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03.追放刑

 肝を潰したかに見えた宰相ベルナールだったが、次の行動は早かった。その場にいた全員へ振り返って叫んだ。


「ステファン王亡き今、私自身の名において命じる。ここで起きたことや見たものについて口外することは一切禁止だ。破ったものは終身刑に処す。これは非常時の箝口令と同じものだと思え!」


 アレッシアは立ち上がって自分を見下ろした。どこにも血のシミ一つないが、皆は怯えた表情をしていた。


「宰相閣下。私の蘇生術は嘘ではなかったでしょう?」

「……しかしあなたにはまだ罪がある。苦しむ陛下に何もしなかった。蘇生術を使うために死を待ったのです!」

「それは私見ですな」


 裁判長が指摘した。宰相は鋭い目を向けた。


「ではどうするべきだと? 処刑と決められた者が生き返った場合、他の刑罰を課せられるものでしょうか?」

「前例はありませんね。処刑や終身刑は全ての罪を償わせるためのものですから、一度死んだ者に他の刑罰を課すべきかは議論が必要でしょう」

「誰が議論を?」

「我々のような国の法律に従う者たちです、宰相閣下」

「……罪人を牢に戻せ。早く!」


 警備兵がアレッシアを再び拘束して処刑場から連れ出した。腰を抜かした使用人も執行官によって外へ放り出され、宰相と裁判長は足早に王宮へ戻っていった。

 地下牢へ戻って檻の戸に施錠されると、また男の囚人の声が聞こえてきた。


「うまく死ねなかったか、聖女様よぉ? もう少し地上で働いてこいってシンスに追い返されたか?」


 警備兵が無言で囚人の檻を棒で叩いたようだ。その残響が収まった頃、アレッシアは呟いた。


「そのとおりです」


 それを聞きつけた囚人は高笑いして、また檻を叩かれた。

 アレッシアは気力の限界を感じて藁の寝床に寝そべった。ガウンを掛布代わりにしっかりと体に巻き付けて牢屋の嫌な冷たさを遮断すると、やがて自然と眠りに入った。



 浅い眠りが夢を見させた。

 アレッシアは夢の中で、分厚い黒雲が渦巻く空の下にいた。だが暗くはない。どこに光源があるのか分からず、世界は陰影が淡い。

 どこかの高い崖から王都を眺めていた。遠くに、何本もの円柱を並べた王宮と、青白い聖宮が並んでいる。街はその周囲に広がっている。そばには港がある。海の水は不気味な黄色だった。

 ふと頭上を見上げると、太陽ではなく黒い天体が浮かんでいた。とても大きく見えるのは、地上にほど近い場所にあるからだ。そうと分かった理由は、どんどん大きくなるからだった。黒い天体は空から落ちてきているところだったのだ……。



 恐ろしさで目が覚めた。と同時に、檻の外から呼ばれていると気づいて身を起こした。


「聖女様。宰相閣下がお呼びです」


 アレッシアは呼吸を整えると、開けられた戸の外へ出て、再び連行された。

 外廊下は昼前の暖かな日差しに照らされていた。再び裁判所へ連れて行かれ、朝と同じ大法廷へ入ると、静まり返っていたが、次は裁判長と宰相の他に王宮の貴族たちも揃っていた。

 また証言台の前に立つと、裁判長は木槌を叩いた。


「聖女アレッシア。異例の事態が起こったため、今朝審議したあなたの罪状について話し合いが行われました。その結果、新たな判決が出ましたのでお伝えします」


 そう前置きすると、脇に置いていた巻物を広げて読み上げ始めた。


「トーラス王国の法の下に宣告する。王の死に関与した疑いのある聖女アレッシア、これを追放刑に処すべし。追放者の財産は王国が没収し、氏名や地位は無効とする。以降、追放者がこれらに関わることは禁じられる。もし禁を破った場合は極刑に課せられる」

「追放刑……?」


 聞いたことのない刑罰だった。原告席から宰相が答える。


「王国法に明記されている古い刑罰です。かつてこの大陸が多くの国によって分断されていた頃、政治犯を国外へ追いやるために制定されました」

「この判決は、被告が自身の研究成果によって処刑の効果を受けなかったことを考慮しています。他の判決では、被告の身分が高かったことや、秘術師としての能力が高いことが理由で、臣民の理解を得られないことが予想されます。それに、ステファン王が崩御なされた直後に聖女が断罪されたとなると、王国中が混乱するでしょう。なので、あなたの罪と罰、それと処刑の失敗は、追放刑という形で秘匿されることになったのです。以上、お分かりになりましたか?」


 アレッシアは重たい気分になった。


「内容は分かりました……けど、この大陸にこの国しかない今は、どこへ行けばいいんですか?」

「王都から出て、元の名前や身分を名乗らなければ結構です。聖宮から持ち出す物は最低限とします」


 裁判長は、被告が黙って頷いたのを見て、木槌を持った。


「なお、追放刑にはもう一つ決まりがあります。国民は追放者を、元の身分に則って支援してはなりません。聖女アレッシアはもう、いないのです。……審議は以上です」


 俯くアレッシアの頭上に木槌を叩く硬い音が響いた。貴族たちは各々、悲痛な表情で元聖女を見つめた。しかし今となっては、判決に物申すことも、労いの言葉をかけることもできない。

 アレッシアという少女はもう、何者でもなくなってしまったのだから。

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