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第1話

 紀元前3000年、古代エジプトで最初のサイコロが転がり、全てが始まった。


 エジプトで、中国で、賭け事は文明を越えて広がっていった。中世ヨーロッパでも、人々は自分の財産を賭けて、カードやサイコロが回るルーレットに魅了された。


 ルネサンス期、ヴェネツィアにカジノが誕生。貴族も平民も、勝敗に全てを賭けた。そして18世紀、19世紀、新たなゲームが誕生。ルーレット、ポーカー、ブラックジャック……ギャンブルはもはや人類の歴史と言っても過剰ではない。


 現代、ラスベガスは世界中のギャンブラーを引き寄せた。しかし、それだけでは終わらない。インターネットがギャンブルを次の次元へと引き上げたのだ。


 今では、スマートフォンさえあれば、誰でもどこでも、その魔力に触れることができる。人はなぜ賭けるのか―それは、ジャンキーだから!


伊藤真行『ギャンブルの歴史』無頼舎より抜粋


 俺は自分が傲慢になりそうな時、賭場に向かう。

 なぜなら、自分の思い通りにならないものに出会うためだ。


 運否天賦。


 慮外のもの。


 かの有名なギャンブラーは、9勝6敗を目指せと言った。勝ち過ぎれば無理が出る。負けが多いと寂しい。正にその通りだ。


 勝負している限り、勝ったり負けたりの繰り返しであるが、少しでも浮くような工夫とかけ引きを展開していくことは誰でもしているだろう。


 俺も、負けてしまう時は傷が浅いような小さな負けを心がけている。また、勝つ時もあまり大きく勝ち過ぎない。もし、大きく勝ってしまったら、周囲に還元する。


 そうやってバランスをとるようになったのは、若い頃の経験がそうさせていた。


 今から十数年前、俺は社会に放逐された。

 中高、大学生活の約10年間を麻雀と柔道に明け暮れていて、学校教育によって系統立てられた知識技能は、ほぼ未修得。

 就職活動もままならなかった。


 また、特にこれといって取り柄も無かった俺は、時間稼ぎのように軍隊に入営した。


 教育期間が終わり、中隊に配属されたところで、すぐに演習など各種訓練があって忙しかったが、軍隊というのは、暇な時は驚くほど暇なものであった。また、閉鎖された男社会であるため、畢竟、悪い遊びやら、なんやらが流行りやすい。


 俺の配属された中隊でもジャンケンで、ジュースをかけたり、低レートでウノをしたりと、小さな遊興が楽しまれていた。


 そして、もちろん麻雀もあった。

 麻雀に関しては一日の長があって、最初から若干浮いた。


 金銭の増減をアプリで記録をしてみると、毎月約六万前後の収入を得ることができていた。


 そんな、ケチな博打と仕事の日々を過ごしていると同室の先輩であるkという人物が、俺にある話を持ってきた。


 まず、このkという人物の特徴は190センチはあろうかと思われる長身だった。


 しかし、その長身を活かして何かの戦技が優秀というわけでもなく。どちらかといえば、素行不良、周りの評判も最悪。


 なのに、女性関係は派手で、いつも大金を持ち歩いているという男であった。


「なあ、ビジネスを引き継がないか?」


 それは、警衛勤務後、少しくたびれいていたが寝る気にもなれなかったため、隊舎屋上で日向ぼっこをしながら、半長靴を磨いていた昼前の出来事である。


「先輩のビジネスってなんすか?」


 kは博打は打たなかったが、物を融通させたり、女性の紹介をしたりで小遣いを稼いでいた。

 てっきり、そういった類の仕事を紹介されるものだと思った。


「困っている奴に当面凌げるだけの金を貸してやるっていう仕事だ」


「金に詰まって困っている奴に金を貸して、返ってくるもんなんですかね?」


「そういうなって。同じ職場の人間に貸すんだ。そうそう踏み倒されねーよ」


 が、意外にも貸金業。


 しかし、金を貸す時はやるつもりで貸せ、と言うくらい貸した金が戻ってくることは一般的にない。

 

 企業対個人であれば、巨大な資本、洗練された回収システムがあるのでリスクも少ないだろう。

 ましてや、貸す相手は特別国家公務員である軍人である。断る理由はないだろう。


 しかし、今回kが紹介してきた仕事は個人間での貸し借り。容易に踏み倒される可能性が高い。


「なあ、阿川。おまえ、麻雀で稼いでるんだろ?」


「それは・・・」


 私が二の句を告げようとする前に、kが口を挟んできた。


「ずっと勝てると思っているのか? 麻雀一本で小遣い稼いでいくつもりか?」


 kは私を見下ろしながら続ける。


「もし、研究されて麻雀で勝てなくなったろどうすんだよ?」


「俺が、負けるって言うんですか?」


 話が長くなりそうだったので、少し気を悪くした振りをする。

 これで諦めて帰ってくれれば良いが。


「いや、おまえが自分の腕に自身があるのは分かる。それに実力も折り紙つきだ。そうそう負けることは無いと俺も思う」


 落としたり、煽てたり。忙しい男である。


「だが、絶対負けないということは、絶対にない」


 う、と自分の声が漏れるのがわかった。


 確かにこの世の中、絶対ということは絶対に無い。


「だからって、そんな怪しい話にのるほど切羽詰まって無いっていうか。貸した金踏み倒されるのが嫌だし」


「おまえは、金が無くなるのが嫌なんだろ?」


「それは、みんな嫌だと思いますけど」


「だからだよ」


「え?」


「だから、リスクヘッジ、リスクパフォーマンス」


 kの舌鋒がますます鋭くなる。


「阿川は、今勝っていて、その勝利に満足しているだけ。リスクと向き合っていない」


「向き合っていない?」


「そう、収入源はあればあるほど良い。例えば、水が入る水路が一つしか無い池は。その一つが塞がれたら、枯れる。しかし、二つあればどうだ」


「池は、枯れない?」


「そう! 池は枯れない!」


「しかも、二つあれば必然、潤う!」


 kの弁舌に捲し立てられ。とりあえず、kの顧客達と面通しをすることになった。


 顧客の一人を例に出そう。名前を仮にブリッジとする。


 ブリッジはkの同期で典型的なギャンブル依存性、基本スッカラカンだ。

 あればあるだけ突っ込んでしまう。言うなればジャンキー。底抜け。


 だから、kの貸金業の顧客になったのは運命と言ってもいいだろう。渡りに船。地獄に仏。

 いや、仏ではない。なんせ法外な利子を取る高利貸しもいいところだ。

 地獄で小遣い稼ぎをしている鬼に出会ったくらいのものである。


「とりあえず四万融通してくれるか?」


 ブリッジが言う。


「わかった。阿川、四万出せ」


「はい、四万」


 ここは出しておくことにする。これから自分が回すビジネスだと思えば、これくらいはする。


「じゃあ、利率は20%だから、給料日には四万八千で返してくれ」


 暴利! 

 出資法で定められた上限20%の金利は、年利で20%!

 月利20%は圧倒的暴利!

 しかも、次の給料日まで20日も無い。

 こんな条件ブリッジは飲むのだろうか。


「わかった」

 

 ブリッジはそんな暴利を気にもせずに易々諾々と従う。不気味なくらい素直だ。


 kと共謀して私から四万巻き上げるつもりでは無いのかという疑念も湧いてくる。


 kは四万を受け取ったブリッジに、証書を書かせた後、その現金と証書をブリッジに持たせ、スマートフォンで写真を撮った。


「OK、そしたら俺は仲介料として、出た利益から五千円もらうな」

 

 これもおかしいだろう。

 出た利益の半分以上を自分のものにしようとしているし、kはリスクを背負っていない。

 あるのは、給料日にプラス五千円入ってくるということだけ。


 思えば、この時は反論するべきだったのだ。


 この時反論しなかったから、kは俺を心理的に下に見た。


 この時、kにしてみれば俺もブリッジ同様、搾取の対象になったのだ。


 しかし、貸金業は思いの外順調に進んだ。

 初回以降は、仲介料の請求も無かったし、顧客達は驚くほど律儀に返した。


 同じ職場にいて、給料日も把握していて、更に借りた金は返していたという実績のある顧客ばかりだったので、返済が遅れることはあっても踏み倒すということは無かった。


 ただ、ブリッジはジャンキー中のジャンキーだったので、返したその日にまた借りたり、返す前にパチンコ、スロットに突っ込んで次の月までジャンプしたりするということはあった。


 負けが込んで、借入額が膨らんだ時、たまたま爆勝ちして、返済してもお釣りがくるくらい金を持っていたことがあった。


 「今日まとめて返すわ」とブリッジから連絡があり、受け渡しの場所である人気のないトイレで待ち受けていたブリッジは、少し不貞腐れたような態度で、俺を非難するような眼差しで借りていた金を返してきた。


「ありがとうございます。それにしても・・・」


「それにしても、何だよ? よく返せたなってか?」


 何を怒っているのだろうか。


「ふん、大勝ちしたからな。もうおまえから借りなくてもやりくりできるようにするから。もう貸さなくていいよ」


 ゲームとか釣りとか、金のかからない趣味を持つというようなことを言って、その日ブリッジは自分の部屋に帰って行った。


 しかし、ブリッジは一週間後また阿川金融を利用することになったのである。


 そう、彼は何度でも繰り返す。

 愚かなこととわかっていても。

 ジャンキーだから!

 脳みそまで博打に焼かれた、ギャンブルジャンキーだから! 

 持ってる金は全部突っ込み、借りては返すを繰り返す!


 環境もそれを許していた。

 文無しになっても外出せず駐屯地内にいれば凌げてしまう。

 営内者であれば、3食と風呂、寝床があるので、例え文無しでも凌げてしまうのだ。


 後年、たまたま本職の闇金をやっていた人物と話す機会があった。

 その人物によれば軍人には金を貸しても返ってくるものだということを言っていた。

 それはそうだろう。騒ぎになるなら金を払う方がマシだし、安定した給与が保証されている。

 公務員系の仕事ををしている人には銀行も惜しみなく貸してくれることからも分かるように、信用が高いのだ。


 もちろん、中には平気で踏み倒す奴もいる。

 また、例を挙げよう。

 俺の同期で海軍に移る者がいた。

 最初から踏み倒すつもりで頭脳が弱いと思っている後輩から、二十万円程拝借して、海軍に異動するという非道な行為を行った。


 その二十万は後輩が周囲に相談し、助けもあって回収することができたが、もし、後輩が口を噤んでいれば、発覚することはなかっただろう。

 何かあった時は相談するという大事さがわかる寓話である。


 kから引き継いだ貸金業と麻雀で私のタンス預金もだいぶ貯まり。それが百万の大台にのった時くらいのこと。


 kが私にまた新しい話しを持ちかけてきた。

 kの行きつけであるマッサージ店でお互い施術を受けていた時のことである。

「なあ、暗号通貨って知っているか?」

 

「あの流行っているやつですよね」


 この時、ブロックチェーンという新しい技術を応用された通貨が暴騰していた時期で、いろんなところで詐欺紛いの噂が広がっていた。


「今ちょっと落ち着いているけど、今買っておけば、また上がっていく公算が高いんだ」


「へー、そんな上手くいくまんですか?」


「そこは、創意工夫だろ。兎に角、このブロックチェーンという技術が広まりつつある今がチャンスなんだ」


 事実、この時のkの言うとおり上がったり下がったりしつつ、年々価格が上がっていった。


「じゃあ、買えばいいんじゃないですか」


「そこで、相談なんだが、阿川が麻雀と貸金で稼いだ資金をこの事業に投資したいんだ」


 この男は何を言っているのであろうか。

 俺の耳がおかしくなければ、俺の金で博打を打ちたいと聞こえた。


「嫌ですよ、なんで俺が金出さないといけないんですか」


「なに、細かいことは気にすんなよ。未曾有のチャンスが広がってるんだぜ。この先の計画だが、その購入した暗号通貨を担保にこれから上がる〇〇の土地を買ってだな3年後に全部売却してガツっと稼ぐって話しよ」


 二重三重に胡散臭い話しである。


「やるなら自分の金でやってくださいよ」


「それが、最近新車を買って懐が寂しくてな。頼むよ俺たち盟友(バディじゃないか」


 結局、kの顔を立てることもあってその暗号通貨の話しを持ってきた男に会った。


 男の話は概ねkが言った通りの話だったが、合間に学習性無力感の例である『カマスの話』や『鎖に繋がれた象』の話が挟み込まれ、胡散臭さ満点だった。


「それで、どんくらいかかるんですか?」


 話が長かったので、とりあえず本題に入る。


「いくつかプランがあって」


 そう言って男は表を取り出すと、それについて説明をはじめた。

 要するに、金額の多いプランほどリターンが多いということだった。


「じゃあ、この百万のプランで」


 kが簡単にでかい金額のコースを選ぶ。この男は吝嗇な上に人の金だと派手に使うという癖がある。


「マジっすか? こんな胡散臭い話に百万投げろって?」


 思わずウッと声が漏れそうになったが、それを飲み込み、声を抑えてkに話しかけた。


 暗号通貨やブロックチェーンの話はまだ芽はありそうだが、その後にこの胡散臭い奴らに預けるのはどう転んでもいい結果にはならなそうだった。


「おい、阿川ビビんなってー」


「そうだよ阿川君、今の我慢が3年後には何十倍にもなるんだからさ」


 何言ってんだコイツらは、kは我慢なんか何もしていない。

 ちょっと俺の面倒を見た気になって、子分にしたつもりなのだろうか。


 リスクは人に負わせて、うまいところだけ食おうとしているスタンス。このkの考え方が評判を落としている要因であろう。


 しかし、なぜか俺はkの作った口座に百万円分の暗号通貨を振り込んでしまった。


 なぜかはわからない。

 もしかしたら、kのことを信じたい気持ちがあったのかもしれない。

 

 しばらく経ち、kが紹介した男から電話があった。

「阿川君、お疲れ様」


「お疲れ様です。どうしましたか?」


「以前の話なんだけどk君から振り込みが無くてね、連絡しても電話が繋がらないんだ。何か知らない?」


「さあ、でもkの口座に振り込まれた暗号通貨は確認しましたよ」


「そっか、じゃあ阿川君からk君に振り込み待ってること伝えておいて」


 正直いい迷惑だったが、とりあえず是と返事する。


「わかりました。伝えておきます」


 今思えば、kは俺と同じことを考えていたのかもしれない。

 変な投資話にのるより、純粋に暗号通貨を保有している方がマシだと。


 なぜなら、kはその後投資話を持ってきた男の口座に振り込むことは無かったからだ。


 それから、しばらく経ち。投資話を持ってきた男はグループの上層部が金を持ち逃げして破綻したらしい。


 ちょうど、保有していた暗号通貨が十数倍に暴騰した時の話である。


 kはそんな騒動の中、しれっと退職して俺の暗号通貨に変えた百万を黙って持って行った。

 現金にすれば千万は超えるであろう。

 

 その後のkのことは噂で聞いた。

 外国の悪い奴とつるんでいるだとか、派手に遊んでいる写真をsnsに載せるだとか。


 吝嗇ではあるが、ブランド品等の高価な物を好むkは金をジャブジャブ使っている様だ。


 最後に何処かのクラブでのイベントをsnsに挙げた後kは消息不明になった。

 この話の教訓は悪い奴とつるむと悪い結果を招くということと。

 悪い噂はけっこう当たっているということである。

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