武器作り
二人が待ち合わせしていた中央広場から東へ十五分ほど歩いた先に武器工房がある。
「おじさーん。来たよー。」
アイカが明るい声を張り上げ、工房の横に併設された小さな商い小屋の簾をくぐり、引き戸を開けた。
陽に焼けた布が風に揺れ、鼻先をくすぐるように鉄と油の匂いが漂ってきた。中からは金属を打つ硬質な音が、かすかに漏れている。
「お、アイカとレイサか! 待ってたぞ!」
アイカが声をかけると、工房の方から武器職人が顔を出した。年の頃は三十代半ば、無骨な手を振りながら笑う。
「守り道具を作りに来たんだろ?そこに見本があるからゆっくり見てどんなのにしたいか選べ」
武器職人はそう言うと、店の隅にある木の台の中へと立った。
レイサとアイカは、その指示通りに商い小屋内の見本を見渡す。
トワ、サユ、チタの三人も、それぞれ興味深げに武具に目を向けた。
展示されていたのは、さまざまな剣や弓など、用途も形状も多種多様なものばかりだ。
レイサとアイカがなかなか決めきれない様子を見て、武器職人が声をかける。
「何か、思い浮かんだか?」
そう問われて、レイサが先に口を開いた。
「……俺は、他の奴みたいに力は出せないから。せめて、動きでカバーできる武器がいい。軽くて速いやつ」
職人は頷き、大きな紙を取り出すと、さらさらと絵を描き始めた。
「それなら、片手剣より少し小さめで、刃が細身のタイプはどうだ? レイサなら、二刀流もいけそうだしな」
レイサは、武器屋が仕上げた絵を見つめた。
「……あ、それ、いいかも。俺、そんな感じでお願いしようかな」
武器屋とレイサのやり取りは、まるで長年の相棒同士のように自然だった。
レイサが決めたのを見て、武器屋は満足げに頷き、次に視線をアイカへと向けた。
「よし、決まりだな。――で、アイカはどうする? そういえば、イヅキさんが守攻機関にいた頃は、両手剣を使ってたな」
武器屋がふと思い出したように、アイカに言葉を投げた。
イヅキは婿入りで神選者ではなかったが、一般の人間よりはずっと強かった。
その体格と力に見合う武器として、両手剣を選んでいたのだ。
「イヅキさんがやめて……もう四年か……」
武器屋の口調に、少しだけ寂しさがにじむ。
ナサ村で襲撃が起きた際、二十人近くいた守攻機関の隊員は、一夜にして壊滅し、生き残ったのはイヅキを含め、たった五人。
任務の重さは想像を絶し、家族のもとに帰る時間すら奪われた。
そして三年が経ち、トワの体調が悪化してしまった。看病が必要な息子のそばにも、アイカや妻のもとにもいられない日々が続いた。
その現実に、イヅキは家族を選び、守攻機関を去ることを選んだのだ。
一瞬、重い空気が流れた。
だが、それを払うようにアイカが口を開いた。
「剣もいいんだけど……もうちょっと違うのがいいかな。それでいて、ちゃんと力が乗るやつがいいかも」
それを聞いた武器屋は、腕を組んでしばらく考え込んだ。
やがて小さくうなずくと、棚の引き出しから新しい紙を取り出し、さらさらと絵を描き始めた。
「……そしたら、これなんかどうだ?」
差し出された紙には、少し変わった形状の武器が描かれている。
アイカはじっとそれを見つめ――そして、目を輝かせた。
「……それ、すごくいい。これなら、私の力でも……」
アイカは、じっと絵を見つめながら言葉をこぼした。
「決まりだな!二人のは、四日もあれば出来上がると思うぜ」
武器屋が歯を見せて笑い、紙をトントンと指先で叩いた。
アイカとレイサが、最後の確認に取りかかっていたときだった。
背後から、押し殺したような口論の声がちらりと耳に入ってくる。
「だめだって、サユちゃん!」
振り返ると、サユが見本棚の短剣に手を伸ばしていた。その腕を、トワが慌てて押さえている。
「見るだけ、見るだけだからっ!」
「それが危ないんだって……!」
トワの声には珍しく焦りが滲んでいた。
けれど、サユはつま先で背伸びをしながら、手をぐいっと前へ突き出す。
「あと、ちょっと……!」
その瞬間――
「きゃっ……!」
サユのバランスが崩れた。
カラン――!
乾いた音が工房に響く。
短剣が棚から滑り落ち、床に跳ねるように転がった。
トワが慌てて拾い上げるが、その刃はわずかに石床に欠けていた。
「……あ、あれ……?」
「……大人しくしろって、言ったのに……」
レイサが、呆れと困惑が混じった声でぽつりと呟く。
アイカも「あちゃあ」という顔をして、サユの方を見つめていた。
少しの沈黙ののち――
「サユ、謝るなら今だぞ」
レイサが腕を組み、諭すように静かに告げる。
サユはうつむき、武器屋の男の前まで行くと、涙目のまま、震える声で武器屋に謝罪した。
その結果、壊れてしまった短剣の修理費はレイサが肩代わりすることになり、なんとかその場は収まった。
だが、レイサの貯めていた自由金はほとんど消えてしまい、彼もまた苦笑しながら、サユと同じように涙目になっていた。
支払いを終え、五人が商い小屋を出ると、目の前に三人の女の子たちが立っていた。
まだ幼さの残る三人組は、レイサの前まで来ると、途端に足を止め、そわそわと落ち着きなく視線を泳がせる。
一人が小さく咳払いをして、そっと口を開いた。
「あの……レイサさん。これ、受け取ってください。試験、合格するように――」
一人の少女がそっと差し出したのは、白く細い紐だった。
それに続くように、もう一人の子がすばやく手を伸ばす。
最後の子はしばらく躊躇していたが、やがて目を閉じ、そっと手を差し出した。
それは、ナサ村に古くから伝わる、ささやかな風習だった。
白い紐には「邪念を祓い、想いを守る」という願いが込められており、試練に臨む誰かを応援する時――あるいは、ひそかな好意を伝える時、それを手渡すのが、この村の習わしだった。
三人の少女たちは、恥ずかしそうに目を伏せながらも、しっかりとその手を差し出す。
小さな手に握られた細い白紐は、頼りなげなのに、まるで祈りそのもののようにまっすぐだった。
レイサは、しばらく言葉もなくそれを見つめていたが――やがて、ふっと表情をやわらげて、爽やかな笑顔を浮かべた。
「……ありがとう。ちゃんと受け取った。絶対、受かるよ」
少女たちは、ぱっと顔を輝かせ、満足げに微笑んだ。
そして、来た時と同じように、足音も軽く去っていった。
三人の背が遠くなったところ、隣でアイカが、にやりと笑いながら口を開く。
「三人にも好かれて、良かったな」
アイカがからかうように言うと、レイサは肩をすくめて笑った。
「なんだ、羨ましいか? ならアイカも、また髪伸ばしてみたら?」
「は? なんでそうなるんだよ」
「ほら、前に伸ばしてた頃の方が、可愛いって言われてただろ?」
「私は、いいんだよ。そうゆうのめんどくさい」
アイカはそっけなく言って、風になびく短い髪を指でかき上げた。
七歳の頃まで、アイカの髪は腰の上まで届くほど長かった。
村一番の美女と言われた母親に似て、少し吊り上がった瞳を除けば、アイカの顔立ちはよく似ていた。
そのせいか、幼い頃から好意を向けてくる男の子は多かった。
けれど、自分の周りに群がられるのが、何よりも煩わしかった。
そしてある日、何の前触れもなく、ばっさりと髪を切った。
それからは、男勝りな言動も相まって、アイカに近づく男の子はめっきりいなくなった。
「アイカ姉は、今でも可愛いよ」
チタが真剣な眼差しでアイカを見上げながら、ぽつりと言った。
その言葉に、ふと場が和む。
「……まぁ、顔だけならな」
レイサが肩をすくめて冗談めかして笑う。
すると、すかさずアイカがレイサの片耳を無言でつまみ上げた。
「いっ……いってぇってば!」
顔をしかめて身をよじるレイサをよそに、アイカは無表情のまま耳をひっぱり続ける。だが、口元には微かに笑みが浮かんでいた。
そんなふざけ合いに、他の三人も笑いながらついて歩く。
そうして五人は、夕陽に照らされる道をゆっくりと、アイカとトワの家へと向かっていった。
家の側まで着くと、向かい側が何やら騒がしく、五人は思わずそちらに目を向けた。
見慣れない顔の子ども達が、手に荷物を抱えてせわしなく動き回っている。その後ろには、大人の姿も見えた。
「誰か、村に来たのかな……?」
サユが小さな声でつぶやく。
「ぽいね。でも……あの家って、たしか……」
トワが眉をひそめて言葉を濁す。
向かいの家に住んでいたのは、たしか一人きりの独身の男――村でも物静かな人物だったはずだ。
そんなことを考えていた矢先だった。
「すごい綺麗ですね!!」
甲高く透き通った声が、アイカの耳元で弾ける。
目を向けると、そこには見慣れない男の子が立っていた。年齢はサユやトワと同じくらい。短髪の茶色の髪の毛に、瞳は黒色をしている。服装も、この村のものとは少し違っていた。
「一目惚れしました!」
「は?」
戸惑いを隠せないアイカをよそに、男の子は目を輝かせたまま言葉を続けた。
「俺、カイって言います! お姉さんの名前、教えてく――」
言い終える前に、ゴンッと鈍い音が頭上に炸裂した。
額にピタリと決まった手刀。振り下ろしたのは、向かいに住む男――ソウヤ・ノセラ。
イヅキと同じ年だが、普段は柔らかな笑みを浮かべる、物腰の穏やかな男である。
「ごめんね、アイカちゃん。この子が急に……」
ソウヤは苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ソウヤさん、この子は?」
レイサが一歩前に出て、問いかけた。
「あぁ、この子はね、親友の子どもなんだ。ちょっと事情があって、うちで引き取ることになってね」
ソウヤは、まだ額を押さえている男の子の肩に手を添えながら、穏やかに続けた。
「名前はカイ。トワくんとサユちゃんと同い年で、まぁちょっと落ち着きはないけど、根は悪い子じゃないよ。それから、アイカちゃんやレイサくんと同い年の子も一緒に来てるんだ。よかったら、仲良くしてくれると嬉しいな」
アイカとレイサが、ソウヤの家の方に顔を向けた。 視線の先にいたのは、一人の少女だった。
胸下まで伸びた茶色の髪を、上半分だけゆるく結い上げ、顔まわりには真っ直ぐな後れ毛がふわりと垂れている。
歩き方ひとつ、髪の結い方ひとつにも、どこか育ちの良さを感じさせる。年相応のあどけなさに混じって、澄んだ水面のような静けさが、その目の奥にあった。
アイカよりも少し背が高く、細身の体型。
まっすぐこちらを見つめる瞳の奥には、不思議な静けさと、かすかな危うさが宿っていた。
神血の英雄伝 第十話
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