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燿子ちゃんが帰ってきた。辻丸不動産の社長になって帰ってきた。
夫と別居し、子どもを連れての帰郷だという。近いうち離婚が成立するらしい。
光平は彼女と再会できるのをもう永い間待っていた。
遠いあの日、あのファミレスで、燿子が叩きつけた千円札を未だ持っている。
返すつもりで持っていたが、月日が経つうちに彼女を傷つけた自責の念の方が大きくなっていった。
そうして七年の歳月が流れた。
葬儀の席で再会した燿子はすっかり大人になっていた。
自分も泣きたいだろうに、母親を支えようと懸命だった。その健気な姿が、あの日の彼女に重なった。
妻を慰めようともしない彼女の夫に憤りを感じた。
そして、社長になって現れた彼女は更なる成長を遂げていた。
「今日から父に代わって、私が代表を務めさせていただきます。何かと不慣れなところもあるかと思いますが、辻丸不動産共々、よろしくお願いします」
隙のない化粧とシックなスーツに身を包み、臆することなく燿子が挨拶した。
“燿子ちゃん”と呼ぶのがはばかれるほど色っぽい。
ビジネスライクに話しかけられたとき、あの頃の燿子ちゃんはもういないのだと淋しく思った。
例の千円札を返す必要はなくなった。
その代わり陰で彼女を支えていく。これは終生変わらぬ誓いだ。
新しい彼女が眩しかった。
完
その後、ふたりは苦労を共にしてお互いを意識していくわけですが、それはもっと先の話です。
燿子と光平が付き合っていないため、糖度ゼロの話になってしまいました。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
甘宮 しずく