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神血の英雄伝  作者: 三坂 恋
第一章 守攻機関
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新たな始まり

 アイカは快晴の空を見上げていた。


 顎ほどまで伸びた銀髪は、寝癖がまだ少し残っているものの、風にそよいで柔らかく揺れている。

 少し吊り上がった瞼に、宝石のような青い瞳が太陽の光を受けてきらきらと輝き、まるで空に溶け込むようだった。


 百六十センチ近い引き締まった細身の体は、日々の鍛錬の積み重ねを感じさせる。無駄のない動きのために鍛えられてはいるが、腕や脚にはしなやかな丸みが残り、少女らしい柔らかさを漂わせていた。


「んーー」


 アイカは両手を組み、体をやや横に向け、上へ思いっきり伸ばした。


「アイカー」


 すぐ近くで、アイカを呼ぶ声がした。

 振り向けば、声の主が手を振りながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


「レイサ……」


 思わずその名を呟く。

 かつてアイカより背が低かったレイサは、今では百六十後半まで身長が伸び、面影を残しながらも、凛とした男らしさを纏う顔立ちへと成長していた。


 襟足と横髪は短く刈り込まれ、前髪は左へと自然に流れている。

 その流れに乗るように、左側の髪だけがほんのわずかに目元へとかかっていた。

 左瞼の眉毛付近には一センチほどの小さな傷跡が残ってた。



ーーあの襲撃から約七年が経過していた。



 村は、村人達全員が協力し長年かけて修復し、元の村に戻りつつあった。当時、ナサ村が襲撃された話しは他の三つの地域にも広がった。

 タイガと交流の深かった医者の名家が治療にあたる為、村を訪れたり、ユーレナの代表が物資を分けて補助してくれた。

 また、八人の残党が捕えられ、そのうちの七人は斬首刑、一人は、薬殺刑となった。


 五百二十人ほどいたナサ村の村人は、四百人近くにまで減ってしまった。

 百四名が無残に命を奪われ、二十三名は、名も痕も残さぬまま姿を消した。


 レイサは、あの夜について一言も語ろうとはしなかった。

 ただ、何度も口にしたのは――「強くなりたい」その一言だけだった。


 あの出来事は、今なお村人たちの胸を灼き続けている。


 家族を喪い、ただ空ろな眼で日々を繋ぐ者。

 愛する者の名を呼び続け、焼け跡に祈りを捧げる者。


 それでもなお、人々は生きようと頑張っている。

 かつての平穏を引き裂いたあの夜を越え、絶望の中に差す微かな光にすがるように彼らは、ただ前を向こうとしていた。



──アイカはふと、隣に立つレイサを見やった。



「そういえば……今日はどうして遅れてきたんだよ」


 いつもなら自分より早く待ち合わせ場所に現れる彼の姿がなかったことを、今さら思い出したように問いかける。


「悪い。サユがどうしても行きたいって駄々こねてさー。今日はダメだって言ったんだけどな……」


 レイサは苦笑しながら、逆手で頭をかいた。

まるでやれやれ、とでも言いたげなその仕草に、どこか優しさが滲む。

 けれどその横顔は、まんざらでもないような色を浮かべていた。

 それがまた、ほんの少し気味が悪かった。


 するとひょこっと、レイサの後ろから少女が顔を出した。


 レイサと同じ琥珀色の髪が少し高めの位置で、横に一つにむずれていた。


 レイサの二つ下の妹、サユ・ハリス。


 まだ幼さを感じたせる体型に可愛らしい顔立ちだか、二人は顔立ちはよく似ていて、お互いの変装をしたら、気づく者は少ないだろう。


「アイカだって連れて来てんじゃん」


 そう言いながら、レイサはアイカの背後を指差した。

 その指先をたどるように振り返ると、一人の少年が静かに立っていた。


 銀色の髪は相変わらず整っており、柔らかく丸みを帯びた後ろ髪は丁寧に整えられている。

 前髪はやや薄く、額のあたりに光を落とし、透き通るような印象を与えていた。


「こんにちは、レイサさん!」


 少年は、柔らかな笑顔を浮かべて一礼した。


「トワ。……また、身長伸びたな」


 目を細めてそう呟いたレイサにトワ・カコエラはどこか照れたように笑みを浮かべた。


 彼はアイカの弟であり、サユとは同い年。


 かつては病弱でベッドに伏せる日も多かったが、今ではそんな面影はなく、身長は百六十センチを超え、姉のアイカもサユもすでに追い越している。


 一見すると華奢にも見えるその体には、静かに積み重ねてきた日々の鍛錬の成果が、確かに刻まれていた。


「ありがとうございます。でも……サユちゃんを守るためには、もっと強くならなきゃいけません」


 トワは穏やかな笑みを浮かべながら、そっとサユの前に歩み寄った。


「なんでそういうこと、平気で言えるのよっ!」


 サユは眉をひそめて、トワを真っすぐに睨みつけた。

声には確かに怒気がこもっていて、からかいや照れではないと、誰もがわかった。

 けれどその横顔――特に耳のあたりは、赤く染まっていた。


 それを見ていたレイサが、明らかに不機嫌そうな顔で二人を見つめた。

 そして、ふいに動くと、自分の腕と体をサユとトワの間にぐいっと差し込む。


「おい待て。サユを守るのは俺だ。トワ、お前はお姉ちゃんでも守ってろ」

「えっ、お姉ちゃん怖いですよ? 無理です」


 レイサが目を細めてトワを見た。

 その口元が、ふと皮肉げに歪む。


「……あー、わかる。たしかにアイカは恐ろしいわ……」

「でしょう?」


 トワは勝ち誇ったように微笑み、続ける。


「だから僕はサユちゃんを守ります。……お義兄さん」


 その言葉に、レイサの眉がぴくりと動いた。


「誰がお義兄さんだって……」

「誰が怖いって……?」


 トワに言い返そうとしたその瞬間、横から伸びた手が二人の服の胸元をぐしゃっと掴んだ。


 アイカだった。


 無言のまま、じわりと目元に笑みを浮かべながら――。


「さっきから聞いてたら、あんたら……」


 アイカの声は低く、静かに怒気を孕んでいた。

 その一言で、場の空気が一気に凍りつく。


「い、いや……その、悪い。言いすぎたわ……!」


 レイサは慌てて弁明するが、アイカの瞳はすでに静かに光を失っていた。

 まるで怒れる獣のような気配が、二人にじりじりと迫る。


「やっちゃった……」


 トワも後ずさりしかけたその時――


「アイカ姉ぇぇ!!」


 勢いよく飛びついてきた誰かの腕が、アイカの背中にしがみついた。


「うわっ……チタ……!」


 怒りをまとっていたアイカの肩が一瞬びくりと揺れ、

圧が霧のように溶けていく。


 アイカが視線を下げると、そこには小さな男の子が立っていた。


 大きく、つぶらな黒い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。

 その瞳はまるで、何も知らぬ天使のような無垢さを湛え、柔らかな金と白の髪が、陽の光に透けてきらきらと揺れていた。


 男の子はアイカの腰のあたりに両腕を回し、ぎゅっとしがみついている。背丈はちょうど百二十センチほど。

 その小さな体から伝わる体温と鼓動に、アイカの張りつめていた感情が、ふと緩んだ。


 男の子は、七年前――

 アイカが、林の奥で手を差し伸べた、あの子だった。


 あの後、震える彼の手を握り、アイカは自分の家へと連れて帰った。

 どこから来たのか、名前はあるのかと尋ねると


「……九番」


 それだけだった。

 まるで、それ以外の言葉を知らないかのように。

 その姿が、胸の奥に鋭く突き刺さった。

 だから、アイカは笑いながら言った。


「んじゃぁ、チタ。どう?」


 やがて彼は、カコエラ家に引き取られ、家族として迎えられた。

 けれど、アイカにとっても、チタはあの日からずっと、もう"家族"だった。


「アイカ姉たち、守りの道具を作りに行くんでしょ? 僕も行きたい!」


 チタは小さな体でぴょんぴょんと跳ねながら、アイカの前に立ってそう言った。

 金と白の髪が跳ねるたびに陽光を反射し、その瞳は期待に輝いている。


 アイカは少し驚いたように目を瞬かせて、チタを見下ろした。


 ほんの数年前までは、ほとんど喋らず、いつも影のように静かだったあの子が――今ではこんなにも元気に、まっすぐに自分の想いを口にしてくれるようになった。


 その成長が嬉しくて。

 胸の奥が、くすぐったいような、でもどこか誇らしい気持ちでいっぱいになる。


 アイカとレイサは、一週間後に控える守攻機関(クガミ)第二部隊の入隊試験に向けて、着々と準備を進めていた。

 その日は、その一環として“武器”を作るため、村の東側にある工房へと向かうところだった。


 「武器」という言葉を、村ではあまり軽々しく使わない。

 とくに小さな子どもたちの前では、代わりに「守りの道具」と呼ぶのが常だった。

 チタがそう言ったのも、おそらくは周囲の大人たちの言葉をそのまま覚えていたのだろう。


 守攻機関では、村を守るために、それぞれの隊員が“自らの力を最も引き出せる武器”を作り、扱えるようにしておく必要がある。

 そのため、入隊試験の第二段階――実技試験では、持ち込みの武器の使用が特別に許されている。


 もっとも、村の現役隊員のほとんどが扱っているのは「剣」だった。

 それも、派手な装飾ではなく、実戦に適したごく普通の剣だ。

 当然、アイカとレイサも、剣を前提にした設計を考えていた。


 レイサは、小さく笑って膝をつくと、チタと視線の高さを合わせて言った。


「……チタには、まだ早えよ」


 そう言って、レイサは優しく彼の頭を撫でた。

 けれど、チタはその手を、まるで何か大切なものを守るように、両手でぎゅっと掴んだ。


「やだ、僕も行きたい」


 潤んだような瞳で、アイカとレイサを見上げる。

 その瞳は澄んでいて、どこまでもまっすぐで、嘘ひとつなかった。


一瞬——


 レイサとアイカの心に、電流のような感覚が走った。


(……天使か)


 それはレイサの内心だったが、隣にいるアイカも、同じような思いを抱いたのだとわかる。

 見つめ返すまでもなく、ふたりの間に妙な沈黙が流れる。


「私たちも、行きたい」


 ぽつりと、サユが呟いた。

 ほんの少し、口元が尖っている。レイサに対するその声には、拗ねたような響きが混じっていた。


 それは、置いてけぼりにされた寂しさと、ほんの少しの怒り。

 レイサほどではないが、サユにとっても兄という存在は特別だった。大事にしていた絆が、自分の知らないところで誰かと深まっていくようで、胸がざわつくのだ。


 レイサはサユの声に振り返ると、苦笑いを浮かべながらも、少し困ったように眉を下げた。

 視線をアイカに向けると、アイカもまた、無言で小さく肩をすくめた。


「……まったく、仕方ねぇな」


 二人して、同じように「はあぁ」とため息をつく。


「三人とも、大人しくしてること。あと、俺たちの邪魔をしないこと。いいな?」


 レイサが念を押すように言うと、チタも、サユも、トワも。それぞれ真剣な顔で、こくんと大きく頷いた。


 小さな決意の色を乗せたその仕草に、思わずレイサとアイカの頬がゆるむ。


 こうして、五人は並んで歩き出した。

神血の英雄伝(イコルのえいゆうでん) 第九話

読んでいただきありがとうございました。


今日は雨が降っていたので家で勉強と漫画を読んで過ごしてました˶ー̀֊ー́ )

次回も読んでくださると嬉しいです(՞ . .՞)︎

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