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金の糸 ~追放聖女は旅をする~  作者: 川霧莉帆
第一章 再出発
17/55

17.有効活用

 クレリアはマダムの部屋へ連行され、マダムとライムライト伯爵に落胆の視線に挟まれた。


「来た時は大人しい子に見えたのだけど。私の目も衰えたかしら」

「マダムは悪くありませんよ。この子が非常識すぎるだけですよ」

「だとしたら教育不足ですわ。申し訳ありません、ライムライト伯爵。これに懲りずに、どうか今後もご贔屓に……」


 マダムが微笑んでしなを作ると、伯爵の機嫌はいくらか和らいだ。


「まあ、貴重な体験だったことは確かです。しかし気になるのはこの子の素性ですね。野盗にさらわれた、などと聞こえた気がしましたが……」

「おほほ、物騒ですこと。素性なんて皆似たようなものですわよ、伯爵。夢のためとか、家族のためとか、自立のためとかで、あちこちから自分の意思でやってきた子たちです。強制なんてしてませんわ。ねぇ?」


 マダムの目線には少々圧があった。


「確かに自分で働くといいました」

「ね? 何の心配もございませんわよ」


 しかし伯爵は聞いていないようだった。何かを考えていたかと思うと、マダムに耳打ちをする。すると、マダムは目と口を丸くした。


「なんですって? そ、それは、つまり……」

「いいえ、確かじゃあありませんよ。でも肝心なのは、そうかもしれない、ということです」


 伯爵の含み笑いに気づくと、マダムは表情を変えて体を寄せる。


「何をお企みなのです?」

「もうお分かりでしょうに」

「いーえ、分かりませんわ? はっきり仰って……」


 伯爵がまた耳打ちをする。マダムは欲深い笑みをこぼすと、クレリアへ振り向いた。


「あなた、今日からライムライト伯爵のものだから、ここを出て行くのよ」

「え? どういうことですか?」

「買われるのよ。後払いでね」


 赤い唇が弧を描いた。



 クレリアはすぐに伯爵の馬車に乗せられて、数十分ほど移動した。馬車の窓にカーテンが掛かっていたため、外を見られたのは停車した馬車から降ろされた時だった。

 そこは塩分でどこかベタつく、なんとなく生暖かい風が吹いていた。等間隔に並ぶ光晶灯が沢山の大きな箱のシルエットを夕闇に浮かび上がらせており、かすかに波が打ち寄せる水音がする。ここは埠頭だった。

 伯爵は箱の間を進んで、停泊している無骨な大型船へとクレリアを連れて行った。その船は一見すると明かりもなく船員もいないが、鉄のドアをくぐって狭い階段を降りた先には、豪華絢爛なパーティホールが広がっていた。奥にはまだ幕が下りているステージが見える。


「君はあっちだ」


 伯爵はクレリアをホールの脇へ連れていき、礼服の係員に帽子を上げて挨拶した。


「出品したいのだが?」

「申し訳ありませんが、受付期限を過ぎております」

「主催にこう伝えてくれ。『聖女アレッシアを捕まえた』と」


 クレリアは目を見張った。

 係員が背後に守っていたドアへ入っていった。その隙に伯爵の様子を確かめようとすると、彼は既にこちらの方を好奇の目で見下ろしていた。


「驚いたのはこちらだよ。その焦りようからお察しするに、あなたは本当に聖女アレッシアらしいね」

「どうして……聖女が聖宮の外にいると知っているんですか?」

「王宮が秘密にしたがる事柄は、いずれ公然の秘密になるということさ。ただし、私の周囲での情報伝達速度は一般人のそれとは一線を画しているがね。聖女らしき人物がハニエで目撃されたことと、ハニエを出た乗合馬車の乗客が一人さらわれたこと。そして幸運な私が経験した、無垢な少女との出会い。それらを結びつけるのは、そう無理なことではない」


 クレリアはショックを受け、不安を膨らませた。


「私をどうするつもりですか?」

「売るんだよ。あなたは秘術師でありながら王宮内部の事情も知っている、情報の宝庫だ。あなたを競り落とせれば、一生涯健康でいられる上に、権力を増強させられるわけだね。本当はその可愛らしさごと私が独り占めしたいところだが、妬みを買って面倒事に巻き込まれたくはないので、無難に金を選ぶことにするよ。マダムと山分けする約束さ」


 マダムへ払うクレリアの身代金を売上金から出そうという算段らしい。


「伯爵はそのお金を何に使うのですか?」

「それを考えるのは後々のお楽しみさ。まさか慈善事業に寄付するとでも思ったかね?」


 クレリアは腹立たしさを通り越して、もはや伯爵を可哀想に思った。

 係員が戻ってきて、出品を承諾する旨を伝言した。


「では、ここでお別れだ。お元気で、『ライラック』」


 伯爵は上機嫌に杖をくるりと回して立ち去ろうとした。その背に呼びかける。


「私が売れたらミモザに食事代を払っておいてください」


 伯爵は振り返りかけただけで、返事らしいことはしなかった。

 クレリアは係員に連れられてドアをくぐると、狭い通路を抜けて、衣装部屋に入れられた。そこには数人の男女が待ち構えており、有無を言わさずクレリアを純白のローブに着替えさせて化粧台の前に座らせた。鏡に映った姿は、聖女として公的な行事に出た時の格好に似ている。

 突然、遠くから歓声と拍手が聞こえてきた。衣装部屋のドアが外から開かれると、音量がより大きくなった。


「準備は?」

「順調です」


 係員たちの会話の合間に、よく通る男の声が聞こえた。


「――最初の品は、『ハーシュ家のエメラルドの指輪』です。二百年前に作られて以来、代々の持ち主を呪ってきたという伝説は皆さんご存知でしょう……」

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