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死にかけ女と猫のぬいぐるみ  作者: 明星 志
第4章 犠牲の灰
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昔の話

※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています

 キュスト隊長は、平時は闘技場で必ず誰かと手合わせをしていて、そろそろ夕飯前の休憩で戻って来ている頃。


 別棟にあるキュスト隊長の部屋のドアをノックをすると、「どうぞ」と業務的な返事があった。


「失礼します」


 部屋に入ると、キュスト隊長が視線を上げた。


「エリ……! 遠征から戻って来たのか」

「はい。先に探索の報告書をまとめていたので」


 キュスト隊長は、読んでいた書類を畳んで封筒へ戻した。


「お前、その大剣は……? いつもの剣はどうした」

「えっと……その、遠征先でガイダと出くわして」

「それじゃ、お前が負傷したっていうのはガイダが相手だったのか?」

「負傷の件は、もうご存知でしたか。ご心配おかけしました」

「先に死亡者(アイカ)が戻ってきて、それが市街地(ここ)でも噂になってな……。その大剣はガイダのものか?」

「はい、その通りです」

「そうか、よくやったな!」


 キュスト隊長は立ち上がり、嬉しそうに両手で何度も私の肩をポンポンと叩く。


 ガイダの大剣だけでこんな反応を示され、本当に敵方の武器が武勲の証なんだと実感した。


「体はもう大丈夫か?」

「アイリスのお陰で、もう元通りです」

「あまり無理はするなよ。お前はエリムレアと違って実戦には慣れていない」

「はい。……あの、お疲れの所すみません……。今日は、聞いて頂きたいお話があって……」


 どうしても笑顔で報告が出来なかったせいか、キュスト隊長からも笑みが消えた。




「エリが古ヨーンの末裔だと?」


 隣の応接室で、遠征でのガイダとの出来事についてを(キージェの魔法の話は省いて)説明した。


「……それに、ガイダとエリムレアは、昔からの知り合いのようでした」

「そうか……」


 キュスト隊長は、眉間に深い皺を寄せて腕組みをする。


 目の前にいる私は、姿はエリムレアそのものなのに、まるで他人事のような話を語ることも、きっと複雑だと思う。


 でも……


「あの、お姉様の描いたつる草の文様を、もう一度見せて頂けませんか?」

「あぁ。構わんが……」


 キュスト隊長は一旦席を立ち、机の引き出しから一冊のノートを持って来た。


「これが姉が描いた原本だ」

「わぁ……繊細で、本当に綺麗ですね」


 とても細い線で描かれているのに、生きる者の力強さを感じさせる絵だった。


「この絵がどうかしたか?」

「カルツの地下神殿の奥で……この文様によく似たレリーフがあったんです」

「ほう?」

「つかぬ事をお伺いしますけど、もしかしてキュスト隊長も……古ヨーンの末裔だったりしますか? この絵に共通点を感じてしまって……」

「共通点?」

「……かつてのエリムレアが、キュスト隊長の大剣の柄の文様には「良い絵だ」と言葉を発していたと……。彼の心を揺さぶったその絵が、神殿の奥にあったレリーフと似ていたからかな、と思ったんです」

「……恐らく、偶然の一致だろうな。そのつる草は実家の庭に生えていたものだ」

「失礼な事を言ってしまっていたら申し訳ありません。もしかして、と思っただけなので……」

「大丈夫だ。……俺は、剣士をやっているが、俺の家系はみんな一応は魔法が使えるから古ヨーンの末裔ではない」

「えっ、末裔って、魔法が使えないんですか?」

「知らなかったか。末裔は、魔法は全く使えない」


 エリムレアも剣士としてその名を馳せているけど……。本当のところは分からない。


「俺もエリが魔法を使っているところは見たことが無かったが……実際どうなんだ?」

「……使えません」

「それじゃあ……やはりエリは末裔で間違いないだろう」

「あっ、えーと、私が使い方を知りません」

「そうか……エリの、いや……ナズナの居た世界は魔法が無いと言っていたな」

「はい」


 ふむ、と少し考え込んでキュスト隊長が人差し指を立てる。


「真似してみろ」

「え、あ、はい」


 同じように向かい側で人差し指を立てる。これは、キージェがランタンや焚火(たきび)に火をつける時に見せる仕草。


「ふん……っ!」


 気合を入れているキュスト隊長の人差し指に、綿棒の先くらいの赤い炎が灯る。


「す、すごいです……!」


 私がそう言った直後、キュスト隊長の指先の炎は消えてしまった。


「キージェの幻炎を見ているのに、その感想は逆に恥ずかしくなるぞ」

「あっ、すみません」


 キュスト隊長は肩を竦めて見せた。その仕草はちょっぴりお茶目。


「まずは、火を想像して、本物を見たいと考えてみるんだ」


 えーと……


『熱く揺らめく炎……私の目の前に出て来て!』


 こ、こんな感じかな。


「……出ないな」


 ………………。


 強く強く思ってみたのだけど、指の先はいつものままで変化なし。


「ダメみたいです」

「俺も得意ではないから今ので精いっぱいだ。きちんと教育を受けたキージェに手ほどきをしてもらうと良い。あいつは面倒見がいいから手取り足取り教えてくれるだろう」


 手取り足取り……? それは困る!


「しかし、エリムレアが末裔だったとしてもナズナには関係無いだろう」

「もし……仮に末裔であったなら、エリムレアの過去に何があって、どうしてヨーンに来たのか……どうして……入れ替わりを望んだのかを……知りたいんです」

「何故それを知る必要が? かつてのエリになる必要はないと言ったはずだが」


 少し険しい表情のキュスト隊長。やっぱりこんな話、嫌だよね……。


「エリムレアは、過去にガイダと何か約束をしていたみたいで……。それが何なのか、知りたいんです」

「……そうか。確かにガイダは制圧戦で交戦するたびに、エリを狙っていた。周囲には手を出すなと一騎打ちに持ち込みたがることもあったし、ヤツがエリに執着するのは単なる武勲目的かと思っていたが」


 ()が初めてガイダと剣を交えた時も、そうだった。


「俺がエリと出会ったのは、あいつがまだ14、5歳の頃だったな。カザンのクミモスという町に滞在していた頃、宿屋の前で話しかけられた」

「えっ、エリムレアに話しかけられたんですか?」

「口数は多い方ではなかったが、冒険者になってヨーンに行くと話していた。自警団に入るならどれほどの強さが必要かと尋ねられたんで、手合わせをしたんだ」


 その当時のエリムレアは会話をしていた……?


「滞在していた三か月間、あいつは毎日通ってきた。筋が良かったんで、クミモスを()つ日に、〝ヨーンに到着したら俺を尋ねろ〟と言うと、お辞儀をして去って行った。今にして思えば、俺に話しかけたのは余程の覚悟を持っての事だったのだろうな」


 アイリスに助けを求めた時はキージェの命がかかっている時だったし、エリムレアが言葉を発する時は本当に重要なタイミングだから……。


「それで、その後ヨーンで再会したんですね」

「あぁ。ただ、エリが俺の元を尋ねてきたのはあいつが18歳の頃だったな」


 カザンからヨーンにやってきたというのは、あの手帳の手記と同じ。それが5年前とすると、エリムレアの実年齢は23歳。(ナズナ)と同い年だ。


「そうですか。それから弟子入りしたんですか?」

()()と周囲は言うが、そんな大げさな関係でもない。慕われているとは感じていたがな」


 ヨーンに来るまでは、どうしていたのだろう。ずっと一人で修行していたのかな……。


「その頃には、もう誰もが知る通りの、何も語らない男だった」

「そうですか……」

「お前と入れ替わるまでの事で、また何か思い出したら知らせよう」

「ありがとうございます」

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