第47話 暴れるよ!
ピニャの仮住まいを出た六郎は、通りを堂々と練り歩いていた。降りしきる雨のせいか、人通りの少なさに加え、目深に被られた雨具のせいか誰も六郎を気に留めていない様子だ。
……いや、気がついても「まさかこんな所に?」と疑ってしまっている。というのが正解だろう。
雨の中、派手な衣装で通りのど真ん中を、手配中の男が堂々と歩くか?
そう思えば、二度見三度見はするものの、それ以上の反応は出来ないのだ。
通報だけはと思うが、そう思った時には既に六郎の姿は烟る雨の中に消えてしまっている。
六郎が堂々と通りを歩くのは、行くなら正面から堂々とという思いが一つ。
そしてもう一つは――
「てめぇ、手配中の男だな?」
――人探しだ。
人探しと言うより誘き寄せだが……ともかく六郎の目的とする人物が、今まさに目の前に現れた。
「……もうちと早う来んか。城に辿り着いてまうんやねぇかと、内心焦っとったわい」
笑う六郎の視線の先で「何言ってんだテメェ?」とゴロツキが口角泡を飛ばした。
わざわざ遠回りして裏通りまで通った甲斐があったと、六郎はホクホク顔だ。
「主らに用があっての……」
「奇遇だな。俺らもお前に用があるんだよ――」
笑うゴロツキがその腰の短剣を抜くと、それに呼応するように沢山のゴロツキが屋根や通りから顔を出した。
「止めちょけ……死にとうなかろうが?」
笑う六郎にゴロツキ達が一斉に飛びかかった――
雨の烟る通りに倒れ伏すゴロツキ達。唯一立つ六郎が、声をかけてきたゴロツキの髪を掴み上げた。
「……クソ、テメェのせいで――」
「ワシは関係無かろう? 主らが欲ば出して御禁制に手ぇ出すけぇじゃ」
六郎の言葉に、ゴロツキは悔しそうに奥歯を噛み締めている。そんなゴロツキの耳元で六郎が囁く。
「――――」
響いた雷鳴の音で掻き消されたそれは、ゴロツキの耳にだけ届いていた。
「……本当だろうな?」
「……確証はねぇがの……ただ、そこば見張っとったら面白いかもの」
掴んでいたゴロツキの髪を放し、後ろ手を振りながら六郎はその通りを後にした。
既に目的は達したので、後は大通りを真っ直ぐ城まで行くだけだ。
少しずつ強くなる雨だが、六郎はその歩調を緩めることも速めることもなく、真っ直ぐ一歩一歩城へと向かっていく――
雨で視界の悪い城門前――そこを守っていた衛兵は、我が目を疑っていた。
遠くにポツンと見えた人影が、ゆっくり近づいてくる。それだけであれば、別段珍しい事ではない。先程も教会から司祭が馬車で駆けつけたばかりだ。
雨だからといって、訪問が無いわけではない。
だが、少しずつ大きくなってきたその影に、衛兵は目を擦った。
雨が滴る黒い髪。
一度見たら忘れない派手な意匠の服。
唯一情報と違うのは、腰に剣を帯びているということだろう。
それでも今王都中で話題の人物とそっくりな人影が、隠すつもりもないように堂々と歩いてくるのだ。
目を疑いたくなるのも仕方がない。
だが、どれだけ自身の目を疑った所で、現実は一歩一歩近づいてくるのであって――
「……なっ! 何故貴様がここにいる!」
その現実を認めた時には、既に彼我の距離は殆ど無いほどに近づいていた。
質問に答えず、ただ突っ立っている六郎。
その姿に、衛兵は「もしや亡霊ではないのか」と一瞬勘ぐる様子を見せたが、雷に打たれたように振り返り声を張り上げる。
「門を! 門を閉めろ!」
跳ね橋を上げるよう、大声で出された指示。
なんせ、衛兵の前で六郎の身体から、目に見えるほどの蒸気が立ち上り始めたからだ。
「さあて……派手に行くかの――」
魔力を極限まで練り上げ身体を強化した六郎が、左手に鞘、右手に柄を持ちその腰を落とした。
「早く! 早く上げろ!」
衛兵の檄も虚しく、巨大な跳ね橋はゆっくりとしか持ち上がらない。
身体を大きく捻った六郎の左足が地を穿つ――
消える六郎の姿
弾け飛ぶ雨粒。
何が起きたのか分からない衛兵が、キョロキョロと辺りを見回す――
「に、逃げろ!」
城壁の上から響いた声に、衛兵が振り返った――その先で根本近くを真っ二つに斬られ、吹きとんでくる跳ね橋。
抜刀一閃。
斜め四十五度付近まで上がった跳ね橋を斬り落とし、自身に向けて倒れてくる跳ね橋を思い切り蹴り上げたのだ。
六郎に蹴り上げられた跳ね橋は、城門前の通りに大音量とともに倒れ込んだ。
爆発かと思える音に、城中が慌ただしくなるのを六郎は感じている。
斬り落とし、短くなった跳ね橋の上を城側へと滑った六郎が、刀を収める。
足を肩幅に、胸を張り、大きく行きを吸い込んだ。
「たぁーのもぉーーーーーーーー!」
雨にも負けないその通る声に、城の中から多数の騎士や兵隊が武器を片手にゾロゾロと。
その中に見知った顔を見つけ、六郎は獰猛に笑う。
「おうおう、爺。待たせたの……まずは貴様の首から掻っ斬ったるけぇの」
六郎の様子に冷や汗を流すジルベルトだが、自身の周囲を固める騎士の数にその顔を直ぐに笑顔へと変える。
「……死にぞこないに出来るのであれば」
笑うジルベルトに、六郎が足に力を――込めようとしたそれを止めた。
「ま、エエわい。趣味やねぇが、リエラに手ぇば上げたこと、ワシと敵対したこと、後悔させなならんけぇの」
柄にかけていた六郎の右手が、ダラリと下ろされる。
つまらないと思ったのだ――このまま一直線でその首を落とすのは。
世界に示さねばと思ったのだ――サムライの流儀を。
刻みつけねばと思ったのだ。この世界に――
サムライ六郎という
異物の
存在を
これはこの国の膿を叩き斬るだけではない、この世界に対する六郎の産声なのだ。
どこぞで見ている謎の組織へ向けての、宣戦布告なのだ。
型に、枠に嵌め込めない者が来たと……お前らが手を出した者が、どの様な存在であるのか。
それを知らしめねばならない。
その生き方を、在り方を、魂にまで刻みつけねばならない。
「ワシは六郎……サムライじゃ」
大きく息を吐いた六郎が笑った――その行為と言葉に騎士の一人が襲いかかる。
「サムライ? この状況で、剣も抜かぬ馬鹿の事か?」
六郎の顔めがけて突き出された斧槍――それを鞘に収めたままの刀の柄で外側に弾く。
刀の柄を滑る斧槍。
そこに一歩踏み込み、斧槍の柄を右手で掴みそのまま横に一回転。
回転の勢いと雨のせいか……斧槍を手放した騎士が、別の味方を巻き込み転がっていく。
奪い取った斧槍をクルクルと回した六郎が「軽すぎて扱いにくいの」と右手に持つ斧槍を後腰に当て、左掌を前に突き出し構えた。
にらみ合う六郎と騎士、兵士の集団。
「来んのんか? ……ならばワシから行くぞ――」
六郎の右足が地面を蹴る。
石畳が割れ、雨が弾ける。
踏み込んだ六郎の左足が、別の石畳を砕き移動の力を身体へ戻す――
柄を腰に押し当てるようにしながら、還元された力を腰の捻りへ変換。
腰に沿って繰り出された斧槍。
雨粒を弾き、空気を斬り裂く一閃。
端の騎士の身体が、甲冑ごと上下に割れ宙を舞う。
勢い止まらぬその一撃が、二人目を引きちぎり、三人目で柄を折りながらも、騎士に突き刺さり吹き飛ばしていった。
「……バケモノだ」
ポツリと呟いた騎士の一言に、他の騎士もゴクリと喉を鳴らした。
当の化け物は、「軽いわ柔いわ、童のチャンバラ用じゃな」と折れた斧槍の柄を放っている。
たった二合。それだけで彼我の実力差が分かる立ち会い。
そもそも二撃目に至っては、騎士の誰もがその疾さに反応できなかったのだ。怖気づいてしまっても無理はない。
「何をしているのです。相手は一人、一斉にかかりなさい!」
ジルベルトの檄に、騎士達は「クソ……」と悪態をつきながらも武器を持つ手に力を込めた。
「おうおう、爺の云う通りじゃな。相手はワシ一人……回り込め、裏を付け、一斉に襲いかかれ――」
騎士達が陣形を整えるのを見ながら、腕を組む六郎が笑う。
「――ワシを楽しませてみろ」
膨れ上がる殺気に、浮足立つ騎士達が一斉にその武器を突き出した。
全方位から突き出された武器が六郎を貫いた――と見えたその攻撃の結果は、武器と武器が打つかり合う「ガチャガチャ」とい音だけ。
そんな武器の真下に身を屈めた六郎が「主ら、戦っと事なかろう?」と呆れたように身体を屈めたまま、一人の騎士に接近。
「なして全員が胸ば狙って来るとね!」
突き出された騎士の腕の隙間から、立ち上がりの勢いを乗せた六郎の掌底。
打ち上げられる騎士の顎。
その喉に突き刺さる追い打ちの左貫手。
「シュー……ヒュー……」
喉を貫かれ、吐息が漏れるだけの断末魔も、六郎が貫手を横に振り抜いたことで終わる。
皮一枚で繋がった首をぶら下げ、力なく膝をついた騎士を六郎が前方へ蹴り飛ばした。
吹き飛んだ騎士を追うように、包囲から抜けた六郎が、目の前で呆ける別の騎士へ右正拳一撃。
鐘をつくような音。
拳型にめり込む甲冑。
膝から崩れる騎士。
その兜の隙間からは血の混じった胃液。
その血も流れる雨がすぐさま攫っていく。
騎士の持っていた斧槍を素早く掴み上げた六郎が、包囲を形成していた騎士達を振り返――ろうと視線を外した六郎へ飛来する短剣。
それを目の端に捉えた六郎が、前を向きつつ指で掴む――
「死ね――」
飛んできた短剣と、ほぼ同時に繰り出されたのは、ジルベルトが持つ別の短剣だ。
六郎の首筋に向かう短剣。
半身で躱し、ジルベルトと交差。
その瞬間、六郎は右膝を突き上げ腹を穿つ。
短剣を放り捨て、「く」の字に折れ曲がったジルベルトの首根っこを掴んだ六郎。
「貴様は最後じゃ――」とそのまま騎士達の後方へと投擲。
鈍い音とともに、見えなくなるジルベルトの姿。
「水を差しおって――」
眉を寄せた六郎が、再び振り返り、包囲を形成していた騎士達へ襲いかかる。
呆けていた騎士達が慌てて陣形を組む。
突き出される槍衾――
を回転を加えた左切上の一撃で、斜め下から上方へ崩す。
槍に身体を持っていかれ、体勢を崩した騎士。
その一人に、六郎の斧槍が大上段から振り下ろされた。
悲鳴を上げるまもなく真っ二つになる騎士。
仲間の最期に腰が退けた別の騎士へ――
振り降ろした六郎の、返しの一撃。
右拳を突き上げる要領で、下から襲いかかる石突。
死角からの攻撃に、騎士は反応も出来ず、その兜が高々と宙を舞う。
「まっ――」
顕になった無防備な首に、「待った」をかけるが、遅い。
最後の言葉を紡ぐ前に、その首も兜を追って宙を舞う。
転がる首に、騎士の一人が腰を抜かす。
「……き、聞いてない。こんなの聞いて――」
後ずさる騎士を脳天から叩き斬った六郎は、曲がってしまった斧槍を放り投げ、別の騎士を沈黙させた。
人数こそまだまだ健在だが、殆の騎士が腰が引け、その手に力が入っていない。
逃げ腰の騎士が、六郎の叩きつける直剣に頭をかち割られ、物言わぬ骸となった。
半狂乱の兵士が、振り上げた武器を持つ両手ごと、六郎に首を落とされ死んだ。
連携を取ろうと勇敢に立ち向かった騎士の二人のうち一人が、六郎に槍をいなされ相方を貫き殺してしまった。
そして呆然としているもう一人の騎士も、首を落とされ相方の後を追った。
六郎が動けば兵士や騎士が死に、騎士が動けばその騎士が死ぬ。
あまりの恐怖に、一人の兵士が武器を放り投げ、這う這うの体で逃げようと――そんな兵士の背中に生えるのは、兵士が放り捨てた直剣。
「なん逃げよんじゃ。武器ば持って戦え……そいが貴様らの仕事じゃろうが」
直剣を兵士に投擲した六郎の冷たい一言。
その一言で、その場の全員が理解した。……逃げられない……と。
六郎は仕事だという。であれば戦って死ぬか、六郎を殺すしか……そう思い至った騎士の一人が、武器を落とし両手を上げた。
「……こ、降参する――」
仕事なのだ。であれば、捕虜になるという選択肢もあるだろう。
そう思い至った騎士に賛同するように一人、また一人と武器を落とす。
その光景にジルベルトから「な、何をしている! 戦え!」と檄が飛ぶが、騎士達はそれに耳を貸さない。
「……我々は負けを認める。降参する」




