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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
第三章 孤獣と氷華

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荒獣と手巾

 昼刻の半ば過ぎ。


 陽はまだほぼ天頂にあり、日中の中でも特に気温が高い時間帯だった。


 北東の森の訓練場では、アイカたちが木刀を手に、それぞれの組の先輩と訓練を行っていた。

 レイサは許可をもらい、二刀の木刀を手にしている。


 得意の素早さを活かし、イオリへ一直線に踏み込んだ。

 地を蹴ると同時に右手の木刀を振り上げ、そのままイオリの頭上へ打ち込む。


 だが――


 イオリは向かってくるレイサを見ても、にこりと穏やかな笑みを浮かべたままだった。

 余裕すら感じさせる動きで、軽く身体を捌く。

 振り下ろされた木刀は、するりと空を切った。

 レイサの表情に、わずかに「クソッ」と悔しさが滲む。


 その瞬間だった。


 イオリは視線をすっとレイサの足元へ落とすと、自分の右の爪先をレイサの左足へ引っかけた。

 勢いよく踏み込んでいたレイサの重心が、そのまま前へ崩れる。


「っ!」


 倒れ込みそうになったレイサは、とっさに右足を踏み出し、なんとか体勢を保えた。


「レイサくん。それではだめですよ」


 イオリは涼しげな笑みを浮かべたまま、前屈みになっているレイサの背中へ声をかける。


 レイサは歯を食いしばりながら体勢を立て直し、イオリへ向き直った。


 イオリはセイスやアオイとは違い、筋力で押すような攻撃型ではない。

 それにもかかわらず、こうも簡単にいなされてしまった。


 なぜ攻撃が通らないのか。レイサは瞳を細める。


 その視線を受け、イオリは人差し指を立てると、軽く自分の顎へ当てて続けた。


「二次試験の時もそうでしたが、レイサくんは攻撃の仕方が正直なんです」

「正直……?」


 にこりと笑ったまま言うイオリに、レイサは少し目を丸くした。


「ええ。レイサくんは対戦になると、一直線に相手へ向かってくる癖があります。

それは君が獣の神選者アロス特有の俊敏さを活かしたいからかもしれません。

確かに神選者の個性を活かすのは良いことです」


 イオリは穏やかな口調のまま続ける。


「ですが、人間は正面からくる攻撃にとても敏感です。

こうして一直線に来られる攻撃は、初対面なら通じるかもしれません。

ですが二度、三度となれば相手も適応します」


 そして、少しだけ指を立てて言った。


「俊敏でも、動きが単純ならそれは活かせているとは言えません」

「はい……」


 イオリの説明に、レイサは先ほどまでの勢いをすっかり失い、納得したように小さく頷いた。


 視線を落とし、ではどう動けばいいのかと考え始める。


 そんなレイサの様子を見て、イオリは再び口を開いた。


「レイサくんは、どちらかというと私と同じで肉体戦向きではありません。ですが、私とは違い身軽で柔軟性も高い。そこも一緒に活かしてみてください」


 イオリの言葉を聞くと、レイサは拳を口元へ持っていき、数秒間黙り込んで考え込んだ。


 そんなレイサへ、イオリは穏やかな声で続ける。


「今日の私との稽古はここまでにします。少し一人で考えてみてください」


 レイサは短く息を吐き、気持ちを切り替えるように顔を上げた。


「……分かりました」


 小さく頷き、そう返事をした。


(うん。思っていたよりいい組み合わせだね)


 四人から少し距離を置き、それぞれの組の様子を観察していたイナトは、イオリとレイサの雰囲気を見て一人頷いた。


(イオリは教えるのが上手いし、レイサも技術を伸ばす方が向いている。左目のハンデも、これなら何とかなるね)


 獣の神選者は、俊敏さや柔軟性を高めるためなのか、元々筋力が強くない者が多い。


 それに加え、何度か訓練を見てきたイナトは、レイサの左目の視力がやや弱いのではないかと感じていた。


 だからこそ、無理に肉体面を鍛えさせるよりも、イオリのように自分に合った戦術を身につけた方がいい。


 そう考えたイナトは、武具の扱いと自身の立ち回りに長けたイオリと組ませたのだ。


 イオリは、人の感情を読むことにも長けている。どうすれば相手のやる気を引き出せるかもよく分かっている。


 きっと上手くレイサを伸ばしてくれるだろう。


 そう考えながら、イナトはゆっくりと身体の向きを変えた。


(さて、こっちの組はどうなってるか……)


 もう一つの組。


 少しばかり不安を抱いている組へと視線を向ける。

 アイカとセイス。

 森の開けた空間で向かい合う二人。


 木刀が打ち合う荒々しい音が森に響く。その中で、黒紫色の髪と、陽の光を受けて輝く銀色の髪が近づいては離れ、鋭く交差していた。


 アイカは何度もセイスへ攻撃を仕掛ける。


 しかし――


 向かってくるアイカに対し、セイスはほとんど動かない。

 ただ木刀一本で、すべてを押し返していた。


「ハァ……ハァ……」


 アイカの呼吸が荒くなる。


 攻撃に手を抜いているわけでも、セイスを侮っていたわけでもない。

 確かに最初は、セイスの背中の傷も考えて、あまり激しい訓練にならないようにしようかという考えがよぎった。

 けれど、いざ訓練が始まると、そんなことを考えている余裕などなくなっていた。


 人より力が強い自覚はある。

 だからこそ、ほんの少しでも届くのではないか――そんな期待はあった。


 だが。


 どれだけ力を込めて打ち込んでも、セイスはほとんど動かない。


 正面から。

 横から。

 フェイントを混ぜても。


 すべて読まれているかのように、木刀一本で弾き返される。


「嘘でしょ……」


 体力だけが削られていく。

 対してセイスは、荒々しい気配を纏ったまま、微動だにせず立っていた。


「は。なんや、高い口ほざいてたわりに、もう終いか」


 低く、喧嘩腰の声。

 セイスは顎をわずかに引き、殺気を放つような鋭い瞳でアイカを見据える。


 まるで、野放しの獅子が獲物が飛び込んでくるのを待っているかのようだった。


「終わりなんて言ってないし」


 アイカは息を切らしながらも、瞳だけは強くセイスを睨み返す。

 そして、再び力を込め正面からセイスへと踏み込んだ。


 だが、セイスは向かってくるアイカの動きを逃さず捉えていた。


 そして、アイカがセイスの間合いへ入りかけた刹那。

 セイスはアイカの木刀の柄を狙い、自分の木刀を振り下ろした。


 ――その瞬間だった。


 アイカは握っていた柄から、一気に力を抜いた。

 支えを失った木刀の先端は、地面へと傾きながら落ちていく。

 空いた右手が、そのまま迷いなくセイスの木刀へと伸びた。

 セイスの手元――柄の中ほどに、アイカの手が触れる。


 そして。

 ガシッ、と強く掴んだ。


「はっ」


 まさか木刀を手放してくるとは思っていなかったのだろう。

 木刀を掴まれたセイスは、不愉快そうに顔を歪めた。


「よしっ!」


 一瞬とはいえ、セイスの動きを止めることができた。


 アイカは声を漏らす。


(このまま一気に――)


 左手も伸ばし、セイスの木刀を握る手へ重ねる。

 そして全身の力を込め、自分の方へ引き寄せた。

 まずはセイスの体勢を崩す。次に、動いた瞬間、腹へ一発。


 そう狙い、全力で引き寄せる。


 だが。


 そう簡単に崩れる相手ではなかった。


「無理に決まっとるやろが」


 アイカの意図を察したセイスが、低く吐き捨てる。


 そのまま木刀を握る手に力を込めると、アイカが掴んでいることなどお構いなしに、木刀ごと腕を一気に上へ振り上げた。


「うわっ」


 木刀と一緒に、アイカの身体が持ち上がる。

 足が宙に浮いた。

 そのままセイスは、今度は木刀を一気に振り下ろす。


 叩きつけるように。


 アイカの身体も、その勢いのまま地面へと落ちていく。


「ちょっ、え――」


 あまりに突然の出来事に、頭も身体も追いつかない。


 そのまま地面へ叩きつけられる、そう思いアイカは思わず目を瞑った。


 だが、次の瞬間。


 左腕を強く引っ張られる感覚。

 そして、地面へ向かっていた身体が、ぴたりと止まった。


「え……?」


 恐る恐る目を開くと、目の前にはアイカの左腕を掴み、地面へ叩きつく直前で止めているセイスの姿があった。

 鋭い瞳で、上から見下ろしている。


 止めてくれたんだ。 


 そう思ったのも束の間。


 セイスはアイカと目が合うと、ふいと顔を背けた。

 そして、掴んでいた腕をあっさりと離した。

 結果、アイカの身体はそのまま地面へ落ちる。


 ドサッ――


 鈍い音が、森の中に響いた。


「なん、で……」


 衝撃は弱まっていたが、てっきり引き上げてくれるものだと思っていた。

 アイカは片目を閉じながら呟く。

 セイスはもう一度だけ視線を向けた。


「ふん」


 だが、すぐに顔を逸らした。


「惜しかったなぁ」


 二人の打ち合いを静かに見守っていたイナトが、小さく呟いた。


「でも、動きは前よりも良くなってる」


 アイカの踏み込みや間合いの取り方を見ながら、イナトはそう続ける。

 

 まだ未熟さはあるものの、以前よりも確実に動きは洗練されてきていた。

 アオイとの訓練も、ちゃんと力になっていたようだ。


(でも、それは……)


 イナトは目を細める。


(セイスが本調子じゃないから、っていうのもある)


 押し返す一撃一撃は重く鋭い。だが、その足取りはどこか鈍く、踏み込みの瞬間にわずかな遅れがあった。

 一つひとつの動作に、必要以上の力が乗っている。

 本来の彼なら、もっと軽く、もっと速く制しているはずだ。

 背中の負傷。無意識にかばっているのか、体の連動がわずかに崩れている。

 それでもなお、あの圧。

 だからこそ、今の拮抗は、単純な実力差だけでは測れない。


 イナトは口には出さず、静かに見守り続けた。







 縁刻も終わりに近い頃。


 アイカたちは今日の訓練を終え、守攻機関の本部へ戻り、井戸から汲み上げた水を水筒に入れて飲んでいた。

 数時間に及ぶ特訓で汗をかき、疲れきった身体に冷たい水が染み渡る。


「んと、疲れたぁ」


 アイカは水筒の水を一気に飲み干すと、そのままどさりと地面に腰を落とした。


 久しぶりの特訓。

 しかも以前はレイサとハナネと三人でアオイ一人を相手にしていたのに対し、今回はセイスと一対一。

 消耗は比べものにならず、身体はすでに悲鳴を上げる寸前だった。


「これ、明日起きたら絶対全身痛くなってるやつだ」


 隣で、なんとか立ったまま水筒を片手にレイサが言う。

 イオリの助言を受けてから、新しい戦術を試し続けていたせいで、全身の筋肉が強張っていた。


 一方で、組みの先輩たちはどちらも余裕のある表情を浮かべている。


 そんな五人のもとへ、一人の人影が近づいてきた。


「みんなお疲れ様〜!」


 柔らかな声に、五人が一斉に振り向く。

 ふわりと癖のついた白髪を揺らしながら、シアンが歩いてきた。


「あれ?……シアンさん?」


 穏やかな笑みで近づいてくるシアンに、イナトはきょとんと首を傾げる。


「今日、タイガ村長の護衛でしたよね?」


「さっき隊長が来て、休憩してこいって言われたから今は休憩時間〜」

「そうなんですね」


 シアンが明るく答えると、イナトも頷いた。


 そのやり取りを横目で聞きながら、アイカは水で濡れた口元を拭こうと手巾を取り出す。


 そのとき――


 澄み切った薄い青色が目に留まったシアンが、ふと視線を向けた。


「あれ、珍しい手巾だね」


 その一言に、他の面々も自然と視線を向ける。


「ほんとだ。ナサ村にあるものとは違うデザインだね」

「ですが、アイカさんの瞳の色とよく似ていてお似合いです」


 イナトとイオリが、覗き込むように言う。


「あー、これは……」


 アイカは手巾を見つめ、それからゆっくりとセイスへ視線を移した。


 皆が手巾に注目している中で、セイスだけはどこ吹く風といった様子で視線を外していた。

 まるで興味がないかのようだ。


 自分がアイカに買ったものだ。どんなデザインかなど分かりきっているし、そもそもそんな話題に関心もない。

 アイカもわざわざ自分の名前を出すこともないだろうと、そう思っていた。

 しかし、その考えは、あっさりと裏切られる。


「セイスに買ってもらった!」

「え?」

「え?」

「え?」


 ぽかんとした声が、同時に弾けた。


 次の瞬間、シアン、イナト、イオリの視線が、弓矢のように一斉にセイスへ突き刺さる。


「セイスが……?」

「うそ……」


 信じられないものを見るように、二人の視線がセイスを捉えたまま離れない。


「ゴホッ」


 その中心に立たされたセイスは、口に含んでいた水を思いきり吹き出した。

 まるで不意打ちを食らった獣のように、わずかに目を見開く。


 そこへ、イオリがにこりと笑みを浮かべながら、間合いを詰める。


「セイスが後輩に贈り物なんて、どういう風の吹き回しですか?」


 柔らかな声とは裏腹に、その言葉は細い針のように的確に刺さる。


 さらに、楽しげな気配をまとったシアンも加わり、じわじわと包囲が狭まっていく。


「えー! セイスが贈り物なんて初めてだよね!? なんで買ってあげたの?」

「任務に行っている間に、ここまで仲を深めているとは……」


 純粋な好奇心と、面白がる気配が入り混じり、場の空気が一気にざわめく。


「チッ」


 舌打ちは短く、しかしはっきりとした拒絶だった。


 面倒くさい。その一言に尽きる。

 どうせ何を言っても、火に油を注ぐだけだ。


 セイスは視線を切り捨てるように逸らすと、そのまま背を向ける。

 逃げるでもなく、ただ鬱陶しいものを振り払うように、引き戸へと歩いていった。


 ガラッ――


 戸が荒く開かれ、


 ドンッ――


 苛立ちを叩きつけるように、強く閉じられる。

 その音だけが、余韻のように場に残った。


「ハハ……」


 取り残された空気をなだめるように、イナトが乾いた笑みを漏らした。

 閉じられた引き戸の向こうで、まだ機嫌の悪そうな気配が残っている。

神血(イコル)の英雄伝 第九十四話

お読みいただきありがとうございます。

次回も読んでくださると嬉しいです૮꒰ྀི⁔.⸝⸝⸝⸝.⁔꒱ྀིა

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