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金の糸 ~追放聖女は旅をする~  作者: 川霧莉帆
第二章 旅の仲間たち
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27.旅の目的

 走って馬車乗り場に到着した一行は、出発準備を終えたところだった馬車になんとか間に合った。

 乗り込んだ車内にいた客は二人だけだった。クレリアとエリーアスは向かい合う長椅子にそれぞれ腰を下ろし、ミンミはクレリアの足元に伏せて休んだ。

 エリーアスだけは走ってきたのに息を切らしていなかった。鞄から皮の水筒を出して差し出す。クレリアはそれを受け取って一口飲んだ。


「ありがとうございます。何も準備しないまま来てしまいました」

「そうだろうと思って昼食も用意しました。一息つきましょう」


 そう言って出した三つの包みのうち、二つをよこした。一つは大きなサンドイッチで、もう一つは肉や野菜の切れ端がパン抜きで入っている。ミンミのために特別な注文をしてくれたようだ。

 二人と一匹はしばらくそれぞれ栄養を補給した。クレリアは自分のサンドイッチが半分になった頃、油紙の包みを折って箱を作り、ミンミの水皿にしてやった。

 人心地つくと、身体に疲労が押し寄せるのを感じた。朝から色んなことがあり、走り回り、果てには秘術を連発したのだ。神聖力は精神で操るものだ、つまり秘術を使いすぎると頭が疲弊するのである。

 鞄を膝の上に抱えていると、ぼんやりしているのに気づいたエリーアスがマントを被せてくれた。


「ありがとうございます」


 ミンミが座席の隣に上がってきて、体を丸めて頭をくっつけてくる。そこから伝わってくる体温の暖かさにいざなわれるように、クレリアはいつしか眠りに落ちた。



「――着きましたよ、クレリア様。起きてください」


 エリーアスの声で意識が浮上した。

 馬車は停まっており、他の客はいつ降りたのか分からないが既にいなかった。車の外には知らない田舎町がある。時刻は空が赤く染まる頃だ。


「ここがアルメン……?」

「はい。終点です」


 クレリアは寝ぼけ眼でマントを返し、自分の鞄を背負った。

 一行は馬車を降りてアルメンに降り立った。ここの家は歴史的な石と漆喰で作られており、庭木と街路樹の区別がつかないほど木々が伸び伸びと茂っている。その様子がなんとなくアウロラ修道院を思い起こさせる。暖かくも寂しさのある懐かしい感じがした。

 宿は馬車を降りてすぐのところに看板を出していた。よく手入れされている小さい庭が可愛らしい。二人はそこで部屋を二つ借りた。

 それぞれ大きな荷物を置いてきて、二人とミンミは宿の主人に聞いた近くの食堂へ向かった。夕食時の前なので、広々とした店内にお客はほぼいない。テーブルを布巾で拭いていたエプロン姿の中年女性がこちらに気づいた。


「いらっしゃい。二人と犬? 好きなところに座って」


 空いているからだろうか、ミンミは容易に受け入れられた。一行は適当な席に着き、二人は唯一のメニューであるという定食と、ミンミのために有り合わせの食べられるものを注文した。

 料理を待っている間にエリーアスが尋ねる。


「聞いてもよろしいですか。なぜここに来たかったんですか?」

「両親を探すためです。この町には、生まれた子に魔除けの意味で悪い幼名をつけるっていう風習があるらしいんです。育ての母から聞いたのですが、私にもそういう名前があったので、関係があるんじゃないかと思って」


 それからクレリアはからかいの笑みを浮かべた。


「後をつけてたのに知らないことがあるんですね」

「会話を盗み聞きしろとは命じられていませんから」


 エリーアスは小さく肩をすくめて見せた。

 そこへ女性が先に飲み物を持ってきた。香草入りの果実茶と、深皿に入れた水をそれぞれの前に配る。


「はい、どうぞ。あんたたち、この辺で見ない顔だね。旅行かい?」


 エリーアスがちらりとこちらに目配せをしたので、クレリアが答えた。


「そんな感じです。あの、調べてることがあるんです。この町には、生まれた子に幼名をつける風習があるって聞いたんですが、本当ですか?」

「魔除けの名付け? あるけど、この町で最後に名付けがあったのは二、三十年くらい前になるかね」

「もっと最近にはなかったですか? 十七年くらい前とか……」


 女性は首を傾げた。


「いなかったね。詳しい話を聞きたいなら、隣の村に行ってみるといいよ」

「隣の村?」

「元々はその村の風習なのさ。なんていうか、変わった村だね。『墓地の村』って呼ばれてるけど、嫌なところじゃないんだよ」


 次はクレリアが首をひねった。


「私らは皆聞いたことのある話なんだけどね。昔の戦争で、ある軍隊がこの辺りに追い詰められて、指揮官が処刑されて戦いが終わったってことがあったんだって。で、その指揮官に敬意を払うために墓地を作ったのが村の発祥だそうだよ」

「歴史が深いんですね。その村へはどうやって行くんですか?」


 たとえ自分の生まれた場所ではなかったとしても、色んな話を聞くことで次の目的地が見えてくるかもしれない。だから調査の足を伸ばして損はなかった。


「丘を越えるんだよ。ちょっと遠いけどね」


 厨房から呼び声が飛んできた。クレリアは仕事に戻る女性へお礼の言葉をかけた。それから静かに息をつく。


「明日は隣の村に行こうと思います」


 エリーアスは頷いて同意した。


「きっと現地で興味深い話が聞けるでしょう」

「そうだといいですね」


 果実茶に口をつける。柑橘系の仄かに甘みのある風味の後、香草が爽やかな後味をくれた。

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