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神血の英雄伝  作者: 小豆みるな
第三章 孤獣と氷華

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アイカとセイス 二

 市刻の始めごろ。

 

 西側では、市場や食事処が動き始め、学び舎では子どもたちが算術や読み書きを学び始めている。

 アイカたちのいる東側でも、先ほどより職人たちの動きがさらに活発になっていた。


「セイス! それ、私が持つって言ってるじゃん! 聞いてんの?」


 アイカは、樵の作業小屋の外で割られた薪の束を小屋の中へ運ぶため、肩に担いで歩くセイスの背中へ声を投げた。

 しかしセイスは、そんなアイカの声など届いていないかのように、そのまま歩き続ける。



 なぜ二人がこんなことになっているのか。話は、数十分前に遡る。




◇◆◇




 あの後、東側の見回りを一通り終えたアイカとセイスは、本部へ戻るため再び作業小屋のあたりまで戻ってきていた。

 ちょうどその時、森から運んできた薪用の生木を、樵たちが一斉に割っているところだった。

 そこへ通りかかった二人に、樵の一人が声をかけた。


 少しばかり手伝ってくれないか、と。


 ナサ村では、夏の中旬頃から職人たちが冬支度を始める。

 特に大工や樵は、この時期から秋染しゅうせんの月あたりまで忙しくなる。


 秋染の月は颶風ぐふうや秋雨が多くなるため、今のうちに準備を進めておく必要があった。

 樵は、家や飼育小屋などを補修するために大工へ渡す木材の準備や、来年使う薪を乾燥させるための薪集めなどで、この時期は特に忙しい。

 だからこそ、見回りの帰りでちょうど通りかかったアイカとセイスに声をかけたのだった。


『もし見回りのときに村の人たちから頼みごとをされたら――これは状況によるね。

頼みごとを引き受けて見回りがおろそかになったり、帰りが遅くなるのはだめ。でも、困っている人を知らんぷりするのもよくない。

難しそうだと思ったら、見回りを終えて一度本部に戻り、報告を済ませたあとでそのことを伝えて手伝いに行くのでもいい。

状況を見て、出来そうなら手助けしてあげて。そこは各自の判断に任せるよ』


 一月前、イナトから教わった言葉がアイカの頭に浮かぶ。


 二人とも見回りは終えており、あとは報告をするだけだ。

 少し手伝うくらいなら問題ないだろう。そうも思った。

 だが、セイスはまだ背中を負傷している。

 樵の仕事を手伝うとなれば、身体への負担は大きいかもしれない。


 断るべきだろうか。


 アイカがそう迷っていると、セイスはアイカと視線すら合わせないまま、あっさりと引き受けてしまったのだ。

 しかし、イナトと約束を交わした以上、セイスの負担になるようなことはなるべく避けたい。

 アイカ自身も力仕事ならそれなりに出来ると思っている。


 だから自分がやると言ったのだが、セイスはそんなアイカの言葉など聞こえていないかのように、とにかく無視。


 無視無視無視。


 見事なまでの無視である。黙々と薪を担いで運び続けている。




◇◆◇




 ーーそして今に至る。


「なんか返事ぐらいはしてよ……聞こえてるくせに」

「はぁあ。さっきからぎゃあぎゃあうっさいわ」


 歩きながら声を張り上げていたせいで、アイカは少し息を切らしながらセイスへ言った。

 すると、ここまで無視を貫いていたセイスが、とうとう口を開いた。


 セイスは肩に担いでいる薪の束に、八つ当たりでもするようにぐっと力を込める。

 腕の筋肉がわずかに浮き上がり、薪が小さく軋んだ。


「お前みたいなガキのチビより、俺が運んだ方が早よ終わるくらい見りゃ分かるやろ」


 怒気を帯びた細い瞳が、まっすぐアイカに突き刺さる。


「でも――」

「黙っとけ。後輩は大人しゅう先輩の言うこと聞いとけ」


 アイカが言い返そうと口を開いた瞬間、セイスは間髪入れず言葉を叩きつけた。

 まるでそれ以上一言も言わせる気がないと言わんばかりの勢いだった。


 その圧に押され、アイカは思わず肩をすくめる。

 喉の奥まで出かかった言葉は、結局どこにも行き場を見つけられなかった。


 アイカが黙り込むと、セイスはもう用はないと言うように前を向き直る。

 再び無言のまま歩き出し、薪を担いで作業小屋の方へ向かっていった。


 少しずつ距離が開いていく。


 その背中を、アイカは立ち止まるような気持ちで見つめた。

 無理をするセイスを止める。そう、イナトと約束した。


 けれど。


(こんなの無理じゃん。どうやってあれを説得すればいいの)


 あの背中を思い浮かべただけで、言葉が通じる未来がまったく想像できない。

 肩を落としながら、アイカは小さく息を吐いた。


 その時だった。


 薪を割る音の合間から、数人の足音が近づいてくる。

 気づくと、数人の樵がアイカのそばに立っていた。


「すごい横暴な態度だな」


 低い声に、アイカは振り返る。

 先ほどまで生木を割っていた樵たちが、皆そろってセイスの背中へ視線を向けていた。

 斧を肩に担いだままの者、腕を組んでいる者。どうやらさっきのやり取りはしっかり聞こえていたらしい。


「ほんと、よくあれで守攻機関が務まるよ」


 樵たちはくつくつと笑いながら言う。

 だがその声色には、どこか呆れ半分、親しみ半分のような響きがあった。


「でも、なんだかんだ言って口は悪くても手伝ってくれるのがセイスくんなんだよな」

「そうだな。不器用にも程があるよ」


 樵たちは、どこか面白がるように笑い合う。

 そして、その中の一人がふと遠くを見るような目で言った。


「前はもっと素直だったのにな」


 その言葉に、アイカは思わず首をかしげる。


「セイスのこと、昔から知ってるの?」


 そう尋ねると、樵たちは一斉にアイカの方を見た。

 その中の一人が、ゆっくりとうなずく。


「もちろん知ってるよ」


 そして言った。


「セイスくんの父親は、ここで働いていたからな」

「え!? そうなの!?」


 驚きのあまり、アイカの声は思わず大きくなった。


「ああ。周りにもよく気を遣える、一生懸命ないい人だったよ」

「休憩の時なんか、お母さんと一緒にセイスくんもよく来てたな。羨ましいくらい仲のいい家族だった」

「そうそう。セイスくんも、あの頃は素直で明るくて可愛かったのになぁ」


 樵たちは、まるで昔を懐かしむように次々と話し出した。

 斧を地面に立てながら笑う者もいれば、遠くを見ながら頷く者もいる。


 しかしその中で、一人の樵がふと声を落とした。


「七年前の襲撃からだな。あんな感じになったのは」


 先ほどまでの軽い空気が、ほんの少しだけ沈む。


「すっかり心を閉ざしちゃって」

「仕方ないさ。一気に両親を亡くしたんだ。そりゃ変わりもする」


 周りの樵たちも、静かにうなずいた。

 その話を聞きながら、アイカはゆっくりと視線を前へ戻す。


 薪を担いで歩いていく、セイスの背中へ。


 相変わらず乱暴な足取りで、誰のことも振り返らないその背中を、アイカはしばらく黙って見つめていた。







 正午。


 アイカとセイスは、あの後、市刻の半ば過ぎまで樵たちの仕事を手伝っていた。

 本部へ戻り大部屋へ入ると、すでに南側の見回りから帰ってきていたイオリとレイサ、それにイナト、アオイの姿があった。


 机の上には人数分の杯が並び、四人は椅子に腰掛けてそれぞれ杯を手にしている。

 視線は一斉に、今戻った二人へ向けられた。

 どうやら、帰りを待っていたらしい。


「二人とも遅かったね。何かあったの?」


 静かに椅子から立ち上がり、イナトが尋ねる。

 それに答えたのはアイカだった。


「いや〜、樵の人たちから手伝ってほしいって言われて……」


 そう言いながら、アイカは頭の後ろに手を回し、申し訳なさそうに笑う。

 それを聞いたイナトは一度目を丸くしたが、すぐに眉を下げて息を吐いた。


「この前も言ったけど、手伝うのはいいことだよ。でも時間がかかるなら、一度本部へ戻ってくること。だよ?」

「ごめん。こんなに時間がかかると思ってなくてさ」


 薪を運ぶだけなら、そう時間はかからないと思っていた。

 だが実際には薪の量が想像以上に多く、さらに大工へ渡す材木までセイスが運び始めたものだから、帰りはすっかり遅くなってしまったのだ。


 アイカが申し訳なさそうに事情を話す一方で、セイスは小言など聞く気もないというように、そっぽを向いている。


 その態度に、イナトは困ったように苦笑した。

 ひとまず話が落ち着くと、アイカは今朝見かけなかった人物へ視線を向ける。


「ていうか、アオイ。朝見なかったけど何してたの?」


 椅子に腰掛けたまま、涼しげな無表情でこちらを見ていたアオイが、ゆっくりと視線を返す。


「俺は四人より先に、西側の見回りに出てた」


 淡々とした声で答えると、横からイナトが補足した。


「アオイはハナネと組んでもらう予定なんだけどね。ハナネが療養している間は、一人で西側を回ってもらってるんだ」

「へぇー……」


 アイカは納得したように頷いた。 


 その後、漁師から手伝いを頼まれていたアオイは舟戸へ向かい、イナトは皆が使った杯を片付けに行った。


 部屋に残った四人は対応の間へ移動し、セイスとイオリがアイカとレイサに、村人が訪ねてきたときの対応や記録書の書き方などを教えることになった。

 もっとも、荒っぽい態度のセイスでは対応の見本にならない。

 途中からは、ほとんどイオリが二人に教えていた。


 そうしているうちに、昼膳の時間がやってきた。


 昼膳は各自、好きな場所で取ることになっている。

 イオリは、なぜか最近はまっているらしく食事処へ向かい、アイカとレイサも誘われた。

 だが、母親が用意してくれた弁当があったため、二人は第二部隊室で食べることにする。


 部屋では、握り飯を片手にレイサのサユ自慢が始まっていた。


「でよ、わざわざ広場まで俺のために会いにきてくれたんだぜ」


 レイサは、見回りのときに会いに来てくれたサユのことを、心底嬉しそうに隣のアイカへ語っていた。

 そんなレイサの隣で、アイカはもう妹自慢は聞き飽きたと言わんばかりに、黙々と握り飯を食べ進めていた。

 すると、レイサがふと思い出したように口を開く。


「あ、そういえばトワとカイも一緒だったぜ。カイのやつ、アイカに会えなくて残念がってたな」

「ふ〜ん」


 レイサがそう言うが、アイカは特に興味もなさそうに短く返すだけだった。

 レイサは弁当を持ったまま、ちらりと横目でアイカを見て言う。


「てか、なんでカイはアイカのことあんなに気に入ってんだ?」


 アイカとカイは、ほとんど接点がない。

 それなのにカイは、やけにアイカへ懐いているように見える。

 前から不思議に思っていたレイサが、ついに尋ねたのだった。

 しかし、それはアイカにも分からないことだった。


「私も知らないよ」


 なぜカイがあんなにも自分に懐いてくるのか。

 それはアイカ自身にもさっぱり分からない。

 ただ、ハナネの弟で、トワの友達。それくらいの認識しかなかった。

 するとレイサが、にやりと片方の口角を上げる。


「やっぱ一目惚れか?」


 アイカたちと初めて会ったとき、カイはアイカに向かって「一目惚れした」と言っていた。

 もしかして、あれは本気だったのではないか。そんなことをレイサは思ったのだ。

 しかしアイカは、きっぱりと言う。


「あんなの戯言だろ」


 誰にでも気さくに話しかける、あの明るい性格を考えれば、ただの挨拶のような軽口だろうと、アイカは思っていた。

 面白がってああいう態度を取っているだけで、実際には自分のことを異性として見ているわけではない。

 アイカの中では、そんな認識だった。


「ま、そっか」


 レイサも、どこか納得したように頷いた。


 それから二人は、黙々と昼餉を食べ進めた。

やがて昼刻の半ばを過ぎ、北東の森では訓練が始まる。


神血(イコル)の英雄伝 第九十三話

お読みいただきありがとうございます。

次回も読んでくださると嬉しいです૮꒰ྀི⁔.⸝⸝⸝⸝.⁔꒱ྀིა


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