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「ただいま」
燿子は声をかけて、重みのあるガラス扉を開けた。
実際ここは家ではない。帰るべき家は、ここから十分バスを乗り継いだところにある。
「おかえり」
辻丸不動産の事務を手伝っている母が、陽気に娘を迎えてくれた。
「お邪魔しまーす」
明美と美幸が燿子の後ろから、首を伸ばして店内を覗き見る。
今日は平日で、辻丸不動産は比較的穏やかだ。
カウンターの端の席で、くだんの真鍋光平が女性客の相手をしている。
女性客は物件台紙より真鍋の顔を見ていた。
垂涎ものの整った横顔を見れば、彼女の気持ちもわかるというものだ。
燿子の隣に並んだ友人たちも、食い入るようにその横顔を見ていた。
「今日は暇だから、ゆっくりしていってね」
母が応接室に案内して、飲み物とクッキーを置いていってくれた。
「ヤバイ、ヤバイ」
母が出て行くと、すぐに明美が言い出した。
慌てて口に人差し指をあてて、彼女を黙らせる。
「ここは壁が薄いから、大声上げたら筒抜けだって」ヒソヒソと注意した。
明美が口に手のひらをあて、赤くなってうなずく。
「あれでご飯三杯はいけるね?」
美幸が訳のわからない感想を声をひそめて披露した。
明美が口に手をあてたまま、コクコクと同意する。
「私、通っていい?」口を解放し、執着ぶりを見せた。
「ひろくんはどうするの?」
燿子は明美の彼氏の名前を持ち出して、彼女の目を醒まさせようとした。
でないと本当に通ってきそうだ。
「棄てるに決まってるじゃん。光平さまと比べたら、彼なんか石よ、石!」
燿子の頬がピクッと引きつった。
さま付けとはいえ、彼を下の名前で呼ぶなんて許せない。
ふたりが燿子抜きで真鍋の美点と妄想を語り始めると、ますますどす黒い感情が腹の底に溜まっていく。
今では真鍋のことは胸に秘めているべきだったと後悔していた。