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金の糸 ~追放聖女は旅をする~  作者: 川霧莉帆
第一章 再出発
14/55

14.価値ある品物

 野盗三人組は平原を横切ると、岩がちな場所を乗り越えて、むさくるしい小屋に到着した。周囲を岩壁に囲まれた、人目につかない場所に建っており、目の前に井戸を備えている。三人は馬を表に繋ぐと、戦利品を担いで小屋へ入った。


「いやあ大収穫だな」

「早速、鑑定するぞ」

「そりゃいい。稼ぎを数えようじゃねぇか」


 小屋の中央には丸いテーブルと四つの椅子がある。三人はどっかり腰を下ろし、クレリアも縛り上げられたままその一つに座らされた。椅子は足の高さが違っておりガタガタ揺れた。

 野盗たちはズタ袋をテーブルの上でひっくり返して中身をぶちまけた。天井から吊るしてある光晶ランプが金銀宝石を眩しく輝かせる。


「おぉー」


 野盗たちは少年のように目を輝かせた。

 髭の男が拡大鏡を持ってきて、スカーフの男がテーブルの上に戦利品を一つずつ並べ、帽子の男は現金を数えた。


「まずは、この翡翠がついてる金の指輪だ。これを付けてたおばさんは悔しそうにしてたぜ。お次は真珠のイヤリング。ちぇっ、こりゃ偽物だ。ふむ、可愛い天使のカメオのブローチ。そんでこれは……銀のカフス。紳士だねぇ」


 何十個とある戦利品を鑑定し終えると、髭の男はニヤニヤ笑った。


「へっへ。偽物も多いが、結構な額になりそうだ。あとは、その娘だな」

「荷物はもう調べたぜ? 大したもんじゃなかったぜ。持ってない奴ほど施しを渋るんだよな」


 クレリアの背負い鞄は奪い取られて既に漁られていた。旅費を入れていた巾着も、貰ったパイの包みも、今は戦利品としてテーブルに放り出されている。

 物言いは頭にきたが、不幸中の幸いは、服の間に挟んでいたおくるみに彼らが気づかなかったことだ。見つかったら刺繍の金糸まで奪われかねない気がする。

 そうやって動向を監視していると、髭の男がじっくり眺めてきた。


「この娘が持っているものはそれだけじゃねぇ。何か思わねえか? この可愛らしい顔と、大きな目と、色の薄い髪に」

「……兄貴、詞でも書くのか?」


 帽子の男が呆れて口を曲げる。すると、兄貴と呼ばれる髭の男は拳で軽くテーブルを叩いた。


「馬鹿言ってんじゃねぇ、詞で金が稼げるか! 俺たちにできることはもっとあるだろう、ほら!」

「……もしかしてこの娘を売るってのか!」


 スカーフの男が目を丸くした。髭の男がにんまり笑って頷く。


「この娘をきっとお頭も気に入る。商売一発目にもってこいだぜ」

「やったぜ! 俺たちやっとこの家をリフォームできるんだな!」

「それどころか引っ越しもできるかもな」


 楽観的な二人に対して、帽子の男はまだ難しい顔だった。


「でもよ、雛鳥を数えるのは卵が割れてからにしろっていうぜ。本当にこの娘は高く売れるのか?」


 そう言われて、髭の男は今一度クレリアを見つめた。


「確かに、人の好みは千差万別だ。俺がこの娘を可愛らしいと思っても、他の奴はそうは思わないかもしれない」

「だったら付加価値をつけりゃいい。何か特技があれば、それが評価に繋がるかもしれない」

「なるほど、名案だな。おい娘、お前は何ができるんだ?」

「答える義理はありません」


 クレリアは叩きつけるように言った。男たちは顔を見合わせる。


「……肝が据わってるのは良いことだな?」

「歌でも歌わせてみるのはどうだ?」

「お、そうだな。おい、何か歌ってみろ」


 命令されて、クレリアは渋々、しかし自分の心の平穏を取り戻したくもあって、一曲歌った。それはシンス教の賛美歌だった。


『其は、あまねく影を照らす光

 古のソラスに祝福され

 白きかんばせで世を見守る

 夜の主、魂の友人

 シンスの御名を讃えよ』


 最後の響きを聞き終えた三人は、素直な拍手を送った。


「いい歌だ。どこで覚えた?」

「…………」


 クレリアは黙秘したのではなく不思議に思ったのだった。なぜならシンス教は国教で、この賛美歌は国歌と同じくらい重要なものだから、知らないはずがないからだ。


「まあなんでもいい。大事なのは、こいつは歌えるって宣伝できることだろ?」

「確かにな。こうなると考えていたよりももっと高く売れそうだな」

「じゃあいくらになるってんだ?」


 そう聞かれて、髭の男は二人にこっそりと値段を囁いた。途端に二人は有頂天になった。


「こりゃもう、前祝いしてもいいんじゃねぇか!?」

「よしきた。酒を持ってこよう」

「肉を食うぞ!」


 三人はテーブルの上の物を腕で押しのけてズタ袋へ流し込んで片付けると、酒瓶や干し肉を並べて宴会を始めた。


「そーはーあまねーくかげーを照らすひーかりー」


 肩を組み合ってでたらめなリズムの歌を歌っていた時だった。小屋の表から、馬が駆け込んできた蹄の音が聞こえると、三人はぴたりと静まった。


「お頭が帰ってきた」


 三人はまるで主人の帰りを察知した犬のように玄関ドアへ駆け寄ると、入ってきたコートの男へズタ袋を差し出した。


「今日は大収穫でしたぜ!」

「……ほーう。こりゃあ随分だな。そういや、ちょうどウェールキ行きの馬車が襲われたって噂を聞いたところだ」

「世の中恐ろしいですなぁ! 肝が据わってて歌も歌える娘っ子がさらわれたとか」


 お頭と呼ばれた男はクレリアに気づいた。高い襟の間から、しわと傷の区別がつかない皮膚のたるんだ目元で無遠慮に眺められ、クレリアは今までになく居心地が悪かった。


「お前さん名前は?」

「そういうあなたはどなたですか」


 お頭は満足そうに笑って三人を振り返った。


「上玉を手に入れたじゃねえか、よくやった」

「これで例の商売に……?」

「ああ、いい足がかりになるぞ。早速話をしてこよう」


 三人は互いに掌を打ち合わせて喜んだ。お頭はクレリアを椅子から立たせた。


「さあ行くぞ、お嬢ちゃん」

「どこへです?」

「お姫様になれるところさ」


 クレリアは表に出され、お頭の筋肉質な馬に跨がらされた。そして三人組に見送られて、再び連れ去られたのだった。

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