侍女としての幸せ
サーミラは平民だが、平民にしては少々運に恵まれている家庭で育った。サーヴァント国の第四王女付き侍女であった。
本来王宮で働く使用人はある程度の身分が必要だ。実際近隣諸国の王族付き使用人———今サーミラがいるノルマン王国も含めて、後継ぎではない貴族の子が使用人として召し上がることがほとんどだ。
一方で、サーヴァント国は代々使用人として使えている家がいくつかあり、サーミラはその家の子として生まれ、幼い頃から歳が近いレスティア王女の侍女として仕えていた。
王族専属の使用人としてそれなりの教育を受け、王家に仕えられることは名誉であり、自国では平民とはいえ、まるで爵位があるかのように周りで羨ましがられていた。
故に、驕っていたわけではないが、サーミラも王族に仕える努力を重ねたこともあり、身分の貴賤で引け目に感じることは今までなかった。
「あら、平民が道の真ん中を堂々と歩いちゃって。他国民はマナーの一つも知らないのねえ」
———そう、王女の輿入れに着いてノルマン帝国に来るまでは。
レスティア王女宛の書簡を受け取り、ノルマン王国、王都城内の離宮にある、王女がいる客間へ戻ろうとした最中、くすくすと数人の笑い声が聞こえ、サーミラは息を吐く。
(うーん。やっぱりこの国は王侯貴族ファースト精神が強いわ。別にやることをやってくれる尊き人たちならそういう考えでもいいんだけど、何も果たさずただ平民であることを馬鹿にする貴人もいるのね。馬鹿だ)
今通っている道は使用人しか通らないため、どこを通っても問題がない。
なんなら、仮に王城内の貴族が通る場所だとしても、空気を消して邪魔にならなければ真ん中を通ってはいけないというルールはない。
つまりは言いがかりで、馬鹿にした笑みを浮かべる貴族出の使用人たちは、サーミラが他国の平民出の侍女にも関わらず、城内で仕事しているのが気に食わないらしい。
「侍女も平民で、婚姻相手の王弟殿下も妾腹の子なんて、レスティア王女も風変わりなお方ねぇ」
サーミラだけではなく、レスティアや婚約者の王弟殿下にまで悪口が弾む。レスティアは呆れ、足早に、レスティアの元へ戻る。
顔を見た途端「おかえり」と言ってくれるこの国出身の他の侍女や、双子の兄からの手紙に柔らかな笑みを浮かべるレスティアに安堵した。
城内の全ての人がサーミラに批判的ではない。
レスティアの婚約が確定してすぐに付けられた同僚たちは貴族の家出身ながらも、レスティアに真摯に仕えることはもちろん、サーミラを下に見たりしない。
レスティア専属侍女のサーミラを批判することはレスティアや、婚約者である王弟殿下カイルを批判していることになり、ひいては王家を敵に回す可能性があるから普通の感性の持ち主なら余計なことはしないのだが———そんなことも考えられない馬鹿が一定数いるなんて、残念な人たちだ。
「ローランドが、挙式では従者を兼ねてあなたのご両親も一緒に連れていくって書いてるわ。ローランド自身は公務があるから無理だけど、王弟殿下の許可が降りればご両親だけでもしばらく滞在できるように取り計りたいとのことだけど……ミラ?」
「あっ……そうですね。身に余る温情ですが、殿下にご許可いただけるようであれば」
多くはないが、少なくもなく、増えて来た悪意のせいで返事が遅れてしまった。「では、カイルに相談してみるわ」と目を細めたレスティアに同封されていた両親からサーミラへの手紙を渡され、中身を流す。
もう二度と会えないと思っていた娘に会える日を楽しみにしているとのことが、レスティアから言われたことに加えて書かれていた。
調理場で働いている父と使用人の教育係をしている母は通常王子の従者になどなるはずがない。
早めに届いて欲しいと、レスティアへの手紙に同封してくれたことも含めて全てローランドの計らいだろう。
きっと、人徳者でレスティアを溺愛している王弟殿下もその後の滞在まで全て取り計らってくれる。至れり尽せりだ。
「レスティア様、本日は殿下がいらっしゃる日でしょう? せっかくなので、姉王女様方からいただいたドレスに着替えましょう! さぁ、お立ちください」
「えっ。あのドレスは少し普段用にしては露出が多くないかしら……カイルの好みとは違うと思うんだけど」
「わたしはそうは思いませんし、殿下ならレスティア様自身が好みって仰りそうですね。さぁ」
相手の好みを正しく知り、主人を着飾るのも侍女の務めだ。そのためには、いろいろ試しておきたい。
大きなつり目を瞬かせるレスティアの召物を取り替える。
後々お茶をしにやって来た殿下は、いつもより露出が多いレスティアになんだかんだ自身の上着を着せ、サーミラに対してこっそり、「今日のレスティアはとても魅力的だが……蠱惑的だ。……うん、止めてくれとも言い難たくないがありがとうとも言えないな……」となんとも煮え切らないことを言う。
くすりと笑い、好みから外れていなかったんだな、と頭の中で記憶した。
(大好きなレスティア様と、大事にしてくれる王弟殿下。そのそばにいられる。こんな幸せ他にないわ)
くすくすと馬鹿にされた声。
心の中にある小さな違和感を上書きするように、サーミラは幸福を噛み締めることに集中した。