座ってて!」


 二人は異様な素早さでアイカの両腕をつかみ、焚処へ進ませまいと抵抗を始めた。


「なんで焦ってんの……?二人もお腹減ってるでしょ?」


 アイカがきょとんとした顔で二人に尋ねると、二人は必死に笑顔を作った。


「いや、大丈夫だから。いつも通りだし――」

「ち、違うんだよ!? 今日こそは、僕がご飯つくろうって決めてて!」

「そ、そう! チタがね、すごいの考えてたんだよね?」


 アイカは眉をしかめ、二人の必死な様子を見つめる。

 そして、ふと視線を鋭くして口を開いた。


「……二人して、私のご飯がイヤなだけでしょ?」

「そんなことないよ……!」

「そんなことないよ……!」


 まさかの即答に、アイカは無言で二人を見つめ返す。


 数秒の静寂。


「目が、笑ってないぞ」

「……」

「ケホッ……」


 チタはそっと目を逸らし、トワは咳払いで誤魔化した。


「……で、結局私が作って良いんだね?」


 それだけ言うと、アイカは先に湯浴みの準備でもしようと沐所へ向かった。

 数分後、湯の沸く音とともに、肩を落としたアイカの姿がそこにあった。


 家の中でチタとトワが、ひたすら器の準備と“全力の褒め言葉”を準備しているのは、言うまでもない。


神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん )第十二話

読んでくださりありがとうございました。

次回も読んでいただけると嬉しいです(՞ . .՞)︎


ナサ村のお金事情は活動報告に書ければと思っています…!

踏み場→玄関、土間のような場所

焚処→台所

沐所→お風呂場

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