昔の話
※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています
キュスト隊長は、平時は闘技場で必ず誰かと手合わせをしていて、そろそろ夕飯前の休憩で戻って来ている頃。
別棟にあるキュスト隊長の部屋のドアをノックをすると、「どうぞ」と業務的な返事があった。
「失礼します」
部屋に入ると、キュスト隊長が視線を上げた。
「エリ……! 遠征から戻って来たのか」
「はい。先に探索の報告書をまとめていたので」
キュスト隊長は、読んでいた書類を畳んで封筒へ戻した。
「お前、その大剣は……? いつもの剣はどうした」
「えっと……その、遠征先でガイダと出くわして」
「それじゃ、お前が負傷したっていうのはガイダが相手だったのか?」
「負傷の件は、もうご存知でしたか。ご心配おかけしました」
「先に死亡者が戻ってきて、それが市街地でも噂になってな……。その大剣はガイダのものか?」
「はい、その通りです」
「そうか、よくやったな!」
キュスト隊長は立ち上がり、嬉しそうに両手で何度も私の肩をポンポンと叩く。
ガイダの大剣だけでこんな反応を示され、本当に敵方の武器が武勲の証なんだと実感した。
「体はもう大丈夫か?」
「アイリスのお陰で、もう元通りです」
「あまり無理はするなよ。お前はエリムレアと違って実戦には慣れていない」
「はい。……あの、お疲れの所すみません……。今日は、聞いて頂きたいお話があって……」
どうしても笑顔で報告が出来なかったせいか、キュスト隊長からも笑みが消えた。
「エリが古ヨーンの末裔だと?」
隣の応接室で、遠征でのガイダとの出来事についてを(キージェの魔法の話は省いて)説明した。
「……それに、ガイダとエリムレアは、昔からの知り合いのようでした」
「そうか……」
キュスト隊長は、眉間に深い皺を寄せて腕組みをする。
目の前にいる私は、姿はエリムレアそのものなのに、まるで他人事のような話を語ることも、きっと複雑だと思う。
でも……
「あの、お姉様の描いたつる草の文様を、もう一度見せて頂けませんか?」
「あぁ。構わんが……」
キュスト隊長は一旦席を立ち、机の引き出しから一冊のノートを持って来た。
「これが姉が描いた原本だ」
「わぁ……繊細で、本当に綺麗ですね」
とても細い線で描かれているのに、生きる者の力強さを感じさせる絵だった。
「この絵がどうかしたか?」
「カルツの地下神殿の奥で……この文様によく似たレリーフがあったんです」
「ほう?」
「つかぬ事をお伺いしますけど、もしかしてキュスト隊長も……古ヨーンの末裔だったりしますか? この絵に共通点を感じてしまって……」
「共通点?」
「……かつてのエリムレアが、キュスト隊長の大剣の柄の文様には「良い絵だ」と言葉を発していたと……。彼の心を揺さぶったその絵が、神殿の奥にあったレリーフと似ていたからかな、と思ったんです」
「……恐らく、偶然の一致だろうな。そのつる草は実家の庭に生えていたものだ」
「失礼な事を言ってしまっていたら申し訳ありません。もしかして、と思っただけなので……」
「大丈夫だ。……俺は、剣士をやっているが、俺の家系はみんな一応は魔法が使えるから古ヨーンの末裔ではない」
「えっ、末裔って、魔法が使えないんですか?」
「知らなかったか。末裔は、魔法は全く使えない」
エリムレアも剣士としてその名を馳せているけど……。本当のところは分からない。
「俺もエリが魔法を使っているところは見たことが無かったが……実際どうなんだ?」
「……使えません」
「それじゃあ……やはりエリは末裔で間違いないだろう」
「あっ、えーと、私が使い方を知りません」
「そうか……エリの、いや……ナズナの居た世界は魔法が無いと言っていたな」
「はい」
ふむ、と少し考え込んでキュスト隊長が人差し指を立てる。
「真似してみろ」
「え、あ、はい」
同じように向かい側で人差し指を立てる。これは、キージェがランタンや焚火に火をつける時に見せる仕草。
「ふん……っ!」
気合を入れているキュスト隊長の人差し指に、綿棒の先くらいの赤い炎が灯る。
「す、すごいです……!」
私がそう言った直後、キュスト隊長の指先の炎は消えてしまった。
「キージェの幻炎を見ているのに、その感想は逆に恥ずかしくなるぞ」
「あっ、すみません」
キュスト隊長は肩を竦めて見せた。その仕草はちょっぴりお茶目。
「まずは、火を想像して、本物を見たいと考えてみるんだ」
えーと……
『熱く揺らめく炎……私の目の前に出て来て!』
こ、こんな感じかな。
「……出ないな」
………………。
強く強く思ってみたのだけど、指の先はいつものままで変化なし。
「ダメみたいです」
「俺も得意ではないから今ので精いっぱいだ。きちんと教育を受けたキージェに手ほどきをしてもらうと良い。あいつは面倒見がいいから手取り足取り教えてくれるだろう」
手取り足取り……? それは困る!
「しかし、エリムレアが末裔だったとしてもナズナには関係無いだろう」
「もし……仮に末裔であったなら、エリムレアの過去に何があって、どうしてヨーンに来たのか……どうして……入れ替わりを望んだのかを……知りたいんです」
「何故それを知る必要が? かつてのエリになる必要はないと言ったはずだが」
少し険しい表情のキュスト隊長。やっぱりこんな話、嫌だよね……。
「エリムレアは、過去にガイダと何か約束をしていたみたいで……。それが何なのか、知りたいんです」
「……そうか。確かにガイダは制圧戦で交戦するたびに、エリを狙っていた。周囲には手を出すなと一騎打ちに持ち込みたがることもあったし、ヤツがエリに執着するのは単なる武勲目的かと思っていたが」
私が初めてガイダと剣を交えた時も、そうだった。
「俺がエリと出会ったのは、あいつがまだ14、5歳の頃だったな。カザンのクミモスという町に滞在していた頃、宿屋の前で話しかけられた」
「えっ、エリムレアに話しかけられたんですか?」
「口数は多い方ではなかったが、冒険者になってヨーンに行くと話していた。自警団に入るならどれほどの強さが必要かと尋ねられたんで、手合わせをしたんだ」
その当時のエリムレアは会話をしていた……?
「滞在していた三か月間、あいつは毎日通ってきた。筋が良かったんで、クミモスを発つ日に、〝ヨーンに到着したら俺を尋ねろ〟と言うと、お辞儀をして去って行った。今にして思えば、俺に話しかけたのは余程の覚悟を持っての事だったのだろうな」
アイリスに助けを求めた時はキージェの命がかかっている時だったし、エリムレアが言葉を発する時は本当に重要なタイミングだから……。
「それで、その後ヨーンで再会したんですね」
「あぁ。ただ、エリが俺の元を尋ねてきたのはあいつが18歳の頃だったな」
カザンからヨーンにやってきたというのは、あの手帳の手記と同じ。それが5年前とすると、エリムレアの実年齢は23歳。私と同い年だ。
「そうですか。それから弟子入りしたんですか?」
「弟子と周囲は言うが、そんな大げさな関係でもない。慕われているとは感じていたがな」
ヨーンに来るまでは、どうしていたのだろう。ずっと一人で修行していたのかな……。
「その頃には、もう誰もが知る通りの、何も語らない男だった」
「そうですか……」
「お前と入れ替わるまでの事で、また何か思い出したら知らせよう」
「ありがとうございます」
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