暴力と光
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「先陣はエリムレア殿だ! 総員続け!」
即座に小隊長から号令がかかると、私は先頭に押し出された。
「え、えぇぇぇぇー?!」
「エリ! 剣を抜いて!」
「わ、わかった!」
100人ほどの小隊の先頭で丘を走り降りる。轟音と大声が空に響きわたった。
直後、上空で白い光がさく裂して、辺りが昼のように明るくなった。
「あいつだ! エリムレアがいるぞ!」
どこからか聞こえたその言葉で、あっという間に取り囲まれ自分が狙われていることを悟った。
怒号の中、見るからに豪傑という風体の男が出てきた。
「てめえらは手出し無用だ!」
雄たけびを上げ、大剣を振りかざす。
私も自分の剣を構えると、エリムレアの体は勝手に動いていた。でも――防戦だけで攻撃はできない。何度も顔の間近で空気を切る音が聞こえる。こいつ、顔を狙っている……?
なんとか攻撃をかわしているけど……気力が追い付かない。
……怖い、怖い。恐怖で体が硬直していく。
避け切れず剣で受け止めると金属音が響く。そして私の手が痺れるほどの衝撃が走った。
『くぅ……っ!』
何度も何度も、重たい一撃を受ける度に後ずさる。
周囲を見回す余裕などない。キージェとアイリスは何をしているのだろう。
『助けて……!』
そう思った時、私の右手の剣が弾かれて飛んで行った。
――死ぬ。
「どうした、エリムレア。ザマアねえなあ」
豪傑は、余裕の顔で大剣を大きく振りかぶった。
く……。せっかく入れ替わったのに、私は結局ここで死んじゃうの?
ぎゅっと目をつむる。
「悪ぃ! 待たせた!」
背後から聞こえたキージェの声。直後、目の前の豪傑は炎に包まれる。
「ぐぁっ! 熱っ!」
「アイリス、今だ!」
慌てて火を消そうとする豪傑に次に襲い掛かったのは、アイリスの放った矢だ。
装備のわずかな隙間に刺さり、男は火だるまになって這う這うの体で逃げ出した。
「よし!」
「エリ、大丈夫か? 悪い、周りを片付けるのに必死だった」
二人に連れられ、どさくさに紛れて少し離れた場所の岩に身を隠す。
「ごめん。僕たちが連れてきたばっかりに……」
「……まさかこんなところにガイダが来てるとはな」
「……ガイダ?」
「さっきの大剣持ち。あいつはあっち側じゃ腕が立つ方だから」
「……ありがとう。助かった」
怖かった。本当に死ぬかと思った。
「ううん、こっちこそごめんね。ケガはない?」
「うん、大丈夫」
立ち上がって戦況を見つめていたキージェが、炎を放ちながら言う。
「ガイダを撃退したし、今日はそろそろ収まりそうだな」
「あの、制圧っていつもこんなことを?」
キージェが「見てみな」というので私も岩陰から様子をうかがう。
「今日は白兵戦。相手が戦闘要員の時はこんな風に正面からやりあう」
自警団の赤い腕章たちが次々に敵を打ち倒している。
「もっと大規模になると、事前に正規軍による謀略とか……色々あるかな」
こんな事、ここでは日々行われているんだ……。
「アイリス、お前はそろそろ行った方が良いぜ」
「あ、そうだね」
「ここから援護する!」
「頼んだ!」
アイリスは、再び戦場へと駆けだして行った。
傷ついた自警団を助けている。アイリスが白い光を放つと傷が治るのだろうか、跪いている者が立ち上がった。
「あいつは治癒士だからな。痛みを取り除いたり手当をするんだ」
エリムレアも、あのように助けてもらったのだろう。
なんだかんだで日本は平和だ。せめて代表がオセロとか、サッカーとかの平和的な勝負にしようよ。簡単なルール教えるから……。
……やっぱり帰りたい。
生き神の甘言に釣られてきてしまったけれど、良かった点は入れ替わったエリムレアがイケメン・イケボだったことくらいで、なんだか野蛮な社会だしこのまま生きていけるのかが一番の心配だ。
私たちが再びノイに乗ったのは、反ヨーン政府組織が撤退してしばらくしてからだった。
その〝しばらく〟の間、私は小隊長からのお説教を食らっていた。
「エリムレア殿、今日は先日に引き続き大失態でしたな」
エリムレアの体はちゃんと動いていた。私の気力が足りなかった。でも、本当にどうしようもない。ナズナはただのもの作りが好きな人間だ。
「……申し訳ありません」
「なんと! いつも無口な御仁が、今日はちゃんと謝ってらっしゃる!」
そう言って、小隊長は面白そうに笑った。
心配してくれる者もいる中、小隊長は揶揄する言葉を浴びせ続ける。
「こないだの西部の大規模制圧で大怪我したからって、怖気づいたんですか?」
「負傷から復帰したばかりのエリを無理やり押し出したくせに――」
「それは治癒士殿が付いているから、もう治ってしまったと思ったのですよ」
アイリスが可愛い顔を歪め、俯く。
キージェが横から一歩前に出る。
「エリは先日のケガが原因で記憶を失っているんだ」
「ならば、諮問委員にかけられる前に引退した方が身のためでしょう」
「ヨーンの……いや、これまでの国への功績を称えて労うのが先だろうがよ」
キージェが抑えめの声で反論をした。
小隊長とその後ろにいる数人の男は、醜い表情で笑っていて、なんとなく恭子とその取り巻きの顔を思い出した。
悪いことを考えている人間は自然と顔が歪むのはどこの世界でも共通なんだね。
「キージェ殿は御身が可愛くないんですねぇ。王都から逃げてきた貴方でも役に立つかと思っていたのに」
そう言いながらキージェの顔をはたいた時、私の中でタガが外れた。
「キージェは私を助けてくれました。彼を侮辱することは許せません」
「おや、記憶を失くしたエリムレア殿に一体何ができるってへぶッ」
私の拳は、小隊長の顔を真正面から殴っていた。
「……巻き込んでしまって、ごめん」
「良いって。それより本当に諮問委員会モノだから、俺はお前の方が心配だよ」
現地で解散となり、私たちも適当なタイミングでノイに乗りヨーン市街へと向かう。
「どうせ諮問委員会にかけられるんだったら、あと2、3発殴っちゃってよかったのに」
愛くるしい顔をして何てことを言うの。
「つーか、小隊長があいつになってから気分が悪いことが増えたよなあ」
自警団の誰かが背後でつぶやいた。
「エリは何も言わないから、いけ好かないって思われてるんだろう」
「あの一発、スカッとしたぜ! 早く本調子になっていつもみたいに活躍してくれよ!」
最後の一言は私に、いやエリムレアにかけられた言葉だ。
声の主たちは、私たちを追い抜いてゆき、私たち3人がゆっくり走り続ける。
ノイの背中はあったかくて、暗い気持ちが少し落ち着く。
ヨーン市街までもう少しというところで地平線の向こうに太陽が昇ってくる。
真っ赤な朝焼けが大地を覆う草を照らすと、草原は鮮やかな赤い海になった。
「綺麗……」
「そうか?」
「うん」
ノイの上から見下ろす道端に真っ赤な花を見つけたので、降りて1輪摘み取った。
「エリ、どうした?」
「その草、食べれないし薬草にもならないけど?」
「可愛い花だなって思って」
「ふーん、普段喋らないから知らなかったけど、エリは本当はいつもそんなこと考えてたのか」
待って、これは私がそう感じただけだから。
「なんか、人が違ったみたいで僕はずっと困惑気味」
……アイリス、君は鋭い子だね。
カバンから手帳を取り出して赤い花を挟み、再びノイに跨った。
赤く色づいた街並みもとても綺麗だった。石造りの街並み……西欧のような雰囲気だけれど、いつ頃の年代に該当するのだろう。
そのままノイ厩舎に戻り、教えてもらいながら自分の乗ってきたノイの手入れをして厩舎を出ると空はまた暗くなり、星が出ていた。
「あれ?」
「ん?」
「いえ、また暗くなって……」
さっき日が昇って、あれから大体2時間くらいの体感なのに。
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